ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

「神事」って? 「伝統」って?

2019-04-02 09:01:41 | ニュース
お知らせ NEW!

    オルゴナイトセラピー モニター様募集!

    4/25(木)~  初回1回に限り

   オルゴナイトを使った(オルゴナイトって何? って方は、ぜひ下記の展示会にいらしてくださいね)
   「オルゴナイトセラピー」をリリースします。
   それに先立ちまして、モニター様を募集いたします。
   
   レギュラーリリースにあたって  1セッション(60分予定)・・・・¥11000
          を、
                   1セッション(60分予定)・・・・¥ 3000
           にてご提供いたします!

   「オルゴナイトセラピー」でわかることは、

      *あなたを取り巻く今の状態(仕事、恋愛、人間関係etc.などの現状がどうなっているか)
      *あなたの将来は?
      *自分の潜在的可能性のチェック

              などです。

   <お申込み・お問い合わせは>

         chakra@aura-soma.name 坪内恵津子まで


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お知らせ NEW!

    オルゴナイト展示即売会開催!

  オルゴナイトセラピーをリリースします。(予告)
  それにあたって先立ち、オルゴナイト展示即売会を実施いたします。

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  オルゴナイトとは----
   浄化のみならずネガティブエネルギーをポジティブエネルギーに変換する生命エネルギー
    を発するものです。
    水晶を銅線コイルで巻いたものを樹脂で固め、金属(無機物)と天然石(有機物)からの
    「オルゴンパワー」を発生するものです。
    お部屋に置いておけばパワフルなエネルギーとともにインテリアとしてもとてもきれいです。

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  日時:  第一弾 4月 3日(水)~ 7日(日)
       第二弾 4月15日(月)~19日(金)

       それぞれ10:30~17:00 お気軽に立ち寄っていただけたらと思いますが、
       いらっしゃる場合はご予約を入れていただけると助かります。(この間、絶対に居るとは確約
       できないので)
       期間中、気まぐれに「エンジェル風水」のミニ講座開催。(それもありまして、
       なおのこと事前にご予約をいれていただけると助かります)
       風水的に見るとこの部屋にこういう色のものを置くとよい、などのお話しをさせていただきます。
      (無料)

  オルゴナイト予定: ピラミッド、鉱石タイプ、ドームタイプ、ペンデュラム、ボールペン、ペンダント
            価格帯は ¥1900~¥10000 ぐらいを予定

              

         ※第一弾と第二弾では若干オルゴナイト商品が変わる可能性があります。
         ※第二弾では作家さん登場予定!(予定が決まり次第、UPします)
           そのときには、おいしいお茶とケーキをふるまってくださる予定! 乞うご期待
         

   <ご予約・お問い合わせ>は、 chakra@aura-soma.name 坪内恵津子 まで

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「令和」ですか~
どういう意味なんだろ? と調べたら
“人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。”
という意味だそうで、1つの独立国家として目指す方向がただ戦争が起こらないように安寧に、とか発展を遂げますように、ではなく、“美しく”“心を寄せ合う”“文化”という意味だと知り、はぁ~、こういう方向性は一部のスピリチュアリストたちが言うことかと思っていたら政府の要人たちもそう思ってるんだなぁ、となんだか感慨深く思いました。
それにしても、今回は事前から「AIに元号を予想させたら・・」とか、「各界の著名人が予想した・・」とかさんざっぱらやっていたので、万が一にもそのなかから「当たり」が出てしまったら、こりゃえらいこっちゃぞ、と思っていました。
AIが予想したものが当たったりしたら、ねぇ・・ なんだかイヤじゃありません?
だからそういう意味では、皆さんが「はぁ~、意外だった~」と言ってるのを「よかった、よかった」と思いました。



新元号が決まったことに関連して、テレビで「美智子妃の子育て」について振り返るという番組を見ていました。
私が最も心打たれたのは、美智子さまになって初めてそれまでの皇室の伝統を打ち破ってなされたこと、というのが多いのは知っていましたが、その背景についてでした。
ちなみに、美智子さまの時代になって初めて行われたことの数々というのは主に子育てについてです。
それまでの皇室では、生まれてから育てるのは乳母であり、母である皇后は何もしません。
そして3歳になると完全に引き離され、帝王学を学ぶこととなります。
本当の親である天皇と皇后に会えるのは週に1回だけ。
これを美智子妃殿下は
「民間と同じように家族は一緒に暮らすべきだ」
として、特定の乳母をおかず、御自身でお育てになりました。



このことについて、私はずっと
「民間からおいでになった妃殿下だから、やはり自分がそれで良かったと思って育ってきたことについてはそれを通したいのだろう」
と思ってきました。
そして、外にはなかなか情報は洩れないけれども、この自分がよかれ、と思った方針を通すためには“それまでの皇室の伝統を重んじるべき派”というような人たちとの確執があったことだろう、と思います。
「そうですか、そうですか。えぇ、えぇ、どうぞ。それは勝手ですからね~ 美智子さまが良いと思う方針で子育てされればいいのですよ~」
なんて簡単に皇室を取り巻く環境があった、とは思えませんから。
そしてそういう一派とたった1人で孤独な戦いを続けることは相当な苦難なことが多かったけれども、自分の子どもにとって良かれ、と思うことについては母として譲れない、と必死になって戦い続けたんだろうな~と思ってきました。



しかし、そうではありませんでした。
美智子さまは、結婚するときに皇太子さま(のちの今上天皇、つまり美智子さまの夫)が、
「私は小さいころから親と引き離されて育てられ、ずっと寂しい思いをしてきた。自分がほんとうに幸せな結婚をするまでは死ねない、と思って来た」
というお言葉を聞いて、
「こんなに寂しい言葉を生まれて初めて聞いた。自分がこれまでに読んできた小説などにもこれほど寂しい物語はなかった。ぜひ、私がお力になることで、皇太子さまがほんとうに幸せな結婚生活でよかった、と思っていただけるなら、どんなことがあっても私はそれを守り抜いてみせる」
と決意されたのだそうです。



だから、「民間人と同じように自分の子どもはできるだけ自分で育てる」という子育て方針は民間から嫁いだ美智子さまの方針というよりは、今上天皇のたっての願いだった、ということなのですね。
でも私もそうでしたが、美智子さまが初めての民間からの御妃だったことからもそれは美智子さまの希望だ、と当時思っていたことでしょう。
そしてそれに反発する人が皇室を取り巻く中にもいたとしたら、それらの人々は、
「ふん、ぽっと出の御妃が偉そうに自分の希望なんか通すんじゃないよ。皇室には皇室の長年にわたる歴史と伝統があるってのにさ、それを重んじなくてどうするっていうんだよっ」
とムカムカしていたことでしょうね。
でも、美智子さまはそれらに一切反発することなく、自分が矢面にたたれたのでした。
すべては今上天皇のために。
この決意とそれをずっと一徹に守り続けてこられたというのは大したものだなぁ、と思います。



しかし、“伝統”ってなんでしょうね?
美智子さまのときの子育ては当時、「いちおー、今回に限っての特例ね」って感じで、これからもずっと皇室はもうこうしていくんだよ、という扱いではなかったようですが、美智子さま以降、それは当然のように受け継がれていきます。
これから先、日本における皇室制度が何百年続いていくのかわかりませんが、ずっと後世の人たちから見たら、
「皇室の子育てはなるべく民間に近いような形で、っていうのが伝統だったんだね」
と言われるようになっていることでしょう。
そしてまた、後世では「引き離して帝王学か、民間と同じような子育てか」という軸ではない、新しい子育てが取り入れられているようになっているかもしれません。



先日、サロンにお越しに頂いた方の話ですが、その方の町内ではお祭りで「子ども神輿」があって、それを今の子たちは「やりたくない」と言っている子が多いので、その方も、
「やめればいいんじゃないのか、こんなに本人たちがやりたくないと言っているものなんて」
と思い、そう発言したそうですが、ほかの人たちからは、
「何を言ってるんだ! これは神事なんだから、簡単にやめていいことではない。神事は続けなくては」
と一蹴されてしまったそうです。
その方は、
「私には神様があるとき降りてきて、『やめればいいよ』って言ってくれたんだけどなぁ。神事っていうなら、わたしに降りてきた神を信じてくれないのはどういうことなんだろう・・?」
と不思議そうにおっしゃっていましたことよ。



「神事」とか「伝統」を持ち出す人たちはそれを通行手形のようにして、それさえ持ち出せば誰も文句は言えないだろう、と思っているだけで、本気で自分としては、とその神事や伝統について深く考えてみることはない人が多いような気がしてしかたがありません。
神より生きてる人間だろうよ、と単純に思ってしまうのは不遜な考えでしょうか。
生きている人間が楽しめないようなこと、苦しむようなことを「神はお望みなのだ」とはとても思えないのですが。
楽しむことを応援してくれるのが神だと思うんですけどねぇ。
今日は、美智子さまの頑張り、踏ん張りにエールを送りたい!と思ったことから、「神事」や「伝統」についてちょっと思いを馳せました。