風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

歌舞伎の世襲などについて

2013-08-04 01:55:46 | 歌舞伎




とつぜんですが。
歌舞伎の世襲などについて、つらつらと考えてみようかと。


以前は「時代遅れの慣習だな~」と思っておりましたが、実際に舞台を観るようになると、世襲にもそれなりの意味があるのだとつくづく感じるようになりました。
というよりも、歌舞伎の根幹をなしている重要な要素であると、今は思います。

世襲制の一番の長所は、「受け継がれていく血」だと思います。
「芸」は世襲でなくとも受け継ぐことはできますが、「血」ばかりはどうしようもありません。
若き日の菊五郎さんにそっくりな菊之助、幸四郎さんにそっくりな染五郎、11代目團十郎にそっくりと言われている海老蔵。
もちろん世襲というシステムを維持し続けるには、決して小さくはない弊害、ムリや歪みもあるでしょう。
それでも、こうして綿々と受け継がれていく血をその芸とともに見守っていくことができる歓びというのは、何事においても時間のスパンがあまりに短い現代においては奇跡のように思えます。

同じ演目を、同じ配役で数十年後に変わらずに観られる歓び、というのもありますね。
たとえば仁左衛門さん&玉三郎さんが35年前に演じた『吉田屋』を、今まったく同じ配役で観ることができる。
俳優も自分も歳をとって、色んな人生を歩んで、そして今、昔観た夢をもう一度、あるいはそれ以上の夢を観させてくれる、観ることができる。
そんな、それこそ夢のようなことが、歌舞伎の世界では“当たり前に”起こるわけです。
これも一種の世襲制の賜物だと思います。
玉三郎さんは歌舞伎の血筋ではありませんが、世襲で守られている閉ざされた世界だからこそ、役者が簡単に入れ替わらない世界だからこそ、実現することでしょう。

よく歌舞伎では「観客が役者を育てる」という言葉を聞きますが、これも気の長い話ですよね。現代の時間感覚とは恐ろしく合わない感覚です。でも、その気の長さが私には心地いい。
「芸のない俳優はすぐに捨てられ、芸があっても飽きたら捨てられる」「スキャンダルは命取り」・・・。今の芸能界は現実の競争社会そのまま。
そんなシビアな浮き世とはまったく違う次元で、独自の時間と価値観で動いている歌舞伎の世界。
世襲には世襲のシビアさはもちろんありますが(御曹司の生まれでない場合など)、それも含めて、そんな世界がまだ残っていることにどこかほっとするのも事実です。もっとも歌舞伎が今のような世襲制になったのは、そう昔からのことではないそうですが


以下、先月の歌舞伎座での、隣のおばさま方の会話。六十代くらいでしょうか。

「やっぱり花形は、お父さん達の世代と違うわねぇ。見目は綺麗だけど」

「首の動かし方とか、手の動きとか、ちょっとしたところが違うのよねぇ」

「ああいう風になるには、あと二~三十年といったところかしらねぇ」

“あと二~三十年”ですよ。
「芸が下手だから観られたもんじゃないわ。もう観に行くのはやめましょう」ではなく、このおばさま方はたぶんまた花形も観に行くのだと思います。お父さん達世代の舞台も観ながら。
なんかこういうの、いいなあと思うんですよね。

現代の忙しなく流れる時間の中で生活する私は、歌舞伎のこのあまりにもゆったりとした時間感覚にこそ癒されるわけですが、一方でそれが歌舞伎が現代には受け入れられ難い一因というのも、皮肉なものですね。。
歌舞伎の舞台自体もそうですよね。「のんびり一日かけて歌舞伎座で楽しい時間を過ごす」という楽しみ方が、現代の時間の流れと合わない。昼&夜の二部制でさえ長すぎると言われ、お客さんを呼び込むためには、時間を短くせざるをえない。そして通し狂言がますます減り、ますますストーリーが理解しずらくなり、結局はお客さんが離れていく・・・ということにならなければいいのですが・・・。

もっとも、決して現代のお客さんが「飽きやすい」のではないと思うのですよね。昔のお客さん達も相当せっかちだったと思いますよ。舞台に下手な役者が現れると蜜柑の皮を投げていたそうですし。
でも、他に娯楽がなかったから、客はそれでも芝居小屋に足を運び、蜜柑の皮を投げられながら役者も成長していったのでしょう。
でも今は、他に娯楽が沢山ありますからね。
いつも思うことですが、長い目で見ると、「選択肢が沢山あること=幸せ」とは限らないのではないかな、と思います。
刹那的な幸福は手に入れられても、長いスパンで得られる幸福は手に入れられないわけですから。
人生では、後者の喜びも前者と同じかそれ以上に大きいと、私は思うのですけれど。

つい熱く語ってしまいました。
というわけで、もちろん個人の幸福は何よりも尊重されるべきで、歌舞伎の家に生まれたから本人の意思に反して歌舞伎役者になるべきだとは、私は思いません。でもそうでない限りにおいては、歌舞伎の世襲制はなくならないでもらいたいな、と思います。

そして、まだ歌舞伎を観たことのない方、ぜひ一度劇場に足を運んでみてください。幕見なら千~二千円で観ることができます。
それで例え「すっごく楽しかった!」と感じなかったとしても、ちょっとでも「いいな」と思う部分があったら、ぜひ一度で良し悪しを判断してしまわず、数回別の演目に足を運んでみることをオススメします。
歌舞伎の演目って、本当に様々なので。
そんな悠長なことしてられっか!と言わず、たまには無駄に思えることもしてみましょうよ。
ハマったら儲けものってことで。
そしてもし嵌ったら、もう抜け出られませんよ。

できれば早めに行かれることをオススメします。
芸の極みを見せてくれるお父さん達世代がご健在なうちに。
先ほどのおばさま方に言わせれば、次にそういう芸が見られるのは二~三十年後とのことですからね。

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