プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★再始動宣言!!

2007-03-30 10:05:38 | 日記・エッセイ・コラム

 金沢でも昨日、桜の開花宣言が出された。能登には桜の名所が多いが、地震被災者には、復旧の目安もたたない中で桜の花をめでる余裕もないかも知れない。しかし、後片付けに追われて疲れた時、手を休め、青空を見上げ日本の花を観る心の余裕は失って欲しくないと願う。

 つい先日、”昭和の無責任男”の異名をとった俳優植木等さんが亡くなった。映画「無責任シリーズ」は、私と同世代の人なら誰もが知るところだ。戦後の復興期の途上にあって、明日を夢見て額に汗するサラリーマンの姿は、まさに”働き蜂”だった。苦しくても一生懸命働けば、きっとばら色の生活が待っていると夢見るサラリーマンに、仕事は決して気楽ではなかったが、肩の力がふっと抜ける安らぎを与えたに違いない。

 当時、学生だった私には、ふざけた映画であり歌に思えたが、爆発的なヒットになった。彼の人間性が決していい加減ではないことを後年、知ったが、日本中を明るい笑いの渦に巻き込んだのは紛れも無い事実だった。暗い世相にあって前向きに楽しく生きるエネルギーを与えたその歌詞を思い浮かべると、青島幸男の素晴らしいセンスに改めて感心した。

 能登半島の地震に揺れた一週間は、自分自身のことを考える機会でもあった。5年前の大病以来、とりわけこの1年間、自分がどんどん縮こまっていることに気付かされた。生活が定型化しているので、活力を吹き込む必要性を感じた。さいわい、主治医からは「後遺症状固定」で、再発の心配はないと言われた。このままでは”時悠人”の名前が泣く。「再始動宣言」を決意して、車検までまだ1年残っている車を替えることにした。

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★便利さを失う不便さ

2007-03-28 14:14:36 | 日記・エッセイ・コラム

 3月18日の能登沖地震からすでに4日目。連日、全国へも被災状況が流されるが、ローカル放送ではさらにきめ細かい現地情報が入ってくる。地元の地理や町の特徴に詳しいだけに、より一層被災地の悲惨さが理解できる。金沢でも、今日も朝から2度、体の揺れを感じる余震があった(震度2~3)。

 能登有料道路は、能登と加賀を短時間で結ぶだけに、生活道路としての役割も大きかった。いったん得た便利さを失うと、それ以前よりも不便に感じるだけに、国道・県道を迂回するルートが存在していても、つい愚痴が出てしまう。一年に数回しか利用しない私でも、県道を利用してまで能登方面へ行きたいとは思わないだけに、日頃利用していた人達の苦痛ははかり知れない。

 しかしながら、全国各地に縦横無尽に張り巡らされた立派な道路は、山肌をけずったり穴を開けたり、或いは、盛り土をして開通させている。地形にしたがい、縫うように通っている道路は,自然の摂理をわきまえていた古人の知恵が活かされている分、安全性に飛んでいるようにも感じる。一見、不便でも味わい深い道が多い。

 最近、田舎暮らしを望む人が多いが、都会の高度な文明を持ち込んでの生活ではなく、不便さを楽しむ心が無い限り返って住み難いと心しておいた方だ無難だ。便利さと不便さがほどよく同居しているのが「いい塩梅」だ。

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★厳しい高齢社会の災害

2007-03-27 14:55:31 | 日記・エッセイ・コラム

 一昨日の能登沖地震から三日目。その後の被害状況が明らかになるにつれて、天災への恐怖感が高まってきた。日頃、快適なドライブウエーだとしか思っていなかった「能登有料道路」が寸断された。完全復旧まで1年もかかると、日常生活だけでなく、観光業を主軸とした県や能登地方の経済活動に大きな影響を及ぼすことになる。

 特に、被害がひどかった門前町は、超高齢化しており(高齢化率40%超)、自力での復旧は大変だ。新潟中越や島根県沖、限界島等々、高齢化が顕著で財源が乏しい過疎地域での災害発生は、都会とは異なる社会環境だけに国政レベルでの対策が必要になろう。

 さて、余震の頻度は少しずつ減ってきているが、金沢でも時々、体感地震が今なお起きている。それにしても、メディアの迅速な情報伝達には感心したが、同時に、安否を気遣う電話が輻輳する現象を誘発した。我が家にしても、遠方の親戚や知人が安否を気遣って、連絡をして来たようだが殆んど繋がらなかったと聞かされた。

 昨夜、クライストチャーチに住む娘から電話があった。友人がテレビに兼六園が映ったと聞いて、震源地が金沢と勘違いしたらしい。国際回線がなかなか繋がらず、姉に電話して確認したそうだ。当の本人達は被害も無く平然としていただけに、別の連絡方法を講じたいと思っている。

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★災害は忘れた頃に、、、

2007-03-25 10:29:19 | 日記・エッセイ・コラム

 午前9時42分過ぎ、午後からの町会定例総会に備えようと立ち上がった瞬間、家が大きく揺れた。かなり大きな揺れで、立っているのが危険と感じ畳に座り込んで、揺れの収まるのを待つことにした。

 「テーブルの下にもぐれ!」と、怯えている妻に声をかけ、テレビのスイッチを入れた。NHKの地震情報のテロップが流れた。一報は、能登沖で震度6、加賀地方で震度5弱だった。大きな揺れは、数十秒ほどにも感じられたが、実際はもう少し短かったかも知れない。しばらく余震が続き、10数分後には落ち着いた。刻々と各地の情報が伝えられ、金沢市は震度4だった。

 金沢は、地震が少ないことで知られており、地震の怖さを忘れていた。かつて、東京で暮らしていた頃、二人の子供は小学校へ地震対策用の頭巾を持参していたのを思い出した。「災害は忘れた頃にやってくる」とは、言いえて妙だ。今日の総会で、災害対策用の予算だけでなく、緊急連絡体制や避難訓練等、町会としての取組みをどうするかに議論が発展すれば一体感が生まれるのだが。

 我が家は幸いにして被害が無かったが、二階の私の部屋では、棚の上のファイルやCDなどが床に落下しており、自分なりの予防策を考える良い機会だと思っている。

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★一票の重み

2007-03-24 10:26:42 | 日記・エッセイ・コラム

 昨夜、食事中に電話のベルが鳴った。妻の応対振りでおおよその内容は察しがついた。「今、おりません」と電話を切った妻が、「昼間来た人の奥さんから、後援会に入って貰ったお礼だって」と言う。

 「俺、入っていないよ」。「変ねえ、確かにそう言ったんだけど」。「だって、ここに申込書があるもの」。彼が置いていった用紙を前に、二人で推理タイム。結論は、お礼は口実で、早く書いて送れとの催促なんだろうということになったが、ご苦労なことだ。自己紹介のチラシに返信用封筒と切手代、電話フォローを加えると、一票あたりハウ・マッチ?選挙事務所を構えれば、費用は??政治家とお金の問題は、選挙が震源か?

 午後8時過ぎの甥からの電話も、同級生が立候補するから後援会に名前を連ねてくれというものだった。さらに30分後、元同じ会社で一緒だった現職議員からまで。たまらず、留守電に切り替えたが、私にはそうまでして議員になりたい心理が解せない。接触してきた人の中には、会社経営者もいて、本業に力を注げと言いたかった。

 公民館を作るとか、公園を整備するとか地域代表として活動するのが市会議員の役割だとすれば、口利きや斡旋・談合の土壌は無くならない構図だ。外国のように、昼間、会社勤めをして夜間に議会を開催するボランティア議員制度(無報酬)を検討する余地は無いのだろうか。裁判員制度よりはるかに価値あると思うのだが。

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