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秘密 THE TOP SECRET

2016年08月16日 | 邦画(16年)
 『秘密 THE TOP SECRET』を渋谷シネパレスで見ました。

(1)予告編で見て、面白そうだなと思って映画館に行ってみました。

 本作(注1)の冒頭では(注2)、警察庁・科学警察研究所・法医第九研究室(通称「第九」)が行っているMRI捜査について字幕で簡単な説明が与えられ(注3)、次いで、解剖室に設けられている解剖台の上には、レイプ事件の被害者の死体が置かれています。
 担当の監察医は、「ネクタイのような布による絞殺」と言い、ソバにいた刑事の青木岡田将生)は、「20代後半の会社員」「数字を扱う職業」などと被害者のことを推定していますが、入ってきた眞鍋刑事(大森南朋)は(注4)、「グタグタ煩い」と言って青木の話を聞きません。
 監察医が「人工中絶の跡がある」と言うと、眞鍋は「最近の女どもはマッタク」と怒ります。



 次の場面は、眞鍋が容疑者として捕まえた男を取調室で尋問しています。
 眞鍋が「あの女に会ったのはお前だな?」と尋ねると、男は「受験勉強中だった」と答え、眞鍋が更に「10年付き合っていた女が去年結婚したな。その女はお前に嫌気がして逃げていったのか?」と訊くと、男は「もうやめてください」と答えます。
 この様子を青木は、取調室の隣室でガラス越しに見ています。

 青木が柔道場で汗を流していると、第九の捜査員・今井大倉孝二)がやってきて、「第九じゃあ体は使わんぞ」と言いながら、青木を第九の室長の・警視正(生田斗真)のところに連れて行きます。
 青木は、「明日付の異動なんですが」と言いながら、さらに「薪室長はどんな人なんですか」と尋ねると、今井は「会えば分かる」とだけ答えます。

 次の場面は、薪が聴衆に向かってMRI捜査の重要性について話をしています。
 薪が「MRI捜査とは、死者が生前に見た記憶を映像化して、それを元に捜査をするやり方で、記憶再現捜査だ」などと説明すると、会場から「どんなメリットが?」との質問があり、薪は「ローコスト」と答えます。また、「捜査員の安全性は?」との質問に対しては、「私を見てください。私はこうして皆さんの前に立っています」と答えます。

 こうした薪に青木は会うのですが、薪は、「第九はまだ正式な機関ではない。正式な機関となるために、一家殺人事件で行方不明になった長女・絹子織田理沙)を、犯人で死刑に処せられた男(椎名桔平)の記憶を探ることによって見つけ出したい」と青木に告げます。
 さあ、これからどのように物語は展開するのでしょうか、………?

 本作は、死人の脳をスキャンしてその記憶を映像化して捜査を進める「MRI捜査」を開発した「第九」という法医学研究室を巡る近未来の物語。サイコパスによる連続殺人事件をこの捜査方法で解明しようとするところ、そこには難題がいくつも降りかかってきます。主人公の室長と新人捜査員が、どうやって困難を乗り切ろうとするのかが見どころになってきます。このところ、人間の脳とか記憶を取り上げている作品をいくつか見ましたが、本作は話の展開の仕方にいろいろ問題があるように思われました。

(以下では、本作が「ミステリー・エンタテインメント」とされているにもかかわらずネタバレをしていますので、未見の方はご注意ください)

(2)人間の記憶とか脳とかに関心が高まっているのでしょうか、このところ、それを取り扱っている作品が増えてきているような感じがします。
 例えば、『スキャナー』、『インサイド・ヘッド』、『脳内ポイズンベリー』など。

 この中では『スキャナー』が、本作とかなり類似しているように思われます。
 なにしろ、同作の主人公の仙石野村萬斎)は、物体に触れてスキャニングすると、それに付着する残留思念を読み取れる超能力を持っているという設定なのです。
 脳内に蓄積されている記憶ではなく、客観的な物体に付着している思念・記憶を読み取る点が異なるとはいえ、他人の記憶をのぞき見て犯罪捜査を行うという点では同じように思われます。
 ただ、『スキャン』の仙石がスキャンして見る映像は、仙石の脳内に映し出されるだけのものにすぎないように思われますが、本作のMRI捜査で得られる映像は、第九に所属する捜査員が各自のディスプレイで見ることができるのです。
 そうであれば、『スキャン』の場合よりも本作のMRI捜査の客観性が高まっているように考えられます。

 そして、この映像を証拠として犯人逮捕に突き進めるように思えるところ、本作においては、脳内に保存されている記憶は主観を通しているため、法的な証拠にはならないとされています。
 これはどういうことでしょうか?
 あるいは、人が何かを見る場合、純粋客観的にではなく主観を通した上で見るために、その記憶は主観による歪みが伴ってしまう、ということかもしれません(注5)。
 ですが反対に、保存されている記憶自体は客観的なものであって、ただそれを当人が呼び出して見ようとすると(思い出そうとすると)、主観を通すために歪んでしまう、といったことは考えられないでしょうか?
 というのも、例えば精神を病んで幻覚が見えている患者でも、治療がうまくいった時はそうした幻覚は消滅してしまうのですから、保存されている記憶自体が歪んでいるわけでもないようにも思えるところです。
 仮にそうであれば、記憶を再現して得られる映像は客観的なものとして法的な証拠になるのかもしれません。

 まあ、それはともかく、本作でよくわからないのは、死んだ人の脳から取り出した記憶の映像は、何も薪とか青木とかが自分の脳内で再現させなくとも、捜査員が見守るモニターに映し出されるにもかかわらず、どうして彼らはわざわざヘルメットを被ってその映像を脳内に再現させようとするのでしょうか?脳内に再現すると鮮明度が違ってくるということでしょうか?



 また、脳内に再現されたり、モニターに映し出されたりする映像は、単なる映像であって音声はありません。したがって、検査対象の死者が何を考えていたのかは、殆どの場合読み取れないものと思われます(注6)。
 とすると、本作では、貝沼吉川晃司)の脳内映像を見た捜査員が何人も自殺したとされていますが、殺人の場面など見慣れたはずの捜査員がどうして死を選ぶのかよくわからない感じがします。
 特に、薪の右腕で親友だった鈴木松坂桃李)は、その映像を見て狂気に陥り、貝沼の脳を破壊した挙句、薪に自分を射殺してくれと懇願する有様です。



 ですが、貝沼の脳内映像は、28人を殺害した場面と、その殺害の意味が薪へのプレゼントだと貝沼自身が述べているものであり、貝沼がサイコパスだとわかっていれば、そうした映像を見てもそんなに取り乱すことはないように思えるのですが(注7)。

 よくわからない点をもう少し挙げると、貝沼は薪に当てつけるために28人を殺した(プレゼントした)とされていますが、さらに、9名の人間が同時に自殺した事件についても、貝沼の関与が言われています。ですが、どうして貝沼はそんなことをしたのでしょう(注8)?
 それと、貝沼と絹子の関係がイマイチよくわかりません(注9)。
 モット言えば、植物状態で寝たきりになっている青木の父親の関わる事件の方はどうなったのでしょう(注10)?

 そして、一番わからないのが、何が“トップ・シークレット”なのかという点です。
 もしかしたら、薪を中心とする恋愛関係なのかもしれませんし(注11)、あるいは、映画のラストに映し出される人々の実に楽しげな様子を写した映像(注12)がヒントになっている事柄なのかもしれません(注13)。

 本作がこのようにわからないのは、映画の方に問題があるのではなくて、むしろクマネズミの理解力に問題があるのかもしれません。そして、わからない点を解消するには再度本作を見ればいいのでしょう。ですが、そんな時間的余裕もありませんので、どうしても本作に対する評価は低いものになってしまいます(注14)。

(3)渡まち子氏は、「映像は斬新なセンスでビジュアル化されていて、引きこまれる。どこか無国籍な世界観や、科学という理詰めの中に怒涛の感情が流れ込む矛盾した設定など、不思議な手触りの作品に仕上がっている」として60点をつけています。
 前田有一氏は、「生田斗真、岡田将生、松坂桃李といった若手の人気者をそろえたキャスティングといい、原作といい、監督の人選といい、ちょいと個性的なオンナノコ観客をターゲットに作ったと思われるが、この出来ではどうにもならない」として20点しかつけていません。



(注1)監督は、『るろうに剣心 伝説の最後編』などの大友啓史
 脚本は、『凶悪』の高橋泉と大友啓史。
 原作は、清水玲子氏の漫画『秘密―トップ・シークレット―』(白泉社)。

 なお、出演者の内、最近では、生田斗真は『グラスホッパー』、岡田将生は『想いのこし』、吉川晃司は『るろうに剣心』、松坂桃李は『人生の約束』、リリー・フランキーは『二重生活』、椎名桔平は『64 ロクヨン 後編』、大森南朋は『寄生獣 完結編』、大倉孝二は『ロマンス』、木南晴夏は『想いのこし』で、それぞれ見ました。

(注2)Wikipediaのこの記事によれば、原作漫画の舞台は2060年の日本とされているようです。

(注3)上記「注2」で触れたWikipediaの記事においては、「「MRI捜査」では、死者の脳から記憶を映像として再現する事が出来るが、解明不能な事件の真相にさえ繋がる有効な捜査手段でありながら、世間から強い偏見と反発に晒されていた。捜査を担当する職員たちも、凶悪犯罪に関わる凄惨な映像と日々向き合うことで苦悩し、心を病む者も多い」とされています。

(注4)眞鍋刑事は、映画版のオリジナルキャラクター。
 もう一人、精神科医の斎藤(リリー・フランキー)も原作漫画にはありません(絹子の父親が犯人とされた事件ではモルヒネが使われたことから、薪は眞鍋に、誰が絹子にモルヒネを渡したのか調べるように命じ、その捜査過程で斎藤が浮かび上がってきます)。
 ただ、こうした人物、特に斎藤をわざわざ設けなくてはならない事情がよくわからないところです。

(注5)いい加減な哲学史的知識からすれば、バークリー流の主観的観念論に依拠していそうです。

(注6)第九では、捜査員の天地木南晴夏)が、再現された映像に写っている人物の唇の動きを見て、その人物が何を話しているのかを読み取っています
 ただ、サイコパスの貝沼の場合、自分の姿を拘置所の鏡に写し、それを自分が見ることによって、自分自身が話している映像を脳内に残しましたが、それは最後の場面であり、大量の殺人を行っている時にはそんなことはしなかったものと思います。
 なお、よくわからないのは、拘置所の房内で自分の首を切って自殺する貝沼を薪が房の外から見ている場面が本作では描かれていますが、これは誰の視点から見た映像なのでしょう?

(注7)なにしろ、貝沼の脳内映像を見た鈴木が狂気に襲われた姿は凄まじく、松坂桃李も渾身の演技を見せています。しかしながら、見る方はどうしてそうなるのか、と訝しく思えてしまいます。
 ただ、貝沼の脳内映像を見ると貝沼に催眠術をかけられて人を殺すようになる、という事情があるのだったら話は別でしょう。でも、そんなことは本作で描かれていないように思われます。

(注8)貝沼はサイコパスのために何人でも殺人を犯すのでしょう。ただそうであれば、28人の殺人について薪との関係性をまことしやかに貝沼は言っていますが、それは単なる言いがかりに過ぎず、薪はその点をまともに受け取る必要は全く無いように思われます。

(注9)貝沼が行う自己啓発セラピーに絹子が参加している映像が映し出されたように思います。とすると、絹子の一家殺害事件は、貝沼の催眠術に従って行われたのでしょうか?でも、絹子は、元々サイコパスであり、男を何人も家に引っ張り込んで関係を持ち、それが分かってしまったために家族を殺したのではないでしょうか?

(注10)別に何もかも一つの作品の中で解決してしまう必要性はないのかもしれません。わからない部分は、映画を見た者の方であれこれ想像すればいいのでしょう。ただ、そうだとしても、どうして、ラストの方で、青木が寝たきりの父親を介護する姿を思わせぶりにわざわざ映し出すのでしょう?

(注11)薪と鈴木、薪と青木とのボーイズラブ的な関係か、あるいは、科警研の監察医・雪子栗山千明)と鈴木、雪子と薪との関係に関するものなのでしょうか?

(注12)地面すれすれの位置から見上げて写した映像なので、あるいは盲導犬の視点が捉えたものなのかもしれません。
 しかしながら、犬が見ている世界は、果たして人間と同じもの(視点が低いということしか違いがない)でしょうか?犬と人間とで脳の構造は違っているはずで、そうであれば脳内映像のあらわれ方も違ってくる(というか、人間の脳内では再現できない)のではないでしょうか?

(注13)世の中は殺人事件が絶えず起こるような暗いものではない、この映像で映し出されるように実に楽しげなものなので、世に中をモット信じなさい、ということでしょうか?でも、逆に、本作のようなエンタメ作品を映画館で楽しく見ている間にも、中近東では激しい戦争による民間人の犠牲者が何人も出ているのではないでしょうか?

(注14)「ミステリー・エンタテインメント」と銘打つ以上、一度見れば大体が納得できるように制作して欲しいものと思います。



★★☆☆☆☆



象のロケット:秘密 THE TOP SECRET