プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

●両陛下サイパン訪問に思う

2005-06-27 09:53:48 | 日記・エッセイ・コラム
 天皇、皇后両陛下が、きょう27日からサイパン島を訪問される。米軍がサイパン島への上陸作戦を開始したのは、1944年だから、天皇陛下は当時10歳。戦後60年の節目に、海外の戦地を訪問される感慨はひとしおのことと推察する。
 
 即位10年の会見で、「享受している平和と繁栄は、多くの犠牲の上に築かれたものであることを心しないといけないと思います」と語られたお言葉に、平和ボケした自分を恥ずかしく思ったことをおぼえている。アメリカも現地もこのご訪問を歓迎しているとのニュースは嬉しいが、テレビの映像をみて残念だったことが一つある。
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この写真は、私が今年の1月にサイパンを訪れた際、撮ったもの。日本軍の最後の司令部が置かれた所に残っている錆び付いた大砲が、戦争の残酷さや悲惨さを物語っている。戦争体験が無く育った私でも、平和享受の有難みと不戦の大切さを実感した。
EPSN0010その大切な遺産に白いペンキを塗るなんて、なんと愚かな所作かとショックだった。陛下のご訪問の心中を慮ると、ありのままの状態でお見せすべきではないのだろうか。戦争の悲惨さを隠蔽する意図でないにしても、上塗りする必要性がどこにあるのかと、女房と二人で憤慨した。皆さんに、塗り変わる前の様子をご記憶願いたいと、敢えてご紹介した。

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●ビジョン不在の増税

2005-06-24 10:00:41 | 日記・エッセイ・コラム
 「冗談じゃない!」。サラリーマン諸氏ならずとも、いちように驚きの声をあげたに違いない。政府税調の報告書は、構造改革不在の成果物とも思えるものだった。「税金は取りやすいところから取る」という一番安直な発想だ。

 国家財政の窮状を救うための方策に対して、国民が無関心でおられる筈はないし、必要な負担は甘んじて受けよう。しかし、それ以前に為すべきことが為されていないとなると話は別だ。小泉首相は長期将来構想を国民に示したことがあっただろうか。「改革無くして成長なし」と宣言し、さっそうと登場したが、その後の政策をみていると、細かい施策は数多いが抜本的な構造改革は皆無に等しい。

 長期ビジョンの骨格をなすべきは、外交・福祉・教育・安全等といったキーワードだ。それらを通して、将来の日本国をこうしたいというものがあって、具体的な施策が各論として展開されるべきはず。
税制改革は、構想実現のために必要な財源確保施策であって根幹をなす事項でありえない。百歩譲って国家財政救済上、必要不可欠だとしても、財政を破綻させた行政責任と消費税問題を先送りにして、給与所得控除廃止や扶養者控除廃止等々の搾取策を先行実施するのは本末転倒だ。
 
 「民に出来ることは民に」と、優先順位が低い郵政民営化に執念を燃やし、国力に相応しい国際貢献をと、自衛隊海外派遣を継続し、安保常任理事国入りを目指してODA援助額を増額しようとする。
A級戦犯合祀や靖国参拝は他国の口出しする問題ではないとの一点張りで、中国や韓国と敵対外交を貫く。「果たして日本の将来に明るい夢は存在するのだろうか?」と、怒りと閉塞感で暗澹たる気分になってくる。

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●奥の細道・北陸路

2005-06-23 10:32:30 | 日記・エッセイ・コラム
 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして、旅を棲とす、、、」で始まるのは、芭蕉の「奥の細道」。私の生き方に色濃く影を投じている気がする。

 江戸深川を起点に、東北地方から北陸を経て大垣までの150日間、芭蕉が辿った道程をトレースしたいと思い立ったのは、今から5年前。が、予期せぬ大病を患い断念し、その書を読むことで彼の人生観を想像して楽しんでいる。「奥の細道」というと、誰もが東北地方の代名詞のように想像する。松島や立石寺、最上川などで詠んだ句が余りにも有名で、学校の教科書で学習したからだろう。

 ところが、新潟から富山・石川・福井と北陸地方を回り、終着大垣まで、多くの地で句を残している。当地金沢では10日間も滞在しており、そのエピソードは胸をうつ。一笑という門人がいたのだが、芭蕉が金沢を訪れる一年前に亡くなっていて、芭蕉は追善会に出席した。その際に詠んだ句は「塚も動け 我が無く声は 秋の風」。門人を失った悲しみが痛切に感じる。同時に、そこにこめられた思いは、背景を知ることによって、一層深まってくる。金沢から加賀・越前へと向かう途中、立ち寄った地で詠んだ句を辿ってみたら、今までと異なる感動を覚えた。ほんの一部だが、ご紹介したい。

 勧進帳で有名な小松では、「しをらしき 名や小松吹く 萩すすき」。紅葉の名所で名高い那谷寺では、「石山の 石より白し 秋の風」。山中温泉では「山中や 菊はたをらぬ 湯の匂ひ」。
 ここで同行していた弟子曽良と別れる際の一句は、「今日よりや 書付消さん 笠の露」。曽良が残した「行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原」と一人旅になって、大聖寺の全昌寺に投宿した際の句は、とりわけ悲しく寂しい思いが伝わってくる。「よもすがら 秋風聞くや 裏の山」。いずれにも、二人の深く通い合った心が窺われる。

 その他、北陸地方に多くの俳句を置き土産にした芭蕉。東北地方を辿る旅は断念したが、せめて北陸地方の足跡だけでも歩き回りたいとの思いを強くしている。
 

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★第30回まるおか古城マラソン大会

2005-06-13 09:35:19 | スポーツ
 「第30回まるおか古城マラソン大会」が2005年6月12日、福井県丸岡町で開催され10キロロードレースに出場した。

 丸岡城といえば、「一筆啓上火の用心 おせん泣かすな馬肥やせ」の逸話で有名だが、日本最古の天守を持つことは意外と知られていない。昭和9年に国宝指定された名城だが、1948年(昭和23年)に福井大震災で倒壊。2年後に重要文化財指定を受け、1955年に再建され現在にいたっている。

 こじんまりとした天守で豪華華麗ではないが、丸岡町のシンボルとして周辺の環境も整備され小高い丘の上からは市街地が一望できる。レース前のアップを兼ねて城に向かう途中、らせん状につづく石段両側に、「日本一短い手紙コンクール」の優秀作品が掲げられていた。手紙一つ一つにこめられた人達の思いを考えていたら、レースの集合アナウンスに我にかえった。

 早朝、金沢をたった時には小雨模様だったが、丸岡町は晴天で気温も25度近くまで上昇する暑さ。コースはフラットで走り易い。タイムは「55分03秒」に終わったが、前半27分52秒、後半27分11と前半の入りが遅かったのが反省材料。距離表示が5キロ地点からしかなく、欲をいえばスタートから1キロ単位に表示して欲しいところだ。

 カメラを忘れ、日本一古い風格ある丸岡城の天守をお見せできないのが残念だが、毎年4月に桜祭りが開催されるそうだから、400本以上の桜と古城の風情を訪ねてみるのも楽しいかも。

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●ダンケ!ベルリン

2005-06-10 14:43:16 | 日記・エッセイ・コラム
 EPSN0003ドイツの首都ベルリンは、今ヨーロッパで一番ホットな都市といえる。ベルリンの壁が取り払われ、遅れ気味だった東側の地域でも歴史的建造物を維持しつつ、次々に新しいカルチャーが生まれている。ベルリンを訪れた誰もが、先ずブランデンブルク門や戦勝記念塔、、壁博物館、ペルガモン博物館、シャルロッテンブルク宮殿等を訪ねる。時間が許せば、サンスーシー宮殿やツェツィーリエンホーフ宮殿まで足を延ばすだろう。

  だが、ベルリン市内で意外と見落としがちで、私の一番のお勧めは大聖堂。このルネッサンス様式教会は、1~2時間の自由時間がとれるなら是非立ち寄りたい(写真左上がシュプレー川側から、右下がウンター・デン・リンデン通りからみたもの)。EPSN0008この大聖堂を訪れたら、地下とドームの展望台は必見。狭く急な階段を息を切りながら登りきって見る美しい市街地の展望は、思わず絶句するほどの素晴らしさだし、地下に眠るフリードリッヒ一世夫妻の豪華で荘厳な棺類には思わず立ち尽くしてしまう。さらに、教会内の天井画やステンドグラス、パイプオルガン等を眺めていると、サン・ピエトロ寺院を思い浮かべる。スケールと華やかさではとても及ばないが、気品に満ちたドーム内は、じゅうぶん5ユーロを払って見る価値がある。フラッシュなしで撮影してよいとの許可を得て、撮った祭壇の写真。
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大聖堂の近くのペルガモン博物館も訪れたい。古代オリエントのペルガモン王国から出土したゼウス祭壇には誰もが圧倒されるだろう。また、大聖堂横からシュプレー川の遊覧船に乗るのも楽しい。ドイツ語だけの案内なのが難だが、博物館島や帝国議会議事堂、首相官邸等を見ながらの1時間の船旅は、日本人観光客の姿が殆どないので海外旅行気分を満喫できる。ハンザ都市とはまた違った魅力が発見できるかも。



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