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祝)世界遺産登録 萩反射炉 & 恵美須ヶ鼻造船所跡

2015年07月05日 | World Heritage in Japan
7月4日Jリーグ無きウィークエンド一人旅。『世界遺産』登録夜明け前の山口・萩へ。
既にイコモスの登録勧告を受けている『明治日本の産業革命遺産』。韓国の執拗な抵抗もあり、当初予定の7月4日に決まらず、翌5日夜更けの世界文化遺産登録となりました。ということで4日、5日は世界文化遺産登録直前の史跡巡りでした。
『日本の産業革命遺産』は、日本の重工業の歩みをたどるもので、幕末に薩摩・長州・佐賀藩などが手がけた反射炉や造船所跡、ドック跡から、明治時代後期の官営八幡製鉄所や三池炭鉱、三菱長崎造船所に至る8エリアの23件の構成資産からなります。
ここ山口・萩では、『萩城下町』『松下村塾・松蔭神社』『萩反射炉』『恵美須ヶ鼻造船所跡』『大板山たたら製鉄遺跡』の5つの史跡が登録されました。今回の『日本の産業革命遺産』が特徴的なのは登録された史跡の価値というよりも、幕末から明治維新後の近代日本の明治産業革命の急進の史実こそが世界産業遺産として認められたということ。したがって登録された史跡(構成施設)は、その歴史の証としての登録です。
さて、津和野観光後、まず訪れたのは『萩反射炉』。なんと駐車場はセブンイレブンの駐車場と共有。さらに次に訪れた『恵美須ヶ鼻造船所跡』は看板のみという状況。かろうじて造船所が存在した当時の石積みの堤防があるのみ。このラフさはある意味すごいかな。今回は『大板山たたら製鉄遺跡』は訪れませんでしたが同じく遺跡跡があるのみとのことでした。
明日は、世界遺産登録の『萩城下町』『松下村塾・松蔭神社』を散策する共に、NHK大河ドラマ花燃ゆで盛り上がる幕末の風吹く萩街並み、歴史の町・萩を体感したいと思います。



【萩反射炉】
萩反射炉は、萩市椿(ちんとう)に現存している反射炉の遺跡。日本に現存する近世の反射炉は、この萩反射炉と韮山反射炉(静岡県伊豆の国市)のみです。アヘン戦争や黒船来航によって海防強化の必要性を感じた長州藩(萩藩)は、西洋式の鉄製大砲を鋳造するためにな金属溶解炉として反射炉の導入を計画。1856年(安政3年)に鉄製大砲の鋳造に取り組み始めており、反射炉の雛形=試験炉が操業されていた記録があります。従来は『萩反射炉』は1856年の築造と言われていましたが、本格的な操業(鉄製大砲の鋳造)の記録が無いことから、『萩反射炉』は11856年に建築・使用された試験炉であり、本式の反射炉(実用炉)は築造されなかったとの説が有力視されているのだそう。現存している遺構は反射炉の煙突部で、高さは10.5m。上部の一部が煉瓦積み、その下が安山岩と赤土で造られており、当時は石積みは漆喰で塗られていたとされます。上部の約5mほどが二股に分かれていますが、実際はそれぞれ独立した2本の煙突。炉床と思われる遺構も煙突に対応して2つ発掘されており、その内の西側の炉床が主に使用されたと考えらています。















【恵美須ヶ鼻造船所跡】
萩市椿東中小畑にある長州藩が設けた造船所の遺跡。ロシアの造船技術による丙辰丸とオランダの造船技術による庚申丸が建造されており、同じ造船所内に異なる外国の造船技術が共存する唯一の造船所であり、数少ない西洋式造船所の遺構であって、近代技術の導入期を知る貴重な遺産です。現在は、石造防波堤が現存するのみですが、これは当時の史料にみえる「今浦波戸」とみられています。なんと造船所跡地は、民間に払い下げられ、今年になって萩市が世界遺産登録に間に合うよう買い上げたというから驚き。今後、観光施設も整備されるのでしょう。



















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