風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

傘寿記念 坂東竹三郎の会 @国立文楽劇場(8月11日)

2013-08-13 00:25:45 | 歌舞伎




友人との旅行の帰りに大阪に立ち寄り、行ってまいりました、『坂東竹三郎の会』(昼の部)。
舞台も客席もみんなが「歌舞伎が大好き」「竹三郎さんが大好き」な気持ちが溢れていて、劇場中が不思議な一体感のある公演でした。
拍手も単なる約束事ではなく、役者さんの演技に私が「うわ、拍手したい…!」と感じると皆さんも大拍手、でも誰一人台詞にかぶらせることなくピタリと静寂に戻る様はもはや芸術的。大向うさんも音羽屋、澤瀉屋、松嶋屋と偏りなく盛大にかかっていて。
あの場所にいることができて幸せでした。


【夏姿女團七】

猿之助って本当に竹三郎さんが大好きなんだなあ、と観ていて思わず頬が緩んでしまいました。
あいかわらずの冷静な演技の中にも「大好きな竹ばぁの大切な舞台に立つことができて嬉しい」という気持ちがひしひしと伝わってきて、先日の『四の切』で感じた技巧的にすぎる部分を今回は全く感じませんでした。夜の部のカーテンコールでは目を真っ赤にして竹三郎さんに抱きついていたそうですし、可愛いなあ、もう。
しかし、猿之助は華がありますねぇ。
壱太郎の一寸お辰とのケンカの場面。容姿は壱太郎の方が顔も小さくスタイルも良いのに、猿之助のお梶から滲み出る魅力といったら!この場面、圧倒的に「美しい」のは猿之助でした。煙管をのむ指の色っぽさ、団扇を仰ぐ姿のたおやかさ、最後の花道で水を払うときの凛とした華やかさまで(手拭いの端を口に咥える色気がまた凄まじく・・・)、とにかくひとつひとつの仕草が美しく、魅せる魅せる。「姐御!」って呼びたくなりました。猿之助のこういう女形、もっともっと観たいなぁ。
もっとも、壱太郎が明らかに見劣りしていたかというと、決してそんなことはなく。それは外見だけに頼らない彼の芸の確かさ故で、今の年齢でこの猿之助とバランスを保てただけで、すごいことだと思います。本当に今後が楽しみ。
ちなみに『夏祭浪花鑑』にある「むさい團七→カッコいい團七」の見せ場は、今回はありませんでした。最初からカッコイイお梶さん。出の場面の夏の着物が涼しげで素敵だった

竹三郎さんのおとら。
「待っってました!」の大向うに、思わずホロリ。。。
竹三郎さん、雰囲気のある役者さんですねぇ。
最初に姫君の乳母として登場→正体現わしの差が、よかったな~(ザ・黙阿弥)
おとらのお供が薪車さんだったのも、観ていてほっこりしました。
この義平次婆さん、もちろん嫌味は嫌味なのですが、お梶は決して憎くて殺そうとしたわけではないのですよね。辛抱できずに刀に手をかけたら図らず傷をつけてしまい、「親殺し」と叫ぶおとらをもう殺すしかなくなっただけで。この「仕方なかった」自然さは、前回観た3月の『夏祭』より今回のお二人の方がわかりやすかった気がします。唐突感が否めないのは毎度のことですが^^;

もっとも今回の舞台を観て、3月の海老蔵もあれはあれで良かったのだな、と改めて感じることができました。
荒削りではありましたが、海老蔵にしか出せない空気があったのだなと。
猿之助が猿之助にしか出せない空気を持っているように。
どちらもまったく違う個性で、案外歌舞伎の未来は明るいかも!と思えました。

今回の部では、松之助さんの佐賀右衛門にプロンプが2回入ったのが、少々残念でした(四谷怪談の喜兵衛は安心の出来でしたが)。
でもプロンプを見たのは実はこれが初めてだったので、そういう意味では楽しかったです。これか!と、笑。


【東海道四谷怪談】

この暗さ、この深み、この美しさ。これぞ歌舞伎、これぞ南北の四谷怪談。
こういうことは本当に言いたくはないのだけれど・・・・・・、先月観た花形歌舞伎と同じ演目だとは思えない迫力でした。

幕が開くと、伊右衛門の家。伊右衛門が傘張りをしています。
このときの拍手の変化が面白かった。
(幕が開く)パチパチパチ→(客が舞台上のニザさんを認識)パチパチパチパチ!!!
上方の現役アイドル、69歳。
みんな、ニザさんが大好き

しかしこの客席効果を横に置いても、仁左衛門さんってもう異星人のように一人だけオーラが違いますね。
あまりのオーラに正直最初は「伊右衛門にしては貫録ありすぎじゃ?」と感じましたが、ものの1分でそんな思いは消えました。
この凄み、この色気、このぞくっとする冷たさ、そして容易く女を落とせる甘さ。はじめて「色悪」という言葉が心底理解できました。
そして、過去に2回のみ、それも30年間演じていないとは信じ難いほど完成度の高い役の作り込み。最初から最後まで伊右衛門のキャラクターが一貫していて、矛盾がないのです。
隣の部屋から聞こえてくる赤ん坊の泣き声に鬱陶しそうに顔を顰める様子。この僅かな表情だけで伊右衛門という男の性格がよくわかる。
お梅を貰い受けることに決めるときも、「師直に推挙してもらおう」という計算がはっきりと目の表情に出ているので、伊右衛門の内面がとてもわかりやすかったです。
岩の顔が変わった後は、染五郎は岩の崩れた顔を見る度に大袈裟に驚いて客席の笑いをとっていましたが、仁左衛門さんは「嫌なものを見ちまった」という風に僅かに顔を歪める不快そうな感じが、リアルですごくよかった。
「首が飛んでも動いてみせるわ」の台詞も、この伊右衛門が言うと全く自然。
はじめて伊右衛門という人間が、すっきりと腹に落ちた気がしました。

以下、不純な感想。
(お初な)お梅ちゃんとの床入り。お布団の上で俯いて座り込むお梅ちゃん(実は竹さんだけど)に後ろから「恥ずかしくとも顔を上げよ」って、仁左さん、エロすぎ。ヤバすぎ。最高。
お梅ちゃん@隼人くん19歳と、お岩さん@竹三郎さん81歳という驚くべき守備範囲の広さに全く不自然さを感じさせない、色男伊右衛門@仁左さま69歳。甘い声と低い声の使い分けが最高すぎる。
この前の花嫁一行が花道から現れる輿入れの光景がぞくりとする美しさだったのですが、それはこの仁左衛門さんの持つ凄み故だと思います。
キセルの吸い方もいちいちエロすぎて、もうどうしようかと・・・。
黒白の格子模様の着流しと黒無地の紋付も、色っぽくてとてもお似合いでした。

隠亡堀の場で直助と別れてから釣り具を持って歩み去るときに小箱が派手に落ちたのはハプニングだと思いますが、このときの仁左衛門さんも上手かったなぁ。今でもハプニングだったのか自信がもてないくらい自然に悠々と拾われていて、不安感が皆無(一緒に行った友人はハプニングだと気付いていませんでした)。
その後に花道に出て上手から戸板が流れてくるところで「誰だ、俺の名を呼ぶのは誰だ」と言うところも、今思い出しても背筋がざわっとする暗い陰を感じさせて、素晴らしかったです。

こんな最高級レベルの伊右衛門は、全国の歌舞伎ファンのために、歌舞伎の未来のために、ぜひとも本公演でも演じるべき。それは仁左衛門さんの歌舞伎役者としての責務でもあると思う。
それくらい魅力のある伊右衛門でした。
それに誰より仁左衛門さんご自身がそれはノリノリで演じられていた、ように見えましたです。


竹三郎さんのお岩。
こういうお岩が見たかった!というお岩を見せてくださいました。
赤ん坊をあやしているところ、ご年齢からすればひ孫に見えてもなんら不思議はないのに、ちゃんと母親に見えるのがすごい。仁左衛門さんとも、違和感なく夫婦に見えました。
武家の女の凛とした雰囲気は菊之助と同じですが、違うのはお岩の“悲しみ”が胸が苦しくなるほど伝わってくること。
赤ん坊に対する思い、伊右衛門に対する思い、自分を陥れた伊藤家に対する思い(「両手をついて礼をした自分が恥ずかしい」と言うところ、すごく真に迫っていました)――。それらの情は強いのに、彼女自身はあくまで目立たず控えめで(薬を飲む場面もあくまで自然)、だからこそ際立つ女の悲しみ。
髪梳きの場面で恨みが“爆発”して人間ではなくなった菊之助と異なり、この岩は愛する伊右衛門に裏切られた深い悲しみや恨みがじわじわと彼女の中で“怨念”という形になり、幽霊となったように見えました。
こういうお岩さん、また見たいなぁ。
仁左衛門さんとともに、とてもいい伊右衛門&お岩でした。

そうそう。壱太郎の小平も、とても良かったです。美しさも声の良さも菊之助の小平と似ていましたが、菊之助よりも下男らしさが出ていて良かった(でも菊ちゃんは与茂七が絶品でしたから♪)。

橘太郎さんの宅悦。笑いに頼らない、気負いのない自然な演技が良かったです。
橘太郎さんに限らず、今回の舞台は『夏姿~』も『四谷怪談』も、安易に笑いに走らなかったところが、非常に好感を持てました。
先月の四谷怪談でも澤瀉屋の舞台でも感じたことですが、笑いをとれば簡単に客席を沸かせることができて役者さんは楽かもしれませんが、決してそれが「良い舞台」に結びつくわけではありません。
真に素晴らしい演技であれば、質の高い舞台であれば、客はたとえ一度も笑わなくてもちゃんと心底満足して「楽しかった!」と劇場を出るのです。
その力の入れどころを、もう一度役者さん達は考え直していただきたいと心から思います。
初心者なのにエラそうにすみません。でも常日頃、安易に笑いをとろうとする演出にも、笑わないと損とばかりにすぐに笑う客にも感じていたことなので、書きました。私がいつか歌舞伎から離れることがあるとすればそれが理由だろうな、と思っているので。。
そういう意味でも、笑うところは笑わせ、泣かせるところは泣かせ、品と情の溢れる素晴らしい舞台を観せてくださった竹三郎さんに、心底感謝しています。

そしてラスト。
だんまりで幕切れって(いくら照明がぱっと明るくなるとはいえ)難しいのではないかなと思っていましたが、そこは皆さんさすがの上手さで、見事な幕切れでした。ここでも仁左衛門さんの魅せ方が素晴らしく、この地味な場面を華やかな幕切れに持って行けたのは、あの仁左衛門さんあってこそだと思います。


幕切れ後は、鳴り止まない拍手に竹三郎さんが与茂七姿でご登場。
出演を快く受けてくれた仁左衛門さん&猿之助他の役者さん達への御礼とお客様への御礼。涙声での「生きててよかった」という言葉に、竹三郎さんがそういう気持ちになってくれてよかったと、こちらも感じました。
この部では最前列に竹三郎さんの同級生の方々が座られていたので、それについても触れられ、「皆さんいつまでも元気でいてください」で満場の拍手^^
そして、「命の続く限り歌舞伎に貢献していきたいと思っています。どうかこれからも歌舞伎を愛してください」は、これまでに幾度となく聞いた「歌舞伎をよろしく」の中で、一番泣きました。。。竹三郎さんも泣いてるし、周りのお客さんも泣いてるし。。。
「(歌舞伎に)東京も大阪もありません」ってはっきりと言ってくれたのも、なんか嬉しかったなぁ。考えてみれば猿之助も東京人ですしね。
竹三郎さんのご挨拶後にしつこく拍手をして仁左衛門さん達の出をせがむような客がいなかったのも、素晴らしかったです。これは「竹三郎さんの会」ですものね。みなさん、わかっていらっしゃるなぁ。
もっとも、この日の夜の部の最後のカーテンコールでは仁左衛門さんや猿之助が登場して、竹三郎さんに花束を贈られたのだとか。いいなぁ、観たかったなぁとも思いましたが、最後に仁左衛門さんの音頭で全員で手締めをされたそうで、よく考えてみたら私は大阪締めに全く不慣れなので、もしその場にいたら最後の最後で一人だけ参加できず疎外感を感じてしまったと思うので(一緒に行った友人も生粋の関西人でしたし)、やっぱり昼の部で良かったかも・・・です^^;

というわけで。
ずっと三階席か一階席か迷っていた10月の歌舞伎座の夜の部『すし屋』ですが、こんな舞台を観てしまっては、一階席を買うしかないですね。
歌舞伎座は客層がアレなのが気になりますが、まあ今回のお客さん達が特別だったのですから、そこは諦めます。。。

「上方歌舞伎の火を消すまいとやってきた。年齢のこともあり今回が集大成。命がけでやります」と意気込みを語った。市川猿之助(37)も出演して花を添える。竹三郎は「猿之助は私のことを『竹バァ』と呼んで。でもかわいいんですよ」とニッコリ。
デイリー「坂東竹三郎 傘寿公演を8月に大阪で」





綺麗で、和の雰囲気の素敵な劇場でした。


帰りの新幹線のお供は、もちろん伊右衛門♪
筋書は来場者全員に無料で配られました。



※『演劇界』2013年11月号の感想

《インタビュー》
・坂東竹三郎 「竹三郎が自主公演「坂東竹三郎の会」を語る」

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