味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

人にそむくなかれ。『言志後録』

2010-04-28 18:05:50 | 学問

タイトル----人にそむくなかれ。『言志後録』 第444号 22.04.28(水)

 『言志後録』第十一章を紹介します。この書の末尾に昭和59年1月30日の日付印が押してあります。今から26年前のことです。45歳の時購入し、読んだり、筆写したり、録音したりし楽しんだことを思い出します。もともと大した能力がないことを承知していたので高望みはしていませんでした。当時は全く書けなかったのです。今でも大して書けないのですが。

 ところが35歳頃から始めた遊びの学問のお陰で、今はしみじみ良かったと思っています。それは私みたいな者でも続けることにより、どうにかなるものだ、ということを実証出来たからです。現在、円心会に集う若手師範が、漢字をしらない、文章を書けないといいます。以前の私がそういうふうにあったのです。だから、続けよ、俺みたいな者でもここまで来たのだから、といい続けているのです。

 私が遊びながらということは、根をつめると成功しなかった場合の落胆が大きいからです。学者同様の方々から見たら、遊びながらとはふざけるな、とお叱りを受けそうです。でも、これは私のやりかたなのです。だから私が主宰する空手道場では遊びながら、大声で唱えさせ、頭にインプットさせるのです。お陰で私の禿げ頭には、物凄い言葉が埋蔵されているということがわかりました。どうしてこんな言葉を俺は知っているのか、というのが出てくるのです。

 大切なことは言葉を覚え(暗記)させることと、精神面の練成・道徳観の培養です。空手道場ですから、勿論体躯の向上は望めます。身体を鍛えながら、能力を高め、精神を磨く、これほど良い人間修養方法はないと思うのです。なぜこれが大事かと言うと、若い時は無鉄砲をしがちだからです。

 私たちが20代の頃は車が少ない時代でした。お巡りさんと一緒に飲んで、酔っ払ってそれぞれ帰ったものです。でも今飲酒運転をすると罰金を科せられます。お金で済めばいいけど、死亡事故でも出そうものなら、刑務所に収監され、出所後、死ぬまで払い続けなければならないでしょう。何の為に、この世に生れて来たのか分からなくなります。だから、先ずは若気の至りで一生を台無しにするようなことがあってはならないと思うのです。その為に、空手道で強くなる以前の教えとして、「人の道」を教えなければならないと思うのです。そこに南洲翁遺訓の教えがあるのです。

 11 人にそむくなかれ

〈「寧ろ人の我に負(そむ)くとも、我は人に負く毌(なか)らん」とは、固(まこと)に確言となす。余も亦謂う、「人の我に負く時、我は当(まさ)に吾れの負くを致す所以(ゆえん)を思いて以て自ら返りみ、且つ以て切磋(せっさ)、砥礪(しれい)の地と為すべし」と。我に於て多少益有り。烏(な)んぞ之を仇視(きゅうし)すべけんや。〉

 通訳「たとえ人が自分に背くとも、自分は人に背くようなことはしない」ということは、まことに立派な言葉である。自分もまた言う、「人が自分に背く時は、自分が背かれるに至った理由を自ら反省して、それをもって、自分が学び、そして徳をみがく土台となすべきである」と。

 こうすれば、自分にとって大きな益があるし、争そいごともなくなる。どうしてこれを仇敵と見ることがあろうか。」

 秀吉がまだ木下藤吉郎といった時代、その下にいた者のうち、こんな主人に使われても望みがないから暇をとろうと申し出ると、藤吉郎は、「そうか」といって許すと同時に、「長い間世話になったが、外に行っても面白くなかったら、何時でも俺の所に帰って来いよ。」といって別れの酒を酌み交わすのが常であった。

 そうすると即座に「それでは思いとどまります」という者もあり、出て行った者も戻って来て、また、藤吉郎の配下になったということである。即ち、人、我に負くとも、我、その人に負かず、自ら反省する所に修養の基礎があり、人物の大きさがあるのだ。P25

 歴史に名を遺した偉人の言葉であり、味わうに惑うことはないと思います。ややもすると我々凡人は、実害がないにも関らず、人の業績をやっかみ、ののしり、妨害しようとすることもあるようです。

 中村天風師は、そういう行為は自らの人間生命を著しく阻害し、価値なくし、墓穴を掘る行為だと断じています。数奇な試練を乗り越えて来た天風師ならではの言葉は、ずしりとして重たいものがあります。

 人に何と言われようと、ただ黙々と「至誠一貫」人生道を邁進したいものです。人のしあわせも願いながら----。

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世渡りのコツは、人に一歩譲りましょう。『菜根譚』

2010-04-26 15:48:37 | ブログ

タイトル----世渡りのコツは、人に一歩譲りましょう。第441号 22.04.26(月)

 長い人生を生きて行く場合に大事なことは、出来れば他人と争そいごとを起こさない方がいいと思います。そしてまた訳のわからない人間と、トラブルを起こすことほど愚かなことはないでしょう。

 私が電電公社を退職したのが、55歳の時でした。5年早く辞めたのです。電気通信工事真っ盛りの頃でした。請負工事の監督として総監督をしていたのです。次から次に工事が発生すめため、10人の監督に公平になるよう工事の進捗・安全・品質等々について当該工事を担当して貰わねばならないのです。 

 新しく工事が発生したとき、今度はこの工事を担当してくださいと言うと、受ける前から文句を言うのです。こんなに忙しいのにこれ以上面倒を見れない、と。私から見たら、そんなに負担には見えないのですが、出来れば仕事が少ない方がいいとずるい気持ちになり、最初から拒絶するわけです。そういうことで後輩の監督と喧嘩まがいの論争をしたものです。貴方は何処から給料を貰っているのか、と机を叩いたこともありました。それは、労働組合がよけいな仕事をしない、運動をしたのが影響もしているのでした。

 このままだと本当に喧嘩をしなければならなくなる、と思い退職したのでした。その頃既に紹介する『菜根譚』は読んでいました。

〈世に処するに一歩を譲るを高しとなす。歩を退くるは即ち歩を進むるの張本なり。人を待つに一分を寛くするはこれ福(さいわい)なり。人を利するは実に己を利するの根基なり。〉(岩波文庫・今井宇三郎訳注『菜根譚』・菜根譚、前17)

 通訳「世渡りをするには、先を争うとき人と競争をせず一歩を譲る心がけを持つことが尊い。自分から一歩を退くことが、とりもなおさず後に一歩を進める伏線になる。人を遇するには、厳しすきないように、一分は寛大にする心がけを持つことがよい。でも、甘やかしてはならない。この人のためにすることが、実は自分のための土台となる。」(前掲書)参照。

 会社を退職したのは、分けのわからない人間と言い争いをするよりか、一歩も二歩も譲ろうと決心したからでした。いきなり退職したものですから、家内は私に泣いて抗議をしたものです。能力は大してなくても、かねがね真面目にしていたものですから、請負会社から働いて欲しいとの要請を受け、エコモという会社に再就職したのでした。結果的には、世の中を広く知ることが出来てよかったと思っています。それと前後して漢籍を購入し猛勉強を始めたのでした。大した成果はないのですが、早期の退職、漢籍との出会いは私の人生を大きく大きく広げてくれたのです。

 71歳の誕生日を迎えて、若い師範たちと競争しながら、空手道と学問の競争をしている昨今です。私は織田信長の「死のうは一定」という考え方が好きなものですから、何事も体当たりで行くのです。つい先日、山本兼一著『命もいらず名もいらず』を読み、山岡鉄舟の生き方の凄さに圧倒されました。人間やれば出来るのです。でも、鉄舟と私とは天と地ほどの差はありますが。

 時代も異なり、現代の人間は口は達者になりましたが、体力はひ弱になっています。精神もひ弱になり、楽をする方に流れています。西郷南洲翁の漢詩に「貧居傑士を生じ----」というのがあります。私は空手道場に来る青年たちにも、恵まれた貴方がただから、精神的に「貧居」のつもりで物事にとりくみなさい、と檄を飛ばしているのです。

 生れた人間は必ず生を閉じるのです。生を閉じるその前までは生きている訳だから、トコトン生きてパタッと死にたいものだと思っています。思いっきり仕事をして、世の為人の為尽くしながら少し相手に譲り、そして自分の思いを遂げたいものだと思うのです。

 相手に名誉を与え、かつ譲歩させると同時に一歩譲り、自分の世界を闊歩する、こういう生き方がいいと思いませんか。人生は二度ないのです。頑張りましょう。

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政治家の皆様へ、世界に冠たる国体を維持してください。

2010-04-25 19:09:00 | ブログ

タイトル----政治家の皆様へ、世界に冠たる国体を維持してください。第440号 22.04.25(日)

 政治の閉塞感からであろうと思います。パフォ-マンスとか、スタンドプレ-とか揶揄されながらも、政党が乱立する昨今です。心ある人々が、多様な意見を主張することは大変良いことだと思います。主義主張をしたならば、一環してやり通して欲しいものです。でも主張する背景に、国家国民のためという大前提がなければならないと思うのです。利害が先行しコロコロ変身するのは国民を愚弄していると取られかねません。

 ここでは、呂新吾著『呻吟語』の一部を紹介します。この書籍は20年前に購入し読んだり筆写したりしたものです。著者は荘内南洲会理事長・小野寺先生も謦咳に接したと言われる碩学・安岡正篤先生です。

百姓の凍餒(とうだい)之れを国窮という。妻子の困乏之れを家窮という。気血の虚弱之れを身窮という。学問の空疏之を心窮という。〉(談道)

 意訳-----民百姓(国民)が凍え餓えるのはこれは国が窮するのである。いわゆる政策が悪いからである。妻子が貧乏生活をするのはこれは家が窮するのである。活力が虚弱なのは、これは身体が窮するのである。学問が空疏なのは、これは心が窮するのである。(訳一部修正)

〈天徳王道は是れ両事ならず、内聖外王は是れ両人ならず。〉(談道)

 意訳----「天徳と王道とは二つのことではない。内面的には聖賢の道を治めて己れを深め、外面的・社会的には王道を行う、これは二つの事ではなく一人の仕事である。これを誤ると前文のような四窮が生じてくるわけです。この場合の王道の王は社会・民衆の救済を意味します。」

 つまり、現在の国民の貧民状態が顕在化しているのは、根源は政治の貧困ということではないでしょうか。当該職に従事する人は、誠心誠意事に処して貰いたいものです。

 一方国民は、どのようにあらねばないか、ということです。

貧しきは羞ずるに足らず。羞ずべきは是れ貧しくて志なきなり。賎しきは悪(にく)むに足らず。悪むべきは是れ賎しくて能なきなり。老いは嘆くに足らず。嘆くべきは是れ老いて虚しく生きるなり。死するは悲しむに足らず。悲しむべきは、是れ死して聞こえるなきなり。〉

 意訳----「貧乏だからといって別に恥かしいことではない。恥ずべきは貧乏に負けて志をなくすことである。地位や身分が賎しいからといって、これを悪く思うことはない。憎むべきは努力して才能も磨かず、能がないことだ。老いは嘆くべきではない。嘆くべきは老いて虚しく生きることである。死ぬことも悲しむべきではない。悲しむべきは死んだのち、名も遺さず忘れさられることだ。」

 歴史的に読みつがれている名著だけに、蒙を啓かせてくれる名文だと思います。多いに自己の領分とすべく研鑽したいものです。

 時代の進展とともに、世の中はめまぐるしく代わり、兎に角いそがしい日々であります。人民すべてが、同等に富の恩恵に預かるということはないでありましょう。多忙であるといっても、世の事象に翻弄されない確固たる自分を構築することが肝要だと思います。自分づくりを致しましょう。

 そして、政治家の方々にお願いしたいのは、選挙の審判によって過半数を有したからといって、極端な国体の変更をしてはならないと思うのです。先の選挙で政権が交代したからといって、投票した全ての人々が急激な国体の変更を望んだのではないということです。

 日本の文化は永年に亘り人々の叡智によって構築され、享受してきたものです。それを変更するならば、そういう問題を提起し国民に信を問うべきです。小沢幹事長の「だから国民の皆様が政権を与えてくれたのでしょう」という言い分は間違いだと思います。

 問題を明確に国民にしらしめて、そして総選挙で信を問う、というやり方でないと大変不幸な事態が到来すると思います。外国人参政権の問題、夫婦別姓の問題等々、数の論理で強行するようなことがあってはならないと思うのです。

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書籍の紹介『商人の知恵袋』

2010-04-23 20:04:07 | ブログ

タイトル----書籍の紹介『商人の知恵袋』 第438号 22.04.23(金)

 『商人の知恵袋』を購入したのが昭和61年でした。24年前のことです。この書籍を読むのに没頭していた時期がありました。先般出版した拙著『礼節のすすめ』でも少しく紹介しました。著者の青野豊作氏紹介の「文庫版への序文」を紹介します。時代が変遷しても人間の営みは不変であります。如何に活用し、現代に活かすかが課題であろうと思います。

〈もう一度原点に帰ることによって、激動の時代を生き抜く知恵と勇気を手にしたいということなのだろうか。あるいは現代の熾烈きわまる商戦を勝ち抜く手法を探していくうちに、あたかも水が低い所へと流れていくように自然に辿りついたということなのだろうか。

 近年、古典の見直し機運が高まるなかで、旧い商家に伝わる家訓や江戸時代の商人たちが書き残した家訓を研究する人たちがふえているほか、企業の社員研修の場でもテキストとして用いられるようになった。もっとも、そのお陰で時折、古書街に出る商いの古典の価格が目の玉がとび出るようなものになってしまったのだから、かねてから家訓と商訓の再評価を訴えてきた私としてはただ苦笑するほかない。しかしそれはさておいて、商訓研究ブ-ムともいうべき昨今の世相の中で、私は改めて次のことを考え直していただきたいと思っている。

 ご存じのように、商売の世界は年々きびしくなるばかりで、どの分野、業種といわず生き残ることさえむずかしくなっている。そして、その熾烈きわまる生存競争、商戦の中で、努力の甲斐なく敗れ去っていく人たちが多い。他方、同じ商戦の中にあって勝利をつかみ、大をなしていく人たちも多いのだが、このような彼我のちがいはどこからくるものだろうか。

 私のみるところ、彼我のちがいはほんのささいなところにあるように思われる。まず勝利をつかみ、大をなしていく人たちの場合、商売の原理・原則を正確にとらえ、迷いのない生き方をしているという点で共通している。一方、敗退をよぎなくされた人たちは商売の原理・原則を忘れた姿勢に終始したがために生き残ることさえかなわなかった、という共通点を有している。

 これは何を意味しているのであろうか。このことを考え直してほしいと思うのである。さて、日本商人の原点であった江戸期の商人たちの場合はどうであったろうか。私はただ脱帽するほかに知らない。

 世界で最初に定価販売を実践し、薄利多売をシステム化し、さらに世界で最初に月賦販売の手法を編出しているのである。当然のことながら、商売上手という点では目をみはるものがあった。しかし次のことにより注目したい。つねに商売の原理・原則をぴしゃと押さえて迷わず、どんなに苦しい時代にも活力にみちた商売をしているのであり、いかに原理・原則をつかむことが大切であるかを身をもって示している。

 本書『商人(あきんど)の知恵袋』は、そうした江戸期の商人らが子孫の繁栄を願って書き残した家訓・商訓さらに商人心得書を今日的な視点で読み直したものである。--略---

 毎日の商戦の中で、活用されることを心から願っている。〉

                    昭和五十九年            青野豊作

 この書は、ひとり商売に限らず、人が生きて行く上において必要不可欠の哲学を教えていると思うのです。現在、「本屋大賞」として脚光を浴びている書籍ももとより良いとは思いますが、長い人生への良薬が何れにあるか、と見た場合、天地の差があるように思えてならないのです。選択するのは当人です。良薬を求めましょう。それは自分のためなのです。

 長い人生のように思われる日々ですが、お笑いなどにうつつを抜かしている暇はないのです。

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上位の人が手本を示せば、人民は徳を身につける。『書経』

2010-04-20 19:56:45 | 学問

タイトル----上位の人が手本を示せば、人民は徳を身につける。『書経』 第435号 22.04.20(火)

〈后克(こうよ)く厥(そ)の后たるを難(かた)しとし、臣克く厥の臣たるを難しとせば、政乃(すなわ)ち治(おさま)り、黎民(れいみん)徳に敏(つとめ)ん。〉(新釈漢文大系・小野沢精一著『書経』明治書院)参照。

 通訳「上に立つ君が君たることの難しさを自覚し、臣が臣たることの難しさを自覚し手本を示すようになれば、政治は初めてよく治まり、人民は徳を身につけるよう心掛けるでしょう。」(前掲書)

帝曰く、兪(しか)り。允(まこと)に玆(かく)の若(ごと)くならば、嘉言(かげん)伏する攸罔(ところな)く、野に遺賢無く、萬邦(ばんぼう)咸寧(みなやす)からん。〉(前掲書)参照。

 通訳「帝舜はいった。「そのとおりだ。本当にそのようになるならば、優れた立派な意見が用いられないことはなく、民間に賢人が忘れられていることはなく、全ての国々は安らかに治まるであろう。」(前掲書)参照。

衆に稽(かんが)へ、己を捨てて人に従い、無告(むこく)を虐(しいた)げず、困窮を廃せざるは、惟(こ)れ帝時(こ)れ克(よ)くす。〉(前掲書)参照。

 通訳「人の上に立つ者として、多くの人々の考えを聞くようにし、私心を棄てて人々の意見に耳を傾け、たよる所もない貧窮の人々を虐待することなく、困窮しているものを見捨てることをしない、こういうことは帝堯なればこそ出来ることにのだ。」(前掲書)参照。

益曰く、都(ああ)、帝徳廣運(ていとくこううん)、(すなわ)ち聖乃ち神、乃ち武乃ち文。皇天眷命(こうてんけんめい)し、四海(しかい)を奄有(えんいう)して、天下の君と為(な)る。〉(前掲書)参照。

 通訳「益がいった。「ああ、帝堯の徳は広大で遠くまで及んでいき、人々に及ぼす影響は聖であり、測り知れない大きさは神であり、強い威力は武そのものであり、美しく整っていて文であった。そこで、大いなる天は帝堯に目をかけて命を降したので、四方をことごとく所有して、天下の君となったのである。」(前掲書)参照。

………………

 『南洲翁遺訓』と出会う頃、薩摩詩吟会に入会しました。詩吟は漢詩に節調を付けて吟じるわけですが、詩吟の解説にも『南洲翁遺訓』にも堯・舜という言葉が出て来ます。西郷南洲翁も「堯・舜を手本とし」と言っていますが、さて、堯・舜がどういう事をしたのか、ということで個人個人で研究しているでしょうか。

 今回紹介したくだりは、以前読んだところなのですが、あるいはご存じない詩吟愛好者もおられるのではないかと思い、ブログで紹介することにしたものです。青年時代から、普通の人よりかは読書はしてきたという自負はあるものの、今ほど真剣ではなかったのです。半世紀前の青年時代に読んだ大宅壮一著『炎は流れる』を、今繙いてみて、よくぞ読んだものだと感慨一入であります。とにかく難解であっても、訳が分からずとも読み続けることが大事だと思います。

 特に今回紹介したくだりは、日本の政治指導者の方々が学んで欲しいのです。昨年の総選挙で政権が交代したわけですが、前政権よりか、却って後退しているような気がするのです。政治は、国家国民のためのものです。一権力者が国家を欲しいままに牛耳り、自分勝手に運用するようなことがあってはならないのです。そのことが歴史的にみて、国家のためあるいは人民のためになる政策ならばよしとしますが、とんでもない方向への誘いであれば、ソビエトのスタ-リンの銅像が引き倒された如く、私利のために政策などをねじまげた御仁は、国民が許さないと思うし、鉄槌が降ると思うのです。

 通訳を紹介しながら、『南洲翁遺訓』の教えそのものだと思ったのでした。余程のへそまがりでない限り、『書経』が訓えるこのくだりに異論を唱える政治家・官僚はいないだろうと思います。であれば、何故出来ないのてしょうか。そこに、我があり、私があり、欲があり、と自己本位に物事を進めるからではないでしょうか。

 全国で、毎年三万人程の自殺者が゛出ているとの由。そういう人達の、それぞれに問題があったにせよ、叡智を結集すれば半分でも救うことが出来る筈なのです。超権力者の小沢幹事長は莫大な金を動かしているやに報道されていますが、弱者の人々にも目を向けて欲しいものだと思う次第です。

 四書五経をはじめとして、こういう古典が読み継がれているということは、そこに、絶対の「誠」があるからでしょう。『南洲翁遺訓』刊行の地・荘内では、永年に亘り、南洲翁の大徳を世の人々に知らしめなければならないということで、地道に活動を続けておられるのです。

 今こそ、『南洲翁遺訓』が脚光を浴び、その思想が普及することこそが、国家国民のためになると思う次第です。

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