『ギャラクシー街道』をTOHOシネマズ渋谷で見てきました。
(1)三谷幸喜監督の作品というので、映画館に行ってきました。
本作(注1)の時点は2265年。
先ず、ハンバーガーショップで人々が忙しく立ち働く様を描くアニメが流れた後のシーンでは、「サンドサンドバーガー・コスモ店」の店主・ノア(香取慎吾)が、帰国申請書を封筒に入れて切手を貼っています。店の隅では、店員のハナ(大竹しのぶ)が椅子に座ってタバコを吸っています。
スペース国交省のハシモト(段田安則)が、店の席に座りながら、この付近の現状について報告書を作成しています。
その内容がナレーションで流れて、「太陽系、第5惑星(木星)と第6惑星(土星)の間に浮かぶスペースコロニー「うず潮」、それと地球を結ぶ幹線道路のギャラクシー街道、その中央にあるハンバーガー店のサンドサンドバーガー・コスモ店」、「ここにはシャトルバスの停留所が置かれているため客がいるとはいえ、いつもまばら。継続すべき理由はない。即刻撤退すべき」云々。
次の場面では、ノアが「週刊少年ジャンプ」を読んでいたり、ノアの妻・ノエ(綾瀬はるか)が「ごめんなさい、遅くなっちゃって」と言いながら店に出てきたり、ハナがフライを揚げていたりします。
別の場所では、客引きのゼット(山本耕史)が、医者のムタ(石丸幹二)に対して、「何も気にする必要はありません。今日は、非常に珍しいSES(スーパーエロティカストレート)の日。すべてのものにエロスが萌えています」云々と売り込みにかかっています。
カエル型宇宙人のズズ(西川貴教)が、レジのノエにハンバーガーを注文すると、背後でノアが、「帰ってもらえ、あいつらは好きになれん。席がびしょびしょになる」と言います。
ノエが「歌がうまい」と言ってズズを擁護すると、ノアは「ブルーシートを使え」と指示します。
そして、コンピュータの堂本博士(ホログラムによって顔だけが見えます:西田敏行)に向かって、ノアが悩み事を打ち明けています。「そろそろ踏ん切りをつけたい。帰国申請書が受理されればアースに帰れる。それに、ノエには男がいる。今日もなかなか戻ってこなかった。男と会っているんだ」云々。
という具合に映画は展開していきますが、さあこの後どうなるのでしょうか。………?
本作は、「コメディ」と銘打たれている作品にもかかわらず(注2)、まるで面白くありません。
全体的には、先月末、渋谷や六本木で見受けられたハロウィンの仮装・コスプレを見ているような感じで、やっている(あるいは、作っている)ご本人たちは面白いのかもしれませんが、それを見ている者にとっては、一体何でそんなことをしているのだろうと酷く訝しく思えるだけでした(注3)。
(2)三谷監督自身は、この記事において、「「ギャラクシー街道」はこれまでの僕の映画とは、かなり雰囲気が違う」、「僕は、これまで大宇宙を舞台にした映画の中で、もっともチマチマした作品を作ってみたかったのだ」として、「爆笑にはならないけど、そんな「説明のつかないこと」と「説明のつかないことへの戸惑い」から生まれる小さな笑い。それがこの作品のテイスト」なのだと述べています。ですが、とにかく笑えるシーンが殆ど見当たらないのですから、「テイスト」を云々する以前の話ではないかと思えてしまいました。
確かに、見る前のクマネズミは、三谷監督が当該記事で、「今までだったら、もっと彼ら(ノアとノエ)にはドラマチックな事件が起きただろうし、様々な異星人を巻き込んでのドタバタ、そして様々な伏線が一つにまとまっての大団円と、例えばそんなストーリーになっていたはず」と述べているような「全体を引っ張るストーリー」、それもとびきり面白い「ストーリー」を期待していたところです。
ですが、三谷監督自身が言うように「今回はなにもない」のです。
本作を構成する個別のエピソードのそれぞれが、他のエピソードと殆ど関係しないで展開されるだけなのです(注4)。
だったら、個別のエピソードのそれぞれが眼を見張るような面白いものになっているかというと、そういうこともなく(注5)、「ごくごく日常的なものばかり」です(注6)。
三谷監督は、「喜劇にはいろんなジャンルがあるわけで、喜劇作家としては、これも有意義な経験」であり、「僕は楽しんで台本を書いたし(注7)、役者さんは素晴らしかった」と述べています。
きっとそうに違いありません。
でも、そうした作品を見せられる観客のことまで、三谷監督は本当に考えていたでしょうか(注8)?
(3)渡まち子氏は、「豪華キャストの群像劇であることは、いつもと同じだが、今回はずいぶん残念な出来栄えだ。笑えず、泣けず、感動できずで、ファンはがっかりするだろう」として30点をつけています。
(注1)本作の監督・脚本は、『清須会議』や『ステキな金縛り』などの三谷幸喜。
三谷監督の映画作品は、これまで殆ど見ておりますが、DVDで見た初期の『ラジオの時間』や『みんなのいえ』こそ手放しで面白かったものの、続く『The有頂天ホテル』や『ザ・マジックアワー』、『ステキな金縛り』はどうかなといった感じでした。とはいえ、2年前の『清須会議』は、設定の面白さが引っ張っていながらも、なかなか面白い出来栄えでした。それで本作にも期待したのですが、…。
(注2)本作の公式サイトの「Introduction」では「シチュエーションコメディ」とされています。劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interviw」においては、インタビュアーが「スペース・ロマンティック・コメディ」とし、また三谷監督は「群像劇という形式を用いたラブコメ」と答えています。
なにはともあれ、とにかく「コメディ」なのでしょう。
(注3)出演者の内、最近では、香取慎吾は『人類資金』、綾瀬はるかは『海街diary』、警備隊のハトヤ隊員役の小栗旬は『踊る大捜査線 The Final―新たなる希望』、ノアの元恋人・レイ役の優香は『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』、遠藤憲一は『土竜の唄 潜入捜査官Reiji』、ピエロ役の浅野和之は『脳内ポイズンベリー』、山本耕史は『ステキな金縛り』、大竹しのぶは『トイレのピエタ』、西田敏行は『ラブ&ピース』で、それぞれ見ました。
(注4)例えば、上記(1)で触れた客引きのゼットと医者のムタが絡むエピソードは、ムタとイルマ(田村梨果)の話に展開するとはいえ、ノアとかノエなどは絡んでこずに、それはそれでおしまいになってしまいます。
なお、劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interviw」において三谷監督は、「今回はエロスの世界にも入り込んでいます。あの星の人から見たら赤面するような、モザイクをかけないといけないようなシーンすら出てくる」と述べていますが、観客の地球人が見ると、とてもエロスを感じることは出来ません。
(注5)例えば、三谷監督は、「(リフォーム業者・メンデス役の)遠藤憲一さんの出産シーンなど、派手な笑いもあるけれど」と述べているところ、ひょろ長い男優が卵を生むシーンなどに「派手な笑い」があるとはとても思えません。
劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interview」においても三谷監督は、「(遠藤憲一さんは)笑いのセンスも抜群で、あれほど現場で笑いを堪えたのは久々です」と述べています。ですが、あのシーンでそうだとしたら、このところの作品で笑えるシーンが少なかったようにクマネズミに思えるのもむべなるかな、というところです。
(注6)例えば、三谷監督は、「初めて会った宇宙人に握手を求めたら、いきなり1メートル近い舌でぺろりと鼻を舐められるという、いかにもSFコメディ的なシーン」と述べていますが、嫌悪感の方を先に覚えてしまい、「小さな笑い」にもならないのではないでしょうか?
(注7)劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interview」においても三谷監督は、「今までの映画の中で、いちばん楽しんで作ることが出来ました」と述べています。
(注8)三谷監督は、当該記事の末尾の方で、「試写会の反応を見ると、案の定、抵抗を感じた方がいらっしゃるようだ。すごく楽しめたという意見もあれば、まったく笑えなかったという人も」と述べているところ、「すごく楽しめたという意見」の方に、実際のところどの点が楽しめたのか聞いてみたい気がしてしまいます(もちろん、映画の感想は十人十色ですから、そうした方がいらっしゃるのは事実でしょう)。
★★☆☆☆☆
象のロケット:ギャラクシー街道
(1)三谷幸喜監督の作品というので、映画館に行ってきました。
本作(注1)の時点は2265年。
先ず、ハンバーガーショップで人々が忙しく立ち働く様を描くアニメが流れた後のシーンでは、「サンドサンドバーガー・コスモ店」の店主・ノア(香取慎吾)が、帰国申請書を封筒に入れて切手を貼っています。店の隅では、店員のハナ(大竹しのぶ)が椅子に座ってタバコを吸っています。
スペース国交省のハシモト(段田安則)が、店の席に座りながら、この付近の現状について報告書を作成しています。
その内容がナレーションで流れて、「太陽系、第5惑星(木星)と第6惑星(土星)の間に浮かぶスペースコロニー「うず潮」、それと地球を結ぶ幹線道路のギャラクシー街道、その中央にあるハンバーガー店のサンドサンドバーガー・コスモ店」、「ここにはシャトルバスの停留所が置かれているため客がいるとはいえ、いつもまばら。継続すべき理由はない。即刻撤退すべき」云々。
次の場面では、ノアが「週刊少年ジャンプ」を読んでいたり、ノアの妻・ノエ(綾瀬はるか)が「ごめんなさい、遅くなっちゃって」と言いながら店に出てきたり、ハナがフライを揚げていたりします。
別の場所では、客引きのゼット(山本耕史)が、医者のムタ(石丸幹二)に対して、「何も気にする必要はありません。今日は、非常に珍しいSES(スーパーエロティカストレート)の日。すべてのものにエロスが萌えています」云々と売り込みにかかっています。
カエル型宇宙人のズズ(西川貴教)が、レジのノエにハンバーガーを注文すると、背後でノアが、「帰ってもらえ、あいつらは好きになれん。席がびしょびしょになる」と言います。
ノエが「歌がうまい」と言ってズズを擁護すると、ノアは「ブルーシートを使え」と指示します。
そして、コンピュータの堂本博士(ホログラムによって顔だけが見えます:西田敏行)に向かって、ノアが悩み事を打ち明けています。「そろそろ踏ん切りをつけたい。帰国申請書が受理されればアースに帰れる。それに、ノエには男がいる。今日もなかなか戻ってこなかった。男と会っているんだ」云々。
という具合に映画は展開していきますが、さあこの後どうなるのでしょうか。………?
本作は、「コメディ」と銘打たれている作品にもかかわらず(注2)、まるで面白くありません。
全体的には、先月末、渋谷や六本木で見受けられたハロウィンの仮装・コスプレを見ているような感じで、やっている(あるいは、作っている)ご本人たちは面白いのかもしれませんが、それを見ている者にとっては、一体何でそんなことをしているのだろうと酷く訝しく思えるだけでした(注3)。
(2)三谷監督自身は、この記事において、「「ギャラクシー街道」はこれまでの僕の映画とは、かなり雰囲気が違う」、「僕は、これまで大宇宙を舞台にした映画の中で、もっともチマチマした作品を作ってみたかったのだ」として、「爆笑にはならないけど、そんな「説明のつかないこと」と「説明のつかないことへの戸惑い」から生まれる小さな笑い。それがこの作品のテイスト」なのだと述べています。ですが、とにかく笑えるシーンが殆ど見当たらないのですから、「テイスト」を云々する以前の話ではないかと思えてしまいました。
確かに、見る前のクマネズミは、三谷監督が当該記事で、「今までだったら、もっと彼ら(ノアとノエ)にはドラマチックな事件が起きただろうし、様々な異星人を巻き込んでのドタバタ、そして様々な伏線が一つにまとまっての大団円と、例えばそんなストーリーになっていたはず」と述べているような「全体を引っ張るストーリー」、それもとびきり面白い「ストーリー」を期待していたところです。
ですが、三谷監督自身が言うように「今回はなにもない」のです。
本作を構成する個別のエピソードのそれぞれが、他のエピソードと殆ど関係しないで展開されるだけなのです(注4)。
だったら、個別のエピソードのそれぞれが眼を見張るような面白いものになっているかというと、そういうこともなく(注5)、「ごくごく日常的なものばかり」です(注6)。
三谷監督は、「喜劇にはいろんなジャンルがあるわけで、喜劇作家としては、これも有意義な経験」であり、「僕は楽しんで台本を書いたし(注7)、役者さんは素晴らしかった」と述べています。
きっとそうに違いありません。
でも、そうした作品を見せられる観客のことまで、三谷監督は本当に考えていたでしょうか(注8)?
(3)渡まち子氏は、「豪華キャストの群像劇であることは、いつもと同じだが、今回はずいぶん残念な出来栄えだ。笑えず、泣けず、感動できずで、ファンはがっかりするだろう」として30点をつけています。
(注1)本作の監督・脚本は、『清須会議』や『ステキな金縛り』などの三谷幸喜。
三谷監督の映画作品は、これまで殆ど見ておりますが、DVDで見た初期の『ラジオの時間』や『みんなのいえ』こそ手放しで面白かったものの、続く『The有頂天ホテル』や『ザ・マジックアワー』、『ステキな金縛り』はどうかなといった感じでした。とはいえ、2年前の『清須会議』は、設定の面白さが引っ張っていながらも、なかなか面白い出来栄えでした。それで本作にも期待したのですが、…。
(注2)本作の公式サイトの「Introduction」では「シチュエーションコメディ」とされています。劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interviw」においては、インタビュアーが「スペース・ロマンティック・コメディ」とし、また三谷監督は「群像劇という形式を用いたラブコメ」と答えています。
なにはともあれ、とにかく「コメディ」なのでしょう。
(注3)出演者の内、最近では、香取慎吾は『人類資金』、綾瀬はるかは『海街diary』、警備隊のハトヤ隊員役の小栗旬は『踊る大捜査線 The Final―新たなる希望』、ノアの元恋人・レイ役の優香は『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』、遠藤憲一は『土竜の唄 潜入捜査官Reiji』、ピエロ役の浅野和之は『脳内ポイズンベリー』、山本耕史は『ステキな金縛り』、大竹しのぶは『トイレのピエタ』、西田敏行は『ラブ&ピース』で、それぞれ見ました。
(注4)例えば、上記(1)で触れた客引きのゼットと医者のムタが絡むエピソードは、ムタとイルマ(田村梨果)の話に展開するとはいえ、ノアとかノエなどは絡んでこずに、それはそれでおしまいになってしまいます。
なお、劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interviw」において三谷監督は、「今回はエロスの世界にも入り込んでいます。あの星の人から見たら赤面するような、モザイクをかけないといけないようなシーンすら出てくる」と述べていますが、観客の地球人が見ると、とてもエロスを感じることは出来ません。
(注5)例えば、三谷監督は、「(リフォーム業者・メンデス役の)遠藤憲一さんの出産シーンなど、派手な笑いもあるけれど」と述べているところ、ひょろ長い男優が卵を生むシーンなどに「派手な笑い」があるとはとても思えません。
劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interview」においても三谷監督は、「(遠藤憲一さんは)笑いのセンスも抜群で、あれほど現場で笑いを堪えたのは久々です」と述べています。ですが、あのシーンでそうだとしたら、このところの作品で笑えるシーンが少なかったようにクマネズミに思えるのもむべなるかな、というところです。
(注6)例えば、三谷監督は、「初めて会った宇宙人に握手を求めたら、いきなり1メートル近い舌でぺろりと鼻を舐められるという、いかにもSFコメディ的なシーン」と述べていますが、嫌悪感の方を先に覚えてしまい、「小さな笑い」にもならないのではないでしょうか?
(注7)劇場用パンフレット掲載の「Director’s Interview」においても三谷監督は、「今までの映画の中で、いちばん楽しんで作ることが出来ました」と述べています。
(注8)三谷監督は、当該記事の末尾の方で、「試写会の反応を見ると、案の定、抵抗を感じた方がいらっしゃるようだ。すごく楽しめたという意見もあれば、まったく笑えなかったという人も」と述べているところ、「すごく楽しめたという意見」の方に、実際のところどの点が楽しめたのか聞いてみたい気がしてしまいます(もちろん、映画の感想は十人十色ですから、そうした方がいらっしゃるのは事実でしょう)。
★★☆☆☆☆
象のロケット:ギャラクシー街道