プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★恨みの雨

2007-09-30 10:58:12 | 日記・エッセイ・コラム

 午前6時過ぎ、校下の「社会体育大会」中止の電話が入った。翌週への順延予定がないので、大会事務局も決定に時間を要したようだ。マラソン大会なら開催されるところだが、参加者の怪我を考えればやむを得ない判断だろう。

 大会中止に伴う戦後処理を考えると、外でのイベントの難しさを痛感する。弁当・飲物等は処分可能だが、プログラム印刷や賞品、お楽しみ抽選会の景品等々、事務局も頭が痛いところだ。各町会にしても、程度の差こそあれ、有形無形の被害を蒙る事になる。

 それにしても、最近の天気予報は測定ツールが発達した割には、的中率が高くない印象を受ける。二日前までは、晴れマークだったのが、昨日の朝には「曇り後晴れ」になり、夕方には「一日中曇り」、夜にはとうとう「雨のち曇り」に変わった。

 ”女心と秋の空”と言ったのは、遠い昔のこと。”そっこうじょ、測候所!”と唱えながら、河豚を食したのもイニシエの話。その日の天候に左右される商いをする人達には、樋を打つ雨音が恨み節に聞えるかも知れない。それなりに、準備をしていただけに、私の心にも言いようのない虚脱感が拡がった。(予告:明日から3日目でブログ休止)

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★「小さい秋」を見つけたい!

2007-09-28 10:15:39 | 日記・エッセイ・コラム

 昨日、友人に手紙を出そうとして、書き出しで悩んだ。彼岸を過ぎて、なお残暑が厳しいために季語をどうしたらよいか迷った。今日も気温は、30度近くまで上がるとの予報だ。

 最近、視力減退に伴い、手紙をメールで代用するようにしたのだが、メールを読んでくれない相手との意思疎通は面倒だ。電話をかければ簡単に済む用件なのに、受話器を持つのが怖い。苦情対応に明け暮れた体験がトラウマとして残っているのか、めったに電話を使わない。在宅中でも留守電にすることも珍しくない。

 今は、携帯電話を持たない人は偏屈もの呼ばわりされそうだが、反面、気楽でもある。ジムの更衣室やプールサイドで携帯メールをチェックしたり、大声で電話している姿は実にぶざまで失敬だ。自分の時間を優雅に過ごすために、ジムに通うのではないようだ。ジム仲間で、ゴルフ狂がいる。毎週ゴルフに行って、打ち上げに酒を飲み、カラオケに興じ、帰宅して「疲れた!」と、つぶやくようでは、リフレッシュにはならないと、会えばからかっている。

 外国人から日本人が”働き蜂”と揶揄されたのも、生来の悲観主義と貧乏性のせいかも知れない。気付くのが遅すぎたが、時代の流れに身を委ねながらも、路傍の山野草に秋の気配を感じたい。置き忘れてきた貴重な財産を一つひとつ取り戻す日々を送りたい。

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★慈雨?

2007-09-25 10:09:48 | 日記・エッセイ・コラム

 日曜日のレースの屈辱から立ち直るためにも、今朝からトレーニングを再開しようとしたら、着替え中に雨が降り出した。しかも、断続的に強い降りになり、とても走れる条件ではなく、せっかくの気勢が削がれてしまった。

 夏ばて気味だった妻も、3日振りに走るつもりでいただけに、恨めしい雨になった。が、この一雨で、少しは秋の気配が漂い始めれば、慈雨だと気を取り直した。「雨降って地かたまる」のたとえ通り、新内閣の船出に相応しいかも知れない。

 さて、30日は、校下の社会体育大会だ。昨年は、町会対抗で最下位に甘んじただけに、役員一同の準備にも力が入るというもの。とはいえ、高齢化は当町会も例外ではなく、リレーメンバーにも事欠くありさま。40歳以上の男子ランナーが少なく、冗談とはいえ、chosanの名前が挙がるようでは、そのレベルが分かるというもの。

 シルバー層を対象とした、エージ別リレーを新設するようお願いしているのだが、認められない。昨年、「マラソン」に参加したが、オープン競技なので、町会への貢献度は無し。今年は、マラソンをやめて団体競技に徹し、町会順位で、最下位を脱出したいと願う拘りは、童心にかえったようで心浮き立つ。

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★第26回健民トリムマラソン大会

2007-09-24 10:00:50 | スポーツ

 第26回健民トリムマラソンは、真夏の悪夢かのように、13キロ地点で無念のリタイア。スタート前、久し振りに出会った走友の「暑いので、昨日まで棄権しようと思っていた」との言葉に、思わず「いっしょ、一緒」と相槌をうった。彼岸に入っても、真夏日が続いていたので、「23日の最高気温は25度」との前夜予報は朗報だった。

 春以来ということもあったが、何よりも故障復活を占うレース。午前5時に起床し、外へ出ると、風が心地よい。体をほぐす散歩とストレッチに、いつもより時間をかけ入念に準備をした。が、午前7時には、すでに気温が24度まで上昇していた。

 午前9時半、3・5・10・20キロの4部門同時にスタート。整列した中に、78歳の元会社の先輩を見つけ挨拶を交わした。走歴50年の猛者で、今なお海外マラソンにも遠征しているとか。20キロを走ると聞かされ、元気をもらい一段と気合が入った。

 目標タイムは「2時間10分~15分」(心拍数130~145)。1km6分30秒~6分45秒のペースだ。1キロ毎の距離表示があるので、ラップタイムを確認しながら走る。5キロを32分32秒で通過。心拍数が143と高めなのが気になったが、イーブンペースならゴール予想タイムは、2時間10分とアッパータイム通りの途中計時だった。

 雲間から太陽が顔を見せ、気温がじりじりと上がりだした。10キロ通過タイムは、1時間05分28秒。依然として、好ペースを維持していたが、足に異変を感じ始めた。春先に痛めた左足薬指に激痛が走った。9キロから10キロのスプリットは、6分51秒に落ちていた。その後、11キロ・12キロと6分50秒、6分52とペースダウンしていった。

 京都のレースで転倒した際、無理をして走り続けたために、骨が変形する後遺症を背負い込んだ。普段は痛みを感じないのだが、変形した骨がシューズのアッパー部分にあたり、長時間走り続けると、悲鳴をあげる。「無理は禁物」の見本だが、「後悔先に立たず」だと、自嘲気味の秋分の日(醜聞?)になった。課題は、痛みに慣れる!。

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★いつまで続くぬかるみぞ!

2007-09-21 09:19:08 | 日記・エッセイ・コラム

 「起きて見つ 寝て見つ 今日はどこまで総裁選」。盗作に合作を重ね、こうなった。

 句の原型は、「起きて見つ 寝て見つ 蚊帳の広さかな」と、「とんぼつり 今日は どこまで行ったやら」だ。今でこそ、蚊帳をつる家も少なくなったが、子供の頃、蚊帳をくぐって出入りして遊んだのを思い出す。一緒に寝る人が居ないと、同じ蚊帳なのに広く感じるものだ。あとの句も、子供が生きていれば、今頃トンボ取りに出かけて、どこまで行ったかと回想している句にもとれる。

 作者が詠んだシチュエーションは知らないが、今風に置き換えると、少子高齢化時代を象徴する句に思える。さらに、穿った見方だが、国民不在で総裁選を戦う候補者たちの行動が虚しくかさなる。キャラクターと正反対のハワイアン・センターで、首からレイをかけてもらいデレっと笑ったり、老齢化が進む地方へ足を運び媚びる姿が、何とも痛ましくも軽薄だ。

 二つの句を詠んだのは、「朝顔や つるべとられて もらい水」で有名な、金沢の隣りにある白山市が産んだ俳人”加賀の千代女”。政治家には、平穏な日々の生活のなかで楽しみを求める大衆の心を思いやる感性を持ってもらいたい。

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