味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

修心の要は三。曰わ仁、曰わく明、曰わく武。

2015-07-15 09:55:16 | ブログ
第2390号 27.07.15(水)
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修心の要は三。曰わく仁、曰わく明、曰わく武。治国の要は三。曰わく人を官にす、曰わく賞を信にす、曰わく罰を必にす。『宋名臣言行録』
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心を修める要領には三つある。それは仁すなわち情け、明すなわち明察、武すなわち武力である。
 国を治める要領にもまた三つある。適当な人間を官途につけること、賞すべき人間には必ず賞を与えること、罰すべき者には必ず罰を科すこと、である。これが心を修め、国を治めるに必要な三つの要領である。(司馬公のことば)631

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 【コメント】このように漢籍の言葉をご紹介しながら、自分にしっかりせよと言い聞かせているのですが、ポカばかりあるような気が致します。
 でも基本的には、人様のためにと思ってやっているし、『南洲翁遺訓』の精神に違背しないようにと心がけているつもりですので、間違い等々ございましたにら、お教えいただきますようお願い致します。
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 上にご紹介したその隣に次の言葉もございます。〈書は誦を成さざるべからず。----本を読むならば、暗記するまで読まなければならない。〉全く同感です。これは26.10.23ご紹介したものです。

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 そして数日前ご紹介しましたが〈晩年の石坂泰三さんは、数々の古典の書写を通して自分をみつめるのが日課でした〉とあります。
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 昨日は、第一生命のセールスの方においでいただきご講話を拝聴しました。今年で九年になると申していましたが、それはそれは詳しい方でした。お話を承りながら、本人のお心から出る明鏡止水の精神が、保険の商品の説明と一緒に溢れ出て来て、聞く者をして感動の渦に巻き込んでいくのです。こういう人にお願いして保険会社とご縁を持つべきだと考えた次第でした。
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 そして、その昔、いろいろ家庭的なことで悩んだということもお聞きしました。今時、学校でいじめられたと言って騒いでいる子供、保護者に聞かせてあげたいと思った次第でした。何があっても生き抜くということを。
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 人が悪口を言ったから、頭を叩かれたから、死ねといわれたら、靴を隠されたから、と言ってなんで死ぬのだろう。この現象はどうして今日的になったのでしょう。大戦後、平和教育と称して、「平和・反戦・人権」思想の行き過ぎなんです。これに厳しい「躾け」をセットにしなければならなかったのです。
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 私の道場では子供たちがジャレあっています。ある時、そのジャレに対して「いじめだ、いじめだ」と言った子どもがいました。それはいじめではない、ジャレというのだ、と大声で言い聞かせたことがありました。幼児の子供たちを含めて、清く尊く強く正しく生き抜くことを空手道場で教えているのです。
 昭和の碩学として名声を博して来た安岡正篤師も、国を蘇らすには「精神」が何よりも大事なのだと書いています。それでいて決して争い事をしてはならないのです。戦争も勿論。
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 私も人様に負けず劣らず、難儀苦労を重ねてきましたが、保険セールスの方は睡眠時間4時間位だといいました。その方に80歳になった頃、『生きていて----栄冠』というテーマで自叙伝を書いてくださいとお願いしました。
 おそらく日本国中を席捲する大ブームを巻き起こすだろうと思います。今でも全国の中・高校で講演活動をして欲しいと思うのです。いろいろな話を76年間で聞いてきましたが、聞くに値する最高物語でした。こどもは
いたずらをしない、強く正しい子どもに育てましょう。

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『大学味講』(第227回)
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 (三) しかしその財を生ずるものは何か。これについて大学では
   「徳は本なり。財は末なり」
といっているのであります。ところが、この「徳本財末」の考え方が、従来往々にして誤解せられ、曲解されて、「徳は重んべきもの、財は軽んずべきもの」----即ち「徳重財軽」---とされてきたのであります。しかし「徳は本なり」を以て直ちに「徳は重し」となし、「財は末なり」を以て直ちに「財は軽し」とすることは、余りにも軽率な論理の横飛びであり、それは誰が見ても無理なことであります。
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 (四) これを原文について見ても「故に君子は先づ徳を慎む」とあるのでありまして、徳をまず第一にすべきであり、その君子の徳が誘引となって、「人」----「土」----「財」という一連のものが、いうなればその結果として生じてくるものであるというのであって、こうしてみると「徳」と「財」とは「先後」の関係であり、「因果」の関係であるともいうべきものでありましょう。

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『論語』(第327)
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 子貢問うて曰はく、「郷人皆之を好みせば如何。」子曰はく、「未可なり。」「郷人皆之を悪まば如何。」子曰はく、「未可なり。郷人の善なる者之を好みし、其の不善なる者之を悪むに如かず。」
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 子貢が孔子に、「郷里の人皆に好かれるような人が善人でありましょうか。」と尋ねたところ、孔子が「そうとも言えぬ。」と言った。そこでさらに「それでは郷里の人皆に憎まれるようなのが却って善人でありましょうか。」と尋ねた。孔子「そうとも言えぬ。郷里の善人に好かれ郷里の悪人に憎まれるのが善人じゃ。」
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『農士道』(第206回)
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 外編の諸説はこの意味に於て、農士道の明月を賞しての池畔の廻逍であり、到彼岸の乗船の案内である。農道的生活の切要なる所以を、或は哲学的に、或は歴史的に、或は農民の實際的態度より考察し論究したが、それは要するに農道生活の彼岸に到る方向を示す指針であったのである。農道生活がかくも大切なものであるといふ理由の説明であったのである。到彼岸の乗船であったのである。然し真に道の実践に志す者は、やがて此の船より降りて彼岸を究めねばならぬ。内篇はかくて農士道の内容ともいふべきものである。-----外篇がその輪郭とも謂うべきものなるに対して-----。
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