風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

壁紙変更 & 夏目漱石 『それから』

2009-04-17 00:53:58 | 

 代助は大きな鉢へ水を張つて、其中に真白なリリー、オフ、ゼ、ワ″レーを茎ごと漬けた。簇《むら》がる細かい花が、濃い模様の縁を隠した。鉢を動かすと、花が零れる。代助はそれを大きな字引の上に載せた。さうして、其傍に枕を置いて仰向けに倒れた。黒い頭が丁度鉢の陰になつて、花から出る香が、好い具合に鼻に通つた。代助は其香を嗅ぎながら仮寐《うたゝね》をした。
 代助は時々尋常な外界から法外に痛烈な刺激を受ける。それが劇《はげ》しくなると、晴天から来る日光の反射にさへ堪へ難くなる事があつた。さう云ふ時には、成る可く世間との交渉を稀薄にして、朝でも午でも構はず寐る工夫をした。其手段には、極めて淡い、甘味の軽い、花の香をよく用ひた。瞼を閉ぢて、瞳に落ちる光線を謝絶して、静かに鼻の穴丈で呼吸してゐるうちに、枕元の花が、次第に夢の方へ、躁ぐ意識を吹いて行く。是が成功すると、代助の神経が生れ代つた様に落ち付いて、世間との連絡が、前よりは比較的楽に取れる。
(中略)
 代助は平生から、此位に世の中を打遣《うちや》つてゐた。だから、非常な神経質であるにも拘はらず、不安の念に襲はれる事は少なかつた。さうして、自分でもそれを自覚してゐた。それが、何う云ふ具合か急に揺《うご》き出した。代助は之を生理上の変化から起るのだらうと察した。そこである人が北海道から採つて来たと云つて呉れたリリー、オフ、ゼ、ワ″レーの束を解いて、それを悉く水の中に浸して、其下に寐たのである。

(夏目漱石 『それから』)



桜の季節も終わったので、壁紙を新しくしました。
のんびりした感じで可愛いでしょ(^^)?
でもイメージは上のとおりですよ(笑)
『それから』を読み返しているときに、この新しいテンプレートを見つけて即決。
好きなシーンなのです。
強い芳香の白百合との対比がよい。
この後代助が目を醒ますと、喉のところに蟻が一匹いるのです。
鈴蘭と蟻。
なんてぴったりな壁紙!


※リリー、オフ、ゼ、ワ″レー
Lily of the valley 鈴蘭。ユリ科の多年草、白色釣り鐘状の小花を付ける。芳香があるが毒成分コンバラトキシン濃度はかなり高く約0.五パーセント。明治四十二年六月十五日の「日記」に「昨日森が呉れたリヽー、オフ、ゼ、ワ″レーを大丼に浸し紫檀の机の上に置く。其下に昼寐す。異香あり」とある。

(漱石全集 第六巻 注釈)

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生活と芸術―アーツ&クラフツ展 @東京都美術館 

2009-04-04 01:14:37 | 美術展、文学展etc




役に立たないもの、美しいと思わないものを家に置いてはならない。

Have nothing in your house that you do not know to be useful, or believe to be beautiful.

(ウィリアム・モリス)


こんばんは。
生きるのってこんなにこんなに大変だったっけ?と改めて思い出してしまったcookieです。
できれば一生思い出したくなかった。。


さて。
友達からチケットをもらったので、上野の東京都美術館で開催中の「生活と芸術 アーツ&クラフツ展」へ行ってまいりました。
ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館との共同企画です。

実は私、ウィリアム・モリスのデザインはあんまり好みじゃないのです。
なのでイギリスでもリバティプリント物は一つも買いませんでしたし、ウィリアム・モリスの家も訪ねませんでした。
今日の企画展で、私の隣に親子連れがいまして、その娘さんがぽそっと一言。
「詰まってる……」
そう、私が好きじゃない理由がまさにそれ(笑)
「間」がないんですね。
間が好きな典型的日本人の私には、モリスのデザインはちょっと息苦しく感じるのです。

でも、です。
行って良かった!
すっごい面白かったんですよ、この企画展。
「詰まってる」デザインは好きじゃないけれど、植物柄のスケッチのセンス良さとあの色づかいはもうさすがイギリス。ほんと好きだわ。。。
そしてなにより芸術と労働と生活は一つだとするアーツ&クラフツ運動の信念が素晴らしく格好いい。
産業革命を起こしたのもイギリスなら、その弊害(粗悪な品物の大量生産が伝統的な芸術を脅かすこと)にいち早く気付き、それに対抗し克服する運動を起こしたのもイギリス。
この国は保守的な面がある一方で、必ず革新的な面が生まれてくるところが本当に面白い。

そしてこのアーツ&クラフツ運動がヨーロッパへ、果ては日本までどうやって広がっていったかが流れを追って紹介してあったのも、わかりやすくてよかったです。

あと、ロセッティのステンドグラスもよかった。まさかこの展覧会で見られると思わなかったので嬉しかったな。ロセッティは在英中にテートブリテンでベアタ・ベアトリクスを見られなかったのがとても悲しかった思い出があるのです(イタリアへ貸し出されてた)。

ケルムスコット・マナーや三国荘の再現も見ごたえがありました。

V&Aはロンドンにいた頃よく通った美術館だったので懐しくて、それだけでも十分満足でした(時々お茶したカフェの内装デザインも今回展示されていました)。

とはいえ、ウィリアム・モリスやフィリップ・ウェッブの作品に散々感心したにもかかわらず、最も印象に残ったのが木喰明満の地蔵菩薩像や、アイヌや琉球の染物、そしてなにより出口直前の最後に展示されていた棟方志功の二菩薩釈迦十大弟子だったあたり、やはり私は日本美術が好きなのかもしれない(^_^;)

上の写真は、上野公園。
お花見客でいっぱいでした。
ソメイヨシノ、今が満開ですね^^

そうそう。上野へ行ったのは一年半ぶりくらいだったのだけれど、国立西洋美術館がユネスコの世界遺産に推薦されていると知り、へぇーと思いました。建築家が有名な人なんだそうですね。個人的には東京国立博物館の建築の方が好きなのですが、とにかく登録されれば歌舞伎座のように簡単には壊されないでしょうし、良いことです。

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