現存12天守紀行 「伊予松山城天守」1
画像は、本丸から撮った伊予松山城天守で、天守の造りが日本3大連立式天守の一つで、城郭も姫路城・和歌山城と共に日本3大平山城の一つである。
標高132mの勝山山頂に本丸を、山麓に二之丸を、平坦部に三之丸を構えている四国最大の城である。
本丸のある勝山は二つの峰からなっていたが、加藤嘉明は築城にあたり中間の谷間を埋め峰を均して南北に細長い本丸を築いた。北側に本丸本壇である天守曲輪を築き天守は5層の天守であったが、3代藩主松平定行の時、3層の天守に改築した。
天守は初代5層の天守台に3層の天守を造ったのでずんぐりとした天守だが小天守や櫓、廊下櫓等で連立していて小型でありながら均整を保っているから美しい。
画像は、本丸から撮った伊予松山城天守で、天守の造りが日本3大連立式天守の一つで、城郭も姫路城・和歌山城と共に日本3大平山城の一つである。
標高132mの勝山山頂に本丸を、山麓に二之丸を、平坦部に三之丸を構えている四国最大の城である。
本丸のある勝山は二つの峰からなっていたが、加藤嘉明は築城にあたり中間の谷間を埋め峰を均して南北に細長い本丸を築いた。北側に本丸本壇である天守曲輪を築き天守は5層の天守であったが、3代藩主松平定行の時、3層の天守に改築した。
天守は初代5層の天守台に3層の天守を造ったのでずんぐりとした天守だが小天守や櫓、廊下櫓等で連立していて小型でありながら均整を保っているから美しい。