はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

至極の時 

2017-02-09 20:05:56 | はがき随筆
  わが陋屋の庭には白とピンクの詫助があり、寒風に耐えるように咲いています。時折、静寂を切り裂くようなヒヨドリの鳴き騒ぐ声にふっと我に返ることが多くなりました。ぼんやりしているぼくを気遣う妻が白の詫助を鉄色の美濃に無造作に挿し、春の足音を聞かせてくれます。一緒に聞くのが京旅行で買った香の薫りです。しまい忘れていた香を詫助が呼び起こしたようです。手のひらにぬくもりを感じながらいただく抹茶も春の色であり、香りを感じます。2人に穏やかな時間とほのぼのとした静けさが広がり、無上の幸せを感じる時です。
  志布志市 若宮庸成 2017/2/4 毎日新聞鹿児島版掲載

まるでお岩さん

2017-02-09 18:28:22 | はがき随筆
 


猫のイークンから食事を催促されたので「ハイ、ハイ、ただいま」と大急ぎで用意に向かった。イークンの食事処の手前に置いてある座布団をまたいだつもりだったのでが、左足が座布団の隅に乗っていた。するっと滑り、バタッと倒れ込んだ。ちょうど頭の位置に木製の裁縫箱があり、その角に左目の上を思いっきりぶつけた。相当強く打ったのでかなりの痛さだ。
 鏡に映してみた。目の周りが青く膨れ上がり、まるで怪談のお岩さんだ。イークンは平然と食事をしている。それを横目に見ながら、年はとりたくないものだと、つくづく思った。
  西之表市 武田静瞭 2017/2/3 毎日新聞鹿児島版掲載

二十歳の宝物

2017-02-09 18:22:01 | はがき随筆
 「みーちゃん、まだ起きてたの? 勉強してるの?」。3年前に逝ってしまった夫は、7年間ほとんど寝たきりだった。夜中によく目を覚まし、机にかじりついててるようにみえる10代の一人娘に声をかけたそうだ。
 「うん、勉強してるよ」「お母ちゃんは?」「お父ちゃんのベッドの下で寝てる」「起こして……」「起こさない方がいいと思うよ」「そうか、そうだよね。みーちゃん、お母ちゃんを頼むね! 勉強も頑張れよ」「うん。大丈夫! 守るよ」
 何回も何回も約束したそうだ。その真夜中の2人だけの時間が娘の宝物だそうである。
  鹿児島市 萩原裕子 2017/2/2 毎日新聞鹿児島版掲載

密かなる挑戦

2017-02-09 18:06:03 | はがき随筆
 私は昨年の9月から密かに挑戦していることがある。「仲畑流万能川柳」への投稿である。投句の方法は、はがきに5句以内。これまで約4カ月。はがきに4、5句書いて9回。相当な数を投句したがいまだ1回も掲載されない。万柳の欄は新聞の1面ですぐ目につく。あまりに没が続くので「初デビューいつになるのか仲畑さん」「万柳を止めにしょうか続けるか」「根気よく出せばいつかは載るはずだ」などと撰者に催促するが効き目なし。没の仲間の「掲載をしないと朝日に代えちゃうぞ」の句に救われ、挑戦が続く。
  志布志市 一木法明 2017/2/1 毎日新聞鹿児島版掲載

〝やる気〟減退

2017-02-09 17:50:55 | はがき随筆
 元気だけが取りえの私にとって65歳以上の高齢者といわれるのが不満。今回、74歳以下が準高齢者と定義見直しが提言されたという。少しは納得した。とはいっても老いはジワジワと近づいている感じ。近ごろ〝やる気〟が減退したか。寸暇を惜しんでいた家庭菜園も昨年の夏と長雨、雑草の繁茂にやる気を失い、買う野菜に変わった。掃除も、拭き掃除のはずがモップに変わりスイスイと手ぬき。目覚めと同時にスケジュールをたてたはずが、一日終わってみると何か満足感がない。「おーい」、やる気さま、帰ってきてくれ。
  阿久根市 的場豊子 2017/1/30 毎日新聞鹿児島版掲載

反故

2017-02-09 17:44:27 | はがき随筆
 若き頃、昼休みにバイクの雑誌を見ていると、後ろから女性事務員が「私、バイクに乗ります」と声をかけて来た。そしてバイクを真ん中に彼氏とツーショットの写真も見せてくれた。
 紅葉の侯に「あなたは奥さんと、私は彼とドライブしましょう」と誘われ「そのうちに」と応えたら「行きましょう」と笑顔を返してくれた。
 数カ月後、彼女は体調を崩し、入院し帰らぬ人となった。数十年来の「そのうちに」の約束が紅葉の季節によみがえる。
 昨秋、妻と日田街道を車で走っているとき、前方にツーリングのグループが見えた。
  出水市 宮路量温 2017/1/31 毎日新聞鹿児島版掲載

気分のいい温泉

2017-02-09 17:36:16 | はがき随筆
 近場の温泉に行った。脱衣所のロッカーのドアを開けたら忘れ物の財布があった。近くにいた人に訪ねても持ち主はいなかったので、受付の人に届けた。
 温泉につかりながら、自分の置き忘れた財布が戻ってきたこと、妻が落とした財布も警察経由で戻ってきたことを思い出した。運転免許証やカードも入れていたので、人の善意のありがたさを感じた出来事だった。
 帰り際、受付の人に呼び止められ、財布が無事持ち主の手元に戻り、安堵されたことを知らされた。当たり前のことをしただけだったが、いつになく気分のいい温泉だった。
  姶良市 中馬和美 2017/1/28 毎日新聞鹿児島版掲載

50年ぶりの声

2017-02-09 17:21:45 | はがき随筆
 「高校の柔道部の1年後輩の久野です。お分かりですか?」「おお、久野茂樹くんか。懐かしいなあ。どうした? 今どこから? 鹿児島?」身の丈184㌢の私に得意技にするようにと、徹底的に払い腰を仕込んでくれた部長。「すみませんでした。期待に応えられなくて。なかなか上達できなかったことをずっとおわびしたくて……」
 あれから50年。お会いする機会もないまま、お互いに老境に入った。脳梗塞を患ったという。「先輩どうぞお元気で!」「電話、本当にありがとな」。思い出の中の先輩がにこっと笑った。
  霧島市 久野茂樹 2017/1/27 毎日新聞鹿児島版掲載