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凶悪

2013年10月03日 | 邦画(13年)
 『凶悪』を新宿ピカデリーで見ました。

(1)本作は、実話(注1)に基づいたフィクション。

 主人公の藤井山田孝之)は、大手出版社が刊行している雑誌の記者です。



 あるとき、会社に死刑囚から手紙が届き、雑誌の編集長から調査するように言われます。
 そこで藤井が、ある事件で死刑の判決(最高裁へ上告中)を受けている須藤ピエール瀧)に面会すると、須藤は、「誰にも話していないが、自分には余罪が3つある。こんなことを言うのは、その3つの事件の首謀者である木村リリー・フランキー)が娑婆でのさばっているからで、彼に復讐したいのだ」と告白するのです。

  

 藤井から話を聞いた編集長は、記事にならないと取材の中止を彼に言い渡します。
 ですが、藤井は須藤の熱意にほだされたのでしょう、調査を始めます。
 ただ、須藤が話した事件は茫漠としていて輪郭をつかむのが難しそうです。さらに、彼の家庭では認知症の母親(吉村実子)を抱え、妻・洋子池脇千鶴)との関係がうまくいっておらず、取材を続けるには最悪の状況にあるといえます。
 さあ、藤井は、このさきうまく取材を続けていくことができるでしょうか、………?

 本作は、「埼玉愛犬家連続殺人事件」(園子音監督の『冷たい熱帯魚』で描かれました)にも似たグロテスクな実話に基づいた作品ですから、目を背けたくなるような殺人シーンが何度も描き出されますが、不思議な事にとても面白くこの映画を見ることが出来ました。脚本や映画の撮り方とか、出演した俳優陣の熱演によるものと思われます(注2)。

(2)『冷たい熱帯魚』に関する拙エントリで書きましたが、その映画で「主に描かれているのは、崩壊しかかっている家族」ではないかと思いました。
 すなわち、主人公の社本吹越満)の「現在の妻は後妻で、娘はこの継母を酷く嫌っているばかりか、母親の死後すぐにそんな女と結婚した父親をも大層憎んで」おり、また後妻も、夫が「営む熱帯魚店が酷くシャビイなこともあり、結婚したことをいたく後悔してい」るのです。
 こうしたことに、本作の主人公・藤井の家庭がかなり類似しているようにみえます。
 どちらの家庭も崩壊しかかっているのです(注3)。

 その上、一方の社本は、殺人鬼・村田でんでん)の人殺しを見ると、警察に通報すべきにも関わらず、次第に共犯者的な関係に陥りますが、他方の藤井も、殺人鬼・須藤の告白を聞くと、編集長の消極的な姿勢にもかかわらず、余罪の3件の殺人事件の解明にのめり込んでしまうのです。

 ただ、『冷たい熱帯魚』の主人公は、自分の家庭をなんとか立て直そうとして、結局は死ぬハメになるものの、「ある意味で社本は、最後に自分の思いを成し遂げて死んだのではない」かと思われるところ、本作の藤井の場合、その家族は元に戻ることはないのではないかと思われます(注4)。

(3)同じように“悪”という言葉がタイトルに使われていることもあり、最近そのDVDが出された『悪の経典』(三池崇史監督、2012年)を、TSUTAYAで借りてきて見てみました。

 この映画の物語は、生徒の間で絶大な人気のある高校教師の蓮実伊藤英明)が、実はサイコパス(反社会性人格障害)であって、自分にとって目障りとなる人間を次々に殺してしまうという、これまた実に陰惨なものです。
 とはいえ、それだけのことですから、悪とは何か家族とは何かといった問題を考えさせることもなく、ラストの蓮実による大量殺人のシーンに流れ込んでしまいます〔まるで、同じ監督の『十三人の刺客』のように、スポーツショーを見ているかのごとくです。同作では、ショーの最初に、主人公の島田新左衛門(役所広司)が、「斬って斬って斬りまくれ!」と仲間に向かって叫びます(注5)〕。

 ですが、例えば、吹越満が扮する釣井先生(蓮実の怪しい過去を調べて真相に接近)は、電車の中で蓮実によってブラックジャックで頭を打たれ、気絶したところを自殺したように偽装されてしまいます。
 また、釣井先生から話を聞いた生徒の早水圭介染谷将太)も、蓮実によってガムテープでぐるぐる巻きにされたあと、理科室でハンダゴテで殺されてしまいます。
 こんなところを描くシーンからは、本作において須藤が殺人を犯すシーンと通じるものを感じます。

 ただ、蓮実が、仮に「サイコパス」ということで死刑を免れることになるとしたら(注6)、本作の須藤にしても、人を殺す際のあの恐ろしい顔つきなどから、同じように「サイコパス」とみなされる可能性はなかったのでしょうか(どうやら、須藤はとんでもない数の人を殺しているのではないかと疑われるのですが)?

(4)渡まち子氏は、「死刑囚の告発で明かされる、おぞましい人間の本質を描く衝撃的な社会派サスペンス「凶悪」。出演俳優たちの張りつめた演技合戦が見所」として70点をつけています。
 相木悟氏は、「海外作品のように実名バリバリとまではいかないものの、昔から実録犯罪路線は我が国でも盛んに造られ、ご存じのように数々の名作を生み出してきた。それが今回、若松孝二監督の弟子筋の白石和彌監督が手掛けるというのだから、否が上でも期待は高まったのだが…。これが予想を上回る、ハイ・クオリティな一作であった」と述べています。
 さらに、柳下毅一郎氏は、「死刑囚と記者、二人の運命を狂わせる「先生」は、いわばフィルム・ノワールのファム・ファタールのような存在だ。暴力性をひたかくし、巧みな口説で相手をあやつる「先生」はどこか女性的にも見える。これは魔性の存在にとらわれた男たちの恋愛ドラマなのである」と述べています。




(注1)本作の原作は、『凶悪―ある死刑囚の告発』(「新潮45」編集部、新潮文庫)。同書で取り上げられている「上申書殺人事件」については、ネットでは例えば、このサイトの記事を。

(注2)主演の山田孝之は、最近では、『ミクローゼ』や『その夜の侍』などで見ていますし、またピエール瀧は『俺達急行』で、リリー・フランキーは『きいろいゾウ』や『モテキ』で見ています。
 特に、山田孝之が、面会室でピエール瀧の須藤と話をするごとに変化していく藤井の様をうまく演じているのには感服しました。

(注3)さらにいえば、木村が逮捕され起訴されることになる殺人事件の被害者の家庭も崩壊しています。
 なにしろ、電気店を営む被害者の妻(白川和子)は、保険金で多額の借金の弁済ができるとの木村の話に飛びついて、夫の殺害に同意してしまうのですから(加えて、実の娘もその夫も同意するのです)。

 なお、木村の裁判には須藤が証人として出廷するところ、須藤は木村に対して、「ねえ、先生、地の底まで一緒に行きましょう」と言い放ちますが、こんなところは、『許されざる者』のオリジナル版で、シェリフのダゲットがマニーに対して「地獄で待っているぜ」と言うところを連想させます〔同作のリメイク版に関する拙エントリの(2)をご覧ください〕。

(注4)ラストの方で、藤井と洋子とが一緒になって、藤井の母親を老人ホームに入所させるシーンが映しだされますが、だからといって藤井と洋子との関係が元に戻ることはないように思われます。たとえ洋子が差し出した離婚届に藤井がまだ印を押していないとしても、藤井は、この先も須藤や木村の犯した犯罪を追求していこうという強い意気込みを持っているのですから。
 なお、このシーンは、車椅子に乗った老人たちが向かう先に老人ホームがあって、その前で木村が須藤に、「どうしようもない老人が次から次に現れる。まるで油田だ。そいつらを殺すだけで、金が溢れてくる」と語るシーンにダブってきます。

 こんなところを見ると、随分練り上げられた脚本だなと思いました。

(注5)三池監督の『十三人の刺客』では、敵方300人に対して刺客13人が挑むわけで、一人あたり25人弱と蓮実先生(ラストで散弾銃で殺したのはおよそ40人)よりも少ないですが、まあ似たり寄ったりでしょう。

(注6)映画『悪の教典』の最後には「to be continued」という字幕が表れ、蓮実がこの先まだ生き延びることを示唆しています。




★★★★☆




象のロケット:凶悪


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