かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

2.拉致 その1

2008-03-30 12:32:51 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平成京都編』
 東京が、ヒートアイランド、などと言われてからもう随分になるが、さすがに10月ともなると日に日に柔らかくなる日の光や透明感を増す空気が、秋の訪れを感じさせてくれる。特にこの青山界隈なら、街行く人々のファッションこそが、季節変化のもっとも有効な指標となるだろう。そんなどこまでも明るい表通りから一歩路地を入ったところに、私立探偵、綾小路麗夢の事務所がある。
 切り立った崖のように高いビルディングに囲まれた、全く日の差さないぼろアパート。
 当の昔に住人から見離された倒壊寸前の廃屋の二階。
 その一室が麗夢の住居兼事務所なのである。
 止むに止まれぬ事情から訪れる者は、こんな所に好んで居座るとは何と奇矯な人物か、と当の本人に出会う前から大概気が引けてしまう。実際、その「怪奇よろず相談」という一種怪しげな看板の架かったドアをノックするまでに、不気味にきしむ階段で二の足を踏む客も少なくない。それでも決死の思いで助けを求めにくるのは、それだけお客の立場がのっぴきならぬ情況に追い込まれている証拠なのだ。特に意識しているというわけではないが、この表通りとは隔絶した様子こそが、本当に助けを必要とする人と、単なるひやかしとを分別する、重要な舞台装置になっているのだった。
 だが、客の試練はドアをノックしたところで終わるわけではない。
「どうぞ」
の一言で招じ入れられた客は、一様に同じ表情をする。目当ての探偵がどうやら普通の人らしい、という安心と、こんな一見頼りなげな年端の行かない少女に助けを請えるものだろうか、という不安とを等分に混ぜた顔である。そう。怪奇事件専門私立探偵、綾小路麗夢は、ちょっと見まるで女子中学生かと勘違いしかねないほど幼げな外観を有する少女なのである。といって、表通りを闊歩する、どう見ても日本人とは思えない国籍不明の学生達とは明らかに異なる。腰まで隠す豊かな碧の黒髪に包まれた顔立ちは、見る者をしてはっと息を飲ませるに足る美形である。特に潤いあふれた大きな瞳には、どの客も強く引きつけられるだろう。
 今日も麗夢の事務所を訪れる、修行僧円光も、その瞳の魅力にとりつかれた男の一人であった。
「漸く過ごしやすくなって参りましたな、麗夢殿」
 香り高い緑茶からたゆたう湯気ごしに、円光は意中の女性へ声をかけた。
「そうね。先月までは大変だったから」
「確かに。夢隠村では難儀しました」
 夢隠村の難儀、それは当然の事ながら例の首無し武者をめぐる一連の大事件のクライマックスの事である。800年前の亡霊、平智盛が大暴れして、富士山麓の演習場で訓練中だった自衛隊を蹴散らし、富士山を噴火寸前までもっていってしまった大惨事だった。あれからもう一ヵ月がたったと言うのに、忘れっぽさでは鶏よりも早いマスコミが、未だにこの報道に取り組んでいる。もっとも、さすがに新聞の一面を飾り、臨時ニュースがプロ野球やアニメ、ドラマを潰してテレビの全チャンネルを埋め尽くした最初程の狂暴さは無くなったが、代わって一体何が自衛隊に起こったのか、を突き止めようとする検証特集が目立つようになった。
 一基数億円のミサイル、戦車砲弾、ロケット弾など消費された多数の実弾。どうみても何か巨大なものにプレスされたとしか思えない車両やジェット戦闘機の残骸。混乱と怒号が渦巻き、ただならぬ事態に襲われている事を示す通信記録。それらを前にすれば、誰だって一体何が、という興味を抱くのは当然だろう。もちろん調査は、第一級権威によって構成された調査委員会の手で公式に進められてはいるが、ごく一部のマスコミが唱える怪獣出現説を支持する者は表立っては一人も存在しなかった。映画でもあるまいし、身の丈数十メートルの怪物に襲われ、手も無くひねられた、などと自衛隊も認めるはずがない。結局事態は、局地的に発生した竜巻と落雷、そして富士山の火山活動と見られるごく浅い震源の直下型地震による自然災害と、部隊員が誤って実弾発射してしまったためである、との見解でまとめられつつあった。
 これには「たまたま」現場近くに居合わせた警視庁の榊真一郎警部の「怪物など見ていない」との証言や、噴火か!? とひと時気象庁職員を色めき立たせた富士山の異常振動+局地的な気圧異常の記録などが重要な証拠となり、事態を実際に見ていない一般の理解を得つつあった。
 そんな中、麗夢や円光がこうして無事に過しているのも、麗夢達の朋友、榊警部が、事件解決に多大な貢献をした少女の存在を隠し通してくれたおかげであった。 
 もっとも、公式に出張して夢隠村まで来ていた榊は、残念ながらそんなマスコミの矢面に立たざるをえない。この所榊が麗夢の事務所を訪れないのは、そんな自身を襲う嵐をこの華奢なぼろアパートまで及ぼすまい、とする配慮だった。
「そういえば、鬼童、殿より何か連絡はありましたか?」
 円光は、今日一番聞きたかった話題を持ち出した。実の所、最近円光が麗夢の元を訪れる理由の六割がたはその事の確認のためとさえ言える。麗夢は、またその話? と苦笑いした。円光がそこまで気に懸ける理由はさすがに麗夢も感付いてはいたが、それにしても円光の気にしすぎだろう、と麗夢は思う。第一、初めて円光にその事を尋ねられた時は、麗夢はその名前をすっかり失念していて思い出せなかったほどなのである。確かに鬼童海丸は目を見張る美男子ではあったが、円光も姿形こそ違え、鬼童と張り合える容姿である事に、もっと自信を持った方がいい、と麗夢は思う。
「いいえ、まだ何にも言ってこないわよ、円光さん」
 くすくす笑いを堪えている麗夢に、さすがに己れのなさけなさが自覚されたか、円光はそれはそれはと喜びながら、あわててお茶を飲み干して赤くなった顔を湯呑みで隠した。

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