風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

歌劇『トリスタンとイゾルデ』 @新国立劇場(3月14日、23日)

2024-05-02 16:01:24 | クラシック音楽



誤解しないでください。私はワーグナーの音楽が大好きなんですよ。彼の反ユダヤ主義思想はひどいものですが。文芸批評家の故ライヒ=ラニツキは、家族を[ユダヤ系ゆえに]ワルシャワ・ゲットーで殺されました。『それでもなぜワーグナーを聴くのか』と尋ねられ、『《トリスタンとイゾルデ》を書いたのは彼だけだから』と答えた。つまりは愛憎。あの音楽の虜になるんです。私も《トリスタン》を15歳か17歳で初めて観て、完全にやられてしまい、すぐにヴォーカルスコアを買って、全部弾いて、指揮者になる!と決めたんですよ。
ブルックナー《ミサ曲第3番》の指揮者、ローター・ケーニヒスに訊く@東京春音楽祭

14日はZ席(1650円!)の上階Rサイドで、23日はD席(7700円)の上階Rサイドで聴きました。
Z席は初めて座ったけれど、信じられないほどお得ですね。
ほぼ見切れなしのD席に比べると確かに見切れるけれど、舞台中央はかろうじて見えますし、音楽は舞台に近いオケの上方なので一階席や正面席よりも響きがいい。長時間のワーグナーを今の時代にこんなお値段で聴けるとは。

ワーグナーのオペラを全曲で聴くのは、昨年の新国『タンホイザー』春祭『マイスタージンガー』に続いて3回目。
今回『トリスタンとイゾルデ』を聴いて、冒頭に引用させていただいたケーニヒスさんの言葉を強く実感しました。この音楽は虜になる。。。
動機の使い方もとてもよくできているし、最終幕の幕切れのオーボエの使い方なんて天才的と感じる。

今回の公演、なにより大野さん&都響が大ブラボーでした。
あいかわらず丁寧&雄弁&美しく、最終幕の清らかな響きにやられました。大野さんの音楽作りって私にはイマヒトツ突き抜け感が感じられないことが多いのだけれど、今回はそうではなかったというか、大野さんの指揮から今回初めて丁寧さ&雄弁さだけではないプラスアルファの熱を感じました。あるいは丁寧であるが故の凄みのようなものを感じさせてもらえた気がします。

ワーグナーとマチルデが既婚者同士でも愛し合った末にうまれた作品『トリスタンとイゾルデ』ですが、作品中特に二幕でトリスタンとイゾルデが光、太陽、日中を嫌い、夜を讃えるのはなぜでしょうか。日中は光があるので物が見えて概念を持ちますが、夜は光が無いため物が見えず既成概念を持てません。つまり敵、味方、婚約者の仇、主人の妻、既婚、未婚という既成概念が無い「夜」にすることで既成概念を否定したと解釈できます。形而上ですね。
(ブランゲーネ役 藤村実穂子)

今回、月と太陽の演出もとてもよかったな。
夜は全ての垣根をなくす。
人が真の自分になれるのは夜の世界。愛が成就するのも夜の世界。けれど夜の世界は死の世界と結びついている…。

一幕最後でようやく二人が本心から通じ合った直後の「マルケ王万歳!」の流れとか、二幕最後で2人が「夜の国」への憧れを口にする場面とか、三幕でイゾルデが歌う「愛の死」とか、映像で聴いても素晴らしいけれど、生で聴くと胸に訴えかけてくるパワーが全然違う。それはオペラ全般に言えることではあるけれど。
常につきまとう不安定さと破滅の音。
最終幕の清らかな響きと解決。死の安寧。

今回のソリストでは、ブランゲーネ役の藤村さんが素晴らしかった。彼女の独特な声が作り出すあの二幕の空気といったら・・・。
シュヴィングハマーのマルケ王も、その人間味のある温かな声に彼の心に共感してしまった。
シリンスのクルヴェナールも役にピッタリで、三幕は胸が苦しくなりました。
タイトルロール二人(ニャリキンチャ)は声の豊かさは少なめではあったけれど、その演技(声の演技も含めて)には、特に最終幕の二人には深く感動しました。ニャリのモノローグも胸がいっぱいになったし、特にキンチャの『愛の死』はオケの演奏とあわせて強く感銘を受けました。公演の後半に行った知人は「キンチャが愛の死でスタミナ切れでブーイングが起きた」と言っていたので、前半に観に行っておいてよかったです。

今年は春祭でもヤノフスキ&N響の同曲を聴けるというトリスタン祭り。なんという贅沢でしょう。

待望の再演 大野和士が語る、新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」(毎日クラシックナビ)
新国立劇場オペラ『トリスタンとイゾルデ』でブランゲーネを歌う藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)に聞く(SPICE)

スタッフ
【指 揮】大野和士
【演 出】デイヴィッド・マクヴィカー
【美術・衣裳】ロバート・ジョーンズ
【照 明】ポール・コンスタブル
【振 付】アンドリュー・ジョージ
【再演演出】三浦安浩
【舞台監督】須藤清香

指揮
大野和士

演出
デイヴィッド・マクヴィカー

キャスト
【トリスタン】ゾルターン・ニャリ
【マルケ王】ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
【イゾルデ】リエネ・キンチャ
【クルヴェナール】エギルス・シリンス
【メロート】秋谷直之
【ブランゲーネ】藤村実穂子
【牧童】青地英幸
【舵取り】駒田敏章
【若い船乗りの声】村上公太
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京都交響楽団

新国立劇場『トリスタンとイゾルデ』2024年3月20日公演より ダイジェスト Tristan und Isolde New National Theatre, Tokyo 2024


待望の再演 大野和士が語る、新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」







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