シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

この世界の片隅に

2016-11-25 | シネマ か行

見に行くつもりはまったくなかったのですが、ツイッターでの評判がやたらめったら良いので行くことにしました。

1944年広島。18才のすずのんは行ったこともない呉市に会ったこともない青年・北條周作細谷佳正のところへお嫁に行く。すでに嫁に行っている周作のお姉さん黒村径子尾身美詞はキツイ人だったが義両親は優しく、周作にも愛されて慣れないながらも呉での生活を始める。(のちにこのキツイ義姉にもこの当時ならではの辛い事情があることが分かります)

時は太平洋戦争が始まるころ。日本海軍の拠点であった呉にも空襲の危険が迫る。配給の食糧も徐々に減りつつあった。

とにかくこのお話は「お話」と呼べるかどうかも怪しいほどに、ただただすずの日常が続きます。幼いころからぼーっとしていたすず。絵が得意でヒマがあれば絵を描いていたけど、この時代の一般的な子供たちと同じようにお嫁に行くまでもすずの日常は家の手伝いがほとんどを占めていた。お嫁に行ったあとは脚の悪いお姑さんに代わって一家を支える主婦となり、配給の少ない中でどれだけ家族に満足してもらえるものを作るかに奔走し、近所の人に食べられる野草を教えてもらったり、裁縫は苦手ながらも昔の着物をもんぺに作り替えたりして物がない中工夫して暮らしていた。

激化する戦争の中、何度も何度も空襲警報が鳴る。一時は空振りに終わる警報ばかりで住民の緊張感も緩んだり、何度も鳴る警報に「もー空襲警報飽きたー」なんて径子の幼い娘・晴美稲葉菜月が言ったりする。

様々な小さいエピソードが重ねられていく中で、印象的だったのがすずが呉の町で迷ってしまい遊郭に入り込んでしまうシーン。道を尋ねるが遊女たちは色んな土地から連れて来られた女性が多く、誰もちゃんと教えてくれない。その中で出会った遊女のリン岩井七世はどうやら子供の時にすずの祖母の家に忍び込んでスイカを食べた子だったらしい。当時のすずは座敷童だと思っていたが、貧乏な家の子だったリンがこっそりスイカを盗んで食べていたのだった。あの時すずの祖母はリンの存在を知っていたようだったけど、見て見ぬふりをしていたみたいだった。遊郭から出られず好きなものもそうそう買えないリンがすずにせめて絵だけでもとスイカや甘い物の絵を描いてもらうのが印象的だった。ぼーっとしたすずはいまいち遊郭とは何ぞやということが分かっていない様子だったけど、あとから周作さんに聞いたりしたかな。

呉の港にいるたくさんの軍艦の絵を描いていたすずを憲兵がスパイだと勘違いし、家に連れてきて義姉と姑の前で説教をするシーン。義姉と姑が変な顔をしていたので、「?」と思っていたら、どうもこんなぼけーっとした子にスパイ容疑だなんてと笑いを堪えるのに必死だったという。戦時下においてもそれなりに楽しいことを共有することで人の暮らしは成り立っていたのだなと強く感じました。

すずが空襲を目の前にして、ここに絵の具があったらと願うシーンや戦争で死んだ意地悪だった兄のことを死んで良かったと思ってしまうシーンなども印象的でした。人はふと自分でも思いがけないようなことを思ってしまうもんだなぁと。

やはりこの作品はすずの魅力に尽きると思います。何度も言いますが、すずはぼけーっとした子で決してぐいぐいと物語を引っ張っていくタイプではありません。こういう物語にありがちな、あんな時代にあって自分の意志で生きた女性でもなんでもありません。相手に言われるまま結婚を決め、指示されるままお嫁さんという役割をこなしていくおそらく当時普通にいた女性。それでいて彼女のふわっとした雰囲気は常に周囲の人をなぜか魅了してしまう。そしてそのすずを演じるのんの演技がものすごく自然で。声を当てているというより本当に「すず」という女性がそこに存在するかのようでした。広島弁に関しては、地元の人が聞けばやはりどうしても違和感はあるのかもしれませんが…こればっかりはなんとも言えません。

後半、晴美と一緒にいたすずは不発弾の爆発から晴美を守りきることができず晴美は死んでしまい、すず自身も右腕を失くしてしまう。絵が大好きなすずの右腕。径子からは責められ、家事も満足にできない引け目からいままでのすずとはどこか変わってしまいます。それから間もなくしてすずの地元の広島に原爆が落ち、終戦を迎えます。玉音放送が終わり、晴美の死を嘆く径子の後姿が胸に刺さりました。どうしてあの子はこんなことのために死ななくてはいけなかったのか。こんなふうに負けるためにあの子は死んだのかと言っているようでした。そして、号泣するすず。決して軍国少女でも何でもなかったすずですが、それでもこれまでの価値観がすべて崩壊してしまうような出来事だったのでしょう。軍国少女でなかったすずでさえ。

すずが言います。「ぼーっとした少女のままで死にたかったなぁ」戦争はすずのようなぼーっとした少女を変えてしまいました。何がどうと言うのは難しいですが、すずの中で確実に何かが変わってしまったのです。すずのような少女をぼーっとした少女のまま死なせてあげたい。それが平和というものなのではないでしょうか。

戦争を背景に描いているのに、こんなにも瑞々しい自然な物語は初めて見ました。ただただこの世界に身を浸していたい。そんなふうに思える作品です。

オマケこの作品はクラウドファンディングによって資金を調達した作品なのですね。エンドクレジットが流れるまでまったく知りませんでした。



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