私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

シリアの人々にも救援を

2023-02-22 10:31:26 | 日記・エッセイ・コラム

 この記事には、ひどい大地震に見舞われたシリアの人々にも日本から支援を送ってほしいという願いも、勿論、含まれています。出来れば助けたいと思う人々がこの世界にはあまりにも沢山います。今ひょいと私の心に浮かんだのは、最近、どこかのテレビで見た、癌の発病に苦しむ幼い子供たちのいたいけな姿です。胸が痛みます。

 しかし、この記事の中心的な願いは、米国が、米国の支配者たちが、排除してしまいたいと考える国家、政府、人間社会、個人に対して加える諸々の制裁措置

(sanctions) の残酷さと悪魔性を、アサド政権下のシリアを具体的例として、多くの人々に理解して貰いたいということです。

 まず「シーザー法」と呼ばれる米国の法律から説明します。正式の名称はThe Caesar Syria Civilian Protection Act of 2019 で、2019年12月に時の大統領トランプが署名して米国の法律となり、2020年6月17日から実施されました。名称から見ると、これはシリアの一般市民を保護する為の法律ということになります。

 では、このシーザーとは何者か? 法案を米国議会に提案した議員の名前などではありません。これは2014年に米国で発表された「シーザー報告」というものから来ています。正式の称号はA Report into the credibility of certain evidence with regard to Torture and Execution of Persons Incarcerated by the current Syrian regime です。「現在のシリア政権によって投獄された人々の拷問と死刑執行に関する証拠の信用性についての報告書」と訳しておきましょう。この報告書はシリア軍の警察(憲兵隊、ミリタリーポリース)内に潜り込んでいた一人のカメラマンの筆になるもので、その安全を守る為に、シーザーという仮名が使われたのだそうです。

 次に、「シーザー法」が実施に移された前後のシリア情勢を振り返ります。これまで何度も書きましたが、これは内戦ではありません。「アラブの春」という扇動の手口を使って国外勢力が仕掛けた政権打倒の為の戦争です。シリアは一時国土の半分以上を失うまでに追い詰められましたが、ロシアとイランの救援を得て、2019年の終わり頃には国土の7割を取り戻して、レジームチェンジを目指した米国の試みは失敗したように見えました。そこから見事に盛り返して、アサド政権下のシリアを、シリア住民を、悲惨な苦境に追い込むことに米国が成功したのは、この「シーザー法」のお蔭でした。今度の大地震以前の話です。

 もう一度、この米国の立法の正式名称を見てください。「シリアの一般市民を保護するための法律」と書いてあります。まさに悪魔的偽善ではありませんか!当時の日本語のニュースは次のように報じています:

**********

【6月18日 AFP】米国は17日、シリアのアスマ・アサド(Asma al-Assad)大統領夫人らを新たに制裁対象に指定し、内戦下のシリア経済を揺さぶってきた圧力作戦を新法の下でさらに強化していく構えを示した。

 米国は、17日に発効したシーザー法(The Caesar Act)に基づいた措置の第1弾として、アサド大統領夫妻を含む39の個人・団体を制裁対象とした。対象者は米国内に保有する全資産が凍結される。

 アスマ夫人が米国の制裁対象となるのは初めて。アサド氏は2011年に反体制派弾圧を開始して以降、米国の制裁対象となっている。

 シーザー法はアサド氏に協力する企業を罰するもので、シリア再建への取り組みに暗い影を落としている。

 マイク・ポンペオ(Mike Pompeo)米国務長官は声明で「われわれはさらに多くの制裁を見込んでおり、アサド氏とその政権がシリア国民に対する不必要で残忍な攻撃を停止するまでやめるつもりはない」と表明。「経済的・政治的圧力をかける作戦の継続」を宣言した。

アスマ夫人が米国の制裁対象となるのは初めて。アサド氏は2011年に反体制派弾圧を開始して以降、米国の制裁対象となっている。

**********

シーザー法の制裁はアスマさんの長男のハフェズ(18歳)にも適用されています、これらの日本語記事を見たければ:

https://www.afpbb.com/articles/-/3288920

https://ameblo.jp/gekifutoriyagineko/entry-12604885959.html

https://www.afpbb.com/articles/-/3296335

にあります。

 具体的にどうやってシリアの一般市民を塗炭の苦しみ追い込んだのか?例えば、シリア政府あるいは貿易業者が食糧、医薬品、医療器具、建設機器などを国外からシリアへ輸入しようとするとします。それに応じて国内外の企業体が、あるいは、個人が、シリア向け輸出入を実行すると、米国は「シーザー法」をそうした企業や個人に対して適用して米国がコントロール出来る資産を取り上げてしまいます。商売相手として、シリアは小国ですから、米国と比べれば、モノの数に入らない取引相手です。大切な顧客である米国を失い、その上、企業や個人の銀行資産を取り上げられるという選択肢を選ぶ馬鹿が一体どこにいるでしょうか!

 キューバに対して、米国はこれと同じような制裁を加えています。今度のコロナ禍で、キューバは自力で良質のワクチンを開発製造して国民の健康を守ろうとしましたが、米国は、キューバ国内では十分の量の注射器が生産出来ない状況につけ込んで、キューバが海外から注射器を輸入出来ないようにしています。

 「シーザー法」のような経済制裁の徹底性を如実に示すコメントを一人のカナダ人女性が投稿しているのを偶然見つけましたので引用します。カナダの銀行を通じて、アサド政権下のシリアに地震見舞金を送ろうとしけれど、どうしてもうまくいかなかったという内容のものです:
Dolores Mitchell

I have tried to make a donation by bank transfer and it wants the 3 digit code for Royal Bank of Canada which is not in your bank information. Then I proceeded to make a Globat Money Transfer and it wants to know what country it is in. I tried Canada and Syria, both of which were not in the options to choose from. Is there an easier way to send a donation? Even the debit transfer didn't work. I would like to donate.

私には彼女のいうことを信じるに十分の個人的経験があります。昨年のことですが、日本国内の銀行を通じて、イタリアのベニスに在住する身内の者に、暮らしの助けとして、200ユーロのお金を数回にわたって送金したことがありました。すると、その銀行の外資取り扱いの係から呼び出されて、根掘り葉掘り、2時間近くも、訊問されました。いわゆる「マネーロンダリング」の疑いがかかったのでした。

 外国送金を依頼するといろいろの注意事項を読まされますが、その中に、「米国OFAC規制の確認」というのがあります。OFACとは米国の財務省外国資産管理局(Office of Foreign Assets Control )のことで、外交政策・安全保障上の目的から、米国政府が指定した国・地域や特定の個人・団体などについて講じている、取引禁止や資産凍結などの措置だと記されています。私のようなものもOFACの監視下にあるわけです。

 日本にSSJ(Stand with Syria)という団体があるのを知ってのぞいてみました:

https://standwithsyriajp.com/new/wp-content/uploads/2023/02/SSJ_Emergency_Declaration-NW_Syria-2.pdf

https://syncable.biz/campaign/4228

始めのものは『緊急事態宣言』とあり、どうやらホワイトヘルメット組織と親密な関係にある団体のようです。二番目のものはシリア北西部(アサド政権が支配していない部分)のシリア人の国内避難民への緊急支援金の寄付を訴えるものですが、記事の終わりに、

別視点にはなりますが、シリア政権は今回の震災を理由に国際援助を求める可能性が大いにあります。主な被災地域は非政権支配地域であり、経済崩壊を迎えているシリア政権としては外貨獲得、資金調達のための好都合な出来事としてこの震災被害を悪用される可能性があるため、国際社会はシリア政権の動きに対して注意深く対処する必要があることをここに付しておきます。

とあります。つまりSSJは米国の側に立って、アサド政権下のシリアの崩壊を目指す団体です。

 政治的支配の云々を問わず、トルコ・シリア大地震のすべての被災者の支援を呼びかける世界の17のアナーキスト団体の集合体による支援金の要請もあります。参加団体のリストは次の通り:

https://anfenglish.com/news/internationalist-anarchist-call-for-solidarity-with-earthquake-victims-65583

☆ Alternativa Libertaria (AL/FdCA) – Italy
 Aotearoa Workers Solidarity Movement (AWSM) – Aotearoa/New Zealand
☆ Federación Anarquista Uruguaya (FAU) – Uruguay
☆ Embat, Organització Llibertària de Catalunya – Catalonia, Spain
☆ Libertäre Aktion (LA) – Switzerland
☆ Organisation Socialiste Libertaire (OSL) – Switzerland
☆ Grupo Libertario Vía Libre – Colombia
☆ Karala – Turkey
☆ Corodenação Anarquista Brasileira – Brazil
☆ Die Plattform – Germany
☆ Anarchist Yondae – South Korea
☆ Rusga Libertária – Brazil
☆ Federação Anarquista do Rio de Janeiro (FARJ) – Brazil
☆ Organização Anarquista Socialismo Libertário (OASL) – Brazil
☆ Coletivo Mineiro Popular Anarquista (COMPA) – Brazil
☆ Union Communiste Libertaire (UCL) – France
☆ Tekoşîna Anarşîst (TA) – Rojava

ここには日本からの参加は見当たりません。幸徳秋水、菅野すが、大杉栄、伊藤野枝などの伝統を継ぐアナーキストは居ないのでしょうか。

 この記事を結ぶ前に、皆さんに是非覗いて欲しいウェブサイトを紹介します。私はこの貴重なサイトから学ぶのを日課にしています:

シリア・アラブの春 顛末記:最新シリア情勢

http://syriaarabspring.info/?page_id=2

これを開いて、「本ブログについて」をクリックすると

本ブログは科学研究費補助金(基盤研究(B))「現代東アラブ地域の政治主体に関する包括的研究:非公的政治空間における営為を中心に」(課題番号21310157 実施年度2009~2011年度(平成21~23年度) 研究代表者:青山弘之)における研究活動の一環として、開設されました。・・・・・・

とあります。つまり、このブログは日本のアラブ地域研究者・政治学者。東京外国語大学大学院総合国際学研究院(国際社会部門・地域研究系)教授の青山弘之氏が文部文化省から科学研究費を貰って運営しているブログサイトです。

 このサイトの「最新記事」には、この数日の間に夥しい数の(50以上)のシリア関係の記事が立て続けにアップされました。数人がかりの作業だとしてもこれは大変な仕事量です。この記事の奔流は、アサド大統領が2023年2月16日の行ったビデオ演説のトランスクリプトの全文の日本語訳が掲載されてから始まりました。青山氏のおかげで、シリア人民に対するアサド大統領の心からの呼びかけを日本語で読むことが出来ます。ぜひ読んで見てください。これは、自国民を冷血に惨殺する独裁者の声ではありません。青山氏の翻訳は原語からの直接翻訳で貴重なものです。

http://syriaarabspring.info/?p=97853

 しかし、そのことを超えて、私が有難いと感じるのは、反アサド、親アサドの両方のニュースを公平に我々に伝えてくれる点です。文部文化省からのお金の出方を忖度する気配は見えません。青山氏のお考えがプーチン寄りかバイデン寄りかに私は余り興味がありません。ものを研究し、ものを人々に教える学者というものの精神的姿勢を問題にしているのです。メディア報道人や言論人が青山氏の姿勢を見習ってくれることを切に願っています。

藤永茂(2023年2月22日)


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2 コメント

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Unknown (Oseitutu.Miki)
2023-02-24 14:00:47
シリアの犠牲を思うときこれほどの悲劇があるだろうか、という思いに苛まれます。特にさらに増えたであろう親を失った子供たちの行う末に心が痛むのを止めようがありません。

JICAが直接シリア支援をしたようです。動画をみつけて興奮しました。個人的にシリアの新赤月社(アラブ社会の赤十字)へ送金することはできませんでしたが、パレスチナ新赤月社へは送金できます。シリアには多くのパレスチナ難民がいますから。

https://www.facebook.com/SYRedCrescent/posts/pfbid0p3wBozBD9ysLsZRHHGZMy2UPHVN9t74Jc1g6uCgFxqHVjQF9pbzxkigwcbTEHRpel
Unknown (Oseitutu.Miki)
2023-02-26 10:56:19
お恥ずかしい。
赤新月社でした!

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