はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

まきの時代

2021-07-10 17:23:35 | はがき随筆
 散歩の道沿いに、昔からまきを扱う店がある。久しぶりに通りかかると、割り目も新しい束が積まれていた。店の軒まで高く積み上げられた時代もあるが、今は背丈ほどしかない。
 私が暮らすこの町では、昭和30年代に入ってからLPガスや灯油が家庭の燃料として普及し始めた。それまでは風呂もご飯炊きもまきが必要だった。
 まきは、雑木や伐採して用材にならなかったものから作る。わが家では祖父が担った。私は中学生になってから手伝った。最初は見よう見まねで丸材に力任せ、手おのを振り下ろした。はね返された。わずかに食い込んでも割れることはなかった。
 祖父が教えてくれた。
 「木には割れやすい向きがある。根の方を上にして立て、その中心へ手おのを振り下ろす。瞬間、力を入れる。手おのの跳ね返りを防ぐのだ」と。 
 頭で分かっても、できなかった。中心へ振り下ろした瞬間の力の入れ具合は、回数をこなしてやっと会得できた。力に頼らずとも素直に割れるのは、心地よかった。一人前になれたように思ったものだ。
 冬場は水が冷たい。まきの使用が増える。祖父はまき作りに励み、軒の高さまで積み上げて、きせるをくわえながら眺めていた。
 祖父が逝って60年余り。便利になった現代を見たら、どんな顔をするだろう。
 しかし、この町には今もまきの需要がある、懐かしい風景が残っている。
 山口県岩国市 片山清勝(80) いわくにエッセイサロンより

弟たちの幼い日

2021-07-10 17:16:23 | はがき随筆
 「川畑みかん」の名前は、単に子供たちが軽くつけたと思っていた。ところが川畑みかん発祥の地が南さつま市加世田の川畑小だと81歳で初めて知り、幼い11歳当時の頃を思い出した。
 叔父所有の野菜畑が自宅近くにあり、大木に鈴なりの川畑みかん。終戦後で、おなかペコペコの9歳と6歳の弟2人が「キャー」と大喜びで木に登り、騒いだ。
 声に驚いた叔父が怒鳴りに。すると、クマバチが叔父の顔をチクリと刺し「アイター」と腰を曲げて退散。弟たちは再び枝をゆすり、騒いでいたずらを続けていた。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(81) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

友の病院話

2021-07-10 17:09:35 | はがき随筆
 私の友人に産婦人科以外の全ての診察券を持っていた男性がいた。3ヶ月に一度、1ヶ月に一度、毎日行くリハビリ、といろいろな病院があった。
 薬も毎日3回、朝と夕、朝だけ、2日おき、3日おきと大変だったようだ。私の場合、朝だけ3種類で、なくなったら通院していた。
 彼の場合はほとんどが予約制で、全て決まっていた。忙しい日は午前2カ所、
午後2カ所とハードスケジュールであった。
 3ヶ月で大学病院、県病院、開業医の17か所をまわっていた。もう彼の病院話を聞くことができない。合掌。
 宮崎県日南市 宮田隆雄(69) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

ケルシー

2021-07-10 17:00:30 | はがき随筆
 10年ほど前、本紙「もう一度食べたい」の記事でハート形の青いスモモが載っていた。スモモ大好きの私は、ケルシーという響きのいい名前と、ハートの形にひかれ、すぐ取り寄せた。それは、今まで食べたスモモと全く違う上品な味とかわいい形で、すっかりとりこになった。
 苗木が熊本にあることがわかり、植えてから6年目の今年、ちっちゃな実が2個ついているのを発見。「うわーやったあ」と叫んでしまった。ネットをかけて大事に育て、先日収穫した。その味は、甘くて、上品でかわいくて、最高の味だった。来年が楽しみだ。
 熊本県天草市 畑田ももえ(56) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載機械

7月のきらめき

2021-07-10 16:53:43 | はがき随筆
 「カーン」。今朝もうちのテレビを突き破るような勢いで、大谷翔平選手の神わざとも見まがうフォームが宙に舞う。1回目のワクチン注射から3週間。キャンセルしたら迷惑をかけることになるので、あと何日、あと何日と緊張して待っていた。お医者様をはじめ看護師さんたちが、がっちりとチームを組んで、至れり尽くせりの対応をしていただき、安堵感もプラスして大きな大きな感謝です。年寄りのため息を見かねて、お隣のご主人が電動の機械で、伸びた垣根を美しく刈り込んでくださった。「ああ良かった」。7月の青空を仰ぎ見る幸せも。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

ウオーキング

2021-07-10 16:45:28 | はがき随筆
 脚力と脳の活性化のため、毎日ウオーキングを続けている。好んで歩くのは、市内の萩の台公園にある2㌔の周回コースだ。「天空の回廊」と勝手に名付けて楽しんでいる。
 山の頂きに設定された遊歩道を、歩きながら随筆を推敲したり、頭の中で自分史をめくったりしている。尾鈴山の雄大な姿は目の前だし、遠くに垣間見える阿蘇の山々も、山好きの私にはうれしい風景だ。
 早朝にはムジナと出くわし、驚くこともあるが、春は桜、秋は萩の花と、折々の自然の移ろいを眺めながら、私がエッセイストになれる一時だ。
 宮崎市 実広英機(75) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

列車違い

2021-07-10 16:37:59 | はがき随筆
 読みかけの本は阿川佐和子著「タタタタ旅の素」。読み進んでいくと、新幹線の列車違いの事が。ユニークな表現に思わず笑ってしまった。
 思えば20年ほど前に私も同じ列車間違いで失礼をした。紳士が立ち止まり「あのう、この席は」と切符を出された。私の切符も同じ座席だ。
 「もしかして列車違いでは」と再び切符を見ると、何と「こだま」ではないか。「ひかり」の席に悠々と座っている恥ずかしさ。失礼をわびながら、そそくさとその場を立ち去った。当時を思い出して、しばし苦笑していた。
 鹿児島市 竹之内美知子(89) 2021/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

まだ80歳

2021-07-10 16:29:29 | はがき随筆
 畑の約90本のアジサイが見事に咲いた。それを写した写真を数人の友人に送った。
 その中の一人、長年大学でピアノを教えてきたKちゃんから市民ホールで開催の「傘寿のピアノコンサート」の招待状が届いた。教え子数人とのコンサート。締めは彼女の声量豊かな独唱。久しぶりに心が震えた。
 その数日後、私の畑へお誘いした。数人の同級生と木陰の涼しい風の中、久々のミニ同窓会。コロナで抑えられていた心が開く。みんなの笑顔に元気をもらえたから80歳を超えても、もう少し雑草との戦いを続ける事にしよう。
 鹿児島市 西窪洋子(79) 2021.7.10 毎日新聞鹿児島版掲載

どこのどなた

2021-07-10 06:25:30 | はがき随筆
 ボランティアに買い物にと毎日バイクで通る五ヶ瀬大橋。多くの車が行き交う橋の隅っこを小さくなって走っている。
 夏場、所々にある水抜き部分に土がはまって草が生える。それを避けながら走ると車道寄りになりバイク乗りには危険だ。
 6月初めのある朝、草が刈られ走りやすくなっていた。自分は実行できず、8月4日の橋の日の行事に紛れて刈ろうかと思案しているだけだった。草刈り機を持った人が堤防にいたので聞いたら「違います」と言う。一言でもいいから礼を言いたい。
 宮崎県延岡市 露木恵美子(70) 2021/7/9 毎日新聞鹿児島版掲載

石州瓦

2021-07-10 06:13:22 | はがき随筆
 急用ができ新幹線で京都へ。以前から深い緑に赤茶色の石州瓦が点在する集落が目に入ると山陽路に入ったなという感じを強く受けていた。コロナ禍の自粛もあって数年ぶりの新幹線車窓。山口県内はそうでもなかったが、広島県に入ると石州瓦を乗せた民家が以前より明らかに減った感じがした。地域差もあろうが、10戸くらいの集落のうちせいぜい1戸か2戸。九州ではごく普通の黒っぽい瓦のほかにスレート葺きが増えている。耐震性などを考慮、より軽い方にという選択もあるのか、さりげなく時代の変化を教えられた新幹線車窓のひとときだった。
 熊本市東区 中村弘之(85) 2021.7.8 毎日新聞鹿児島版掲載

合歓の花

2021-07-10 06:05:01 | はがき随筆
 6月15日、白映え。開花の予感。16日、雨。芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」の風情そのままに花が咲く。ため息が出るほど美しい。
 17日、曇り。合歓の花力に圧倒される。中国の四大美女、あでやか豊満な楊貴妃とほっそりはかなげな西施。その西施に重なる合歓の花がこんなパワーを秘めていたのかと息をのむ気配に満ちたピンク色である。
 18日、白映え。合歓の花の命は短い。
 けれど大丈夫。1週間もすれば復活するだろう。合歓の花は咲いてしおれるを何度も繰り返し続けるはずだから。
 鹿児島県鹿屋市 伊地知咲子(84) 2021/7/7 毎日新聞鹿児島版掲載

薬はきらい

2021-07-10 05:57:44 | はがき随筆
 久しぶりの健康診断。結局、コレステロール値が高いので「薬飲みますか」と言われたが「1カ月待ってください」と食事療法頑張ることにした。
 油分を減らし、おやつもカット、できる限りの菜食としたが、結果は変わらなかった。先生は再度「薬飲みましょう」と言われたが「1カ月考えます」と帰宅。
 子供の頃は、苦い薬も平気で飲んでいたと親から聞いた。年と共に頑固になり、いろんな副作用のことなど知るにつれ、かたくななまでに、心は閉じたまま。決断の日は迫っているが、波立つ心はまだ拒んでいる。
  宮崎県日南市 永井ミツ子(73) 2021/7/6 毎日新聞鹿児島版掲載

朝顔が咲いて

2021-07-10 05:45:35 | はがき随筆
 2年生になる曾孫が、1年生の時に育てた「朝顔」の種を蒔き「いっぱい芽が出たよ」と待ってきてくれた。祖母になる長女が早速玄関前の庭に移植、支柱もした。ひと雨ごとに成長も早く、今ではピンク、薄紫など毎日咲いて楽しませてくれる。訪問の友人たちも「ああ綺麗ですネー」と暫く眺めてからの話となる。コロナで沈みがちな日常、予防注射も終え、一応ホッとした。翌日、子供、孫たちから「大丈夫だった?」とメールが届いた。「ありがとう。元気だよ」と返信。みんなの優しい心遣い。一日も早くコロナが終息しますようにと祈るのみ。
 熊本市中央区 原田初枝(91) 2021/7/5 毎日新聞鹿児島版掲載

年老いても 

2021-07-10 05:37:23 | はがき随筆
 老いた体と共に生き続けていくのは至難の業。肩や腰や足……。どこも痛くない日はもうなくなった。食が細くなったわけでもないのにちょっと働いただけですぐダウン。効率の悪い体に成り果てた。評論家、樋口恵子著「老いの福袋」にご自分の体の状態をヨタヘロ期と表現されている。私は元来のろぐず。視力障碍もあってよろよろ歩く。物にぶつかったり転んだり。
 こんな体を持て余しながら月に2回の声楽のレッスンを受けている。先生の素晴らしい歌声を耳にするだけで元気になれる。歌ってみたい曲がたくさんあるので続けていきたい。
 鹿児島市 馬渡浩子(73) 2021/7/3 毎日新聞鹿児島版掲載

空を

2021-07-10 05:29:50 | はがき随筆
 今の車は便利だ。スライドドアはゆっくり自動で閉じてくれる。昔はパタンと占めてさっさと歩き出していた。今は確かに便利だけれど、このゆっくりがもどかしい。離れてキーボタンを押せば済む話だが、やはり閉じ切るまで待っている。手持ち無沙汰の数秒間、最近こうしてみた。それは空を見上げること。背筋を伸ばして天を仰ぐことだ。久しくしていなかった。時にぽっかり浮かぶ雲。それを切り裂き飛ぶツバメ。時にはさそり座、アンタレス。毎日、毎回違う天空。結局しばらく眺めている。なぜそんなに急ぐのだ? と今日は入道雲が笑っていた。
 出水市 山下秀雄(52) 2021/7/3 毎日新聞鹿児島版掲載