令和元年5月17日
車の運転中ラジオから流れてくる山本周五郎氏の朗読作品に感銘を受け、この本を購入して読みました。短編小説ですから短時間で読め、仕事の合間や待ち時間、寝る前にも手軽に読み、続けてきました。この本は昭和17年6月から昭和21年1月までに書かれた31篇の作品で文芸春秋や婦人クラブに掲載されました。昭和18年には直木賞に推されましたが辞退され、以降すべての賞を辞退されています。今から77年前の戦時中に書かれた作品ですが違和感なく読めます。武士の時代であり、時節柄か主君への忠誠心が根底にあります。初めは「名婦伝」という題名でしたが、次第に興にのってか「婦道記」となった。特別なことをなした烈女伝のように受け取られがちだが普通の女性の物語であり、その中にしっかりとした生活観、美しい日本女性の姿が描かれている。
「松の花」 死んだ妻の手を握ったとき、ひどく荒れた手から千石取りの武家としての体面を保つため如何につつましい生活ぶりかを知った夫の感動の物語。最初の作品です。
「箭竹(やだけ)」 弓の矢に「大願」の文字を記し、良質の良い矢を作り殿様に認めてもらえるように励んだ未亡人の物語。
「梅の花」 歌、茶道,武道と上達すれど最後まで上り詰める前に辞めさせる姑の話は二兎を追うもの一兎を得ず、武家の主婦の仕事はお家第一であり上達、専念すれば油断が生ずるというもの。「君子は器ならず」に通じる話です。
「不断草」 訳あって離縁されたが、その後も身分を隠し、姑に尽くす嫁の物語。
「風鈴」 妹たちを良家に嫁がせ豊かな生活をさせるが、自分の夫は立身出世を望まず、農民たちの生活向上に尽力し貧しい生活に甘んずる生きざまに希望をなくす。「美食、富貴な生活の追及には際限がない。いかに生きてきたか。世の役にたてたか、意義ある人生であったか、いかなる権勢も、富も人間を死から救うことはできない。出世して暖衣飽食して満足して死ねるでしょうか。死ぬときには少なくとも惜しまれる人間になるだけの仕事をしてゆきたい。」という夫の話を聞き妻は生きがいとは何かをはっきりと認識した。私も斯くありたいと思っています。
「23年」 わけあって白痴、啞者の真似をして主家につかえているうち、本当に話せなくなった下女の話。
山本周五郎氏は昭和42年、63歳死亡。「樅の木は残った」、「長い坂」等、数々の名作を残してくださいました。今後も読んでゆきます。
感動は心を奮い立たせ、勇気をもたらしてくれる。私の座右の書となりました。