映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

復讐捜査線

2011年08月13日 | 洋画(11年)
 『復讐捜査線』を吉祥寺バウスシアターで見ました。

(1)メル・ギブソン(注1)の名前はよく耳にするとはいえ、その出演作をほとんど見たことがないので、ちょうどいい機会だと思って映画館に出かけてきました。

 冒頭、ボストン市警に勤務する刑事のクレイブン(メル・ギブソン)は、久し振りで帰宅した長女エマと一緒に、自宅のドアを開けて外に出ようとしたところ、「クレイブン」との叫び声とともにいきなり銃弾が飛んできて、長女が吹き飛ばされて死んでしまいます(注2)。
 ボストン市警は、てっきりクレイブン刑事を襲撃しようとして、誤ってエマを撃ってしまったに違いないと考え、大々的な捜査態勢を敷きます。
ところが、クレイブン刑事が、娘の持ち物をチェックしたところ、別人が登録している拳銃を見つけてしまいます。その登録者バーナムを探し出すと、彼は、会社の同僚でエマの恋人に違いないものの、何者かの脅しを受けていて何も話そうとはしません。
 クレイブン刑事は、警官殺しの線での捜査は市警に任せ、自分は、エマが襲撃の標的だったとみて独自の捜査に乗り出します。
 とはいえ、単身の捜査ではとても無理と思えるほど、疑惑の相手が大きいことがわかりだします。果たして、クレイブン刑事の復讐は成功するのでしょうか、……。

 娘がいきなり殺されたら、刑事でなくとも父親なら復讐を胸に誓うことでしょうが、それが30年のベテラン刑事なのですから、ドンドン真相に肉薄していきます。クレイブンが復讐を遂げるに至るまでのプロセスは、大層見ごたえのある映像の連続となっていて、見る者を飽きさせません。

 とはいえ、問題点もありそうです。
イ)クレイブンは、何かというと娘のことを思い出すのですが、決まって小さい頃の映像だけなのです。恋人だったバーナムの口ぶりからすると、クレイブンは高圧的な態度をとりがちなため、娘の方で父親を敬遠していたようです。
 おそらく、そうした態度は妻にも見せていたのかもしれません、彼の家庭には妻の姿はありませんから(病死だったら、彼女の写真がもっと飾ってあるのでは、と思われるところです)。
 というように、映画は娘の復讐劇ではあるものの、その家族の過去については、何も明らかにされませんが、ある程度は必要な情報なのではないでしょうか?

ロ)エマが勤務する会社が極秘に開発している核兵器がどんなものなのかも、はっきりとは説明されません(外国から核物質を持ってきて、外国製品として第三国に売り渡そうとしているようです)。ですが、この兵器についてエマは告発しようとしていたのですし、それに関連して、エマが社内に密かに導き入れた環境保護団体のメンバーも数人殺されてもいるのです。どんな兵器なのか、とても気になるところです。

ハ)超極秘の核兵器を民間で製造している会社のトップであるベネット社長(ダニー・ヒューストン)については、腹黒さは十分に描かれているものの、自宅の防備ということについて、随分とおざなりのように思えます。
 なにより、ラスト近くになって社長の邸宅にやってきたクレイブンは、エマと同じように放射性物質によって体を蝕まれつつあってフラフラになっているにもかかわらず、いとも簡単に用心棒を倒し、ベネット社長をも倒してしまうのですから。




ニ)エマの関与する問題が核兵器ということで、問題が国家レベルにまで大きく広がってしまい、復讐するといっても、クレイブン単独では手に余ってしまいます。
 そこで映画では、ジェドバーグレイ・ウィンストン)というフィクサーめいた人物が登場します。ただ彼は、ベネット社長の背後にうごめく真の悪人達と通じている一方で、クレイブンともウマが合うようなのです。



 といっても、この人物の存在が大きくなって魅力的になれば(哲学や文学を好む人物に設定されています)、主役のメル・ギブソンを食いかねないわけですが、かといって小さな存在(単なる殺し屋)にしてしまうと、ラスト近くでなし遂げた仕事に見合わない感じがしてしまいます。
 フィクサーと言ってもジェドバーグ一人なのですから、単にもう一人クレイブンが現れるというだけのことで、映画では、国家的な陰謀にどう対決するのかという問題が今一うまく解決していないように思えたところです。


 でも、ラストで、クレイブンが、病院に見舞いにきたエマとともに楽しそうに病院を出て行くところを見ると、映画の中で余りくだくだしく解説されずとも、これでいいのだと思ってしまいます。




 メル・ギブソンは55歳ですから、このところ警官物として取り上げている映画に登場する俳優たち、『クロッシング』のリチャード・ギア(61歳)、『陰謀の代償』のアル・パチーノ(71歳)、『ボーダー』(『陰謀の代償』の記事の中で取り上げました)のロバート・デ・ニーロ(67歳)らと比べたらまだ若いのですが、それでも髪の毛が薄くなって引退まで5年ほどといった感じが全体から滲み出ていて、なかなかの演技力だなと思いました。

(2)この映画では、エマの死に関与する人間は、殆ど皆銃で撃ち殺されてしまいます。映画を見ている方も、それからエマの関係者なら、誰もがそれでスッキリすることでしょう。
 とはいえ、それではたして復讐したことになるのか、という疑問も湧いてきてしまうのも否めないところです。

 そこでで、同じ系列に連なるかなと思って、最近レンタル可能となったDVDで『完全なる報復』を見てみました。



 『完全なる報復』も、『復讐捜査線』と同様、冒頭、3人で幸せに暮らしていたクライドジェラルド・バトラー:注3)の家族が2人の暴漢に襲われ、妻と子供がクライドの目の前で殺されてしまいます。
 捕まった暴漢の内、一人は死刑判決を受けますが、モウ一人は証拠が不十分ということで、地方検事ニックの判断で司法取引が行われ、短い刑期で済んでしまうのです。
 2人の暴漢はもとより、こうした司法制度のあり方にもクラウドは強い怒りを覚え、10年後にその復讐を次々と行っていきます。その挙げ句に、……。

 こうしてみると、両者はよく似たシチュエーションと言えそうです。
a.発端は、愛する子供(『完全なる報復』の場合は妻も)を理不尽に殺されたこと。

b.復讐に駆られる男は、専門分野で傑出した腕を持っていること。一方は30年のベテラン刑事ですし、モウ一方は、遠隔暗殺の分野でスゴイ能力を発揮するエンジニアとされています。

c.復讐の相手は、直接手を下した犯人だけでなく、その裏で犯人達を支えることになる人達にも向けられること。
 『復讐捜査線』では、ベネット社長がエマの殺害に使った殺し屋のみならず、クレイブンの銃はベネット社長にも向けられました(さらには、ジェドバーグによって、政界・官界で蠢く黒幕も倒されます)。
 他方、『完全なる報復』では、妻子の殺害に直接手を下した2人の犯人は言うに及ばず、司法取引などという姑息な手法に係わった人達(裁判官、地方検事ニックの上司や同僚など)が報復の対象とされます〔『完全なる報復』は、復讐もさることながら、そのために準備した様々な装置などを描き出すことに重点が置かれているのでは、と思ってしまうほどです!〕。

 どちらの作品でも、復讐の相手の範囲は拡大気味で、ほとんど皆殺されてしまうのですが、本当にそれで復讐の目的は達成されたことになるのでしょうか?

(3)渡まち子氏は、「放射能による被爆という事実が発覚してからは、にわかに現実味を帯びてくる気がするのは原発事故が今も収束しない日本ならではのリアリティで、戦慄が走る。あぁ、それなのに、このB級臭プンプンの邦題は何なんだ!中身は渋いサスペンスで、無念の死をとげた娘を思う父の愛が胸を打つ佳作だということを知ってほしい」として70点をつけています。


(注1)Wikipediaの記事によれば、彼は、『ビューティフル』に関する記事で取り上げた「双極性障害に罹っている」とのこと。

(注2)『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』でも、冒頭、幸せに暮らしている家庭が突然殺し屋に襲われ、夫と子供2人が銃弾の餌食となり、吹き飛ばされます。瀕死の重傷を負いながらも助かったた妹のために、兄・コステロ(ジョニー・アリディ)が、マカオの病院にやってきて、復讐を妹に誓います。

(注3)ジェラルド・バトラーについては、以前『男と女の不都合な真実』を見たことがありますが、そんな凡作とは異なり『完全なる報復』は彼の持ち味が遺憾なく発揮された快作と言えるでしょう。



★★★☆☆