味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

『新・堕落論』の紹介---4.

2011-07-29 16:28:59 | ブログ

タイトル---『新・堕落論』の紹介---4.第926号 23.07.29(金)

 第923号に続きます。

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 かつての戦争末期には、爆撃を恐れてどこの家でも灯火を自ら管制したものでした。それに比べれば節電など行うに易いものです。被災者以外の人間たちが何にも耐えることなしに、この国家の災難が克服出来るものでは絶対にあり得ません。

 大切なことは、ものごとを具体的に変えて、積み上げていくことです。後にも述べますが、この大災害の克服には多大な財源が必要なのは自明のことです。それを誰が負担するかと言えば国民です。消費税の税率のアップも含めて、外国の有名ブランド製品など奢侈な買い物への物品税等、国民の責任負担なしにこの国が立ち上がれる訳はないし、今後の混乱の中で高福祉底負担などという幻想が続く訳もない。

 かつての日本国の存亡を賭けた、大ロシアとの戦いに備えて明治の日本人たちがいかに耐えて耐えぬいて力を蓄え、その結果奇跡の勝利を得たかを思い出してもらいたい。

 この数年の間の国家の政治のなりゆきを眺めて、日本の将来にそこばくともない不安と危惧を感じていない者はなかったと思います。特に年配者はその筈だ。

 私たちはこの災害を機に、根本的な反省に立って、この日本を、芯の芯から改造し立て直さなくてはならないと思います。さもなければこの国は津波が去った後の瓦礫のまま腐って朽ち果てるでしょう。p6

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 序章を4回にわたって紹介致しました。全体を読み、これは心ある人は読むべきだ、という感想を懐きました。ただ財源問題については、それは違うのではないの、先に特別会計の詳細な見直しが優先でしょう、という納得しがたい処もありました。

 前政権時代、特別会計には埋蔵されたものが相当金額ある筈だと指摘されたにもかかわらず、国民をだまし続けて来た経緯があります。その後、次々に暴露され埋蔵金が発掘されました。自民党が選挙に負けた原因の一つはそういう処にもあった筈です。

 しかし、今後、日本の国で生きて行きたいと願うならば、自らを律し、我欲、私欲を少しでも減らす工夫が必要なのかもしれません。尤も、我欲・私欲を減らす工夫は、菅氏をはじめとする政治家が優先的に実践しなければならないのですが。

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大道廃れて仁義あり。

2011-07-28 10:20:21 | ブログ

タイトル----大道廃れて仁義あり。第925号 23.07.28(木)

〈大道廃(すた)れて仁義あり。知恵出でて大偽あり。六親和せずして孝慈あり。國家昏亂(こんらん)して忠臣あり。〉(新釈漢文大系・明治書院『老子』) 

「大道が廃れたために仁義という次善のものが説かれるようになった。知恵ある者が出て来てから、ひどい偽りも行われるようになった。一族が不和になったので、親孝行者の存在が目立つようになって来た。国家が混乱したので忠臣の姿が浮かび上がって来た。」

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 時代が進めば当然そういった問題が出てくるでしょう。人々の想像を遥かに越える勢いでメディアをはじめ諸々急速度で進展しています。そういった事象とは対照的に、人と人との関係は旧態依然としています。

 そのような事象を踏まえ、自律・自立という言葉を耳にします。人生は一人では生きられない現実を直視するとき、自分を主張する時も、対応する存在を無視することなく、共存共栄的に生きたいものです。謙虚に、真摯に、勤労精神を旺盛に、という姿勢が大事だろうと思います。他人にも我にも、忠恕という精神が大切だと思います。

 その道に反した時、その償いをしなければならないでしょう。

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指導者の四つのタイプ。

2011-07-27 19:12:35 | ブログ

タイトル---指導者の四つのタイプ。第924号 23.07.27(水)

 真にすぐれた君主は、人民がその存在を知っているだけで、彼がどんな政治をやっているか知らない。それは彼が無為の治をしいているからである。次に四つのタイプを紹介します。

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〈太上は下之有るを知るのみ。〉 (新釈漢文大系・明治書院『老子』参照)

「(太古の)最上の明君は無為にして化すの治を布いていたので、下にいる人民はただ君主のいることを知っているだけで、別に彼の存在を有難いとは思っていなかった。」

〈其の次は之に親しみ之を譽む。〉

「その次の君主は、(民に仁政を施したので)人民は上に親しみ、これを誉めたたえた。」

〈其の次は之を畏れ、其の次は之を侮る〉

「次の指導者は、(民を治めるのに権力を振りかざし、刑罰をもって臨んだので)人民は畏れるだけであった。更にその次に現れた君主になると、(内政・外交ともに、へまばかりやって人民を苦境に陥れたので)人民はこれを侮るようになった。

〈信足(まことた)らざればなり。猶(いう)として其れ言を貴(たっと)べ。功成り事遂げて、百姓皆我自ら然りと謂(おもえ)り。〉

「人民が君主を侮るというのは君主の側に信(まこと)が足らぬからである。君主たるものは人民に約束したことは必ず実行せねばならぬものであるから、思慮をめぐらし、言葉を貴ばなければならない。(無為の治が布かれた太平の世においては)人民がそれぞれ功を成し、事を達しても、君主の政治のお蔭ではない、自分たちの力でそうなったのだと思っている。」

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 時代は太古から二千年を経た現代、これを我が国に当てはめた場合、どれに該当するであろうか。口当たりのよい言葉で、世の人々のためにと絶叫しながら実は、自分の名誉と権力ほしさに汲々としている為政者がいるのではないだろうか。

 どういう人を選ぼうが、選ぶ側の自由である。選ぶ側に刮目した精神がないと人々は苦しむであろうし、国家そのものが崩壊しかねまい。次から次に思い突き発言をし、密室では己の失策は棚に上げて怒鳴り散らす。そういう君主がいいのだろうか。

 そういう人間は、中国の列車事故の隠蔽事件と同様なことをやるであろうと解説した人がいた。幸せな日々を送りたいのなら、活眼しなければならないということである。

 『新・堕落論』が言う、3つのスクリーンがいう「携帯電話、パソコン、テレビ」は、人々の生活を一見快適にするように見せかけ、人間が自然から頂戴した情感等々の芸術美に勝るものを崩壊させ、暗黒の世界へ誘っているかのようだ、と論じた人がいたが、同感の念を禁じ得ない。賢明な人は、賢明に生きよということなのかもしれない。

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『新・堕落論』の紹介---3.

2011-07-27 12:21:41 | ブログ

タイトル---『新・堕落論』の紹介---3。第923号 23.07.27(水)

 第922号に続きます。

〈それはすでに、被災した人々の雄々しくもある、苦しみと悲しみに向かい合う姿勢と周囲からの援助にたいする感謝の姿勢にうかがえますし、命がけで原発事故への対処作業や捜索救急に勤める隊員たち、あるいは無私の奉仕にいそしむ多くのボランティアの姿にも表象されてうかがえますが、それをさらに帰納拡大して国民全体の意識の反省と向上に繋げていかなければ、この災害で犠牲になった同胞は浮かばれないでしょう。

 早い話、原発が被った損害は当然やってくる電力の最大消費季の夏にかけての電力不足をもたらすでしょうが、日本でも有数の消費地である首都圏の四県知事が政府に向けて提案したように、皮肉にも治安の良さを象徴している、世界に例もなく日本中に盗難にあうこともなく林立している自動販売機は、商品の流通にはほとんど影響あるまいから撤廃したらいいし、一日中繁栄しているパチンコなどという娯楽施設の営業は、電力消費のピーク時には制限したらいいはずです。

 ということで今までの生活の中でなじんでいた風物が目に見えて変り、あるいは淘汰されることで、国民は事態の深刻さを痛切に感じ取れるはずです。〉p5

〈トインビーはその著書『歴史の研究』の中で歴史の原理について明快にのべています。「いかなる大国も必ず衰微するし、滅亡もする。その要因は克服され得る。しかしもっとも厄介な、滅亡に繋がりかねぬ衰微の要因は、自らに関わる重要な事項について自らが決定出来ぬようになることだ」と。〉p51

〈これはそのまま今日の日本の姿に当てはまります。果たして日本は日本自身の重要な事柄についてアメリカの意向を伺わずに、あくまで自らの判断でことを決めてきたことがあったたろうか。これは国家の堕落に他ならない。そんな国家の中で、国民もまた堕落したのです。〉

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 これを読んで、そのとおりだ、と思う人は多いのではないでしょうか。だから私は、空手道場でこれからの子供たちに、書くことを勧めているのです。自分を守る、国家を守るのは国民であると思うからです。

 ペンを持てるという自信がある人間なら、こういう次元での国家論を論じて貰いたいものです。副島種臣が証明するように、『南洲翁遺訓』は庄内の藩士たちが作成したのです。それをあろうことか、改竄し自分の名前を歴史に刻印しようとする人間がいるのです。

 広く世の人々から絶賛され、快哉され、歴史的に意義あるものをこそ、書ける人が書かなければならないのです。

 そういった意味で『新・堕落論』は国民必読の書というべきだと思います。この文献は過去に文芸春秋に掲載されたものを加筆訂正したものであるとはいえ、東北地方地震と時宜を同じくしている処に意義があると思う次第です。

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『新・堕落論』の紹介---2.

2011-07-26 11:14:48 | ブログ

タイトル----『新・堕落論』の紹介---2. 第922号 23.07.26(火)

 第921号に続きます。自分が、そして自分の国の将来が、出来れば健全で豊かな国として存続して欲しいものだ、と願っている人は、購入し、是非読んでください。

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〈今回の災害が日本を震撼させた時、私はその印象について問われ、これは「天罰」ではなかろうかと発言し、一部の人々の誤解と顰蹙を買いましたが、その折りの発言は、ことの大きさにたじろぎ国家としてこれをど受け止めるかを思ってのことでしたが。

 しかしその後現地に出向いて目にした惨状を踏まえれば、直接の被害を受けた方々にとっては胸にも刺さる言葉と感じてお詫びしましたが、しかしなおあの言葉が表象するように、私たちはこの出来事に国家全体、国民全体で向かい、国民一人一人がこれからの自らの人生の中の事柄としてしっかり受け止めなければならないと思います。

 いい換えれば、この悲劇を踏まえて私たちは何か大きな反省を行い、復旧復興の作業の中で行われていく町並や生活インフラの復興に並行して、互いの人生、生活の中で物の考え方をいかに人間としてまともなものに変えていくかという問題です。〉 (p4)

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 この書を読んで、これからの日本を真剣に考える人は、購入の上、読んで欲しいと思います。かねがね私が思っていることと符合する所が数多あります。著者が主張する要点の一つは、

〈長きにわたって続いてきたあてがい扶持の平和の内に培われた平和の毒、物欲、金銭欲でしかない〉(p40)

〈国民が追い求め、政治もそれに迎合してかなえ、助長している価値、目的とはしょせん国民それぞれの我欲でしかない。その我欲は分析すれば、金銭欲、物欲、性欲です。この追求にこれほど熱心な国民は世界にいないでしょう。

 ある人にいわせれば、それをさらに具体的に表象するものは、温泉、クルメ(美食)、そしてお笑いだそうな。いわれてみれば昨今のテレビ番組の中での、温泉案内、料理番組、美食ガイド、そしてくだらぬお笑い番組の氾濫にはうんざりさせられます。---お笑い番組にしても下らぬギャグやからかいに、芸人当人たちが笑いころげているのだから世話はない〉(p41)

 大多数の東京都民の選択によって、都知事選で著者が当選したことは、都民の賢明さであり見識でもありました。お笑いタレント上りが勝利していれば、魚は頭から腐る例えのとおり、東京都から腐っていったでしょう。尤も新銀行で多額の税金を喪失したことは反省点でもありましょう。

〈子供の頃に抑制を強いられない子供は総じて不幸な人間にしかなりはしないのです〉p109

〈コンラッド・ローレンツはその動物行動学の中で「幼い時期に肉体的苦痛を味わうことの無かった人間は長じて必ず不幸な人間になる」といっています。肉体的苦痛とは決して家庭内での暴力や学校でのいじめのことではありません。あくまでしつけの中で、彼等の意思に反してでも強いられる肉体的制約のことです。〉(p119)

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 厳しい母親に育てられた私は、著者がいう事は体験したことですので実体験としてよく理解出来るのです。ブログでも書いているように、身体に負荷をかけての山間部の歩き等々、自分との闘いを演じています。でも同様のことを門弟の師範たちにおしつけるようなことはしていません。40年前、世界に例をみないであろう反面教師と出合い、その振る舞いに辟易した体験があるからです。

 お子様をお持ちの方、可愛い子供のためにこういう話に是非耳を傾けてください。著者が指摘する恐るべき国家の将来像と私の洞察は同次元のものだと思っています。それは、バラマキに象徴される為政者の人気取りのことでもあります。バラマキをし、国家を破壊・壊滅させるようなことがあってはならないと国民は望んでいると思います。

 『新・堕落論』と併せ、『南洲翁遺訓』もお読みになるようお勧め致します。

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