映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ニュースの真相

2016年08月26日 | 洋画(16年)
 『ニュースの真相』をTOHOシネマズシャンテで見ました。

(1)『ブルージャスミン』や『キャロル』で鮮烈な印象を残したケイト・ブランシェットが出演しているというので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の始めの方では、共和党のブッシュ大統領の再選について、45%が賛成、49%が反対しているなどの世論調査の結果が言われています(注2)。
 そして、2004年10月の字幕が出て、本作の主役のメアリー・メイプスケイト・ブランシェット)が、編み物をしながら法律事務所のロビーで待っている姿が映し出されます。
 受付が「どうぞ」と言うので、メアリーは弁護士のハイビーアンドリュー・マクファーレン)の部屋に入っていきます。
 メアリーが編み物を手にしているのを見てハイビーは、「あなたが編み物を?」と言いますが、メアリーは、「急進的なフェミニズム運動家には似つかわしくないとでも?」といなします。
 そして、彼女は、自分の仕事について「20年間ニュース番組をやってきた。エミー賞を2回とった」、「私はプロデューサー。話を見つけてきて、チームを組んで、素材を切ったり貼ったりする」、「CBSの「60ミニッツ」をやっている」などと話します。

 映画はそこから半年ほど前の4月の時点に戻ります。
 「CBSイブニング・ニュース」のアンカーマンのダン・ラザーロバート・レッドフォード)の功績を称えるセレモニーが開かれ、CBSニュース社長のアンドルー・ヘイワードブルース・クリーンウッド)がダンの輝かしい経歴を紹介します。

 そして6月になると、メアリーは、ブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑について、取材チーム(注3)を結成して調査にとりかかりますが、さあ、一体どんなことになるのでしょうか、………?

 2004年の米国大統領選の最中にブッシュ大統領を巡る疑惑がCBSから流されましたが、本作は、その報道を巡る実話(注4)に基づいて制作された作品。報道を担当したプロデユーサーが主人公で、伝説的なジャーナリストがアンカーマンを務める番組でそのスクープは公表されます。ところが、番組で取り上げられた新証拠の文書(注5)が偽造だとの強い批判に晒されます。本作では、真実を暴こうとするジャーナリズムの裏側を描き出そうとする意気込みは伝わってくるとはいえ、制作意図などが余りよくわからない感じがしました。



(2)事前に本作に関する情報をほとんど持たないで見たこともあり、本作も、『スポットライト 世紀のスクープ』と同じように、結局はメアリーたちの報道が正しかったということで終わるのだろうと、見ながらクマネズミは思い込んでいました(注6)。
 ところが、『スポットライト』とはまるで違って、その結末は随分と苦いものです。
 となると、どうして今頃になって、こうした作品を制作するのかな、と訝しく思えてしまいます(注7)。
 『スポットライト』のように、報道内容が真実であるとされれば、権力対報道という対立構造の中で報道が勝利したこととなって、それを映画にして公開することは大きな意味を持つことでしょう。
 ところが、本作のように、報道内容は誤報とされて、関係者が解雇されてしまうのであれば、そのプロセスを映画化することにどんな意味があるのでしょうか?
 あるいは、報道するに際しては十全な裏取りをしないと大変なことになるということを(注8)、本作は言いたいのでしょうか?でも、そんなことは、わざわざ映画にしてまで言わなくとも、人はよくわかっていることでしょう。
 もしかしたら、新証拠とされる文書について問題があると調査委員会に判定されたものの、実際は真正なものだったのだと、本作を通じて世の中に訴えたいのでしょうか?
 あるいはそうなのかもしれません。
 でも、それなら、まずそのように判定した調査委員会の判断を覆すような新たな事実を取り上げる必要があるでしょう。でも、本作でそんなものが描かれているようには思われません。それができないからといって、こうした作品を制作して雰囲気的に世の中に訴えるというのは、よく理解できないところです(注9)。

 しかしながら、本作で描かれているのが事実(あるいは、それに近いもの)としたら、問題の文書は決して捏造されたものではない(注10)としてCBS側はどうして社を挙げて反撃しなかったのか(注11)、なぜCBS側は簡単に調査委員会を設置してしまい、それもブッシュ寄りの委員の多い構成になってしまったのか(注12)、などよくわからないことも多いなという感じがしてきます。
 それに、一番注目すべきブッシュ大統領の軍歴詐称問題自体はどうなってしまったのでしょうか(注13)?
 あるいは、見る者にそんな疑いを抱かせるのが本作の狙いなのかもしれません。

 ただ、よくわからない感じが残るとはいえ、なにしろ、ストーリーがジェットコースターのように急速に展開しますし(注14)、それに、今最も脂が乗り切っているケイト・ブランシェットが主人公のメアリー・メイプスを熱演し、往年の名スター(今でも?)のロバート・レッドフォードがアンカーのダン・ラザーを演じているのですから、映画自体はなかなか面白く仕上がっていると思います(注15)。

(3)渡まち子氏は、「アメリカのジャーナリズムの苦い失敗を描いた映画だが、ラストに一筋の希望の光がみえたのが救いだった」として65点をつけています。
 渡辺祥子氏は、「女性ジャーナリストとそのチームの努力で生まれた大スクープが一転してバッシングの嵐にさらされるまでの速さが怖い。孤立無援で真実の追求こそジャーナリストの命、と語るメイプスの聴聞会での毅然とした態度こそこの映画の最大の見どころ。女は度胸である」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。



(注1)監督・脚本は、ジェームズ・バンダービルト(『ホワイトハウス・ダウン』の脚本)。
 原作はメアリー・メイプス著『大統領の疑惑』(稲垣みどり訳、キノブックス)。
 本作の原題は『Truth』〔原作の原題は『Truth and Duty』〕。

 なお、出演者の内、最近では、ケイト・ブランシェットは『キャロル』、ロバート・レッドフォードは『ランナウェイ 逃亡者』で、それぞれ見ました。

(注2)2004年の米国大統領選挙における民主党の大統領候補は、今の国務長官のジョン・ケリー氏。

(注3)取材チームは、メアリーのほかは、ロジャー・チャールズ中佐(デニス・クエイド)、ジャーナリストのマイク・スミストファー・グレイス)、ジャーナリズム学科教授のルーシー・スコットエリザベス・モス)から成っています。



(注4)この記事が、その内容について実に手際よく記載しています。

(注5)「キリアン文書」。
 劇場用パンフレット掲載の「キーワード」によれば、「ブッシュが第111航空団に所属していた際の上司で、故人のジェリー・B・キリアン中佐によって署名されたとされる、ブッシュの職務怠慢を裏付ける非公開の文書」とのこと。

(注6)ただ実際には、もしこのスクープ報道が真実だとされていたら、一大スキャンダルとなってブッシュ大統領の再選はおぼつかなかったのでは、ところがブッシュ大統領は、そんなにスキャンダルまみれになることもなく再選されたはずですから、そうなるとこの報道はどうなったのだろう、という疑問もクマネズミの頭の中には湧き上がっていましたが。

(注7)早くも2005年には本作の原作である『Truth and Duty』が出版されており、映画化されたのはそれから10年後のこと。

(注8)例えば、劇場用パンフレット掲載のエッセイ「「ニュースの真相」と調査報道」の中で、筆者のジャーナリスト・高田昌幸氏は、「この映画の前半に思わず、「まずいよ、もっとファクトを詰めないと」とスクリーンに向かって言いたくなった場面があった」として、元空軍の将軍が文書の内容を否定しなかったことをもってメアリーが「将軍が事実を認めた」と判断してしまった場面を挙げています。高田氏は、「「否定しなかった」と「認めた」の間に横たわる差異、それらを含むわずかな「隙」が取材チームの命取りになっていく」と述べています。

(注9)そんなところから、この記事によれば、本作に対してアメリカの保守派などが大反発しているようです。

(注10)その当時存在しなかったWordを使わなくては打てない文字があるという問題は、その当時にあってもその文字を打つことのできるタイプライターが存在したということがわかり、解決したように思われるのですが?
 それに、メアリーは、調査委員会の席上、「文書の偽造者がいるとしたら、彼は、1971年の空軍のマニュアルについて深い知識を持っていなければなりません。ブッシュのオフィシャルな記録を知っている必要もありますし、テキサス空軍内の当時の関係者について全て知っていなくてはなりません。それにキリアン中佐がこうしたメモを保管していることも知っている必要があります。彼は、我々を騙すためにこうしたことを知っていなければならないのです。みなさんは、その彼がWordを使ってこの文書を作成したと考えるのでしょうか?」と、随分と説得力のある発言をしています。
 また、調査委員会の結論でも、この文書が偽物であると断定していないはずです。

(注11)ニュース・ソースの問題は、あくまでも隠し通せばいいのではないでしょうか?

(注12)とはいえ、逆の構成にすれば、委員会の中立性という点で攻撃されるでしょうが。

(注13)メアリーは、調査委員会に呼ばれた時の最後の方で、「私たちの報道は、ブッシュがその任務を果たしたかどうかについてでした。でも、誰もそんなことを話そうとしません。人々が話したいのは、フォントや偽造や陰謀説です」などと発言しています。



(注14)2004年の6月にメアリーのチームが結成され、しばらくして「キリアン文書」に辿り着き、9月8日に「60ミニッツ」で放送、直後からネットで批判が高まり、調査委員会が設置され、翌年の1月にメアリーはCBSを解雇されてしまうのです。

(注15)メインのストーリーもさることながら、本作では、ダラスに住むメアリーの家族が彼女の仕事をよく理解している点など、メアリーの私的な側面をも描き出しています。
 例えば、息子のロバートがインタビュアーの真似をしてメアリーにインタビューします。
 ロバートが「長い間いなかったけど、何をしていたの?」と尋ねると、メアリーは「ニューヨークでニュースの仕事をしていました」と答えます。
 ロバートが「それはどんなこと?」と訊くと、彼女は「いろいろ質問します。質問することによってリポーターは真実に辿り着きます」と答えます。
 ロバートが「カメラマンと一緒だった」と訊くと、彼女は「はい」と答え、さらにロバートが「僕は新しいカメラを持てるかな?」と訊くと、彼女は「それはお父さんに訊かないと」と言い、「インタビューはおしまい」と宣言します。




★★★☆☆☆