「煙霞」黒川博行 文藝春秋 2009年(初出産経新聞大阪本社夕刊2005年10月3日から2006年10/6日)
「疫病神」や「国境」など大阪を舞台にしたりあるいは大阪人(関西人?)がハチャメチャに大暴れする小説がなんとも痛快な黒川博行。他にも「悪果」で警察を描いたり、「文福茶釜」で骨董の世界の描いてくれたりするが、どれを読んでもハズレがない。私にとっては大好物の作家である。
最新作「煙霞」(えんかと読む)は、読み始めにこういう話だと思っていたらそれがどんどんと変化していく。冒頭は、学校の理事長が金を不正に横領しているためそれを糾弾する話。だと思って読むと、高校の非常勤講師の給与の少なさや正規の教師として雇うという約束をしながらずっと非常勤のまま雇うという学校経営の汚さが見えてくる。その辺りで学校経営の裏側を描くミステリーだと思った。
しかし違う。全然違う。大阪の府教育委員会指導主事が舞台となる晴峰女子高に天下ってくる。すると主人公である非常勤で美術を教える熊谷は系列の通信制高校に飛ばされる。この通信制高校に飛ばされた教師は2人続けて辞めている。熊谷の同僚の音楽教師菜穂子も正教員なのだが、音楽担当の正教員2人の内一人を理事長はやめさせようとしている。ちなみにいま私がしている話がネタバレではないかと懸念されているかも知れないが、これは最初の25頁辺りに出てくる導入部に過ぎないのでご心配なく。
熊谷と菜穂子は他の不満教師に誘われ、理事長を拉致して、不正の証拠をつきつけて、熊谷は正教員への昇格、菜穂子は辞めさせないとの念書を書かせようとする。この辺りから話は猛スピードで進み、先が全く読めなくなって来る。簡単に言うと、大阪の学校法人をめぐる金を虎視眈々と狙うあいつらこいつらの入り乱れたバトルロイヤルである。
なにしろタイトルが「煙霞」なので煙やら霞のように、ラストは終わっていくのだろう。それだけは間違いないだろうと思って読んでいたら、それすら間違った。
いやいやいや。一気に読んでしまった。人物設定、ストーリー展開に意外性があるのにも関わらず、ぶれない視点と根底にある太い筋によってとても読みやすい。これだけややこしい話をこれだけ読みやすく書く黒川博行はすごいと思う。
黒川流はなんと言っても、不完全な犯罪計画をたてる口ばかりやかましい奴らが不完全で場当たり的な行動をする第三者に妨害され、これから先どう進むのか分からなくしてくれる。いつも思うのだが、あれだけ不完全な計画と不完全な人間たちを巧くコントロールする黒川博行は猛獣使いでないか。
また大阪人(関西人?)特有のアクの強いキャラがまた魅力的である。女はだいたい我がままで男はヘタレか強欲が暴力的か。もし大阪がそんな人ばかりの街だとすればあまり住みたくはない。まさに「小説で読んでいるだけ」にしておきたい。
犯罪計画があってそれがちょっとずつ進む過程をドキドキしながら見る「スティング」や真保裕一の「奪取」など犯罪計画が完璧に出来ていることが前提となって進むストーリーはいわゆるコンゲームの世界に多数ある。しかし、犯罪計画が杜撰なままそれをじっくり読ませ、そして読者を翻弄するということにかけて、私が知る限り黒川博行ほどの腕前を持つ小説家はいないと思う(随分大きく出てしまった)
以下面白かった箇所を。
「さすがは大阪のおばさんだ。話しはじめると訊いていないことまで喋ってくれるが、内容はほとんどない(229頁より引用」
思わずニヤリとした。
「有印私文書偽造ってどういうこと?」
「なんらかの私的な文書に印鑑を押して偽物を作ったんやろ」
「熊さんの解説、よく分かるわ」(243頁より引用)
「なんらかの私的な文書に印鑑を押して偽物を作ったんやろ」
「熊さんの解説、よく分かるわ」(243頁より引用)
「ダークサイドに引き込まれたんや。ダース・スベーダーみたいに」
「ダース・ベーダーて、黒ずくめでスフィンクスみたいな頭のおっちゃん?」(232頁より引用)
「ダース・ベーダーて、黒ずくめでスフィンクスみたいな頭のおっちゃん?」(232頁より引用)
ダース・ベーダーがスフィンクス頭!爆笑してしまった。黒川作品にはこういうえもいわれぬ喩えとかあだ名が出てきてその度に笑ってしまう。小説「国境」の中で、北の方の将軍様のことを「パーマでぶ」と表現したときにはひっくり返ってしまった。
さて、この「煙霞」だが、黒川博行という微妙な人が書いたものなのでそれほど売れないような気がする。(「喋々喃々」が売れているときいて驚いたが)しかし、黒川作品はもっと売れて欲しいし買った人が後悔することは決してないと思う。この「煙霞」を読んでみて、それで気に入ったら別の黒川作品も読んでみるといい。黒川博行はおまえを寝かさないぜ!(俺はいったい何を書いているんだろう・・・)
参照:「黒川博行『悪果』悪漢警察小説の新スタンダード」
※追記:
ストーリーの結末が煙霞なのではなく、読者の目の前に煙霞を沸き立たせた小説ではないかと後で思った。
煙霞黒川 博行文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
悪果黒川 博行角川書店このアイテムの詳細を見る |
疫病神 (新潮文庫)黒川 博行新潮社このアイテムの詳細を見る |
国境 (講談社文庫)黒川 博行講談社このアイテムの詳細を見る |
見たまんま、シンプルでとてもわかりやすい。
読みたい本がどんどん増えていく~
大丈夫です。
私の目の前にも積ん読本山脈が聳え立ってますから。
ツンデレ本というのを考えてみました。
積んでおくとデレっとする。
自分で言うのも何ですが全く面白くありません。
以前にも、なにかの小説で引用しようと思ったのですが...ブログ題名が「ふるちん」だったので勇気が出ませんでした。
だから「頭の中は魑魅魍魎」に改名しようかと思ったりするんですよね。