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味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

7.立志の功

2016-11-30 10:40:39 | ブログ
第2892号 28.11.30(水)
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7.立志の功
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 立志の功は、恥を知るを以て要と為す。『言志録』

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 〔訳文〕 志を立てて実績をあげるには、恥を知ることが肝要である。
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 〔付記〕 この場合の恥は外からのはじばかりでなく、内心にはじることも含まれていることと思う。
  古人のうち、屈辱をうけ、そのために発憤して、後世に名を残した例は少なしとしない。
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 私は空手道教室で今日の日本は、恥の文化がなくなりましたと子供たちに話しています。お金を与えさえすれば、バンツを脱いでお尻を平気でみせる女性が多いとききます。そういう女性に興味を持つことは考えるべきです。
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 男が女に、女が男に興味を持つのは当然ですが、人様が見て首を傾げることはしない方がいいでしょう、と。厳しく自分を律して行かないと、そういう非違行為で有名になると、現認されると大事な仕事を失うことになるからです。
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 折角勉強して難関の試験をパスしての警察官となって、一寸した気のゆるみから、非違行為に走り、警察官を罷免に成る人が後を絶ちません。警察学校ではそういう躾教育もすべきだと思います。私がおつきあいしてきた警察官は本当に素晴らしい方々ばかりでした。
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 私がここに書くことは芸能界では当然のことだという人がいますが、本当なのかも知れません。昨日も言及した所ジョージ氏の死刑という落書問題も、本人が人様をみだりに刺激しない全うなやり方でテレビに映るのであれば、落書はなくなると思うのです。
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 昨日は鹿児島史談会講演会の件で、主催責任者の伊牟田先生から連絡がありました。開催日は1月22日になりそうです。そして円心会の出し物として「空手の舞」は是非お願いしますということでありました。
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 そこで空手の舞を実演してくださる予定の中島嬢に、特にお願いの電話をした次第でした。高校生としての勉強と、そして自宅での空手道の稽古等々に励んでいるのだと伺っています。
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 それは数か月ぶりに道場に来ていただいて演技を見ればすぐわかります。お父上も聖賢といっていい人格者だし、娘さんがたもそれはそれはお見事の一言です。その従妹に『南洲翁遺訓』発表の世界的権威者・カナコ様がいるのです。
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 空手道は学問なんです、と私が言ったら、世の空手道家たちが猛反撃するでしょうが、私は、空手道は学問であり、人格陶冶の一過程だと捉えているのです。ついたり蹴ったりだけでは人格は出来上らないからです。
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 半世紀前、枕崎で空手道場を作り、組織化しようとして、私が案内のパンフを作成しました。それを市内数か所に貼付したのでした。その中に真面目な青少年を歓迎しますと書いたのでした。ところが、物凄い反撃を受けたことがありました。
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 指導者と役員の名前を書いたのですが、その中に枕崎一の不良がいるではないかという苦情でした。当該男は同窓生であり、いろいろ取り持ってくれた人であったのでした。
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 世の人々は、声なき声であっても、真面目に、厳しく人生に挑んでくれているのだと実感したものでした。当該御仁は已に天に昇っていますが。
 言えることは人が見ていようがも見ていまいが、とにかくまじめにすることだと思います。そのお手本が、『南洲翁遺訓』であり荘内南洲会の先生方なのです。

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『臥牛菅実秀』(第426回)
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    (六)
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 実秀は好んで人の師となる人ではなかった。ただ、ひたすら人材を求めていたのである。そのために人に教えて倦むことがなかったのである。
 実秀は家族の人に、
「みんなは、このわしが来る人、来る人を叱りつけているように思っているかも知れないが、自分の言おうとすることが、相手になかなか徹底しないのは、自分の誠意が足りないのだと自分で自分を叱りつけているのだ。」
といっていたという。
 実秀はまた、自分を学者先生などとは頭から思っていなかった。。
 実秀の十代には、気力を振いおこし体躯を躍動させて始めて体得できる槍術に熱中し、二十才過ぎに職務上から読書に親しみ、その後、幕末維新の騒乱の中で骨に徹する辛酸をなめ味い、そして県参事退官後、再び新たに経書を学んだ。

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6.学は立志より要なるはなし

2016-11-29 09:41:04 | ブログ
第2891号 28.11.29(火)
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6.学は立志より要なるはなし
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学は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之れを強(し)うるに非らず。只だ本心の好む所に従うのみ。

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〔訳文〕 学問をするには、目標を立てて、心を振い立てることより肝要なことはない。しかし、心を振い立たせることも外から強制すべきものではない。ただ、己の本心の好みに従うばりである。
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 〔付記〕 物事を成就するには、立志だけでは駄目である。まず志を立てる。これは発心(ほっしん)である。次は実行に踏み出す。これは決心である。これだけではまだ駄目で、これを成功するまで継続しなければいけない。これを持続心という。
 とにかく、立志は人をしていきいきとさせることは確かである。
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 この項では、学問について言及していますが、ひとり学問だけでなく、仕事などすべてについて言えることなのです。これからの社会に巣立つ青年たちの多くは、自分に合っていないということを口に出します。仕事をする前から、怯んでにげてしまうのです。
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 これらは間違いなのです。一応は10年でも徹底して仕事に取り組む情熱が欲しいものです。私は有難いことに父の事業の借金返済のために、数多くの仕事をしてきました。
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 勿論、電電公社に入社して本業をしながらです。人様の何倍も働いてきました。仕事は人間社会に必要なものであり、必ず通じる、あるいは共通する部分があるのです。
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 自宅のすぐ前には大きな駐車場があります。その駐車場の横にある傾斜した土手には樹木が聳えています。その樹木が邪魔になることもあるので、伐採をするのです。地上7.8メートルある所に梯子を立て掛けて、それを伝わって登り木を切るわけです。
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 77歳の高齢者が一人で実施するのです。これらは、その昔、土方まがいの仕事をしていた時、ノウハウを覚えているから出来るのです。他の人がこれらをしたら、梯子がすべり、本人は墜落し、死亡事故につながるでしょう。そういうことがないように、人様の何倍も安全の工夫をしなければならないのです。普通の仕事にしても言えることなのです。
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 現場で指揮監督をしているだけでは駄目なのです。自分でも実践して身体に叩き込むことが肝要なのです。その昔、奄美大島での監督時代、下請け現場の人達と、一緒に山の中にはいり、ケーブルを引くためロープを引っ張る仕事をしたものでした。
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 気違いみたいにロープを引くものだから、下請けの人たちが、監督さんは何故そんなにするのですかとよく問われました。身体を鍛えるためです、と答えたものです。
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 俺は監督だとして、手をポケットに入れて、高見の見物みたいにしていては、仕事の奥義は覚えないし、身体も鍛えられないのです。そういう同僚・後輩たちは悉くあの世に行きました。当時は地下足袋をはいたまま監督事務所に寝泊まりしたものでした。伝票を整理したり一晩中仕事をしたものでした。たまには焼酎を飲みながら徹夜で仕事をしてきたものでした。
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 鉄拳で100人の人を一発で殴り飛ばした空手道の弟子・岩坪清美師範が、味園さんと三日付き合えば死んでしまうと言ったことがありました。空手道の稽古をして道場でそのまま眠り、深夜に起きて稽古をするということをしたきたものです。高校時代深夜の電報配達をしていた頃、寝る間も無い位仕事をしてきたからだと思います。今振り返り、壮絶な仕事ぶりでした。
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 これらは今日の言志録の解説に在る「成功するまで継続する持続する」習慣を身体が覚えてくれたからであろうと思います。 
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 昨夜は携帯電話に吉報が入りました。円心会の仲間の中〇教諭が鹿児島県の教育界で優秀であったとして、表彰を受けたという知らせでした。ある事件をきっかけに道場入りしたのですが、それはそれは今時の先生とは違うタイプなのです。
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 円心会には元中学校校長を歴任した素晴らしい方もおられますが、一方、世の中を引っ掻き回してきたと陰口を言われる人もいました。そういう中で中〇教諭は、聖賢と評していい人格者なのです。そういう素晴らしい人格者の方々と空手道教室で御稽古できる後期高齢者は有難く存じてい.
次第です。
 
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『臥牛菅実秀』(第425回)
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 実秀のもとに集る青年たちは貧乏などは当り前のこととしていた。そして実秀の大きな翼の中で思う存分に暴れまわっていた。裸木にふくむ冬の芽のように、青年たちの生命力は内に充実していった。
 遠藤厚夫を講師とする経書の会は、明治八年に実秀によって始められたのであるが、実秀はいつもその会に出席して静かに講義を聞き、ときには問題を提起して青年たちを啓発した。そして経書の会の後も講義の要点をくりかえし噛みしめ味わい、それを青年たちに語って倦むことがなかった。また青年たちに釣や猟をすすめて英気を養わせ、時には詩文の会を主催して心に潤いを与えることにつとめるのであった。 

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5.憤の一字

2016-11-28 09:39:12 | ブログ
第2890号 28.11.28(月)
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5.憤の一字
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憤の一字は、是れ進学の機関なり。舜何人ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり。

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 〔訳文〕発憤するの憤の一字は、学問に進むための(最も必要な)道具である。かの顔淵が「舜も自分も同じ人間ではないか』(成らんとする志さえあれば、自分だって舜のような人物になれるぞ)といったことは、まさに憤ということである。
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 〔付記〕「俺はなれる」と思うか、「俺はとても成れない」と思うかが、人間一生の分れ路である。松陰を育てた先生の村田清風が富士山を見て次のように歌った。
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 来て見れば さほどでもなし 富士の山
     釈迦や孔子も かくやありなん
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 大変気分のよい、元気な和歌だと思います。が、作者はそれに見合うような、論説・文献・業績を残しているのでしょうか。
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 先に菅原兵治先生の『農士道』を本件ブログでご紹介し、『臥牛菅実秀』も同時にご紹介してきました。
 特に心を打たれたのは、28.11.26、ブログに書いた菅臥牛先生の言葉でした。士族の人たちの生活が困窮していることに触れ、責任の一端は自分にもあると言っている所です。度胸があり、清廉であり、真摯なる生き方をしている人にして始めて云える言葉であろうと思います。
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 それに比べ、東京都市場問題では、当時の責任者は逃げまくっているようにしか見えません。尤も、作家だと言っても、それだけの人物なのでしょうから。
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 私が何故、荘内の先哲の方々と文献をブログでご紹介しているかと言えば、精神に濁りがなく、『南洲翁遺訓』の訓戒するとおりであるからなのです。西郷南洲翁の高潔さに微塵も劣らぬ処世術だと思っています。
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 竹下一雄先生が何時も口にしていた荘内精神を学び、『南洲翁遺訓』と一緒に谷山の地に広めてくださいということでした。円心会の各師範はそれらを充分認識しているのです。
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 ですからパフォーマンス集団とは行動を一緒にしたくないのです。
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 言志四録は何回も何回も読み、かつ筆写してきたのですが、今、始めてであったと思い、ご紹介することにしたのです。

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昨日は、所ジョージ氏への「死刑「という落書のことで、長嶋氏など、テレビ出演している人々が、卑怯だとか言って批難しました。私も落書に対しては同感です。
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 でもそれを書いた人は、書かれた本人の態度がどうしても許せないという切羽詰まった状況であったのかもしれません。
 以前も言及しましたように、テレビ出演している人々は、言葉や態度に注意をして貰いたいものです。私が言及したのは、所氏の十数年前の態度に怒った詩吟会の方々は大変な剣幕であったからでした。
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 日本の国は銃社会でないからいいようなものの、自由に所持できれば、闇夜に後ろから銃撃されないものでもないからです。
 テレビを見ていた人々が、その内容と態度等々の素晴らしさに酔いしれると同時に、余韻が後々まで残り、私たちもかくありたいという所作をしていただければ不毛な論争はなくなると思います。これは横で見ているテレビ局の職員にも言えることなのです。
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 私自身は他人様にお見せできるようなしぐさはできませんが、大くの御稽古事をしてきた関係で、素晴らしい対応の芸術作品を拝見してきました。それらは見た目できれいとかいうものとは異なるのです。

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『臥牛菅実秀』(第424回)  
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 このころ、実秀の門人の一人が、実秀を始め、日ごろより恩顧を受けている人々を自宅に招いて一夕の宴を開いた。
 翌日、実秀はその人に昨夜の礼を述べたあとでいった。
「あの心尽しの御馳走を一番よく味わったのは、多分このわしであろう。」
 そして、しばらく立ってから、ポツンといった。
「あの御馳走のために、細君の帯や着物がなくなったことであろう。」
 その人は自宅に帰って、このことを妻に話したとき、妻の目から熱い涙が溢れでた。妻の人は実秀がいったとおり、多くもない着物や帯を売って、酒や魚を調(ととの)えたのであった。
 それをひそかに察して、手作りの料理を味わってくれた実秀の心情に二人は泣いた。

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4.天道は漸をもって運る

2016-11-27 10:26:41 | ブログ
第2889号 28.11.27(日)
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4.天道は漸をもって運る。『言志録』
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 天道は漸を以て運(めぐ)り、人事は漸を以て変ず。必至の勢いは之を卻(しりぞ)けて遠ざからしむる能わず、又、之を促して速やかならしむる能わず。

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 〔訳文〕天然自然の道はゆるやかに運り動き、人間界の現象もゆるやかに変化するものである。しかし、ここには成るべくして成る必至の勢いがあり、この勢いはさけようとして遠く話すこともできず、またこれを促して、速くしようとしてもできないものである。
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 言志録は246条、言志後録は255条、言志晩録は292条、言志耊録は340条からなっています。この1133条の中から会心の条文を101ケ条選んで西郷隆盛は鹿児島私学校で青年たちに教えたとされています。

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 【コメント】私は、言志四録を読んで大いに励まされました。私の書斎には古典を中心とした文献が山積みされて足の踏み場もないほどです。大変有難いと思っています。
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 荘内南洲会ともご縁の深い安岡正篤先生のご著書と講演テープも数多く書棚に整理されています。
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 昨夜の空手道教室には傳田様ご家族が入門しおけいこをしてくださいました。お兄ちゃんは会話が少しく不自由だと思っていましたが、終盤に明快に話してくださいました。
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 先ほど史談会講演会責任者の伊牟田先生から電話があり、変更日程は平成29年1月22日(日)に開催したいやにお話されました。鹿児島の中学校と鶴岡の中学校の兄弟盟約?を結んでいるのでしょうか。
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 鶴岡の責任者は鶴岡市長様だとのことでした。来年1月と2月に子供たちにご協力をお願い致したいと思っています。円心会の関係者の皆様、何卒よろしくお願い致します。
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 今朝は荘内の中澤今日子先生からメールコメントがございました。ご芳翰を賜りながら、返信も差上げず申し訳なく存じています。

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『臥牛菅実秀』(第423回) 
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 その反面に、この言葉の底を流れる何か沈痛な響きを見逃すことはできない。実秀は同志の人たちを貧困に追い込んだのは自分の責任だと、ひそかに苦悩していたのである。
 実秀の詩に『犬塚一瓢(一貞の号)に寄す』という一首がある。
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   君が家 何の有する所ぞ
   宝となす義と仁と
   瓢を撫して酒無きを嘆じ
   帙を開いて古人を思う

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   ※帙。古代の書籍は巻物になっており、それを帙(ふみづつみ)に入れた。それから転じて書籍を指すようになっ    た。
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 この一首の詩によっても、実秀のもとに集っていた人たちの生活がどのようなものであったかが想像される。それと同時に同志の人たちの苦しい生活を自分の責任として、ひそかに憂えていた実秀の心情が、この一首の詩の底にも流れているように思われる。
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3.天に事うる心

2016-11-26 10:26:24 | ブログ
第2888号 28.11.26(土)
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3.天に事(つか)うる心
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 凡そ事を作(な)すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。

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 〔訳文〕すべて事業をするには、天(神または仏)に仕える心をもつことが必要である。人に示す気持ちがあってはいけない。
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 〔付記〕南洲遺訓の中に、
  『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽して人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』
   とあるのは、あるいはこの言葉からヒントを得たのではなかろうか。「天に事うる」というのを、「天を相手にする」といったところ は一層わかり易いと思う。
  人にはわからないということでも、天の神さまあるいは仏さまはちゃんと見ておられるのだということは、すべての宗教の精髄である。.
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 この辺の処は、『運命を拓く』をお読みになれば、より理解出来ると思います。因みに私は天風師の著書を20年間読み続けています。
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 『南洲翁遺訓』と漢籍と『運命を拓く』などをお読みになれば、人生を楽しく有意義に謳歌できると信じます。

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『臥牛菅実秀』(第422回)
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 ある日、実秀は盆栽の手入れをしながら、いつにないしみじみとした語調で、この甥にいったことがある。
「お前も貧乏でさぞ困っていることだろうが、士族の人たちの困窮を見るたびに想い起こすことがある。それは維新のはじめに大久保(利通)大隈(重信)伊藤(博文)らの人々が、みなわしに厚意を寄せてくれたことだ。もしそのときから、この人々と手を結んでいれば、いまごろは君たちも相当の官職について、衣食の心配などはしなくてもすんだことであろう。しかし、わしはひとり西郷先生の高潔な人となりを慕い、他の人には目もかさなかった。そのために君たちを今日のような苦境に追い込んでしまったので、これはみなこのわしのせいだ。だが、このように貧乏に苦しんでも、西郷先生が教えられたように、堯・舜・孔子の道を信じてよく学び得るならば、濁富をなして憂い多いより、はるかに愉快なことではないか。」
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 時代に適当に調子を合せて、かしこく立ち廻ったものが、果して立派な生き方をしたといい得るのか、自分の栄達のために策謀を弄する人が、果して堂々と人生を生き抜いたといい得るのか。貧乏に苦しもうとも、時代から置き去りにされたた者と嘲笑されようが、西郷隆盛が力強く示したこの道を信じ、この道に安立することが、濁富を積んで憂悶の多い者よりも、はるかに堂々たる生き方ではないかと実秀はいったのである。

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心から感動しながら、菅先生の弁を書きました。一時的に濁富に惹かれ栄華があっても、長い人生では、正々堂々真摯なる道を邁進したいものです。それこそを天は認めてくれるのです。天風師は宇宙霊と表現しています。
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 貧乏であっても、人と人が殺し合うシリアのような国よりか日本の国がよいと思うが如何でしょう。
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 実は12月18日、史談会主催講演会に出演依頼をされていましたが、主催責任者の体調の関係で、講演会の変更をしたいと申してきました。1月末か2月始めに変更し、会場を抑えそして連絡をしたいとの意向であります。円心会では、空手道教室の際、説明をしますが、このブログをご覧になられた方は、その旨、御承知願いたいと存じます。

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