第3013号 29.03.31(金)
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倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。『史記』
衣食が足りて生活の憂いがなければ、自然に名誉を重んじ、栄辱を知る。
また、経済が発展し生活が安定してこそ、礼節を重んじ、人間の尊厳を大切にする気持ちが出てくる。
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前七世紀、斉の桓公に仕えた名宰相管仲のことば。かれは斉の経済を再建し桓公を覇者にのしあげた。普通言われる「衣食足りて礼節を知る」はこれをつづめたもの。
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『国家の徳』より一部転載します。
私は高校時代から、学校の帰りに夕飯の材料を買って帰ったのだが、その時よく店の人に「奥さん」と言われた。「産経抄」によれば「五十歳から『お姉さん』、その前が『お嬢さん』」と言われている大阪とは、雲泥の差だ。
最近の名称の変更で一番愚かしいのは「看護師」である。看護には女性がいい場合と、男手で力が要る場合があるだろう。緊急の場合に「その看護師は、男性ですか、女性ですか」などと愚問を発するようにしたのだ。
こうした名称の変更は、ほとんですべて女性団体の力によるものだという。人間は男か女のどちらかなのだ。圧力で呼称を変えさせても実質とは関係ない。私は「女性運動」の講演会には行かない。それこそ性差別の表れだからだ。
曽野綾子氏の堂々たる発言であります。溜飲が下りました。こういう愚かな提案をする女性団体があるから、世の中おかしくなるのだと思います。男女平等は理念の範疇で言うのであって、男と女は天の力によってこの世に出でているのです。機能が異なる以上、男・女は明確にした方がよろしいかと思います。社会混乱を提起しているようなものだと思います。
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昨夜は第二道場の御稽古日でした。素晴らしい子供たちが御稽古にきてくださいました。最近入会した子供もやってきてくれました。超能力の持ち主だという彼は、自分の着物などは自分でキチッと着用しなければならないのですが、それが出来ないのです。
指導中にいろいろ喋って説明すると、話の途中ですぐ質問をするのです。自分のことしか頭にない発達障害というのだそうです。知的に優秀であるから大学を卒業して仕事をするため、会社の入社試験を受けても世の人々と協調する社会性が身に着いていないので、面接で撥ねられるだろうと思います。
そういうバランス性のかけた所を直してあげなければと昨夜も智恵の限りをつくしました。
一部の稽古が終了してから御稽古にくる田上青年は、とっても素晴らしくなりました。本永少年みたいなところもありましたが、対応が上手に出来るようになりました。とにかく心が美しいのです。
お稽古の際、『南洲翁遺訓』とか西郷隆盛の漢詩を諳んじてもらうことにしていますが、見事に発表してくださいます。
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『臥牛菅実秀』(第545回)
やがて一琴は言葉をついで昂然としていった。
「そうではあるが、今の世にある人たちにくらべれば、わしこそは団十郎であろう。」
※団十郎。歌舞伎の名優市川団十郎の至芸を日本一といったことから、日本一の代名詞となった。
この道に志した以上は、この道の聖といわれる後藤裕乗にならおうと苦修してきた人のこの一言を、実秀は心に深く受け止めた。そしてこの一粒の種子を一粒のままには終わらせなかったのである。
明治六年に赤沢経言が初めて実秀に師事したときに、実秀は、
「自分は伊尹、傅説を目標としている。」
と厳然としていっている。
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倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る。『史記』
衣食が足りて生活の憂いがなければ、自然に名誉を重んじ、栄辱を知る。
また、経済が発展し生活が安定してこそ、礼節を重んじ、人間の尊厳を大切にする気持ちが出てくる。
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前七世紀、斉の桓公に仕えた名宰相管仲のことば。かれは斉の経済を再建し桓公を覇者にのしあげた。普通言われる「衣食足りて礼節を知る」はこれをつづめたもの。
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『国家の徳』より一部転載します。
私は高校時代から、学校の帰りに夕飯の材料を買って帰ったのだが、その時よく店の人に「奥さん」と言われた。「産経抄」によれば「五十歳から『お姉さん』、その前が『お嬢さん』」と言われている大阪とは、雲泥の差だ。
最近の名称の変更で一番愚かしいのは「看護師」である。看護には女性がいい場合と、男手で力が要る場合があるだろう。緊急の場合に「その看護師は、男性ですか、女性ですか」などと愚問を発するようにしたのだ。
こうした名称の変更は、ほとんですべて女性団体の力によるものだという。人間は男か女のどちらかなのだ。圧力で呼称を変えさせても実質とは関係ない。私は「女性運動」の講演会には行かない。それこそ性差別の表れだからだ。
曽野綾子氏の堂々たる発言であります。溜飲が下りました。こういう愚かな提案をする女性団体があるから、世の中おかしくなるのだと思います。男女平等は理念の範疇で言うのであって、男と女は天の力によってこの世に出でているのです。機能が異なる以上、男・女は明確にした方がよろしいかと思います。社会混乱を提起しているようなものだと思います。
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昨夜は第二道場の御稽古日でした。素晴らしい子供たちが御稽古にきてくださいました。最近入会した子供もやってきてくれました。超能力の持ち主だという彼は、自分の着物などは自分でキチッと着用しなければならないのですが、それが出来ないのです。
指導中にいろいろ喋って説明すると、話の途中ですぐ質問をするのです。自分のことしか頭にない発達障害というのだそうです。知的に優秀であるから大学を卒業して仕事をするため、会社の入社試験を受けても世の人々と協調する社会性が身に着いていないので、面接で撥ねられるだろうと思います。
そういうバランス性のかけた所を直してあげなければと昨夜も智恵の限りをつくしました。
一部の稽古が終了してから御稽古にくる田上青年は、とっても素晴らしくなりました。本永少年みたいなところもありましたが、対応が上手に出来るようになりました。とにかく心が美しいのです。
お稽古の際、『南洲翁遺訓』とか西郷隆盛の漢詩を諳んじてもらうことにしていますが、見事に発表してくださいます。
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『臥牛菅実秀』(第545回)
やがて一琴は言葉をついで昂然としていった。
「そうではあるが、今の世にある人たちにくらべれば、わしこそは団十郎であろう。」
※団十郎。歌舞伎の名優市川団十郎の至芸を日本一といったことから、日本一の代名詞となった。
この道に志した以上は、この道の聖といわれる後藤裕乗にならおうと苦修してきた人のこの一言を、実秀は心に深く受け止めた。そしてこの一粒の種子を一粒のままには終わらせなかったのである。
明治六年に赤沢経言が初めて実秀に師事したときに、実秀は、
「自分は伊尹、傅説を目標としている。」
と厳然としていっている。
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