孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イギリス  スコットランド自治政府のスタージョン首相、突然の辞任発表 背景と影響

2023-02-26 23:41:01 | 欧州情勢

(辞任を発表する英スコットランド自治政府のスタージョン首相(15日、エディンバラ)【2月15日 BBC】)

【首相としての責務に全力を尽くしてきたが「それを続けるには誰であろうと限界がある」】
周知のように、スコットランドでは2014年の住民投票でイギリスからの独立が否決されましたが、その後もスコットランド自治政府のスタージョン首相が牽引する形で独立を求める運動が続けられてきました。

独立に向けた世論の動向は拮抗しており、スコットランドでは不人気なイギリスEU離脱という枠組み変化もあったことで、スタージョン首相としては再度住民投票に持ち込みたいところでしたが、最高裁は昨年11月、実施には中央政府の同意が必要だとする判断を示し、住民投票に反対のイギリス政府のもとでは住民投票の実現が困難になっていました。

更に、今年1月、スコットランド議会が可決した性別変更を容易にする法案もイギリス政府に寄って阻止されるということで、スタージョン首相としては“手詰まり”感も。

****英政府 スコットランド議会の法案成立阻止 独立派の反発招くか****
イギリス政府は、北部のスコットランド議会が可決した出生証明書の性別変更を容易にする法案は「悪意ある申請を許す危険性がある」などとして成立を阻止する異例の手続きを取りました。スコットランドでは自治権のあり方を揺るがす事態だとして批判が出ています。

イギリスでは、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人が出生証明書の性別の変更を申請する際医師の診断書が必要ですが、北部のスコットランド議会は先月、自己申告だけで変更できるなどとする法案を可決しました。

これについてイギリス政府は17日、トランスジェンダーになりすました人が女性に性別を変更することで女性の安全が脅かされるおそれがあり「悪意ある申請を許す危険性がある」などとして、スナク首相の指示で法案の成立を阻止する手続きを取りました。

イギリス政府は、スコットランド議会の法案が国民全体の権利や生活に悪影響を及ぼすと判断した場合成立を阻止できることになっていますが、現地メディアによりますと実際に阻止するのは初めてです。

スコットランド自治政府のスタージョン首相は「スコットランド議会に対する全面的な攻撃だ」と批判し、自治権のあり方を揺るがすとして裁判所に提訴する考えを示しました。

スコットランドでは2014年の住民投票でイギリスからの独立が否決されたあとも独立を求める動きが続いていて、イギリス政府の対応は独立派の反発を招きそうです。【1月18日 NHK】
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独立派の反発云々の前に、“手詰まり”感のあるスタージョン首相の求心力が低下したようで、2月15日、突然の辞任を発表しています。

****英スコットランド独立派に打撃 地方政府首相が辞任****
8年以上英北部スコットランド行政府(地方政府)の首相を務めてきたニコラ・スタージョン氏(52)が15日に突如辞任を表明した。行政府初の女性首相で、英国からの分離独立を目指す勢力の象徴的存在だった。

同氏は地方議会の最大会派のスコットランド民族党(SNP)の党首も辞任する。スタージョン氏は新首相が選任されるまで首相職を続ける。15日の記者会見では辞任が「深く長期的な決断」だったと述べ、政治家の生活には「激しさ」と「残忍さ」があったと語った。

スタージョン氏は、2014年の前回の独立住民投票で独立が否決された後、引責辞任した前任のSNP党首と行政府首相の後を継いだ。

国政を握る保守党政権を鋭く批判し、地域の独立と欧州連合(EU)再加盟を唱え続けた。新型コロナウイルス危機下では連日記者会見に応じ、行政府の対応を説明するなどして地域住民の信頼を集めた。

ただ最近はその求心力に陰りも見え始めていた。英最高裁は昨年11月、スコットランド行政府が英政府の同意なしに地域の独立を問う住民投票はできないと判断した。スタージョン氏は23年10月に再度の住民投票を実施する計画を掲げていたが、保守党政権が反対しているため実現は不可能になっていた。

スタージョン氏は代替策として25年1月までにある英議会下院の次期総選挙を事実上の住民投票に位置づけると訴えていた。

直近の世論調査では独立反対が数ポイントリードしているが、昨年末には賛成がわずかに優勢な時期もあった。

独立派の中でスタージョン氏のような存在感のある後任候補は見当たらない。同氏の辞任は世論の動向や独立派の戦略に変化を与える可能性が大きい。

スタージョン氏は記者会見で「私は政治家であると同時に一人の人間でもある」と訴え、首相職に座り続ける意欲が衰えたこともにじませた。英国では辞任したニュージーランドのアーダーン前首相との類似性も指摘されている。【2月16日 日経】
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同氏は、首相としての責務に全力を尽くしてきたが「それを続けるには誰であろうと限界がある」とも語っています。

【ニュージーランドのアーダーン前首相も】
上記記事で類似性が指摘されているニュージーランドのアーダーン前首相は、首相として初めて6週間の産休を取得するとか、危機に際して率直に国民に語りかける姿勢などで、新しいリーダー像を示す政治家として高い支持を得てきました。コロナ対策でも1人感染者が確認されただけで全土をロックダウンするなど強い指導力でニュージーランドの感染を抑えてきました。

ただ、最近は高騰する住宅価格や税制改革などの問題で、労働党は最大野党の国民党に支持率で抜かれたといったこともあるようです。

そして、1月19日、こちらも突然辞任を発表しています。

****ニュージーランド・アーダーン首相が来月7日の辞任を発表「再選を目指すエネルギーがない」****
ニュージーランドのアーダーン首相は、19日、記者会見を開き、来月、辞任すると表明しました。

地元メディアによりますと、ニュージーランドのアーダーン首相は、19日、記者会見で、来月7日に辞任すると表明しました。会見で、次の総選挙を今年10月に実施するとした上で、「再選を目指すためのエネルギーがない」と辞任の理由について述べました。

また、在任期間について、「人生で最も充実した5年半だった」と振り返りました。

アーダーン首相は、2018年の現職時に、第1子の女の子を出産し、産休を取得したことでも注目されました。その後も、首相としての職務と育児を両立してきました。

アーダーン首相が所属する労働党は、3日以内に新しいリーダーを選ぶとしています。【1月19日 日テレNEWS】
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個人的には、異様なまでに権力に固執する政治家が多い状況に「どうしてそんなに権力にしがみつこうとするのだろうか?」と不思議に思っていただけに、スコットランド自治政府のスタージョン首相やニュージーランドのアーダーン前首相のように、モチベーションが維持できなくなったので辞めるという方が理解はしやすいです。責任論云々はあるでしょうが。

【ワンイシューのナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点】
ただ、“スコットランド独立”というワンイシューで政権を引っ張ってきたスタージョン首相については、“ナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点の多くが露呈した”との指摘も。

****きっかけは自己申告で性別を変えられる法案──スコットランド首相辞任が示す「人気者の限界」****
<思いがけずスコットランドで最も有名な政治家になったニコラ・スタージョン。1つの政策とスローガンで統治し続けるには8年は長すぎた>

スコットランドで最も強い政治家ニコラ・スタージョンが、自治政府首相を辞任する意向を明らかにした。スコットランドの政界にとって、8年以上続いたスタージョン時代の終わりだ。

主要目標がイギリスからの独立だったことを考えれば、スタージョンは決定的に失敗した。2014年、独立を問う住民投票で手痛い敗北を喫した後にスコットランド民族党(SNP)の党首と自治政府首相に就任したが、ボールを前に進められなかった。

スタージョンは2度目の住民投票を目指したが、結局実現しなかった。SNPは地方や国政レベルの選挙を「事実上の住民投票」にしようとしたが、イギリス最高裁が昨年11月、英国政府の同意のない新たな住民投票は違憲と判断。この強引な試みも頓挫した。

スタージョンは最高レベルのアピール力を持ち、自治政府首相の広報チームは事実上、スコットランドの全ての反対勢力を圧倒していた。

さらにスタージョンは記者会見を巧みに利用し、英国政府の足を引っ張った。時には英国政府の発表内容を1時間ほど早く公表したり、公然と反対意見を述べたりしてメディアの関心をさらうことに成功した。

反対派はスタンドプレーだと批判したが、この作戦は成功し続け、スタージョンはSNP党首として一度も選挙に負けなかった。

だがスタージョン時代は、ナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点の多くが露呈した時期でもあった。彼らはもっぱら単一のスローガンと政策を選挙戦で訴えて当選するが、その後で苦悩と苦闘が始まる。

批判派によれば、スタージョンは自治政府首相として何をするかのプランをほとんど持たず、関心もほとんど示さなかった。むしろ自分は世界の舞台で活躍する国家元首や政府の長にふさわしい国際的人物だと考えていたようだ。

スタージョンは2度目の住民投票では解決できない長期的な「国内問題」に直面していた。スコットランドは経済の生産性がイングランドよりも低く、医療サービスも貧弱で、経済成長も概して低い。

薬物の過剰摂取による死亡率は、イギリスや欧州全体と比べてかなり高い。21年には1330人が死亡。死亡率はイギリス全体の約3.6倍だ。今回の辞任表明に直接つながった問題は、法的な性別変更を本人の自己申告で認める法案だった。

この問題でSNPは内部対立を起こし、一部はスタージョンの前任者でライバルのアレックス・サモンド率いる新党に参加。さらに分裂を招く恐れがあったが、スタージョンは考えを変えず、スコットランド議会はSNPとスコットランド緑の党の賛成多数で法案を可決した。

SNPは10年以上、自治政府を掌握してきたが、数カ月後にスコットランド議会の選挙を控えている。この問題で世論が割れるなか、スタージョンが現在の姿勢を貫けば、選挙の強力な武器だったはずの党首が今度は選挙の足かせになりかねないところだった。

スタージョンは自身が最も選挙に強いSNPのリーダーであることを証明してきた。当初は派手なサモンドの陰に隠れていたが、思いがけずスコットランドで最も有名な政治家になった。

だが8年間という在任期間は、1つの政策とスローガンで統治し続けるには長すぎる。特に、それがスコットランドの未来を永遠に変えるものである場合には。【2月24日 Newsweek】
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【スコットランド民族党(SNP)の退潮は中央政府総選挙で労働党復権に資する影響も】
スタージョン首相辞任の影響については、スコットランド独立運動の混迷のほかに、スコットランドで最大勢力であるスコットランド民族党(SNP)の退潮がイギリス全土における労働党政権復活に寄与するのではないかとの見方もあります。

****スコットランド首相辞任が持つ2つの意味****
~独立問題と英政権交代の鍵を握る~

(中略)
スタージョン氏の辞任は今後の英国政局にとって2つのインプリケーションを持つ。

1つはスコットランドの独立を重要な政治目標としてきた同氏の辞任により、独立運動が下火となるかどうか。

スコットランドでは2016年の英国のEU離脱の是非を問う国民投票で、EU残留支持が多数を占めた。同氏は英国のEU離脱でスコットランドを取り巻く環境が変わったとし、独立の是非を問う住民投票の再実施を英国政府に求めてきた。

英国の最高裁判所は昨年11月、スコットランド議会に一定の自治を認める法律は、スコットランドとイングランドとの連合関係について定めたものではなく、英国議会の同意なしにスコットランド議会が英国からの独立の是非を問う住民投票を実施することができないとする判決を下した。

同氏は投票再実施に向けて、次の総選挙を独立の是非を問う事実上の住民投票と位置づけ、そこで圧倒的多数の支持を取り付け、英国政府に正式な投票実施を要求していく方針だった。

現在、後任候補として名前が挙がっているのは、自治政府のフォーブス財務相、スウィーニー副首相、ロバートソン憲法・外交・文化相、ユーサフ健康・社会保障相、英国議会でSNPの議員代表を務めるフリン氏など。これらの後継候補が独立投票にどれだけの意欲を持っているのかは定かでない。

スタージョン氏の辞任が持つもう1つの政治的な意味合いは、2025年1月の議会任期満了を待たずに2024年中の実施が有力視される英国の次回総選挙で、最大野党・労働党が勝利する確率を高める可能性があることだ。

スコットランドの有権者はイングランドと比べて社会民主主義的な志向が強く、SNPもスコットランドの独立のみを訴えるのではなく、社会福祉の拡充や労働者の権利保護などを重視する中道左派政党だ。

保守党サッチャー政権下での炭鉱閉鎖などの政策に反発。英国の支配政党とスコットランドの有権者の選択が食い違うことに強い不満を抱いてきた。

スコットランド議会が設置され、SNPが政治基盤を固める以前は、スコットランド選挙区の議席の多くは労働党が持っていた。

カリスマ的なリーダーであるスタージョン氏の党首辞任により、労働党はスコットランドでの党勢回復を目指している。

スキャンダルが相次いだジョンソン政権の末期や、政策迷走で早期退陣を余儀なくされたトラス前首相の下、保守党の支持率は史上最低圏に落ち込み、スナク首相の就任後も労働党に20%ポイント余りのリードを許している。

スコットランド選挙区をSNPから奪還すれば、労働党の勝利はより確実なものとなる。【2月16日 田中 理氏 第一生命経済研究所】
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