風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

『ネバー・クライ・ウルフ(Never Cry Wolf)』

2022-08-25 22:05:15 | 映画




"You are the most beautiful girl I've ever seen in my life."

という言葉を、むかし言われたことがあるのですよ、わたし。
デナリからフェアバンクスに向かうバスのドライバーの男性から。
この区間は事前に予約してあった小さなマイクロバスを利用したんですが、高速道路のガソリンスタンドで休憩があって、駐車場で風にあたっていたらドライバーさんも煙草休憩をしていたので雑談したんです。
そこに大型バスが停まって日本の観光ツアーの方達が20〜30人おりてきて、「彼らはチャーター便で来てグループで周るから僕も担当することがあるけど、君はそうじゃないんだね」と。
確かカナダ人の男性で、彼も旅が大好きで、休暇のときは何ヶ月間も海外を旅するのだと言っていた。旅するために働いているとも言っていたような。
フェアバンクスに着いたら各宿泊先まで送ってくれるのだけど、最後が私の泊まるB&Bで、別れるときに冒頭の言葉をくれたのでした(笑)
いやらしい感じは全くなく、いかにも自然や旅が好きそうな、ワイルドで優しげなオジサマだったな(私と歳変わらなかったかもしれないが)。

なぜそんなことを思い出したかというと、先日、映画『ネバー・クライ・ウルフ』(1983年 ウォルトディズニー)を観て、そしてその原作となった同名の本を読んで、その中の空気がこのときの駐車場で風に吹かれていたときの感覚を思い出させたからです。人間が誰もいない大自然の中にいたときの感覚ではなく、なぜかこのときの空気を思い出したのでした。
あの映画(本)ってオオカミや極北の大自然を描いているけれど、同時に人間のことも描いていますよね。人間と自然の関係について問いかけている。

私がアラスカに行こうと思ったきっかけについて、このブログに書いたことはあったろうか。
もちろん一番の理由は星野道夫さんだけど、旅行することに決めた直接のきっかけはオオカミなんですよ。
あの夏、私はアイルランドの短期留学を申し込んでいたんです(長い夏季休暇をとれる会社だったので)。お金も払い込んでありました。それがある晩、夕飯を食べながらNHK教育テレビの動物のドキュメンタリーを何気なく見ていたら、その日はアラスカのオオカミ特集で。そこで映っていたオオカミという生き物の美しさにひどく惹かれてしまい。アラスカは10代のときに星野道夫さんに出会ってからいつか必ず行きたいと思っていた場所で、行くならツアーではなく一人で行きたいと思っていた。でも当時の私は海外一人旅なんてしたことがなくて。でもすぐに思ったんですよね。「死ぬまでに絶対に行きたいと思っている場所なら、いつかではなく、今行こう」と。そして直前で旅行先をアラスカに変更したのでした。

で、無事デナリでオオカミに遭遇することができたわけですが、そんな感じで旅行に行ってしまったので、私はオオカミという動物やその歴史について、殆ど何も知らなかったのです。
こちらは、アラスカで買ったお土産の一部↓


一つは、オオカミだと思って買ったヌイグルミ。でもよく見るとこれ、ハスキー犬じゃね…?まあ可愛いからいいわ。
そして、パラパラと見て写真が素敵だったので買った『A Society of Wolves』という本。


仔オオカミの写真、かわえ~
でもこの本の中には、こういう写真も・・・↓



ここでようやく、この本の副題が「National Parks and the Battle over the Wolf」であることに気づいたのであった。
しかしこの本、写真も多いけど、文字もいっぱいで。
印刷物なのでコピペでweb翻訳にかけることができず(今ならスマホのカメラアプリで翻訳できるけど)、辞書片手に読む気力がなかったので、ずっと本棚の積読になっていたのです。そして今回『ネバー・クライ・ウルフ』を観て&読んでからこの本の存在を思い出してざっと読んでみたところ、ドンピシャで重なる内容が書かれてあったのでありました。
オオカミという動物がどれほど西洋で不当に忌み嫌われてきたか、恥ずかしながら私、これまで殆ど知らなかったんです。
この本に書かれてあるのは、彼らに対する殺戮の歴史と、再導入について。
当たり前ですが、これは「オオカミが可哀そうだから殺してはいけない」とか「どんな動物の命も大切だから守る必要がある」とか、そういうシンプルな問題ではありません。
この問題には自然環境と、政治と、経済と、人々の感情が複雑に絡み合っている。
そして映画でも描かれているように、極北の大地も動物達もイヌイット達も、文明世界と無関係ではいられない。
結局これはオオカミ側に原因があるのではなく、人間側の問題と言っていい。
そうであれば、映画のラストでマイクがタイラーに「This thing that's happening is too big for you.(この問題はあなたには大きすぎる)」と言ったのは、ある意味真実で。
でも最後に、タイラーはこんな風に言う。「In the end, there were no simple answers. No heroes, no villains. Only silence. But it began the moment that I first saw the wolf. By the act of watching them, with the eyes of a man, I had pointed the way for those who followed. (結局、単純な答えはなかった。英雄も、悪人もいなかった。あるのは沈黙だけだった。しかし、私が初めて狼を見た瞬間からそれは始まっていた。私は人間の目で彼らを見ることによって、後に続く者達に道を示したのだ)」(英語で観たので、誤訳があったらすみません…)。

この問題に対する意見は私の知識量ではまだ何も言えないけれど、専門家ではない私にできることは、単純に白か黒かを決めつけるのではなく、専門家が提示してくれる科学的データを学び(科学は万能ではなくとも大いに参考になる)、一つの情報を鵜呑みにするのではなく異なる情報にも幅広く関心を持ち、それらを自分の頭で考えてみること。それだけでも大きな意味があると思う。それだって決して簡単なことではない。
『ネバー・クライ・ウルフ』が書かれてから60年。今では科学的データも更新されている。でも当時世の中に対してこの問題が提起されたことだけでも、この本が書かれたことには大きな意味があった。築地書館版の「訳者あとがき」の中でこの本がレイチェル・カーソンの『沈黙の春』に重ねられているのは、もっともだと思う。

デナリで買った本『A Society of Wolves』の一番最初のページには、こんな言葉が書かれてあります。

If you talk to the animals they will talk with you
and you will know each other.
If you do not talk to them you will not know them,
and what you do not know you will fear.
What one fears one destroys.
(Chief Dan George)

もしあなたが動物達に話しかけたら、彼らはあなたと話すでしょう。
そして、お互いを知ることができます。
もしあなたが彼らに話しかけなければ、彼らを知ることはできません。そしてあなたは、知らないものを恐れるでしょう。
人は、恐れるものを破壊します。
(チーフ・ダン・ジョージ)

これはオオカミについてだけでなく、あらゆることについて言えることだと思う。

『A Society of Wolves』の売り上げの一部は、オオカミの保護団体に寄付されているそうです。アラスカの大自然の中にいるオオカミの姿を自分の目で見られたことに満足してこの本を今日まで放っておいてしまったことにちょっと罪悪感を覚えていたので、僅かでもオオカミ達に貢献できたのならよかったです。。


Backstage Pass - Never Cry Wolf

映画『ネバー・クライ・ウルフ』の撮影裏話。何が驚いたって、あのイヌイットのウテックとマイク役のお二人、演技未経験だったんですね タイラー役のチャールズ・マーティン・スミスが言っているように、彼らの自然な存在感と演技、素晴らしかった。
そして今知ったけど、チャールズ・マーティン・スミスって『アンタッチャブル』に出てたのか

Films That Matter To Me: Never Cry Wolf(vimeo)
こちらは裏話というより、この映画の監督や音楽などについて、ファンの方(アメリカの大学の環境学の教授)が熱く語っています。
個人的には、セスナから氷原に一人降ろされた後の場面で冬の極北でウールの手袋はないだろうとか結構気になってしまったが、まあ些細なことです。

アラスカにおけるオオカミのハンティング問題(日本オオカミ協会)
書評「狼が語る: ネバー・クライ・ウルフ」(同上)
世界が見ている「日本でのオオカミ復活」そして「知床の未来」(同上)

ラジオドラマ:星野道夫 『旅をする木』第2話「オオカミ」
先ほど見つけたこのラジオドラマ、とてもよくできているので、『旅をする木』を読んだことがある方もない方も、ぜひ

そうだ、一番肝心なことを書き忘れていた。
私が『ネバー・クライ・ウルフ』を知ったきっかけは、中島みゆきさんが夜会『リトル・トーキョー』を理解したければこの映画を観て!と仰っていたからです。みゆきさん、ありがとう

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