電脳筆写『 心超臨界 』

知識が増えるほど不思議が深まる
( チャールズ・モーガン )

自分のための人生 《 怒る心を調教する――ウエイン・W・ダイアー 》

2024-07-02 | 03-自己・信念・努力
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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これだけ述べても、まだあなたは納得がいかないかもしれない。それは、怒りというのは腹の中にしまっておくより、発散させてしまったほうがより健康的だといつも聞かされてきたからだ。そのとおり、確かに怒りは抑えるよりも発散させてしまったほうが健康的である。しかし、健康的と言うなら怒りなど全然抱かないほうがもっと健康的である。そもそも始めから腹など立てなければ、怒りを爆発させるべきか、あるいは抑えるべきか、などといって悩むこともないわけである。


◆怒る心を調教する

『自分のための人生』
〈原題:Your Erroneous Zone(錯信帯)〉
( ウエイン・W・ダイアー/渡部昇一・訳、三笠書房 (2011/7/21)、p275 )

  怒りを解消する唯一の解毒剤は、「君が私のようにもっとまともな
  人間だったらなあ」と心の中でつぶやくのをやめることである。

10章 “無益な感情”とは手を切る!
1 怒る心を調教する

あなたは腹を立てやすいほうではないだろうか。腹を立てるのも生活の一部だとおもっているかもしれない。だが、腹を立てたところで、何の役にも立たないということもわかっているのではあるまいか。

「腹を立てるほうが人間らしいじゃないか」「怒りを抑えていると、だんだん鬱積してきて胃潰瘍になってしまう」などと言っては、自分が腹を立てるのを正当化しているのではないだろうか。しかし、腹を立てるのが生活の一部であったとしても、それが好きなわけではあるまい。他人だって怒りっぽいあなたのことはすきではないのだ。

腹を立てるからといって、別に人間らしいということはない。必ずしも腹を立てる必要はないのだ。腹を立てることが、幸福な充実した人生を送るのに役に立つわけではない。腹を立てることも、一つの錯信帯であって、肉体の病気のように人を何もできない状態にしてしまうので、言わば精神的なインフルエンザのようなものであると言える。

「怒り」を定義するとしたら、どのように言えばよいだろうか。期待が裏切られたときに生ずる反応、種々の機能にブレーキをかけてしまう効果を持つ――ここではそういうことにしておこう。「怒り」はカッとなったり、敵意を示したり、暴力をふるったり、押し黙ってしまったり、といった形であらわれる。単なるいらだちではない。重要なことはやはり種々の機能を停止させてしまうということである。

そして、怒りは普通、世の中や自分の周囲の人間に現在のような状態ではなく、自分の望むような状態になってもらいたいと願う結果生ずるのである。

怒りというのは、一種の習慣であると同時に一つの選択でもある。つまり、いらだたしいことにぶつかったときに生ずる一種の条件反射のようなもので、普段ならやらないような行動をついついとってしまうのである。

実際、激しい怒りは一種の狂気である。自分の行動を自分でコントロールできないのが狂気であるから、怒りで自分をコントロールできなくなっているときは、一時的に発狂しているのだと言える。

怒ってみたところで、精神的に得るものは何もない。先に定義したように、怒りというのは、正常な機能の働きを失わせるものである。肉体面では、高血圧や胃潰瘍、吹き出物、動悸、不眠症、疲労、そして心臓病の原因にさえなる。精神面では、他人との友好関係にひびをいれたり、意思の疎通を妨げたり、罪悪感や憂鬱な気分におとしいれたり、たいていの場合は行動の妨げになる。

これだけ述べても、まだあなたは納得がいかないかもしれない。それは、怒りというのは腹の中にしまっておくより、発散させてしまったほうがより健康的だといつも聞かされてきたからだ。そのとおり、確かに怒りは抑えるよりも発散させてしまったほうが健康的である。しかし、健康的と言うなら怒りなど全然抱かないほうがもっと健康的である。そもそも始めから腹など立てなければ、怒りを爆発させるべきか、あるいは抑えるべきか、などといって悩むこともないわけである。
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