万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

何故‘投機’が悪いのか?-バブル防止のために考えるべきこと

2018-09-04 13:29:43 | 国際経済
17世紀オランダのチューリップ投機を始め、近代以降、人類は、幾度となくバブルの発生とその崩壊に見舞われてきました。1929年にニューヨーク株式市場の株価下落に端を発し、連鎖的に全世界を呑みこんだ大恐慌は第二次世界大戦の誘因ともされており、バブルの恐ろしさを余すところなく伝えております。

 近年でも、2008年にはリーマン・ショックが世界経済を襲いましたが、バブルの最大の要因は、人々の‘投機’行為にあります。‘投機’とは、モノであれ、不動産であれ、株式や債権であれ、使用や保有を目的とするのではなく、将来的な値上がりを見込んで何かを買う行為であり、購買時よりも価格が上昇した時点で売れば、労せずして利益を得ることができます。人とはそもそも‘欲’をもつ生物ですし、元手さえあれば誰でも簡単にできます。かくして金銭欲に駆られた人々は、特定の市場での価格上昇傾向を目にすると、集団心理も働いて我先にと‘投機’に走るのです。しかしながら、実体経済や適正価格から離れた価格上昇が永遠に続くはずもなく、これ以上の上昇が見込めなくなった時点で、価格下落を予測した一部の人々が売りに転じます。売りが優勢になると、今度は、損失回避を急ぐ保有者が我先に売りに走るため、相場は買い局面から売り局面へと一気に転じ、バブルが崩壊してしまうのです。しかも、下落局面で底値を待ち受けて買いを仕掛ける‘逆投機’もあるのですから、‘投機’とは人の抗し難い欲望が見え隠れし、何とも罪深いものです。

 近代以降のバブル崩壊がとりわけ悲惨な状況をもたらす理由は、経済の連鎖的メカニズムを通してその被害が、‘投機’行為を実際に行った人々に限定されるのではなく、一般の人々にまで広く深く及ぶところにあります。大恐慌後では、先に触れたように戦争の誘因となるほどの深刻な景気後退と失業問題を各国もたらしており、本人が意図せずとも‘自己責任’の枠を遥かに超える他害性が認められるのです。

 以上にスケッチしたように、‘投機’に伴うバブルの発生とその崩壊は、当事者以外の多数の人々に犠牲を強い、経済自体に破壊的な効果を及ぼすのですが、実のところ、今日に至るまで、それを有効に制御するシステムもなければ、‘投機’に対する評価さえ曖昧のままにされてきたのが現実です(もっとも、アダム・スミスは『富国論』において投機を批判している…)。そこで、まずは、‘投機’が‘悪’と見なされる理由を探求してみると、その利己的他害性に求めることができるのではないかと思うのです。

投資を含め経済とは、他者が必要としているモノやサービス等を相互に提供し、その労力に見合った報酬や対価を得ることにありますので、基本的には利他的行為です。一方、‘投機’において利得を得るのはそれを行った本人のみであり、他者を利するところがありません。利益は自らのみに還元されながら、‘投機’行為の果てにバブルが崩壊する事態に至れば、他者の生命や身体といった基本権、即ち、生存まで脅かしてしまうのです。この側面において、利己主義に留まらない利己的他害性=悪が見て取れるのです。

“投資は良くて投機は悪い”という言い方も、利己的他害性を基準にして考えれば、その評価がよく理解できます。投資には、企業の事業を育てたり、資金面で支援するという意味において利他性がありますが、‘投機’には、利他性が全く欠如しているからです。もっとも、投資であっても詐術的、あるいは、収奪的な高利貸しのみならず、返済能力を超える過剰な貸し付けによる融資先の債務不履行リスクといった問題については、グローバル化の時代にあって金融危機や通貨危機を招きかねない点において、その悪質性は‘投機’と共通しているかもしれません。

しばしば資本主義の欠点の一つとして‘投機’の容認が指摘されておりますが、甚大な被害リスクも含めて‘投機’が悪である理由が広く人々に理解され、皆が共有する一般常識となれば、バブルの制御も容易になることでしょう。リーマン・ショック以降の中央銀行の量的緩和政策により、世界的な‘カネ余り’に起因する金融危機の再発が懸念される今日、賢くこの危機を回避するのは、自己利益を最大化するようプログラミングされたAIではなく、他者を思いやる心を持つ人類の仕事であると思うのです。

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