万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

金正恩委員長訪韓のジレンマ―‘演出’が通用しない世界

2018年09月20日 14時03分29秒 | 国際政治
正恩氏、反対押し切り訪韓決断 文氏補佐官明かす
韓国の金在寅大統領の平壌訪問は、北朝鮮による国家挙げての‘熱烈歓迎’により、同大統領にとりましては、居心地の良い滞在であったかもしれません。平壌空港から市内に向かう途上でオープンカーに乗り換えた南北首相は、‘平壌市民’が両国国旗や統一旗、そして、造花の花束を振る中を共に満面の笑顔で通り抜けたのでした。

 この‘熱烈歓迎’のシーンは、北朝鮮‘お決まり’の演出によるものであり、‘演出’を常套手段とする全体主義国家の特徴でもあります。傍から見ますと、その意図が見え透いていますので、日本国内では冷ややかな反応が大半を占めているのですが、国家挙げての一大行事とされていますので、中には自己陶酔に陥っている北朝鮮国民も少なくないのかもしれません。動員された同国国民の内心を知ることができませんが、少なくとも、韓国大統領の歓迎は、国民の総動員なくしてはあり得ないのです。

 北朝鮮側の舞台である平壌では、南北の合作による‘演出’は一先ずは滞りなく成功裏に終わったのですが、この舞台を韓国のソウルに移した場合、どのような事態が起きるのでしょうか。金委員長は、年内にも、答礼として韓国の首都ソウルを訪問する意向を示しています。仮に、同委員長によるソウル訪問が実現するとしますと、南北両国における国家体制の違いが表面化し、両首脳とも、窮地に陥る可能性があります。

 上述したように、国民を総動員し、かつ、情報を統制できる全体主義国家では、完璧な政治ショーを演出することができます。国家全体が劇場であるからです。ところが、自由主義国の政府にとって、国民を動員したり、関連情報を統制することは前者とは比較にならない程困難な課題です。韓国には、政界との繋がりがある宗教団体も多いとされ、関連団体等の協力を得れば、大通りで信者やメンバーに旗を振らせることぐらいはできるかもしれませんが、文政権の見境のない対北融和政策に反対する政治団体も多数存在しています。同国が、事あるごとにデモや反対集会が開かれる国柄であることを考慮すれば、当然に、金委員長訪韓時をチャンスとみて、大々的な反北キャンペーンが張られる可能性もあります。

 文政権の支持率は低下傾向にあるそうですが、文政権と対峙する保守系野党、及び、文政権の親北宥和政策に反対する国民が結集すれば、たとえ文大統領が、綿密に政治ショーの演出を計画したとしても、両首脳は、行く先々で反対デモに遭遇し、‘独裁反対’といった罵声を浴びせられないとも限りません。そしてこの時、両首脳は、深刻なジレンマに陥ることとなります。平壌において熱烈大歓迎を受けた文大統領は、金委員長の面子を潰す、あるいは、韓国国民のブーイングに同委員長の怒りを買いかねない一方で、これを回避するために強権的な統制を行えば、韓国の民主的な自由主義国としての看板に傷が付くこととなります。一方の金委員長も、全体主義国では成功する政治ショーが民主主義国家では通用しない現実を思い知ると共に、たとえ将来的に北朝鮮主導で韓国と統合しても、一筋縄では行かないことも悟ることでしょう。韓国から自国に情報が自由に伝わるようになれば、金王朝とも揶揄される独裁体制も維持できなくなるかもしれないのですから、これもまた、深刻なジレンマとなります。

 以上の点からしますと、文大統領の訪朝よりも金委員長の訪韓のほうが、遥かに波乱含みです。両国共催による南北融和を演出した政治ショーは、金委員長の訪韓によって、あっさりと幕を閉じてしまうかもしれないのですから。

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