はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

果業45年

2017-02-10 21:30:46 | はがき随筆
 甘夏ミカンの収穫期。握り拳よりも大きい黄金色の玉。父と母とがちぎる。樹上から切り取った実を高ばさみでつかんだまま、そっと地面に下ろす父。へたについた枝を切り落として箱に収める母。20㌔たまった箱を次々と軽トラに摘み込み倉庫の中へ。一日に60箱。重さ1㌧。雨の日には室内で選別作業。早朝に出荷をしながら、これが3月まで延々と続く。春になれば新芽の剪定、害虫の駆除。初夏からは雑草との闘い。日照りのときは根元へ給水。実が膨らむ秋には台風の心配。おかげで今の私が在る。しかし手伝えるのは土日のみ。父79歳、母86歳。
  出水市 山下秀雄 2017/2/9 毎日新聞鹿児島版掲載

忘れられた集落

2017-02-10 21:20:38 | はがき随筆
 84歳で一人暮らしの正月、テレビを相手にゆっくりと過ごしていると、ふと同じ境遇の同級生がいたのに気がついた。
 「あいつ、正月どうしてるんだろう」。電話をしてみたが通じない。考えだすとますます気になって重い腰を上げた。
 バスに乗り朝9時半に着いたが、玄関のカギがかかっており音もしない。近所を2.3軒まわってみたが人けのない家が多いのには驚いた。場所を言うのははばかられるが、鹿児島市の団地と団地の間の谷間にはこのような所が多い。「見放されたか」と我が身を振り返り、そおーっと自分の部屋に帰った。
  鹿児島市 高野幸祐 2017/2/9 毎日新聞鹿児島版掲載

グランドスラム

2017-02-10 21:14:41 | はがき随筆
 車の運転中はラジオを聴いている。パーソナリティーの楽しいしゃべりの間に流れるコマーシャルにも耳を傾ける。TVCMと違って、言葉と音だけで商品をうまくアピールしていると「なるほど」と感心する。
 地元民放ラジオ局が1990年からラジオCMコピーのコンテストをしている。昨今の受賞者は12月に発表された。ガテン系職人組合をテーマにした私の作品は銀賞だった。これで金・銀・銅の3賞をゲットしたことになるが、最高のグランプリ大賞はまだ手にしていない。いつかは大賞受賞で、全賞制覇のグランドスラムといきたい。
  鹿児島市 高橋誠 2017/2/6 毎日新聞鹿児島版掲載

明りは輝いて

2017-02-10 21:03:16 | はがき随筆
 宅配便でブドウが届いた。送り主は、主人が昔勤めた会社の寮母さん。早速仏壇にお供えした。一粒一粒、寮母さんの成熟した人生の深い味が舌に浸透した。
 お礼の電話をする。声は元気そうだが、両目を失明して日々不自由な暮らしだという。数分間の沈黙。受話器の手が震え、涙した。謙虚、誠実な人柄で、誰からも慕われていた。切ない。私の心は奈落の底に沈んだ。この世の生きざまはぜいたくにも美しく映え、誠に申し訳ない。心に深く念じたい。亡き夫は、ブドウは目がないほどの大好物だった。
  姶良市 堀美代子 2017/2/7 毎日新聞鹿児島版掲載

郷愁のてっど

2017-02-10 20:56:57 | はがき随筆
しょがっどんの紙面「鉄路の記憶 駅の表情」を読んであの日を思い出した。父ちゃんが「(年始回りで)かごっまにいっか!」。すぐ「うん」と返事。かごっまとは鹿児島市内の意味。宮之城駅から西駅までSL(蒸気機関車)の旅となった。当時ぼくにとって、汽車に乗って「どこか遠くへ行く」ということは夢のようだった。トンネルが近づくと「はなんすが真っ黒になっど」と慌てて木製の窓を閉めてくれた。あのカタンゴトンカタンゴトンと体に伝わる音と、ポーッと響きわたる汽笛にツンとする煙のにおいは今も心に残っている。
  さつま町 小向井一成 2017/2/5 毎日新聞鹿児島版掲載