父は平成元年、85歳で往生した。晩年は脳梗塞を患って10年近く右半身がまひしていた。私は高齢の両親を看るため47歳で教職を辞し、翌年には寺の住職を継職した。右の手足が不自由な父の入浴と晩酌の面倒は私が担当した。父は若い頃から酒豪で、梗塞を患ってからも体力が回復すると晩酌を欠かさなかった。5・5のお湯割り焼酎を1杯と約束した。ところが、だんだんと体調がよくなると1杯は1杯でも焼酎の濃いのを要求するようになった。なるほど、その手があったか。ついに5・5を2杯に変更した。あれから29年。父との晩酌を思い出す。
志布志市 一木法明 2017/12/22 毎日新聞鹿児島版掲載
志布志市 一木法明 2017/12/22 毎日新聞鹿児島版掲載
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