はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

藺草刈り

2021-07-21 22:41:05 | はがき随筆
 藺草の収穫が終盤を迎え八代平野は青い香りに満ちている。おとなの背丈ほどの藺草は濃い緑色で風になびく様が美しい。農家の刈り取り作業は早朝4時に始まる。一定量の草を束ね、その都度泥染めと乾燥を施しながら1カ月、盛夏の労に汗を流す。日照りも雨も休みなしだ。この藺草で織られる畳表には一畳あたり約7000本の草が使われていて、畳の吸湿性とクッション性が評価される所以だ。産地に住む我が家はほぼ和室。されど寝室にはベッド、茶の間と座敷にはソファを置いて寛ぎ、自由に選択して暮らしている。初秋に出る新畳が楽しみだ。
 熊本県八代市 廣野香代子(55) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載

まさかの銀座に

2021-07-21 22:33:20 | はがき随筆
 「兄ちゃんの焼酎ラベル絵『ふるさとの四季』が銀座の老舗デパートのお酒売り場に並んでいた。見せられないのが残念だ」とうれしそうな千葉の弟から電話があった。まさかまさかあの「少年の日の情景」が銀座のお店にとは意外な転換にびっくり。ラベル絵のきっかけは蔵開きに作品を並べてもらったこと。絵を見て「懐かしい」という人がたくさんいた。その懐かしさはどこから来るのだろうと蔵元と話題になった。忘れつつある原風景を伝え残したいという共通の思いから実現した。まさに「ふるさとは遠きにありて想うもの」である。
 鹿児島県さつま町 小向井一成(73) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

実は、私

2021-07-21 22:25:25 | はがき随筆
 時々行く小さなお店がある。初めの頃、顧客名簿らしき大学ノートを出されたので、そこに私が自分で名前を書いた。
 その後、店主は私を「楠本さん」と呼ぶようになった。名前なんて何でもいいやと聞き流した。本名を名乗り電話で注文した時も「楠本」と思い込んでいた。この店に来ると、むずむずと落ち着かないが別人になりすますスリルを楽しんでいたのも事実だ。とうとう言い出せないまま数年がたってしまった。
 先日、LINE(ライン)の連絡先を交換しませんかと言われた。これはもう逃げられない。実は私、楠田です。
 宮崎県延岡市 楠田美穂子(64) 2021.7.17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

玉すだれ

2021-07-21 22:12:01 | はがき随筆
 今にも降りそうな空模様。リハビリから帰ってきたら日が差してきた。その日差しの下で玉すだれが咲いていた。窓を開けただけで車を運転してきたので汗びっしょりだったが、そのままカメラを取ってきた。急に太陽が顔を出したためか、玉すだれは中途半端な半開きの状態で咲いていたが2.3輪大きく花びらを広げていた。
 「帰る早々、何をばたばた動き回っているの」というカミさんに玉すだれの写真を見せた。「ちょうど晴れて良かったじゃん。アタシも掃除機をかけて汗をかいたから一服しましょうか」。梅雨のまだ明けぬ午後。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(84) 2021/7/17 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

サプライズ

2021-07-21 22:04:17 | はがき随筆
 母が大腿部骨折で入院、手術した。不自由になった足と、認知症を患う母に、家族は心配この上ない。一人、ベッドで過ごす姿を思い、見舞うことのできないご時世が恨めしい。
 数日後、着替えを届けた玄関先で、待つように言われた。奥から車イスに乗せられた母が出てきた。無表情の顔で花籠を抱えている。今日、100歳の誕生日を迎えた母に、病院側の計らいで面会が実現したのだ。「母さん、よかったね」。手を握ると、黙って握り返してきた。
 わずか数分間の面会だったが、サプライズに感激し、車イスの後ろ姿を見送った。
 宮崎県延岡市 川並ハツ子(76) 2021.7.16 毎日新聞鹿児島版掲載漢字

イマドキの名前

2021-07-15 21:51:04 | はがき随筆
 テレビを見ていたら、ある名前に目が留まった。葵衣さん、アイいやアオイと読ませるのだろうか。われわれ昭和世代の名前は読めるのが前提だった。常用漢字の読みからある程度は推測がつく。そのうち翔を「翔ぶ」のトと読ませるような変化球が出てきたが、それにも法則があるように見えた。先の葵衣さんのように、一字で収まりそうなものを二字にするのもそうだろう。そもそも音だけだった日本語に、輸入した漢字を創意工夫して表現したのが日本語の表記の始まりだ。最近の傾向はキラキラネームというより、むしろ原点回帰なのかもしれない。
 熊本市中央区 岩木靖子(55) 2021/7/15 毎日新聞鹿児島版掲載

湯布院駅にて

2021-07-15 21:41:52 | はがき随筆
 5年前の春、夫と大分を旅した時のことだった。湯布院駅を背に由布岳を眺めながら横断歩道に目を向けると、なんと自分と同じ服を着た人が歩いてくる。あっという間に小柄でショートカットのその人は1㍍横をそ知らぬ振りをして足早に通り過ぎて行った。私は偶然のいたずらに目をそらし、さりげなく見送りながら安物のジャケットもまんざらでもないなと苦笑した。世の中の狭さを思い知らされた初めての出来事だった。
 ほろ苦い思い出はさておき、若い頃登った由布岳を温泉にゆっくりつかりながらもう一度眺めたいと思っている。
 鹿児島県薩摩川内市 田中由利子(79) 2021/7/14 毎日新聞鹿児島版掲載

収集車に感謝

2021-07-15 21:31:18 | はがき随筆
 家の前の坂道を大きな音を立てて上がってきた。アッ! プラスチックごみ収集車だ。出し忘れていた。倉庫から満杯の袋を手に取り、庭を走る。が、気ばかり焦り、足は前に進まない。
 やっと道路に出て集積場を見ると、全部積み終え、車のドアも閉め、発車の態勢だ。
 「待って!」と大声で数回叫びプラを渡す。係の男性は再びドアを開けて積んでくれた。お礼を言うと、彼は腰を二つ折にし、頭を深々と下げ「ありがとうございました」と返礼。
 彼の作業の流れを中断させて申し訳なかったのに、反対にに丁寧なお辞儀をされてしまった。
 宮崎県延岡市 源島啓子(73) 2021/7/13 毎日新聞鹿児島版掲載

翔平フィーバー

2021-07-15 21:16:32 | はがき随筆
 〝リアル二刀流〟大谷翔平選手にこの夏一番の元気をもらっている。ホームランのかっこいいこと! コロナ禍、事件、事故の暗いニュースが多い昨今だからこそ明るい話題で余計にうれしい。翔平は体格が素晴らしい。外国人に全く引けを取らない。ホームランの球音が聞こえてきそうだ。バッターボックスに立つだけで、画面に釘付けになる。今後の活躍を楽しみにしている。世界の翔平に万歳する幸せ。2人の息子も野球をしていたから余計に野球に親しみがあるのだろう。爽やかな挨拶、はきはきした口調にいつも感心していたあの頃が懐かしい。
 熊本県八代市 鍬本恵子(75) 2021.7.11 毎日新聞鹿児島版掲載

まきの時代

2021-07-10 17:23:35 | はがき随筆
 散歩の道沿いに、昔からまきを扱う店がある。久しぶりに通りかかると、割り目も新しい束が積まれていた。店の軒まで高く積み上げられた時代もあるが、今は背丈ほどしかない。
 私が暮らすこの町では、昭和30年代に入ってからLPガスや灯油が家庭の燃料として普及し始めた。それまでは風呂もご飯炊きもまきが必要だった。
 まきは、雑木や伐採して用材にならなかったものから作る。わが家では祖父が担った。私は中学生になってから手伝った。最初は見よう見まねで丸材に力任せ、手おのを振り下ろした。はね返された。わずかに食い込んでも割れることはなかった。
 祖父が教えてくれた。
 「木には割れやすい向きがある。根の方を上にして立て、その中心へ手おのを振り下ろす。瞬間、力を入れる。手おのの跳ね返りを防ぐのだ」と。 
 頭で分かっても、できなかった。中心へ振り下ろした瞬間の力の入れ具合は、回数をこなしてやっと会得できた。力に頼らずとも素直に割れるのは、心地よかった。一人前になれたように思ったものだ。
 冬場は水が冷たい。まきの使用が増える。祖父はまき作りに励み、軒の高さまで積み上げて、きせるをくわえながら眺めていた。
 祖父が逝って60年余り。便利になった現代を見たら、どんな顔をするだろう。
 しかし、この町には今もまきの需要がある、懐かしい風景が残っている。
 山口県岩国市 片山清勝(80) いわくにエッセイサロンより

弟たちの幼い日

2021-07-10 17:16:23 | はがき随筆
 「川畑みかん」の名前は、単に子供たちが軽くつけたと思っていた。ところが川畑みかん発祥の地が南さつま市加世田の川畑小だと81歳で初めて知り、幼い11歳当時の頃を思い出した。
 叔父所有の野菜畑が自宅近くにあり、大木に鈴なりの川畑みかん。終戦後で、おなかペコペコの9歳と6歳の弟2人が「キャー」と大喜びで木に登り、騒いだ。
 声に驚いた叔父が怒鳴りに。すると、クマバチが叔父の顔をチクリと刺し「アイター」と腰を曲げて退散。弟たちは再び枝をゆすり、騒いでいたずらを続けていた。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(81) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

友の病院話

2021-07-10 17:09:35 | はがき随筆
 私の友人に産婦人科以外の全ての診察券を持っていた男性がいた。3ヶ月に一度、1ヶ月に一度、毎日行くリハビリ、といろいろな病院があった。
 薬も毎日3回、朝と夕、朝だけ、2日おき、3日おきと大変だったようだ。私の場合、朝だけ3種類で、なくなったら通院していた。
 彼の場合はほとんどが予約制で、全て決まっていた。忙しい日は午前2カ所、
午後2カ所とハードスケジュールであった。
 3ヶ月で大学病院、県病院、開業医の17か所をまわっていた。もう彼の病院話を聞くことができない。合掌。
 宮崎県日南市 宮田隆雄(69) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

ケルシー

2021-07-10 17:00:30 | はがき随筆
 10年ほど前、本紙「もう一度食べたい」の記事でハート形の青いスモモが載っていた。スモモ大好きの私は、ケルシーという響きのいい名前と、ハートの形にひかれ、すぐ取り寄せた。それは、今まで食べたスモモと全く違う上品な味とかわいい形で、すっかりとりこになった。
 苗木が熊本にあることがわかり、植えてから6年目の今年、ちっちゃな実が2個ついているのを発見。「うわーやったあ」と叫んでしまった。ネットをかけて大事に育て、先日収穫した。その味は、甘くて、上品でかわいくて、最高の味だった。来年が楽しみだ。
 熊本県天草市 畑田ももえ(56) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載機械

7月のきらめき

2021-07-10 16:53:43 | はがき随筆
 「カーン」。今朝もうちのテレビを突き破るような勢いで、大谷翔平選手の神わざとも見まがうフォームが宙に舞う。1回目のワクチン注射から3週間。キャンセルしたら迷惑をかけることになるので、あと何日、あと何日と緊張して待っていた。お医者様をはじめ看護師さんたちが、がっちりとチームを組んで、至れり尽くせりの対応をしていただき、安堵感もプラスして大きな大きな感謝です。年寄りのため息を見かねて、お隣のご主人が電動の機械で、伸びた垣根を美しく刈り込んでくださった。「ああ良かった」。7月の青空を仰ぎ見る幸せも。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

ウオーキング

2021-07-10 16:45:28 | はがき随筆
 脚力と脳の活性化のため、毎日ウオーキングを続けている。好んで歩くのは、市内の萩の台公園にある2㌔の周回コースだ。「天空の回廊」と勝手に名付けて楽しんでいる。
 山の頂きに設定された遊歩道を、歩きながら随筆を推敲したり、頭の中で自分史をめくったりしている。尾鈴山の雄大な姿は目の前だし、遠くに垣間見える阿蘇の山々も、山好きの私にはうれしい風景だ。
 早朝にはムジナと出くわし、驚くこともあるが、春は桜、秋は萩の花と、折々の自然の移ろいを眺めながら、私がエッセイストになれる一時だ。
 宮崎市 実広英機(75) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載