味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

何事も、自分の努力によって、理解することが大事である。『淮南子』

2009-10-31 16:39:19 | 学問

タイトル----何事も、自分の努力によって、理解することが大事である。『淮南子』第229号 21.10.31(土)

〈善言便計(ぜんげんべんけい)を聴けば、愚者と雖(いえど)も之れを説(よろこ)ぶを知り、至徳高行を称すれば、不肖者と雖も之れを慕うを知る。〉(新釈漢文大系・楠山春樹著『淮南子』明治書院)

 通解「立派な言葉、当を得たはかりごとを聞けば、普通の人々もこれを喜び、この上もない立派な行いによって称賛されることとなれば、おろかな人であっても、これを慕う。」(前掲書)参照。

〈之れを説ぶ者は衆(おお)くして、之れを用いる者は鮮し。之れを慕う者は多くして、之れを行う者は寡し。〉(前掲書)

 通解「ところがこれを喜ぶ者は多いが、さてこれを用いる者は少なく、これを慕う者は多いが、さてこれを行う者は少ない。〉(前掲書)参照。

〈然る所以は何ぞや。諸(これ)を性に反す能(あた)わざればなり。〉(前掲書)

 通解「その訳は世人の多くは、その本性である必要不可欠の性質に立ち返ることが出来ないからである。」(前掲書)

〈夫れ、内、中に開けずして、強いて學問する者は、耳に入れども、心に著かず。〉(前掲書)

 通解「そもそも、内なる心をとざしたままで強いて学問をしても、耳に入るだけで心にとどまるはずがない。」(前掲書)参照。 

〈天下の要は、彼に在らずして、我に在り、人に在らずして、身に在り。身に得れば則ち萬物備はる。〉(前掲書)

 通解「天下の大事は、彼にはなくて我にあり、人にはなくて身にあることとなる。わが身に自得すれば、天下の万物はわがものとなる。」(前掲書)参照。

 ここで紹介したくだりは、南洲翁遺訓の普及にこれ努めているが、人々に根付かず、苦悩しているところと同様である。これは一般的な傾向でもあろう。それは人々が、その良さが分からないからだと思う。ところが円心会道場は、その心配がないのである。

 それは何故か。

 それは、空手道場に小学生の頃入門した門下生が、二十代後半から上の年齢になっている。修行年数も15年以上となれば、技術も修得し、師範になってくる。そういう若手師範たちも、二十歳前後は暴走族まがいの事をしていたと述懐するのである。それでも稽古には毎週来ていた。彼らは暴れ廻っていることを私に言うと叱られるから黙っていた訳である。そういう無分別な時代が男には大なり小なりあるものだ。そういう時に、南洲翁遺訓を引き合いに出し、懇々と説諭する。その内容は一応理解はするが、男の性は厄介である。分かっていてもやめられない、というジレンマがある中で空手道をやり続け南洲翁遺訓に救われた、というのである。

 もし空手道をしていなければ、『南洲翁遺訓』を学んでいなければ、自分はどうなったか分からない、というのである。だから、本人も、奥さんも、子供の将来のために、空手道と『南洲翁遺訓』だけは死ぬまでやり続けます、とこういう風になってくる。

 先に解説した「わが身に自得すれば、天下の万物はわがものとなる。」の最高の事例だと言えよう。そこまでくればしめたものだが、普通は、その良さが分からず、途中で挫折し、人生を誤ることもあろう。仮に、やり続けても、そこに賢明な指導者と教材がなければならない、という大事な要件があるのである。ここで、大事なことは、母親が「教育ママ」であるか、「教育ママ的」であるか、ということである。私の勘であるが、戸塚ヨットスク-ルの訓練施設で学んでいる子供たちの多くが、「教育ママ」が関与していると思えてならないのである。そのことは別途ブログで書くことにしたいと思う次第である。 

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清静は徳の極致であり、無心平静は万物の働きである。『淮南子』

2009-10-30 18:14:49 | 学問

タイトル----清静は徳の極致であり、無心平静は万物の働きである。『淮南子』 第226号 21.10.30(金)

〈清静なる者は、徳の至りにして、柔弱(じゅうじゃく)なる者は、道の要なり。虚にして恬愉(てんゆ)なる者は、万物の用なり。〉(新釈漢文大系・楠山春樹著『淮南子』明治書院)参照。

 通訳「清静な態度をとるとるのが徳の極致であり、柔弱に構えるのが道の根本であり、虚心恬淡としているところに物としての存在意義が生ずる。」(前掲書)参照。

〈粛然として感に応じ、殷然として本に反えれば、則ち無形に淪る。〉(前掲書)

 通訳「静かに自己の感じたとおりに反応し、堂々と根元にかえれば、やがて無形に入って行くこともできるであろう。」(前掲書)

〈所謂無形なる者は、一の謂いなり。所謂一なる者は、天下に匹合する無き者なり。〉(前掲書)

 通訳「その無形とは、一のことであり、その一とは、天下に並ぶもののないことである。」(前掲書)

 この処、漢籍に吸い込まれている。訳が分からないまま唸ったり感嘆したりしている。メディアが活字離れを報道するのに反発している訳ではないが、この中国漢籍といのは誠に凄いと思う。流石に中国悠久の歴史が育んだ文化であると、溜息をつきながら読み耽っているのである。

 どうしてこういう病気になったかと、自分でも不思議である。家内は勉強は若い時にするものだ、と笑止千万の思いで私を眺めているのだが。

 出来るものなら、円心会道場に集う門下生にこういう病気を感染させたいのだが、こればかりは私同様、若い時は関心がないのかも知れない。私自身がそうであったように。

 尤も70歳代になると気力が薄れる人が多いらしい。でも私は、老いて益々懋んなのである。これは道場に集う子供らのお陰だと認識はしているつもりだが。

 そしてもう一つは庄内の先生方の勤勉さに鞭打たれているのである。南洲翁遺訓との出会いのお陰で、荘内南洲会の先生方と二十年近いお付き合いの中からご教導戴いている。

 全国、それぞれの地で学んでいる人は多いと思うが、庄内は格別だと思う。一人で庄内に行った時、古老と思しき先生方のお宅数箇所に、小野寺先生がご案内してくれたのであった。お伺いして見て、永い歴史を思わせるような黒ずんだ漢籍がずっしりと書棚に整理されている先生方の家で、度胆を抜かれた思いを未だ忘れることが出来ない。

 現今の学びは、多くは食うためにしている部分があるが、庄内の方々の学問は、人格形成(敢えて「完成」と書かなかった)のために実践している、と観た。南洲翁遺訓編纂に携わった方ばかりでなく、土地柄・風土としての特筆すべき事であると思う。

 そういう先生方に比べたら、私如きの今日の学問は全くの付け焼き刃と見られていると思うが、実態であって見れば致し方のないことである。

 先に訳した、「その無形とは、一のことであり、その一とは、天下に並ぶもののないことである。」この精神こそ『南洲翁遺訓』を編纂した、庄内風土が産んだ土地柄から来るところの学問修得へのひた向きな哲学であると解釈している。

 私は道場に、菅原先生、長谷川先生、小野寺先生、安岡先生方のお写真を掲げているが、私を厳しく見守ってくれていると感謝して、毎日書斎で書籍と格闘しているのである。

 「徳の交わり」の座像で対峙している、西郷南洲翁と菅臥牛翁がそういう話をしているのだと思っている。「天下に並ぶもののない」語らいであろう。

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道を究めた人は、人為をもって天性を易えることがない。『淮南子』

2009-10-28 20:12:00 | 学問

タイトル----道を究めた人は、人為をもって天性を易えることがない。『淮南子』 第220号 21.10.28(水)

〈道に達する者は、人を以て天を易えず。外、物と化すれども、内、其の情を失わず。至無にして其の求めに供し、時に馳せて其の宿を要(もと)む。〉(新釈漢文大系・横山春樹著『淮南子』明治書院)

 通解「道をきわめた人は、人為を以て天性を易えることがない。表面的には万物の変化に対応するが、内にはその真を失うことがない。そして己れを虚しくして周りの状況を受容し、時機に応じて周りの状況を把握し、しばしの居所をもとめる。」(前掲書)参照。

〈是を以て上に處(お)れども、民、重しとせず、前に居れども、衆、害とせず。天下之に帰し、姦邪之を畏る。其の萬物に争うこと無きを以てや、故に敢えて之と争うこと莫し。〉(前掲書)

 通解「上位の人がいても人々は円熟した人格に重圧を感じず、前にいても、人々は邪魔だとは思わない。天下は帰順し、反逆心を持った悪人は改悛する。万事に争う気持ちがないから、だれも敵対しようとはしないのである。」(前掲書)

 平成21年10月期の荘内南洲会人間学講座を受講した。『南洲翁遺訓』刊行の地ならではの熟達した講義に、暫し自分を忘れ陶酔した。今回で5回目の庄内の訪問であったが、観る者聞くものが新鮮に映るのである。山居倉庫にも足を運んだ。その山居倉庫の経営指導に当ったのが菅臥牛翁であった。その事は初めて耳にした。なるほど、これで謎が解けた。

 『南洲翁遺訓』刊行に際して、菅臥牛翁は南洲翁と対面し、一世紀に独り出る人物と高く評価し事後の「徳の交わり」が続いた。そこには、人物を見抜く庄内の頭脳と透徹した人物の観察眼があった。戦いで敗れたとは云え、そこに庄内魂を秘めた武士道精神があり、まさしく庄内士魂が醸し出す精神の吐露であったのだろう。

 しかし、「表面的には万物の変化に対応するが、内にはその真を失うことがない。そして己れを虚しくして周りの状況を受容し、時機に応じて周りの状況を把握し」事を処する菅臥牛翁の英邁さも見逃す訳には行かない。今回、庄内地方を散策し、庄内藩が産み育てた歴史的文化の重厚さを、見せられ、魅せられた次第であった。荘内南洲会のため誠心誠意取り組まれた長谷川信夫二代理事長と、それに絶大な支援を送り続けた澤井修一先生方のその精神美も見逃すことの出来ない特筆すべき事項なのである。

 この『淮南子』を捲っていたら、随所に鉛筆書きがしている。十年前の記録である。拙著『礼節のすすめ』に「荘内南洲会を詠ず」として和歌と漢詩を掲載する時、この書を読み通した記憶が甦って来た。今回の訪問の際、歓迎会なるもので大変な歓待を受けた。その時、拙著『礼節のすすめ』では余り褒めすぎだ、と語った人がいた。敢えて反論させて貰うと、その方の謙虚なる部分を含めての発言だとは思うが、そうでなかったら失礼ながら勉強不足の感が否めない、と私は思う。

 ここで拙著『礼節のすすめ』の解説から引いてみよう。

 学問に裏打ちされた荘内人士は勤勉賢明にして徳高く、清らかそのものの人格美を秘めています。そして懐深き精神は、日本海からの風雪に耐えて雄姿を誇る月山と鳥海山、そして広大な庄内平野の醸し出す自然美と雰囲気、それらと歩調を同じくする美的風情を象徴しているかのようです。

 私利私欲を超越した人々の頭脳は明晰で、精神は明鏡止水の如くであり、日出る國のお手本でもあります。このような「教えの國荘内」の思想が、燎原の火の如く、正に煌煌としています。

 『淮南子』が教える「道に達する者は、人を以て天を易えず」とは、こういう人々を指して云うのだろう。

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人が見ていない時でも、良心に愧じない修養をしよう。『中庸』

2009-10-27 16:38:50 | 学問

タイトル----人が見ていない時でも、良心に愧じない修養をしよう。『中庸』 第219号 21.10.27(火)

〈君子内に省みて疚(やま)しからず、志(こころざし)に悪(にく)むなし。君子の及ぶ可からざる所の者は、それ唯人の見ざる所か。〉(宇野哲人著『中庸』講談社学術文庫)

 通解「立派な人と言われる君子は、常に自省して疚しきこととか、良心に愧づることのないように修養をするのである。平凡な人では理解出来ない君子の長所は、それはただ人の見ず知らざる所で独りを慎みて敢えて怠らない、修養の成果であろう。」

〈詩に云く、爾の室に在るを相(み)るに、尚(こいねがわ)くは屋漏(おくろう)に愧ぢざらんと。故に君子動かずして敬し、言わずして信なり。〉(前掲書)

 通解「部屋の奥にいても、人に見られて恥ずかしいような態度はしない。そういう人になりたい(と君子は勤めているのである。)だから、君子は身を修めているので、特に行動しなくても、人々に尊敬され、信用されるのである。」

 古典を学び出した頃、「闇室を欺かず」、「其の独りを慎む」、「屋漏に愧じず」という言葉を書いたものを、部屋中に貼った頃を思い出す。まさしく、至らない自分への叱責であり、罵りであり、鞭でもあった。それは、学問が未だならない自分自身の怠惰に対する自己矯正でもあったからである。

 高校出たての普通の青年が、会社に入ったからとて何がわかろう。職場では、飲酒する、賭け花札をする等々、とそれはそれは映画のシ-ンさながらの賭博場と化していた部分もあった。これらの雰囲気が度々あり一緒に遊興に耽ったこともあった。半世紀前の出来事である。

 この項を書きながら、身の竦む重いがしてならない。私如きが、と。

 70歳の齢を戴いた今日、「闇室を欺かず」等々の教えに恥じない日々であることが不思議なくらいである。私自身、自分を責めていたのを解放してくれたのは、『正法眼蔵随聞記』の一節だった。

 「示して云く、仏々祖々、皆な本は凡夫なり。凡夫の時は必ずしも悪業もあり、悪心もあり、鈍もあり、痴もあり。然あれども尽く改めて知識に随いて修行せしゆへに、皆仏祖と成しなり。今の人も然あるべし。我が身愚鈍なればとて卑下することなかれ。今生に発心せずんば何の時を待ってか行道すべきや。今強いて修せば必ずしも道(どう)を得べきなり。」(『正法眼蔵随聞記』六-十六)

 『南洲翁遺訓』との出会いが私の人生を大きく変えてくれた。どんな真面目な人間でも環境に左右されることがある。特に、若い時は尚更である。だから今日、私の道場で学ぶ青少年に、人としての道を教えているのである。私は労働組合の団結権は是とするが、でも人の道に背くものも余りにも多いような気がする。

 鹿児島県阿久根市で起きた事件のことである。市側が貼付した紙を一職員が勝手に剥がしたということで懲戒免職になった。市側もやり過ぎという部分もあるように思うが、勝手に剥がす職員の方にも問題あり、と思う。これらは穏やかにお話あいをして、要は、市民が納得する解決方法が望ましい、と思う。そして団体交渉は公開すべきである。それは真摯な交渉でなければならないからである。私も団体交渉は数多く経験してきたが、余りにも品性を欠いた場面少なしとしなかった。

 『南洲翁遺訓』第四章にある「己を慎み、品行を正しくし、驕奢を戒め」という、人の道に違わない生き方を身に付けるべく、学ばなければならないと思うのである。西郷先生の足跡を調べるのも有用だが、先ずは『南洲翁遺訓』を学ぶことこそが喫緊の課題だと私は思えてならない。多くの国民が、これを学び実践すれば国政は善い方向にいくのだが-----。

 

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礼節いろは言葉。「は」 拝という、言葉が築く信頼感。

2009-10-27 16:10:53 | 著書『礼節のすすめ』

タイトル----礼節いろは言葉。「は」 拝という言葉が築く信頼感。第218号 21.10.27(火)

 「は」 拝という、言葉が築く信頼感。----人との語らいには「拝」という返事をしよう。

 (このいろは言葉は、拙著『礼節のすすめ』に書いていたのですが、紙数の関係で内容は省略し、テ-マだけに致しました。なお、ブログではルビをつけることが出来ないため、難しい漢字の場合は( )のなかに読みを書くことにしています。)

 人が生きて行くためには、人との信頼関係を保つことが大切です。その信頼関係を築くための要件の一つが相手との会話であります。ビジネスを成功させようと思う時、先ずはお話をしなければ進展しないということは誰でも理解しています。

 そこで、相手に自分を認めて貰いたいと願うなら、相手の言い分も真剣に聞くことが大切だと思うのです。その際、相手に名誉を与えながら、若干譲歩してもらい、お願いも聞いて戴けるよう心がけましょう。

 相手の話を聞くとき、柔和な顔で、「ハイ、ハイ」と頷いたら相手も親しみを感じてくれる筈です。その時、ビジネスの成功と合わせ、仕事を通じての充実感が生まれ、爽やかな気分になれると思います。

 そして更に大事なことは、自分の言葉が、態度が、心の底からの表現であるということです。口先だけの返事はすぐ見破られ、信頼関係が崩壊しかねません。相手に売りつけるのではなく、喜んでお買い求め戴くことが出来れば、信頼の度もより増すと思います。

 『南洲翁遺訓』第七章に「至誠を推し」という言葉があります。それは「この上もなく誠実な気持ちを相手に伝える」ということです。

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