タイトル----治国の要件は、上に立つ人々の徳と礼のお手本次第だと思います。『論語』 第181号 21.09.30(水)
〈之を道びくに政を以てし、之を斉うるに刑を以てすれば、民免れて恥なし。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有りて且格るあり。〉(穂積重遠著『論語』社会教育協会)
通訳「政と刑と徳と礼は、国家安寧の要件である。だから、上に立つ人々が先ず法令遵守のお手本を示し、民を導くようにすることが大事である。もし従わない者がある時は、法律づくめの政治で人々を指導し、刑罰を以て統制を強行しようとすると、人々は、刑罰を免れさえすればよいというので、廉恥心がなくなってしまう。仁義道徳を以て人々を指導し、礼儀作法で足並みを揃えるようにすれば、人々は恥を知って自ずから善に至るものである。(前掲書)参照。
この章は人々もさることながら、先ずは政治家・官僚たちへの提言として、厳しく受け止めて欲しい金科玉条である。明治以来の法治主義の弊害が増長して、戦争中の諸統制甚だしく、結果道義の頽廃目に余るものがあると同様の廉恥心が罷り通ってきた感が否めない。今日の官僚たちの天下り、無駄遣い等々は、免れて恥無しを地でいった敗戦後の闇取引や脱税行為の巧妙さに引けをとらない浅ましき行為として受け取った国民が、先の選挙で野党・民主党に助けを求めて投票した結果であった。集団によるデモを起こす代わりに、憤懣やる方ない義憤を、静かなる行動として清き一票を託した所以でもあったのである。
国民一丸となって、「罰有りて格る」のではなく「恥有りて格る」の理想境を創るため、先ずは政治家・官僚諸氏が先頭に立ち、お手本を示さなければならないと思料するのである。我が国には、世界に冠たる武士道精神を基調とした「恥の文化」が華開いた歴史的事実がある。形骸化されているとは申せ、平成の今こういう精神的文化を甦らせ、さらに踏襲することこそが、国を安寧ならしむる最良の方策であると思い、『論語』の教えを噛み締めている次第である。