映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

麒麟の翼

2012年02月10日 | 邦画(12年)
 『麒麟の翼』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)原作が、勤務先に近い日本橋を舞台にしている東野圭吾氏(注1)の「新参者」シリーズの一つだと聞きこんだので見に行ってきました。
 確かに、冒頭とラストは、まさに日本橋のど真ん中にある翼のある麒麟像で、また人形町の水天宮を中心とする神社なども関係してきますので、随分と親近感を持てます。
 ただ、ミステリーとしてはそれほど大した謎でもなく(注2)、このところ何度か映画で取り上げられている父と子との関係如何(注3)といったことが中心的なテーマになっていることもあって、今一の感じがしてしまいました。

 物語は、ある金属加工業を営むメーカーの会社幹部の青柳中井貴一)が、胸を刺され瀕死の状態で日本橋まで辿りついて、そこで事切れてしまうところから始まります。
 警察は、当初、現場近くに潜んでいた青年・八島三浦貴大)を容疑者としますが、直後の交通事故で意識不明のまま死亡してしまいます。
 その後、青柳の行動を辿って行くと、通勤ルートからかなり外れている日本橋界隈(注4)に、このところ足繁く訪れていることがわかります。
 そのうちに、青柳の息子(松坂桃李:『アントキノイノチ』で印象に残る演技をしました)が問題の鍵を握っていることがわかってきます。どうも、彼が高校3年生だった3年前の夏に、学校で何かあったようなのです。そして、……。



 例によって、阿部寛が扮する加賀刑事と溝端淳平の松宮刑事のコンビが、次第に謎を解いていきます。その際には、いつものように、人形町の和物を売っている小間物屋を加賀刑事がよく知っていることとか、日本橋七福神などがヒントになったりします。



 でも、結局は、息子が、父親と疎遠になってしまってはいたものの、父親が自分のことをいつも気にかけていてくれたことを知るに至る、などという通俗的な結末を迎え、かつどうでもいいような人生訓話を何度も聞かされたりすると(注5)、随分お金をかけて作られた映画に違いないものの、2時間のTVドラマで十分ではないか、という気にもなってしまいます。

 阿部寛は、一昨年は『劇場版TRICK』や『死刑台のエレベーター』、昨年は『ステキな金縛り』と見ましたが、どの映画でも存在感あふれる演技を披露していて、本作の加賀刑事役もまさに適役ではないかと思いました。

 本作には、主人公と絡むヒロインは登場しませんが、容疑者の嫌疑をかけられた青年の恋人役に新垣結衣が扮していて、『ハナミズキ』以来ですが、少しの間に随分と大人になったな、と思いました。今後さらに飛躍が期待されるところです。




(2)本作のメインの話からはズレますが、派遣社員の弱い立場、ひいては企業の隠蔽体質(注6)が描かれている点も注目されます(といって、こうした点も従来からよく取り上げられてはいますが)。
 青柳が製造本部長を務める会社の工場では、作業効率を上げるために、通常インターロック機構をオフにして作業をしていたところ、そのために怪我を負ってしまった派遣社員・八島(三浦貴大)に対して、その事実が労基署にばれてしまうのをおそれて、会社の方は労災認定の申請をしませんでした(注7)。
 八島は、その後、同工場をクビになってしまいますが、その時に負った怪我のせいだと考えていたようで、会社のやり方に不満を持っており、それを聞きつけた警察の方は、八島が事件の犯人として十分な動機を持っていると考えました。
 というのも、同工場の責任者は、殺された製造本部長の青柳だからです(八島は、青柳が頻繁に工場に視察に来るのを、作業中に見ていて知っていましたから)。
 このインターロックを巡る話を警察(松宮刑事)にしたのは、同じ派遣社員である横田柄本時生)です。ただ、自分たちは派遣社員だから、そうした問題について会社に申し入れをすることができない、そんなことをしたら簡単にクビを切られてしまう、と話します。
 としたところ、この話は、警察幹部の口を通してマスコミに流され、被害者である青柳の家族に対して、世間が批判的な目で見るようになり、その長女が自殺を図るまでの騒ぎになってしまいます。
 実際のところは、横田(柄本時生)が、「インターロックのことは青柳さんは知らなかったはず、すべて工場長(鶴見辰吾)止まりだった」などと松宮刑事に述べて一件落着。ですが、それは映画の観客にとってであって、映画の中においては、この関係の話はそれ以上何も進展しないままジ・エンドとなってしまいます(注8)。

 様々の精緻な自動制御装置が開発され、それが現場で取り付けられていても、実際のところは、効率の妨げになるとオフ状態にされていることが多いのは、現実に事故が起きてからよく聞かされることです。
 この映画においては、それが八島の死にまでつながるのですから、放っておける問題ではないのではと思えてきます。
 この映画がなんだか釈然としないのは、メインの事件の描き方もさることながら、こちら問題がが手つかずに残ってしまっていることもあってのことではないでしょうか?

(3)渡まち子氏は、「共に、近年、日本映画で最も頻繁に“顔を見る”役者が共演しているのが何ともゴージャスだ。事件の性質上、2人が顔を会わせるシーンはないのだが、子を思う父の姿を静かに熱演した中井貴一の存在感が印象的だった」などとして60点をつけています。





(注1)東野圭吾氏の作品を映画化したもので見たものは、『白夜行』のエントリの「注2」に記載したものに加えて、『夜明けの街で』があります。

(注2)こうした映画を見つけていると(あるいはそうでなくとも)、当初犯人と目された人物がそのまま真犯人になることはまずないなと考え、むしろ意外な人物が犯人となるに違いないと身構えます。でも、結局、ラストになって明かされる犯人がそれほど意外性をもっていないと、何なんだこのミステリーはと作品を批判するようになるでしょう!

(注3)父が子に伝えるという点に関しては、昨年6月12日のエントリの(3)でも触れたところです。

(注4)青柳の自宅は練馬区で、会社は新宿にあります。

(注5)加賀刑事が、「3年前、真実を避けなければ、お父さんが死ぬことはなかったんだ。お父さんは、もっと君と向き合おうとしていたはずだ。君がちゃんと向き合っていれば、お父さんは、杉野君に話を聞こうとはしなかったろう」、「お父さんは、何としてもあの麒麟像まで辿りつきたかったのだ。勇気を持て、真実から逃げるな、正しいと信じたことをやれ、というメーッセージだ」と話したり、また学校の教師(劇団ひとり)に対して、「3年前に犯罪を隠蔽することを教えたあんたに、人を教育する資格はない」などと話します。
 ですが、すべて、事後的に、当事者ではない立場に立って、随分と高いところから物を申しているようにしか聞こえませんが。
それに、青柳の父親(中井貴一)は、息子のブログを盗み見て事件の真相を知ったにもかかわらず、なぜ息子に問いたださずに、息子の友達の杉野に話を聞こうとしたのでしょう?
 青柳の死は、3年前のことも確かにありますが、自分の方でも息子ときちんと向き合おうとしなかったことも原因とは考えられないでしょうか?そうしたことについて、加賀刑事が口を差し挟む余地があるとも思えないのですが?

(注6)昨年は、東京電力の福島原発事故を巡ってその隠蔽体質が大問題となりましたし、またオリンパスの損失隠しも明るみに出ました。

(注7)というよりも、派遣元の会社に対して、労災申請をしないように派遣先が圧力をかけていたようです。

(注8)青柳の息子が工場長を駅で殴りつけたりしますが、むろん、そんなことをしても何の意味もありません。




★★★☆☆




象のロケット:麒麟の翼