味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

是を以て其の教へ粛ならずして成り、

2018-03-31 16:28:56 | ブログ
第3379号 30.04.01(日)

是を以て其の教へ粛ならずして成り、其の政(まつりごと)厳ならずして治まる。『孝経』184

 恒久の秩序や法則に従って、広く天下の人々を教え導いてきた。それ故に、聖人の教えは、ことさら厳粛にしなくても自然に成り、聖人によって示された政治は、ことさら厳粛にしなくても自然に治まる。

 【コメント】素晴らしい解説だと思います。世界のリーダーグローバルな視点に立って「恒久の秩序や法則に従って、広く天下の人々と」胸筋を開いて語りあって欲しいと思います。

 今、イギリスとロシアとの間で、外交官たちの強制退去問題が、噴出しています。おだやかならざる事態だと思います。

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『不動心』(第237回)

 真の誠実さと気高さの中に生きる喜び
 
 あなたを取り組む道化芝居や不和、臆病、奴隷根性-----こういうものが寄り集まって、あなたが得た神聖な処世訓をむやみやたらに、あなたの心から消し去ろうとたくらんでいる。それに対してあなたに必要とされているのは、みのごとを観察するときでも、何かを行うときでも、それが実際の役に立つよう心がけながら、あわせて思考力を充分に働かせるよう気を配ることだ。
 同時に、あなた自身が人生の諸事にことごとく精通しているのだという自信を失わないことだ。この自信は、何かの場合に備えてしまっておけばいいのだが、しまい忘れて噴出してはいけない。そうしなければ、いつになってもあなたには、真の誠実さと気高さの中に生きる喜びを得られないだろう。さらに万物の本質、それが世界の秩序の中に占める位置、その存在期間や構造などを知る喜びや、誰が万物の生殺与奪の権を持っているかを理解する喜びにもめぐり会えないにちがいない。

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賢者は則ち安んじて、

2018-03-30 18:04:03 | ブログ
第3378号 30.03.31(土)

賢者は則ち安んじて其の素を踏む。其の處(お)るや楽しみ、其の進むや将(まさ)に為す有らんとす。故に其の進むを得ば、則ち為す有りて不善無し。若し貴きを欲する心と、道を行う心と、中に交り戦うは、豈能く安んじて其の素を履まんや。『近思録』362

 賢者は飾りけのないところに安んじているので、静かなときは楽しむし、進む際にはりっぱなことをしようとする。故にうまく進めば、りっぱなことをして不善はない。出世したい心と道を行う心とが内部で争うならば、飾りけのないところに、どうして安んじていられよう。」

 【コメント】我々凡人も飾りけのないところに安んじて事を勧めてみたいものです。とにかくまじめで事に処すことが要諦だと信じます。

 自分だけが正しいと思いこんで、引きつった顔をして人様を睨んではならないと思います。今は正しいと思っても、事象は変わることだってあります。

 人がすることは自分の内でもあるのです。過去の栄光があるからといって、驕るのは世のことなど何も分からない人間のすることでしょう。

 まじめにして、人にも穏やかに節すれば、物事はうまく運ぶ筈です。どん底におちてみてわかるというのは修行がたりないからだという人がいますが、本当なのかも知れません。

 ブログ書きでもパソコンの画面がみにくく昨日眼科に行きました。眼科の先生が夜は運転はしないのでしょうと言った時、運転をしていますと言ったら吃驚していました。

 年を重ねるということは大変なこともむあるのですね。大坪先生、運転には気をつけましょう。安全運転で。

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『不動心』(第236回)

 頭脳明晰かつ高潔な人間の人生について

 善良な人、慎み深い人、正直な人、頭脳明晰な人、誠実な人、高潔な人-----かくいう呼び名を与えられたら、その名称にそむかぬよう充分注意することだ。万が一そういう名称を取り上げられるような不始末をしでかしたときには、すぐ名誉を回復するよう努めなくてはいけない。
 ただし、ここでいう「頭脳明晰」とは、個々の事物を逐一分析して考え、細部にわたるまで不断の注意を怠らない能力を指すということを忘れてはならない。同様に「誠実」とは、自然があなたに割り当てたものを進んで受け容れる心がまえだ。そして「高潔」とは、叡智の力が肉体の働きの好不調にかかわらずそれを超越し、また虚栄心とか死のように心をわずらわせるものをも超越している状態を指す。
 ともあれ、こういう呼び名に恥じない生き方をめざせば、----なにも他人からそう呼ばれたいがために腐心することもないが、----あなたは別人のようになり、新しい人生に足を踏み入れることになるだろう。
 今の生活を変えようとせず、こんな暮らしの中で苦闘のうちに堕落し続けていくとは、愚かな臆病者のやることよ。それはちょうど猛獣に八つ裂きの目にあわされ、傷と血にまみれた剣士が、明日も同じ歯牙にかけられ満身創痍になることを知っていながら闘技場の外に連れ出さないでくれと懇願しているようなものである。そんなことにならないよう、冒頭にあげたような呼び名で飾られた小さな筏に乗り移ろう。できるものなら、幸福の島にでも移住したつもりでそこにとどまっているがいい。しかし、筏がおし流され、思うままに舵がとれないなら、意を決してどこか静かな港に入り、そこで自分にふさわしい生活を始めるのだ。
 それともいっさのこと、人生に別れを告げてしまうのもいいだろう。ただしその場合でも、生への憤りは水に流し、純粋な気持ちで、しかも自分から進んで気どることなく「さよなら」をいうのだ。この潔い旅立ちは、少なくともあなたの人生における一つの成功として名誉に價するものになるはずだ。
 さて、名前に冠する称号を持ち続けていくためには、神々のことを考えてみるのもまんざらムダではないだろう。神々が求めているのは薄っべらな讃辞ではない。神々は、理性を持つあらゆるものが神の姿に似ることを望み、また無花果が無花果の仕事を、犬が犬の仕事を、ハチがハチの仕事を、そして人間が人間本来の仕事を果たすことを求めているのである。

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天の明に則り、地の利に因る。

2018-03-29 13:36:54 | ブログ
第3377号 30.03.30(金)

天の明に則り、地の利に因る。『孝経』180

 聖人が人々を教える方法は、天に輝く日月が万物を明かに照らすという、不変の法則にならい、地の高下や土地の肥瘠の宜しきに従って、万物を培い育てる。

 【コメント】大変素晴らしい解説です。我々凡人はその理念には遠く及びませんが、精神的にはかくありたいものだと思います。

 昨日の国会の証人喚問を見て、何と小さい次元でやりとりしているのだと思うことしきりです。佐川氏の喚問の態度は上出来だったと政府側は胸をなでおろしているでしょうが、安倍さんそういうやり方はよろしくありません。天はすべてを見ているのです。

 やがて大変な事態が起きるでしょう。もうすこし誠実さが欲しいです。国民を愚弄したらいけないと思います。

 相撲協会では、タカ親分が自分だけは正しいとして意地を張っていましたが、親方衆の最下位に転落しました。これも思い上がりからきたものだという人がいますが、本当はどうなのでしょうか。

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『不動心』(第235回)

 すべて起こるべくして起こったこと

 あなたの身に何が降りかかろうとも、それは永遠の昔からそうなるように定められていたことなのだ。因果で織りなされた織物の中で、あなたの糸は、かねてからそのでぎごとと結びつけられていたのである。

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牀に病臥するに、之を

2018-03-28 17:00:17 | ブログ
第3376号 30.03.29(木)

牀に病臥するに、之を庸毉(ようい)に委ぬるは、之を不慈不幸に比す。親に事ふる者は、亦毉を知らざる可からず。『近思録』344

 病気で寝床についているとき、病人をつまらぬ医者にまかせるのは、親としては不慈、子としては不幸の列に並ぶことになる。親に仕えるものは、医術も知っておかなければならない。

 【コメント】子に医術の心得があることはいいことですが、普通は不可能なことだと思います。ですから、できるだけ病気にかからないようにかねてから注意をしたいものです。

 長年空手道教室での指導をしていますが、気分が悪いなどとして休んだことはありません。大変有難いことです。空手道を始めてから70年になります、とにかく真剣にすることだと思います。

 今夜も第二道場でのおけいこです。

 相撲界では元貴乃花の処分問題が賑わっています。自分だけが正しいのだ、俺はお前たちとは違うのだとの思い上がりが今日の問題を生んだのだと思っています。

 人間は人と人との世の中ですから、相手の立場も認め、できる親切はしてあげたいものだと思います。

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『不動心』(第234回)

 過ちを犯したときに際して

 誰かがしくじりをしでかしたら、穏やかにさとし、どこが間違っているかを示してやりなさい。それで相手を納得させられなかったとしても、それはあなたのせいでも誰のせいでもない。

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『言志録一』228

 賞と罰

 賞罰は世と軽重す。然るに其の分数、大略十中の七は賞にして、十中の三は罰なれば可なり。

 〔訳文〕賞と罰は世の情勢に従って、軽くもし、重くもすべきである。しかしその割合は、大略十中の七は賞し、十中の三は罰するのが適当である。

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天地の経にして、

2018-03-28 09:46:34 | ブログ
第3375号 30.03.28(水)

天地の経にして、而して民是れ之に則る。『孝経』178

 孝は天地の不変の法則、秩序の常道として、聖人によって明示したことから、民人はこの天地不変の常道に則り、孝道を以て行為の準則として、人間の本務を全うしなければならない。178

 【コメント】「孝は天地の不変の法則、秩序の常道として、聖人によって明示したことから」とありますが、人間の生れてこのかた、知らずしらずの内に孝の概念が肌身についているということでしょうか。

 そうであっても、日々の生活に押し流されて、秩序の常道をつい忘れて、非違行為に走るきらいがあるのかもしれません。

 ですから、心ある人々が孝の概念が乏しいと思われる人々には、それとなく教えてあげてもいいのではないかと思います。そのことがこの世に生きる人々の幸せをより向上させることではないかと思います。

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『不動心』(第233回)

 いかなる不幸にも耐える力を与えられている

 何が起ころうとも、あらかじめ自然はそれに耐え抜く力をあなたに与えていたか、そうではないか----二つに一つである。不幸に見舞われても、それに耐えられるものなら憤慨したりせず、自然の恵みどおり我慢するがいい。不幸が忍耐の限度を超えている場合でも、やはり憤慨してはいけない。不幸があなたを打ちのめしてしまったときには、不幸自体も消えてなくなるものだから。ただし、忘れないでおきなさい。自然があなたに耐える力を与えたのは、自らの利益や義務の見地から見て充分耐えうるものだと、あなた自身がそう判断した結果なのである。

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『言志録一』223

 事を為す術

 漸は必ず事を成し、恵は必ず人を懐く。歴代の姦雄の如きも、其の秘を窃む者有れば、一時だも亦能く志を遂げき。畏る可きの至りなり。

 〔訳文〕急がずに漸進的に事を運べば、必ず成功するし、精神的、物質的に人に恩恵を施せば、必ず人を抱き込むことができる。
 歴代の心悪し姦物でも、この秘訣をこっさりと盗んで、一時的ではあるが、彼の野心を成し遂げたものがある。まことに恐ろしいことだ。

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昨日は国会で証人喚問がありましたが、刑事訴追を受けるおそれがありますので、答弁は差し控えさせていただきます、といい証言の拒否が目立ちました。
 訴追とは検察官が公訴を提起することとありますが、事件性が伺える問題を拒否することは如何かと思います。もし、事件性があることを隠蔽したとすれば、国民は納得しないでしょう。

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