味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

人柄と書画『言志録』

2011-10-31 12:48:18 | ブログ

タイトル----人柄と書画『言志録』。第1036号 23.10.31(月)

 『言志録』 24 人柄と書画

〈心の邪正、気の強弱は、筆画之を掩うこと能わず。喜怒哀懼、勤惰静躁に至りても、亦皆諸を字に形わす。一日の内自ら数字を書し、以て反観せば、亦省心の一助ならむ。〉

〔訳文〕 心がよこしまであるか、正しいか、また気が強いか、弱いかは、筆蹟に現れるもので、これをおおい隠すことはできない。また、心の喜びや怒り、哀しみやおそれということ、および勤勉、怠惰、平静、躁然などに至るまで、皆これらは字に現れるものである。故に一日の内、自分で五、六字を書いて、それをくりかえして観れば、自己反省の一助となろう。

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〔コメント〕 半世紀前のことです。従妹の一つ下の女性が、私に言いました。

 高校で書道の先生が、字は人柄を現すので、諸君もうまくなるよう研鑽しなさいと。因みに私の字をみればわかるとおり、私は、最高の人格になっているのですよと言ったが、本当だと思いますか、と。

 その従妹の人は、それは人格とは関係ない、と半世紀した今でも言っています。私も同感です。下手くそな人が、字の練習をしてうまくなったからといって、性格が変わるものではないからです。尤も、古典の学問をすれば変わってくる場合もあると思います。

 私の内には、特に書道の先生・達人と言われる人から頻繁に電話がきたものです。その中でまともに電話対応の言葉づかいができる男は一人もいませんでした。

 はい、味園ですと申しますと、

 「オッサンナ オイケナ」(奥さんは、ご自宅においでになりますか)です。一人として謙虚にして、まともな言葉づかいができる男はいませんでした。要件の前に自分の名前を告げて、内容を話す、これが礼儀なのです。おれは普通の人間と違って字がうまいのだ、という驕りがもろに出ているのです。

 佐藤一斎が言うことは傾向としてはあるでしょうが、これは断じて違う、と反論します。

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まず腹を据えよ『言志録』

2011-10-29 10:40:15 | ブログ

タイトル---まず腹を据えよ『言志録』。第1034号 23.10.29(土)

 『言志録』 23 まず腹を据えよ

〈吾方(われまさ)に事を処せんとす。必ず先ず心下に於て自ら数鍼を下し、然る後事に従う。〉

〔訳文〕 自分は事柄を片付けるにはこのようにする。すなわち(体の治療をする時に、まず痛むところに針を刺して、鎮静をはかるように)、まず心の奥底に数本の針を打って(肚を据えて)十分熟慮し、後に、仕事にとりかかる。

〔付記〕 本文に関連して、加藤咄堂氏は次の話をつけ加えている。

『肚を据えてかかるということは心をシッカリという意味ばかりでなく、実際腹の具合が悪くては落ちついた仕事は出来ないもので、之れに就いて「八水随筆」に面白い逸話が載せてありますから之れを添えて書きましょう。

 近代の笛の名人と言われた森田宗禅が、或る時尾張大納言に招かれて松風の囃子がありました時に、準備が整い、イザ出演という時に宗禅が居りませぬから、人々がうろたえて諸方を探して居りましたが中々見付かりません。お座敷からは度々の催促があり、どうしょうかと騒いで居ります所へ、宗禅は悠々として出て来ましたので、人々が面憎く思って「殿の御機嫌を損じようとしているのに何を愚図愚図いたして居るのだ」と怒鳴りつけますと、

宗禅は、

「各々そう騒ぎ立ちたもうては気あせりて必定松風の位に至るまじ。今少し気を落ちつけたまえ。我は今朝より二便滞りて腹具合悪しく、只今便所にまかりありしなり。腹具合悪しくては松風の笛は吹かれぬ。尾張様の御機嫌を損じたりとてお出入りを止めらるるばかりなり。芸人が一芸を仕損じては末代までの恥なり」

と、静かに烟草(たばこ)をくゆらし、気を落ち着つけて居りますので、人々はあきれながらも、もっともと感じましたが、後に尾張様が此のことを聞かれて、

「芸人の心得は、さもありたきものじゃ」

と、宗禅に褒美を下されたということであります。これも腹を据えてかかった一話です』

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〔コメント〕 生存競争の激しい現代人は見習う所があるような気が致します。世界が狭くなり経済面での競争は激しくなるばかりです。今朝もNHK報道で年金問題を論じていましたが、国内の予算で、本当にヤリクリすればどうにかなる筈だと私は思います。

 ところが、先ずは自分の要求だけが先行していないでしょうか。労働組合は金が欲しいとして賃上げ要求をし、年金のために長年蓄えられた金は腹黒い官僚らの浅知恵で全国に箱ものを作りつづけ金は減少し、政治家は定数は減らさず、公務員は賃金カットはせずと、お互いが欲の突っ張りあいをしていたら、何時までたっても解決は出来ないと思います。

 隣の国の洪水はたまたまなのでしょうか。その国に驚くほどの日本企業が国外脱出するかのように逃げているのではないでしょうか。日本の国に留まってなぜ企業が運営・維持出来ないのでしょうか。これらには税金問題、賃金問題等々諸々の要素があるわけですが、お互いがお互いのために譲り合いは出来ないのでしょうか。

 厖大な数の自動車生産台数にしても異常ではないのでしょうか。人間が、エゴで突っ走った場合、今後、あちこちで自然災害が発生するように思えてならないのです。地球の人口が70億人を突破したと報道されましたが、今後は建設的な議論を踏まえ、よりよい政策を提起・導入し、少しでも暮らしやすい状況にして貰いたいものです。70歳を過ぎた我々高齢者は先がないわけですが、これからの人々のために、暮らしやすい世の中にしてほしいものだと思います。

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志気を剣のようにせよ『言志録』

2011-10-28 11:15:31 | ブログ

タイトル----志気を剣のようにせよ『言志録』。第1033号 23.10.28(金)

 『言志録』 22 志気を剣のようにせよ

〈間思雑慮の紛々擾擾たるは、外物之を溷(みだ)すに由るなり。常に志気をして剣の如くにして、一切の外誘を駆除し、敢て肚裏に襲い近づかざらしめば、自ら浄潔快豁(じょうけつかいかつ)なるを覚えむ。〉

〔訳文〕 心に無益なことや雑多な考えが起こって、ごたごたするのは、外界の事物が心を乱すのによるのである。故に、平生から、精神を剣のように鋭利にもって、一切の外界の誘惑を駆除し、絶対に腹の中に襲い近づけるようなことをしなければ、自ずと、きれいさっぱりとした気持ちになることに気付くであろう。

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〔コメント〕 歴史に名高い言志四録を書き残す佐藤一斎にして言えることであって、「精神を剣のように鋭利にもって、一切の外界の誘惑を駆除」するということは我々凡人には到底出来ない芸当であります。

 人間は、出来るものなら「偉くなりたい、伸びたい、成長したい」という願望はある筈だから、そういう夢を抱きながら、ボツボツやり続ける、そしてあきらめないことだと思います。それが20年、30年経つうちに佐藤一斎が云う心境に到達できるでしょう。

 要は、実践しただけの結果・成果は、当人が予想しない尊く素晴らしいものが構築できると信じます。前向きに取り組みたいものです。 

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 昨晩の第二道場の稽古は、大変静かに、順調に行きました。ワンパクの子供二人が所要て゜休んだからでしょうか。

 そのワンパクの一人は、学校で「居残り」させられたそうです。先生のいうことを聞かなかったのか、何かがあったのでしょう。そういう経験はしてもよいかと思います。

 佐藤一斎は、「遊女を二階からすぐ下の川に投げ飛ばした」というのが言志四録のどこかに出てきます。それほどの乱暴者だったということです。天風にしても、負けず劣らず、気性の激しいところがあったと告白しています。そういう気迫が人生に挑む気骨・気力として醸成されるのでしょう。

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心下痞塞すれば、百慮錯る。『言志録』

2011-10-27 10:51:52 | ブログ

タイトル---心下痞塞すれば、百慮錯る。第1032号 23.10.27(木)

 『言志録』 21 心がふさがると百慮あやまる

〈心下痞塞(しんかひそく)すれば、百慮皆錯(あやま)る。〉

〔訳文〕 心の奥底がふさがっていると(何も善い考えがでて来なくて)、すべての考えも計画も皆誤ったものになってしまう。

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〔コメント〕 これには川上先生もコメントを書いていませんが、天下の佐藤一斎先生もこういうことがあったのですね。

 先ほどテレビで、28日は地球が破壊壊滅されると予言した人がいると報道されました。どういう風になるのかな、と思っていた処に聖書の案内をする人がチャイムを鳴らしました。

 大きな声でハーイと対応し出て行きました処、60歳代のご婦人でした。私の元気な声にビックリした様子でした。お元気な声ですね、と言いました。ハイ、声が大きいだけが取り柄でと、応えました。

 聖書の話をしだしましたので、曽野綾子さんも聖書を勉強していますよね、といった処、聖書をめくり、金言を紹介してくれました。私も素晴らしい『南洲翁遺訓』というのを学んでいるのですよと教えて上げました。

 28日、地球破壊の話をして、どうなるかみてみたいですね、と言ったらビックリしていました。この目でみれるとしたら、よい記念になると思います。

 悠くんの母上様、私は、気は狂っていないでしょう。

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精神を収斂せよ。『言志録』

2011-10-26 10:55:44 | ブログ

タイトル---精神を収斂せよ。『言志録』。第1031号 23.10.26(水)

 『言志録』 20 精神を収斂せよ

〈人の精神尽(ことごと)く面に在れば、物を逐(お)いて妄動すること免がれず。須らく精神を収斂して、諸(これ)を背に棲ましむべし。方に能く其の身を忘れて、身真に吾が有と為らん〉

〔訳文〕 人の心が顔面に集中していると、外界の事物を追い廻して、まちがった行動をしがちになる。それだから、心をひきしめて、これを背中に住まわせるようにして、判断に誤りを起こさないようにすべきである。物欲を忘れた我身になれば、その身こそ、外物に惑わされない本当の自分となる。

〔付記〕 碧巌録第四十六則に次のような話がある。

『鏡清和尚が一人の雲水と話をしていた。和尚が「門外に音がしているが、あれはなんの音かな」。雲水答えて「雨の音です」というと、鏡清和尚は、「衆生顛倒して、己に迷いて物を逐う」といった。(後略)』

 一斎先生この話を知ってか知らずか、ちょうど同じことをいっていると思われる。

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〔コメント〕 『南洲翁遺訓』を読み、安岡教学を学び、天風師を学び、幸田露伴など先人の教えを学んで行くと、知らず知らずのうちに心身共に本当の自分を構築できると信じています。そのために学びたいものです。

. 昨夜は真っ暗闇の中、健康ランドジャングルを一時間歩きました。赤根祥道著『安岡正篤 運命は 「この人」にこそ 道を拓く』を聞きながらでした。平成七年に録音した部分でした。背中15キロ、片足2キロでした。

 こういう遊びをなさいませんか。元気盛りの指宿の師範は開聞岳に首っ引きで登山しているのです。もう一人の哲人師範は毎朝、谷山神社階段のところを二時間走り回っているのです。

 先日、奇術の祭典を見学に行き、そのことをブログに認め感想の一端を書きました処、出演者の長井先生からコメントを賜りました。有り難うございました。ブログにも書きましたが、「勤勉にして実直、私心のない人物学を修めた方」なのです。こういう素晴らしい同窓生がいるということに無上の喜びを感じています。

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