万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

警戒すべきは保守層の国家社会主義への追い込み

2018年09月18日 15時37分17秒 | 国際政治
 イギリスの国民投票によるEU離脱の決定やアメリカのトランプ政権誕生の主要因の一つが、移民・難民問題の深刻化であったことは誰もが認めるところです。国境なき自由移動を是とするグローバリズムは、その本質において移民促進派であるため、知識人やメディア等では、これらの現象をグローバリズムにおける‘負け組’の感情的なルサンチマンとして理解する傾向があります。

 反移民感情は、移民や難民が異質な外国人であるために、ショーヴィニズムや排外主義を共通項として、しばしば、ナチス・ドイツの反ユダヤ主義と結びつけられてきました。実際に、各国共に国民一般の反移民感情の受け皿となってきたのは‘極右’とも称される政党であり、移民の制限のみならず、ベーシック・インカムの導入など、政治イデオロギーとしては国家社会主義に近い政策綱領を掲げる政党も少なくありません。しかしながら、政府が推進する移民政策に反対している一般国民の多くは、必ずしも思想としての国家社会主義や権威主義的な独裁体制の成立を支持しているわけではないはずです。

 戦前におけるナチス政権は、最も民主的であったワイマール体制から最も非民主的な独裁体制が誕生した側面に注目して、民主主義に内在する重大な欠陥、あるいは、衆愚の歴史的事例として見なされてきました。この歴史的前例を以って、政治を国民感情に任せるリスクが強調され、それ故に、多数派国民の感情に左右されかねない民主主義を否定する論拠としても用いられてきたのです。しかしながら、ここで考えるべきは、歴史の教訓として国民感情の高まりそれ自体を危険視するのではなく、戦間期に当たるワイマール体制下において、国民多数が国家社会主義へと追い込まれた因果関係を探ることではないかと思うのです。

 この視点からすれば、ナチス・ドイツの出現を準備した要因として、連合国側の過酷な対独賠償要求や第一次世界大戦後の社会民主党政権の国家運営の如何にまで踏み込む必要があるのでしょう。同大戦の終結は、キール軍港の水兵の反乱による‘ドイツ革命’を機にヴィルヘルム2世が退位するという事態を受けて、無条件降伏に近い形での停戦に至ったものであり、戦争自体は、フランス国内を戦場としたドイツ軍の優位に展開していました。戦時にあってドイツ領が連合国軍に占領された、あるいは、首都が陥落したわけでもないにも拘わらず、ヴェルサイユ条約の締結により、敗戦国として厳しい軍備制限や天文学的な賠償等を課されたドイツ国民の多くは、釈然としない感情を抱いたことは想像に難くありません。

 また、ドイツ革命を起こした主力がユダヤ人党員の多い共産主義者であったことは、その‘教祖’であるカール・マルクスやロシア革命の指導者であったレーニンがユダヤ人であったことと相まって、反ユダヤ主義の感情を呼び起こしていたのです。そして、戦争によって家族を失い、ハイパーインフレによって財産を失って失意のどん底にあったドイツ人を横目に、混乱を機にドイツ人の資産を安値で買い取り、富裕となったユダヤの人々の共感性の欠けた振る舞いは、一般のドイツ人の感情をさらに逆なでしたことでしょう。

 一般の人の公平感覚に照らしても不当と言わざるを得ないドイツに対する冷酷な措置がドイツ人一般の感情を害したのは理解に難くなく、こうした自然な感情的反発を利用したのが、ナチスであったとも言えます。そして、ドイツの悲劇は、ナチスのみが、この一般のドイツ人の不条理に対する怒りや不満を吸収し得た唯一の政党であったところにあるのかもしれません。第一次世界大戦によって齎された不当とも言える仕打ちに対して、仮に、ナチスの如くゲルマン民族優越主義や拡張主義に殊更に訴えることなく、より平和的、かつ、穏当な方法でその是正を図ることを基本方針とする健全な保守政党が存在していれば、あるいは、歴史は変わっていたかもしれないのです。

 目下、日本国民を含めて、祖国喪失のリスクを懸念し、移民政策に反対する一般国民は少なくありません。ナチス政権誕生が残した歴史の教訓が、一般国民の不満が行き場を失い、国民多数が国家社会主義といった全体主義政党への支持へと追い込まれたところにあるとするならば、今日なおも、歴史の繰り返しに警戒すべきと思うのです。

よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする