かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.拉致 その2

2008-03-30 12:32:40 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
「それよりも榊警部が大変だわ。何でも今京都へ出張中ですって」
「榊殿が京都へ? 一体何故に」
「何でも近く京都で開かれる国際警察会議の下準備らしいけど、それよりも警部をそろそろマスコミから引き離そうという上の方の思惑らしいわよ」
「何やら拙僧にはよく分かりませんが、榊殿の事、まず間違いはありますまい」
 榊の有能ぶりは、二人にとってはあまりに自明の事柄である。若い頃は正義に燃えすぎて頭に血が昇り、暴走する事もままあったそうだが、年令とともに円熟みを増した人柄は、上からも下からも信頼篤い。実直すぎて推理にやや常識論をでない固さがある、とされてきた面も、どうやら麗夢達と行動を共にするようになった頃から大きく改善されたという評判である。もともと優れた格闘家として全国的にも名を知られる頑健な肉体と、柔軟かつ高度な思考能力、そして部下に率先して危地に飛び込む勇気と行動力は、まさに警察官の鏡とも言うべきであった。
「でもいいわよねえ、今頃の京都って。私も行ってみたい」
 麗夢がうっとりと脳裏に思い浮べたのは、紅葉咲く嵐山の観月の宴か、祇園をそぞろ歩く舞妓の艶姿か。円光はそんな麗夢の姿にぽっと心中が華やいだ。
「そうですな。拙僧も久しく京都には参っておりませぬし」
「え? 円光さん京都に行った事があるの?」
 麗夢が自分へ関心を向けた事に、円光は胸の内が少しだけ暖かみを増したのを感じ取った。そのぬくもりでわずかに頬をほてらせながら、円光は笑顔で答えた。
「拙僧、その昔京都のさる寺で厄介になり、修業していた事があります。故に京の町並みは今でもよく覚えていますぞ」
「へえ~、そうなの、知らなかったわ。じゃ、一緒に行きましょうか? 円光さん」
「えっ! せ、拙僧が麗夢殿と?」
「そうよ。そして円光さんが京都を案内するの。今からなら時代祭とかにも間に合うんじゃない?」
「拙僧が、麗夢殿と・・・二人きりで、旅行・・・」
「なーに? もしかして迷惑? 円光さん」
 遠い目をして何やら妄想に耽っていた円光は、突然我に返ってベータの尻尾よりも激しく首を左右に振った。
「め、滅相もない! 拙僧、断じて迷惑ではありませんぞ!」
「じゃ、さっそく行きましょうか! 円光さん」
「え? そんな急に?」
「善は急げ、よ! このところお客さんもいないし、少しくらい留守にしても平気だわ」
 早くも奥にいって荷造りを始めかねない勢いに、円光はたじたじとなった。動きだしたら止まらない麗夢の積極果敢な行動力にはただ感心するばかりの円光であったが、身の軽さ、という点では、これというしがらみもない円光の方がはるかに軽い。
 一時の衝撃から目覚めた円光は、ようやく麗夢と二人で旅をする、という願ってもない幸運の果実を賞味する気になった。
「そこまでおっしゃるなら拙僧も御供いたしましょう。して、アルファやベータはいかがなされる?」
「もちろん連れて行くわよ。さあ、起きなさい、出掛けるわよ!」
 部屋の隅で熟睡していた二匹のうち、まず子犬のベータの方が顔の両脇に垂れ下った耳をぴくっと揺らして軽く持ち上げた。続けて子猫のアルファがゆっくりと起き上がって、うーん、と思い切り反り返ってのびをする。が、いつもなら麗夢の方を向いて「にゃあ」とおはようの挨拶をするアルファが、逆に真っすぐドアの方を向いてにゃあと鳴いた。続けてベータが突然険しい顔つきをして、うぅ~っと小さくうなり声を上げる。釣られてふり向いた二人の前で、そのドアがコンコン、と二度ノックの音をたてた。
「あら、お客さんだわ。どうぞ、開いていますからお入りになって」
 あからさまに落胆する円光の後ろで、ゆっくりとドアが開かれた。その瞬間、腐敗した魚のようなすえた臭いが部屋に流れ込んだ。鼻の鋭さでは一番のベータが不快げに一段とうなり声を高め、一瞬遅れてアルファ、麗夢、円光も相手の正体に気が付いた。
 一見人間の格好をしてはいるが、落ち窪んだ虚ろな目には既に光が無く、げっそりと痩せこけた頬がろこつに頭蓋骨の形を浮かび上げている。艶のない髪の毛が疎らに生えた頭は既にミイラ化して骨が露出しており、何百年も着の身着のままだったかのようなぼろ布が全身にへばりついている。その裂け目から見えるのは、かつては肉体と呼び得た干涸びた残骸である。アルファ、ベータがうなり声を上げて慎重に間合いを詰め、円光も麗夢の前に一歩身を乗り出して鋭くにらみつけた。だが、その「客」はまるで怖じ恐れる様子もなく、既に機能を失って久しいはずの右手を無造作にあげ、強ばった皮を無理矢理引き剥がす音とともに、ゆっくりと麗夢を指差した。
「ミ、見つケタ。夢ノ姫、ミツケた」
 汚泥から沸き上がるガスのようにしゃべった「客」は、右手を麗夢に突き出した姿勢のまま、ゆっくりと前進を再開した。
「連レテ、イく。夢ノヒ 、姫ヲ・・・都まデ、連れテ行、ク」
 聞き様によっては歌を歌っているかのような、妙な間延びした旋律がある。だが、その声は平板でまるで感情のこもらない棒読みにしか聞こえない。それがかえって生命の無い者の残虐さを象徴している様でもある。その薄気味悪さは、大の男に十分冷汗を欠かせるに足る恐怖があった。
 だが、そんな程度の不気味さでは、この部屋に居る二人と二匹を、毛ほども動じさせる事はできなかった。

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