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『この土の器をも』http://tinyurl.com/a8cevvh
【 三浦綾子、新潮社 (1981/8/27)、p224 】
7月6日、午後3時、ちょうどわたしの家に、踊りの先生富田久子さんが来て、踊りを教えてくれていた。弟子は近所の美馬夫人と、わたしの二人である。踊っている最中に、電話が来た。旭川支局長の小林さんからだった。
「三浦さん、おめでとうございます。一位入選に内定しました」
わたしは、受話器を持ったまま、飛び上がった。何と答えたか、記憶にはない。わたしはすぐ、ダイヤルを廻す手ももどかしく、三浦に電話した。
「光世さん、一位にきまったわ。一位にきまったのよ」
弾んだわたしの声に、返って来た三浦の声は落ちついていた。
「ああ、そう、よかったね」
只それだけだった。
「奥さんが小説を書くなんて、知らなかったわ」
踊りの先生たちのほうが、かえって喜んでくれた。
すぐにわたしは、父母の所に飛んで行った。母は涙をおさえて喜んだ。三浦の母にも電話で知らせた。妙に現実感の湧かない、夢のような感じだった。
夕方、いつもの時間に三浦が帰って来た。
「よかったねえ」
さすがにニコニコしていたが、三浦はすぐわたしを二階に呼んだ。
「感謝の祈りを捧げよう」
そう言って、三浦はすぐに祈り始めた。わたしは、三浦が去年の今頃言った言葉を思い出した。
「綾子、この小説は入選する」
そして聖書の言葉を示してくれた。三浦の言葉に、わたしは感心しながらも、決して共には信じなかった。最後の最後まで、入選するか、どうかと、自分勝手に心配して来ただけである。三浦は静かに言った。
「綾子、神を畏(おそ)れなければならないよ。人間は有名になったり、少しでも金が入るようになると、そうでなかった時より、愚かになりやすいものだ。また、人にチヤホヤされると、これまた本当の馬鹿になるからね。これからの歩み方は大切だよ」
なるほどと、わたしはうなずいた。
「それからねえ、千万円という金は、吾々には思ってもみなかった大金だ。この大金を手にしてから、何に使おうかと考えると、ろくな使い方はできない。やはり惜しくなるからね。わたしは、この使い方も、神の御心にかなう使い方ができるようにと、早くから祈っておいた。神と人のために使うことだね」
まことに三浦らしい言葉であった。
「綾子、神は、わたしたちが偉いから使ってくださるのではないのだよ。聖書にあるとおり、吾々は土から作られた、土の器にすぎない。この土の器をも、神が用いようとし給う時は、必ず用いてくださる。自分が土の器であることを、今後決して忘れないように」
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『この土の器をも』http://tinyurl.com/a8cevvh
【 三浦綾子、新潮社 (1981/8/27)、p224 】
7月6日、午後3時、ちょうどわたしの家に、踊りの先生富田久子さんが来て、踊りを教えてくれていた。弟子は近所の美馬夫人と、わたしの二人である。踊っている最中に、電話が来た。旭川支局長の小林さんからだった。
「三浦さん、おめでとうございます。一位入選に内定しました」
わたしは、受話器を持ったまま、飛び上がった。何と答えたか、記憶にはない。わたしはすぐ、ダイヤルを廻す手ももどかしく、三浦に電話した。
「光世さん、一位にきまったわ。一位にきまったのよ」
弾んだわたしの声に、返って来た三浦の声は落ちついていた。
「ああ、そう、よかったね」
只それだけだった。
「奥さんが小説を書くなんて、知らなかったわ」
踊りの先生たちのほうが、かえって喜んでくれた。
すぐにわたしは、父母の所に飛んで行った。母は涙をおさえて喜んだ。三浦の母にも電話で知らせた。妙に現実感の湧かない、夢のような感じだった。
夕方、いつもの時間に三浦が帰って来た。
「よかったねえ」
さすがにニコニコしていたが、三浦はすぐわたしを二階に呼んだ。
「感謝の祈りを捧げよう」
そう言って、三浦はすぐに祈り始めた。わたしは、三浦が去年の今頃言った言葉を思い出した。
「綾子、この小説は入選する」
そして聖書の言葉を示してくれた。三浦の言葉に、わたしは感心しながらも、決して共には信じなかった。最後の最後まで、入選するか、どうかと、自分勝手に心配して来ただけである。三浦は静かに言った。
「綾子、神を畏(おそ)れなければならないよ。人間は有名になったり、少しでも金が入るようになると、そうでなかった時より、愚かになりやすいものだ。また、人にチヤホヤされると、これまた本当の馬鹿になるからね。これからの歩み方は大切だよ」
なるほどと、わたしはうなずいた。
「それからねえ、千万円という金は、吾々には思ってもみなかった大金だ。この大金を手にしてから、何に使おうかと考えると、ろくな使い方はできない。やはり惜しくなるからね。わたしは、この使い方も、神の御心にかなう使い方ができるようにと、早くから祈っておいた。神と人のために使うことだね」
まことに三浦らしい言葉であった。
「綾子、神は、わたしたちが偉いから使ってくださるのではないのだよ。聖書にあるとおり、吾々は土から作られた、土の器にすぎない。この土の器をも、神が用いようとし給う時は、必ず用いてくださる。自分が土の器であることを、今後決して忘れないように」
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