味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

菅原兵治著『農士道』序の紹介---3.

2011-02-25 10:20:14 | ブログ

タイトル----菅原兵治著『農士道』序の紹介---3. 第761号 23.02.25(金)

 昨日に続きます。この「序」は安岡正篤先生が書かれたものです。

.

 この学校の創立に当たって、余自身その適任でないことは明らかであるから、先づここに師となって事に当たるべき人物の物色養成を金鶏学院に於て始めた。昭和二年のことである。著者はその第一期の劈頭に来り投じたのであった。その頃著者は郷村の治教の為に若き真摯な心を以て、頭脳の明敏に委せて近代の精神科学的勉強に没頭していた。そしてその徒に概念を分析し論理を弄んで空理空論に堕し、人格に何の寄与する所もなく、一向生活の光にも熱にも力にもならぬ勉強に疲れ、あせり、悶えて、その解脱と新たなる学問求道の熱望に燃えていた。余は勤むるに東洋古聖賢の学を以てし、或いは座禅静座に力めしめ、或時は悪辣な苦しめ方も辞せずにその舊習の蝉脱を希望した。著者の学問修道の日新ぶりは實に目ざましいものであった。餘り精進の結果、時には心身の違和を来しはせぬかと憂へられたこともあったほどであるが、先哲の学と、静座と、山水と、耕転とは、遂に能く著者の心性を打成して金剛不壊ならしめた。かくして余は日本農士学校の教学を安んじて著者に託したのである。

 爾来著者は講学求道の余暇、或いは尊徳の遺跡を探ね、或は幽学の絶學を興し、又、庄内に名君の農政を按じ十年孜々として學業を怠らず、其の間の思索工夫凝って本書を成したのである。其の書こそ農村に関する最も叡智の書の一なることを確信する

 昭和十三年十二月廿二日  渡欧東海道車中 

                                    安 岡 正 篤 識 

 .

 安岡正篤先生は、或いは傾きかけるのではないかと憂慮された日本を、歴代総理大臣の指南番として、その指針を示されたと伺っています。その教えを示した文献は数多あり、心ある人々に、読まれ、活用され、輝かしい歴史を誇る日本国民のよすがとして導いてきたと存じています。

 安岡正篤先生を存じあげてから私は、文献を殆ど購入し、漢籍と併せ日々繙いています。今回紹介した「序」は現今の人々にはなじみが薄いかもしれません。でも読んでください。味わってください。今時の小説家が書く文体にない、精神の栄養剤となると信じています。安岡正篤先生いませば、今の政治を歎かれることと思います。

 紹介致しました「序」は、菅原兵治著『農士道』に相応しい見事な推薦文だと存じ、ここに紹介させて戴きました。これを機会に安岡正篤先生のご著書を読まれるよう切望致します。

コメント

菅原兵治著『農士道』序の紹介--2.

2011-02-24 11:14:31 | ブログ

タイトル---菅原兵治著『農士道』序の紹介---2. 第760号 23.02.24(木)

 昨日紹介したのを5回読み直ししました。痛切に胸に響きました。「人間が自然を離れるに随って、生命の衰退を招き、文明の栄華の裡に滅亡の影の濃くなりゆくことを深省せねばならぬ」、まさしく正論でしょう。菅原兵治先生の書の巻頭にふさわしい「序」だと思います。

 荘内南洲会・小野寺理事長に言わせると、菅原先生は日本一の教育者だったと私に話して聞かせました。荘内南洲会会館にある菅原兵治著『教えの國・荘内』をお求めになり、一読して欲しいと思います。漢文調ですから難解ではあります。では、昨日に引き続きます。

.

 文明都市は實は素朴健全な農村生命を栄養として発育し、誤って之を酸敗せしめるのである。農村を如何に健全にし、天眞を発揮せしめるかは、實に民族國家永遠の根本問題である。余は農村に三種の佳人あるべきだと思ふ。

 第一は、未だ都市文明に馴染まない純朴な山野の民である。

 第二は、都市文明の落伍者、惨敗者である。

 第三は、都市文明に馴染みきれぬ剛骨をもち、人の世の煩はしき厭はしさを出来るだけ避けて、叡智と純情とを守りつつ、自由を好み、最も深く山野を愛し、山野を知る人である。単に人といふより、かういう人をこそ士といふべきである。

 第一の人物は勿論、第二の人々とて農村は憐れんで温かく包容すべきであるが、農村に最も敬愛すべきは第三の士で、それこそ文字通り社稷の臣であると思ふ。

 余は昭和の始、一世を擧つて都市商工文明を謳歌し、農村は亡びゆくもの、時代に取り残されたるもの、国家発展に最早積極的効用の無いものとして閉脚或いは蔑視され、農村の子弟も争うて村を棄てて市に群り、農村は空しく所謂土(どん)百姓の天地となって荒れ果てた時、久しい深念の果に微力ながら第三の型の士------農士の養成を謀って、鎌倉武士の典型たる畠山重忠の館跡武蔵菅谷の荘に日本農士学校を創立した。その時之が主任となって今日に至るまで身を以て子弟たるを率い、耕転學道にいそしんでいるのが本書の著者である。

....

 「日本農士学校」と言えば懐かしい響きがあります。実は、私の詩吟道の師匠であった竹下一雄先生は台湾の学校で教鞭をとっていました。その竹下先生は、日本農士学校が出来たことを知り、学校の先生を退職して東北迄行ったのでした。そこで入学手続きをしようとしたら年齢が3歳オーバーしていたため入学が出来なかったのです。折角、台湾の学校を退職してきたのだからと懇願しても入学を許可されなかったのだそうです。

 家の床下でもいいから講義を聴講させて欲しいという願いも受け入れられなかったと当時のことを振り返り、私に話して聞かせてくれたものです。竹下先生には多くの門弟がいましたが、安岡先生、菅原先生のことは皆知らなかったのです。多くの詩吟仲間の人は何故味園さんがそういうことを知っているのか、と怪訝な顔をしていたものです。

 農士学校には入学できなかったが、竹下先生と菅原先生の交流は続いたのでした。現在、竹下邸には菅原先生直筆の額縁がかけられています。「一粒の苗」というのがそれです。師匠の竹下先生と、弟子の私は引き続き、荘内の英明な先生方にご指導を戴いている次第です。---------------次号に続きます。

コメント (1)

菅原兵治著『農士道』序の紹介。

2011-02-23 16:54:59 | ブログ

タイトル---菅原兵治著『農士道』序の紹介。第759号 23.02.23(水)

 ご紹介する「序」は、碩学として名声を博している安岡正篤先生が書かれたものです。私がご指導を戴いている荘内南洲会・小野寺理事長他有志の方々は、安岡正篤先生の謦咳に接しているのです。私自身はご著書と講演テープ等でしか存じませんが。

.

 枝葉は木の繁茂であると共に、又一面根幹から分れて尖端化するほど枯れやすく、散りやすい。美しい花も實も亦さうである。絶えず根本の培養を怠らず、時には枝葉を刈り、花實をまびかぬと佳い木にならぬ。

 生物進化の跡を木に譬へるならば、人類の生活は正しくその繁茂であり、その文明は花とも實とも称することが出来るであらう。然しながら人間が漸く自然を離れるに随って、生命の衰退を招き、文明の栄華の裡に滅亡の影の濃くなりゆくことを深省せねばならぬ。故に人間は本能的に自然を慕ふ。

 達人は常に山水の間に高臥せんことを思ふ。如何なる人も世に住んで或る年頃になると、いつの間にか植木や盆石を愛するやうになる。人間も花木や竹石を好くやうになると、最早年をとった証拠であるといわれるが、穿った観察である。それは単なる老成ではない。餘り人間になるから自然に還りたくなるのである。

 生命の本然に還るところに眞がある。餘り人間に為ることは偽りである。文明には偽りが多い。なるほど医学衛生の進歩に依って子供の死亡率は減らう。平均に長生きも出来るであらう。然し、民族全体の人口増加率は減退し、精健な長寿者は少なくなる。病気の手当はゆきとどいても、腎臓や胃腸の慢性病は増加する。體格肉附は好くなっても神経はいたいたしくなり、風采態度は快活明朗でも、薄志弱行、事に堪へぬ者が多くなる。歴史は文明衰亡史であり、、それは先づ都市に於て化膿する致命的膿物を発見するを常とする。

.

 安岡正篤先生の著書は用語が難解であり、表現そのものも高度です。だから普通読みたがらないと言うのです。でも、読んで行く内、慣れてくると思います。教えそのものが素晴らしいので、何時の間にか引き込まれでしまいます。

 特に頽廃化した日本国を正常に戻すためには、救国の先生と私は思っています。

コメント

『人物の条件』の紹介---5.

2011-02-18 11:32:07 | ブログ

タイトル---『人物の条件』の紹介---5. 第754号 23.02.18(金)

 昨日の第753号に続きます。

.

 安岡人間学は、“修己治人”己を修め人を治めることにあるという。最終は自分がしゃんとすることである。人物学を修める秘訣は、まずは勝れた畏敬する人物に学ぶことである。次は、人物学に伴う実践である。勇敢にあらゆる人生の経験をなめ尽くすことだ。人生の喜怒哀楽、艱難辛苦、利害得失を勇敢に体験することである。

 この安岡人間学を下地にして、私の体験を重ね合わせ、人の世話ができる有為な人物になるにはどうするかを述べてみた。前著『人間の品格』が大変に反響が大きかったので、続編的な意味合いも加味している。運命は、宿命ではなく、どこまでもダイナミックなものであって、自ら作り創造変化させていく立命を基本においている。激動する時代は、人物を求めているのである。

 世の中が乱れてくると、型にはまった人間は役に立たない。どんなときでも、本質的な徳性である、明るい、愛する、人に尽くす、報いる、清い、惻隠の情などを基本に、第二の天性である良い習慣で磨きをかけたい。

 人間は、知識、見識、胆識の三つが揃ってはじめて一流の人物になれる。若い頃の安岡先生は、激しかったと聞いている。私が知る先生は、立ち居振る舞いが美しかった。内面的涵養が面に現われ、背にあふれていたと思う。何事も実行“胆識”である。わが協議会の関本忠弘会長(日本電気社長・経団連副会長)の言葉“感じて、信じて、行動する”にもその意は通じている。                                  下村 澄

. 

 下村澄著『人物の条件』のはじめにを5回にわたり紹介させて戴きました。最初にも書きましたが、私がこの本を読み終えたのが平成六年二月四日でした。読破後、テープにも録音し何回も聞いて参りました。安岡正篤先生の偉大さはもとより、著者自身の人格から迸るものが人々の蒙を啓かせたのではないかと思います。下村先生、有難う存じました。

コメント

『人物の条件』の紹介---4.

2011-02-17 13:46:32 | ブログ

タイトル---『人物の条件』の紹介--4.第753号 23.02.17(木)

 第751号(23.02.15)に続きます。

.

 企業でも人材のいるところは、事業が起こる。国の盛衰も人物の有無による。東京勤務の最初の日に、安岡先生をたずね、勉強会の名称をいただきたいとお願いした。その時、「一国は一人によって興る」と蘇老泉のことばを聞いた。数人の同志的な結合が、国をも動かすパワーになる。国家もその興亡は、民族のエネルギーと活力、これを体現する人物の有無によって決まる。

 経済的に豊かな日本になったが、満ち足りた中では、人間は感奮興起はしないものだ。人間はどんなに経済が発達しても駄目なのである。困難にぶつかり、それを跳ねかえす中から、バイタリティが生まれる。貧乏であるとか、病弱であるとか、多忙であるとか、あるいは愚鈍であるとかいうようなことが、逆に、みんな自分自身を鍛錬する妙薬となる。

 多忙だから、寸陰を惜しむことで、精神を集中することができる。歴史上の人物をみると、このことを証明している。出会いと、理想を持つ人との交わりで人間を磨き成長している。動物でも植物でもそうである。苗木の時にごく荒れた地に、密集させて植える。つまり苗木の時にうんとしめておく。そして適当な時期に、それも適当なところに移し植える。そうすると良木、美木、美材になるということである。“艱難は亦これ事を経ざる人(未経験者)の良薬なり”の金言通りである。

.

 こうして紹介するために書いていると、平成6年2月4日(金)に読み終えた感慨が蘇ってくるのです。今時の電子辞書もいいかも知れないが、書き殴った書籍を繙き、著者に対して書きなぐりながら対話した日が懐かしいのです。

 急速度で進展するのもいいが、昔ながらの文化も大事にしたいと思う、老人の日々であります。

コメント