味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

世には卑しき業なく、ただ卑しき人あるのみ。

2010-02-27 15:51:08 | ブログ

タイトル----世には卑しき業なく、ただ卑しき人あるのみ。第383号 22.02.27(土)

 白亜館の朝のことであった。急用で大統領を訪ねた秘書は、取次ぎに導かれて広間にはいろうとした。

 するとその廊下の片隅でしきりにごしごしと靴を磨いている男を眼にした。秘書は何気なくその傍を通り抜けようとして、あっと驚いて立ち停った。

 大統領リンカ-ンがしきりに自分の靴を磨いていたのである。「閣下、大統領の御身分で、そのような事をなさるのを他人に見られますと具合が悪うございます。ことにご婦人方には-----」

 秘書は大統領があまりにむきだしの田舎者らしい粗野の態度だという世間の陰口を、何時も気にしていたので、その朝は思い切って意見をして見た。

 するとリンカ-ンは、あの人なつっこいくぼんだ眼に微笑を豊に浮かべながら、「ほう、靴磨きは恥ずかしいことなのかね。ジェ-ムズ君。そりゃ違ってやしないかな。大統領も靴磨きも同じく世のため人のために働く公僕だよ。世の中に卑しい職業というものはないと思うよ。ただ心の卑しい人はあるけどね。」

 リンカ-ンはどこまでも朗らかであった。まだ靴墨のほのかに匂っている片手で、秘書の差し出す重要書類を取り上げ、靴を磨いていた時と同じような熱心さで一心にそれを読み始めた。『偉人は斯く教える』(一部修正)。

 リンカ-ン----米国第十六代大統領(1809年~1865年)。奴隷解放のため、南北戦争を戦い、苦戦の後勝利して、米国の統一を完成したが、56歳兇徒に暗殺された。

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『南洲翁遺訓』「こ」功に伐り驕謾の生ずるも

2010-02-22 19:43:27 | 南洲翁遺訓

タイトル----『南洲翁遺訓』 「こ」 功に伐(ほこ)り驕謾の生ずるも、 第380号 22.02.22(月)

 「脩業の出来ぬむも、事のならぬも、過ちを改むることの出来ぬも、功に伐り、驕謾の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己を愛せぬもの也。」

 この言葉は、『南洲翁遺訓』第二十六章に出て参ります。意訳は、「修行の出来ないのも、事が成功出来ないのも、過ちを知りながらそれを改めることが出来ないのも、自分の手柄を誇りたくなるのも、皆自分を許す心即ち自らを愛する心が其の原因である。それ故決して己れを愛してはならないものである。」(小野寺時雄著『南洲翁遺訓』)。

 愛とは、「敬天愛人」の「愛」と同じものである。すべての人は天から生まれながらに本性として与えられておる。その本性を一生涯健やかに生成化育するのが人間の道であると思われます。その愛は、人類にとっても、人生に於いても第一の道徳の根元である。その為に世の中に愛が亡ければ、人類も人生も滅びることになると思われる。ところが世間には愛と叫びながら世を混乱させることも多くある。又愛と信じながら人生を誇ることが無限に存在しておるのも現実の一面でもある。考えて見れば愛は一つでも二面があるように思われる。大事な愛と、愛とは言えない愛が共存しておると思わざるを得ない。(前掲書)。

 自愛心の愛とは、自分を甘やかす心、自分を主とする心、自分を許す心、自分に負ける心などたくさんある心がもとで発する愛は、明らかに人間の本性である愛とは異なるものである。このような愛は本来愛とは云えないものであり、この様な愛は大であればあるほど、自己を小さくすることになり、世の為にも障害を増すことになる。(前掲書)。

 西郷南洲翁は、政治を通して国家国民の安寧を図るために奔走した逸材であった。自らは清貧をものともせず、荒天時には雨漏りがする家に平気で住み、絶えず国に眼を向けていたのである。人間の真の幸せとは何か、真の愛とは何か、を人々が経験したことがない、過酷な体験を踏まえた実績からその精神を吐露したのだと言えよう。

 だからこそ、一世紀半過ぎた今でも、人々の心に生きて行く無限の力を与えてくれるのである。人間が生存するためには、食がなければならないことは自明の理である。ところが今日の日本では、贅沢極まりない食に関するものが溢れている、と同時に物万能主義に陥っていると言っても過言ではあるまい。

 人々を指導する立場の政治家にしてからが、一見不正ともとられかねない金を要求し、手に入れ、その力で国家を牛耳っている様が報道されている。これらは、先に紹介した〈自分を甘やかす心、自分を許す心〉が先行し、〈健やかに生成化育〉出来る本来の自助の精神を放逸していると言えなくもないのである。

 折も折、政治の世界では平成21年政権が交代した。半世紀の間、政権の座に胡坐をかいていた自民党が国民の鉄槌を受け、見るも無残な敗北を喫したのである。それは当然の報いであった一面もあるが、受け皿を担った民主党にしてみても、全く同様の金権体質は変わらず、国民を冒涜しているといってもいい状況である。このまま推移して行くと、前政権以上の国家的損失が国民に降りかかってくるような気がしてならないのである。ここで「驕る心」を戒めておかないと修復不能になる気さえするのである。

 政権交代後、鳩山氏は「愛とか命」という美辞麗句を並べているが、これらは哲学なき言辞であり、国の行く末を熟考していないお坊ちゃんの論理に聞こえてならない。母親からの子供手当てにしても、道義的頽廃とその病根に対する処方と治癒は人ごとみたいである。

〈愛とさけびながら、世を混乱させること〉にならなければよいが、と憂慮しているのは私だけではないと思うのです。

 

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鍼灸院開設のお知らせ。

2010-02-11 15:27:16 | ブログ

タイトル----鍼灸院開設のお知らせ。第373号 22.2.11(木)

 日本空手道少林流円心会、木場昌吾師範が鍼灸院を開設しました。開設の挨拶文作成に私も関りましたので、ご紹介致します。

 木場鍼灸治療院開設のご案内

 謹啓 皆様方におかれましては、ますますご清祥のことと拝察し、お喜び申しあげます。

 このたび、下福元町に鍼灸治療院を開設致しました。木場鍼灸治療院の木場昌吾と申します。謹んでご挨拶申しあげます。

 今まで、鹿児島市高麗町にあります、鹿児島鍼灸専門学校で学び、卒業後は(社)鹿児島県鍼灸師会会長・富山開正先生に師事し、先生のひとかたならぬご指導を賜りまして、私なりに鍼灸技術の向上に研鑽することができました。

 これまでの経験を基礎に、このたび鍼灸治療院開設の運びとすることができました。私の地元でもありますこの地域で、体の不調を訴える方々に、少しでも楽になって戴きたい、そしてお役に立ちたいといった気持ちで、治療行為に全力を尽くす覚悟でおります。

 まだまだ行き届かぬ点があろうかと存じますが、今後ともご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申しあげます。そして皆様に愛される鍼灸師になれますよう精一杯努力する所存ですので、なにとぞご用命賜りますよう併せてお願い申しあげます。          敬白

 平成22年2月吉日

                             木場鍼灸治療院 院長 木場昌吾

 木場昌吾氏が日本空手道少林流円心会に入門したのが、平成3年1月1日でありました。空手道修行暦18年になります。真面目で、運動神経抜群で、彼の体が空手道にあっている人物なのです。彼に指導したチントウの型は眼を見張るくらい素晴らしい芸術作品になりました。多くの指導者も、自分の弟子のことをそのように書くのですが、昌吾師範と同時に見比べたら、比較の対象にならない位の至芸化された芸術作品になりました。全国何処へ出しても決してひけをとらない上手さなのです。

 彼は高校卒業後、建設会社での作業員として薄汚れた作業着を着て仕事をしていました。そして若い頃は暴走族まがいのことをしていたそうです。その時私に言うと叱られるから黙っていたそうです。男は大なり小なり無鉄砲な時代があるものです。私もそうでした。今は神様みたいな岩坪師範もそういう時期があったのです。ところが年を重ねても判らない、人々の顰蹙を買う頭脳集団がいるのです。

 あれから10年、見違えるように成長しました。やがてその世界で大成するだろうと思います。でも、そこで、私が釘をさしました。本職は鍼灸師だからそれを大事にするのは当たり前のことです。その他に『南洲翁遺訓』を広めて欲しい、という条件もつけました。そして古典の世界を渉猟することも付け加えました。ほかに、あと二つあるのですが、ここでは書きません。

 人間やる気があれば出来るのです。鍼灸技術と、『南洲翁遺訓』と、中村天風師の哲学を学び、晩年には、木場哲学を編出すと期待しています。今の世の中、誰を信用したらいいのでしょう。こういう時期だからこそ、『南洲翁遺訓』で精神を洗い清めた木場青年たちが「人民の標準」、いわゆる人々のお手本にならなければならないと思います。

 昨年の選挙では、半世紀の間、政権の座に胡坐をかいていた自民党が大敗を喫しました。民主党ならいいだろうと思って投票したところが、政治家は全部一緒、自分のことしか考えていないということがはっきりしました。自民党は、鳩山氏の子供手当、小沢氏の四億円問題追及に汲々としていますが、それでは国民の信頼は回復しないと思う。何故そこに気づかないのだろうかと不思議でならないのです。

 我々はそういう人々とは一線を画し、『南洲翁遺訓』さらには古典を紐解き、これからの人生に邁進したいものです。

 木場昌吾鍼灸院院長おめでとうございます。これからが男の勝負です。仕事以外で名を挙げてください。日本空手道少林流円心会も応援します。

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『読売新聞』社説(22.2.6)の紹介。

2010-02-08 19:04:44 | ブログ

タイトル----『読売新聞』社説(22.2.6)の紹介。 第371号 22.02.08(月)

 社説 実績を汚した品位欠く行動  朝青龍引退

 横綱としての品位を欠く数々のトラブルを考えれば、引退はやむを得ない結末といえよう。

 大相撲の横綱朝青龍が現役を引退した。優勝した場所中に泥酔し、知人を負傷させた問題の責任をとった形だ。朝青龍は、「皆さんに迷惑をかけたことに対し、自分で(引退を)決めた」と語った。

 一方で、横綱審議委員会は、朝青龍の引退勧告書を日本相撲協会の武蔵川理事長に提出した。「一連の不祥事は畏敬さるべき横綱の品格を著しく損なうもの」と、横綱失格の烙印を押した内容だ。

 厳罰を求める声が高まって進退窮まり、朝青龍にとっては、引退届けを出すしか選択肢はなかったということだろう。土俵の内外での振舞いに、これほど物議を醸した横綱はいない。巡業を休み、モンゴルでサッカ-に興じていた問題では、2場所出場停止の処分を受けた。土俵上でのガッツポ-ズ、勝負が決まった後の「だめ押し」などにも批判が多かった。------

 スピ-ド感あふれる取り口、切れ味鋭い技――。力士としての卓越した才能は、多くの人が認めるところだった。-----こうした実績に、不祥事で泥を塗ってしまったことは、残念というほかない。

 師匠の高砂親方は指導力を示せず、トラブルを繰り返す朝青龍に行動を改めさせることができなかった。部屋の責任者としての監督責任は極めて重い。-----

---騒動続きの相撲界に嫌気がさしたファンも少なくあるまい。信頼回復には、魅力ある力士を養成し、充実した土俵を見せることが、何より大切である。(平成22年2月6日)

 平成22年2月8日、朝青龍が高校時代の相撲部監督・浜村敏之氏が、「彼の話を聞いて欲しかった」、「協会はマスコミに気を遣い--」と朝青龍を擁護する考えを吐露しました。

 私はテレビを見ていて、何と言う監督だろうと思いました。引退にまつわる要因は今回の問題だけでなく、過去の累積の結果であると思います。私はブログで何回もこのことにふれました。

 社説では「親方は指導力を示せず、トラブルを繰り返す朝青龍に行動を改めさせることができなかった」と書いていますが、師匠に改めさせる気概がなかったということです。そして高校時代の監督も、自分の手を離れているとは申せ、何故厳しい意見をしなかったのかと思われて残念でならないのです。

 私がこの件を再度書く気になったのは、親方衆が「品格」の有り方が分かっていないような気がするからです。昨昨日のNHKテレビでこの問題を取り上げました。その時、北之冨士解説者でさえ、「品格」について明確には答えられませんでした。

 そこで提案があります。親方衆に対して講義、講演会をしたらと思うのです。「品格」というテ-マで話す以上は、講師その人に品格がなければなりません。『呻吟語』と言う本に人物の条件を示しています。「深沈厚重ナルハ是レ第一等の資質ナリ」と。

 実は私は、昨年10月に二泊三日の予定で関係者と荘内南洲会の勉強会に参画しました。その間、理事長・小野寺先生から数多の高説を拝聴しました。会館での小野寺先生の講話は今まで聞いたことのない「品格、品位、威厳」のあるお話でした。世の中には聡明にして弁舌爽やかな人は数多存在します。が「深沈厚重ナル--」方の一人として元鳥取県知事・片山義博先生を挙げたいと思います。が、片山先生のお話は上手いが、親方衆の肺腑をえぐるお話ではないと思います。勿論整合性はあると思います。

 そこに行くと、荘内南洲会理事長・小野寺先生の講話だと親方衆が聞き入ること間違いないものと思います。70年間生きてきて親方衆に聞いて戴ける話が出来る人は、人多しと言えども小野寺先生を除いていないと思うのです。

 そこで荘内南洲会人間学講座の日に合わせて協会の方々が、参画し、「相撲道と品格について」というお話をお聞きすれば、これほど素晴らしいことはないと思う次第であります。

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門下生、同窓生へのお手紙の紹介。

2010-02-02 10:44:00 | ブログ

タイトル----門下生、同窓生へのお手紙の紹介。 第367号 22.2.2(火)

 日本空手道少林流円心会道場では、空手道の稽古と南洲翁遺訓等古典の勉強をしています。空手道を10分間稽古したら、南洲翁遺訓を暗記する、そしてまた、空手道の稽古をするという具合です。

 主宰者の私は空手道を始めて55年になりました。はじめる当初から、文武両道でなければならないと思っていたところに、道場建設と同時に南洲翁遺訓と出会ったのです。南洲翁遺訓は西郷隆盛の遺訓とされています。が、これは荘内地方で刊行されたものです。

 南洲神社は、鹿児島、庄内、沖永良部、都城にあります。私は南洲翁遺訓と出会い、そして荘内南洲会の先生方と出会い、多大なご指導を受けて参りました。荘内南洲会の初代理事長は菅原兵治先生、二代理事長は長谷川信夫先生です。そして現在の小野寺時雄先生が三代理事長なのです。

 荘内南洲会では西郷先生の遺徳を訪ねる旅と称して、鹿児島地方を訪問してくださいます。その旅行日程の中に私共・日本空手道少林流円心会道場の見学も入っているのです。今月20日午前9時から10時まで空手道と南洲翁遺訓等の発表をするのです。

 実は30日土曜日の稽古のときのことです。かねて興味を持っていないように思われていた「うとこういち」君が南洲翁遺訓を絶叫しました。その声の美しさ、はりのある素晴らしい声に私がビックリした次第でした。「あっ、こういちくんのこころに火が点いた」と思いました。そこで彼にハガキを出したのです。紹介します。70歳のじいさんから小学2年生へ、です。

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 宇都こういちさまへ   平成22.02.01

 このまえの土ようび、きいろおびをしめて よくがんばりましたね。あなたの なんしゅうおういくんはっぴょうのこえの大きさは とてもすばらしいとおもいました。

 あなたの だいのうにかんぜんにインプットして それがやがて あなたの人生に やくだつとおもいます。

 からだをきたえ、すこしずつべんきょうしてください。おとうさんよりも、おじいさんよりも かならずえらくなると わたしはしんじています。

 すばらしい光一くんと であって たいへんうれしいです。これからもがんばってね。

                                            みそのひろゆき

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 ハンサムで野球の投手をしていた友人が脳梗塞で倒れ、左半身不随だということを聞きました。その方が拙著を読みたいと言ったので送付しました。その方へのハガキ内容です。

 寒中お見舞い申し上げます。まもなく71歳になろうとしています。体調が思うに任せず大変だと思いますが、貴方の気力で是非乗越えてください。久々に電話で貴方の元気なお声を拝聴し大変嬉しく存じた次第でした。拙著『礼節のすすめ』いかがでしたか。

 貴方がまだまだ読書をする気があれば、天風師の本をお届けしようかと思いますがお読みになられますか。弟子の鍼灸師が曰く、天風師で元気になります、ということでした。

 人間、挑むか、諦めるか、私は前者を執ります。幾許もない人生、今まで以上に精力的に奮闘したく存じます。共に参りませんか。親友・味園博之拝

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