風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

米原万里 『不実な美女か 貞淑な醜女か』

2011-07-17 15:06:24 | 

 「両者のコミュニケーションは私がいて初めて成立している」
 と実感する時、狭量な自我は二つの異なる宇宙をつなげる、より広大な世界に拡散されるような吸収されるような快感がある。…自分が取り持った両者が理解し合えた、お友達になったという意味だけの狭義のコミュニケーションの成立ではない。話が通じた結果、両者が険悪な関係になることだってある。しかし、地理的にも離れ、異なる歴史を歩んできた国の人々が、異なる文化と発想法を背景にしたそれぞれの言語で表現しながら、それでも通じ合っているそのこと自体が奇跡に思えてならないのだ。そして異なるからこそ共通点を見出した時の喜びは大きい。他の民族に対して自国の言語を押しつけたり、あるいは逆に強国に迎合して自国語をないがしろにしている人々には、この感動は永遠に訪れまい。…
 どの人間にも望むと望まないとにかかわらず、自覚していようといまいと、自分が属する民族や国の文化が染みついており、と同時にどの国や民族にも人類という類的存在としての共通項がある。思えば、このおかげでどの言語も互換性を持ち得るのだし、通訳・翻訳という職業も成立し得るのだ。

 (米原万里 『不実な美女か 貞淑な醜女か』)

ロシア語同時通訳者であり、作家でもあった米原万里さん。
彼女のことを初めて知ったのは、もう15年ほど前、NHKの特集番組ででした。
知的で堂々とした日本人離れした雰囲気、けれどお洒落な女性らしさも持ちあわせた彼女に、素敵な人だなぁとひどく印象に残ったのを覚えています。
それから彼女のことはすっかり忘れたまま月日は流れ、数年前、何気なくYahooニュースを見ていて、彼女が56歳の若さで卵巣癌で亡くなったことを知りました。

今回鎌倉文学館で米原万里展が行われていることを知り、展示終了直前に行ってきました(彼女は鎌倉の佐助に住んでいたそうです。そんなに近くにいらっしゃったとは…)。
展示を見、その後彼女の本を読んで、外国語を勉強すること(それこそ狭義のコミュニケーションの手段という意味だけでなく)、そして日本人であるということについて改めて考える機会をもらうことができました。
企画展はもう終了してしまいましたが、ご興味のある方は、ぜひチャーミングで人間味溢れる彼女の本を手に取ってみてください。

★Youtube:NHK世界わが心の旅 『プラハ 4つの国の同級生 米原万里
★ほぼ日刊イトイ新聞 『言葉の戦争と平和
★スペースアルク『通訳そーうつ日記
★ロシア語通訳協会 『米原万里さんを偲ぶ
★有田芳生『米原万里さんの思い出


最後に余談ですが――。
米原万里展を見終って文学館を出たところで、若い女の子を乗せた2台の観光人力車とすれ違ったのですよ。以下、その会話。

人力車の兄ちゃん:こちらは鎌倉文学館で、加賀前田家の別邸だったところです。
女の子:ふぅん…(明らかに興味なさげ)
兄ちゃん:今アニメなんかで話題の前田慶次っているでしょう?
女の子:あ、わかります!(急に話にノる)
兄ちゃん:要はあの慶次の家です、ここ(きっぱり)
女の子:えっ、本当ですか??すごーい!!

……こ~んな嘘八百を平気で言い散らかしている人力車。野放しにしておいていいんですか?鎌倉観光協会さん。

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする