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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イスラエル  22日総選挙 右傾化する世論 争点にもならない「和平」

2013-01-21 23:50:08 | パレスチナ

(躍進が予想されている強硬な右派「ユダヤの家」のベネット党首 “flickr”より By The Israel Project http://www.flickr.com/photos/theisraelproject/8367953410/

ネタニヤフ首相の続投が有力
イスラエルでは22日に総選挙が行われますが、ネタニヤフ首相率いる与党の右派リクードと極右政党「わが家イスラエル」の統一会派がリードしており、ネタニヤフ首相続投の公算が大きくなっています。
右派のネタニヤフ首相続投となると、中断している中東和平交渉の再開はあまり期待できません。

****中東和平、一層困難に=イスラエル総選挙、22日に投票****
イスラエル総選挙(国会定数120、比例代表制)の投票が22日、行われる。ネタニヤフ首相の与党、右派リクードと極右政党「わが家イスラエル」の統一会派が第1勢力を確保する見通し。パレスチナ問題で強硬なネタニヤフ氏の続投が有力視されており、中東和平交渉の再開は一層困難になりそうだ。

「強い首相、強いイスラエル」をスローガンに、イラン核問題やパレスチナのイスラム原理主義組織ハマスへの強硬姿勢が支持されるネタニヤフ氏に対し、ヤヒモビッチ氏率いる中道左派の労働党は、現政権下で急上昇した物価高の是正や格差解消などの社会経済問題で切り崩しを図る。【1月21日 時事】 
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自らを「右派」とする有権者が急増
与党の右派リクードと極右政党「わが家イスラエル」の統一会派は、第1党は維持するものの、議席数では現在の42から32前後へ減少する世論調査が出ています。

与党統一会派の減少予測の背景には、先のガザ地区・ハマスとの交戦で地上侵攻を回避したことへ有権者の失望があるとも言われています。
“調査では「停戦を支持する」との回答は31%で、「作戦継続(地上侵攻)を支持する」の49%を下回った。ロケット弾攻撃にさらされ、ハマスに決定的な打撃を加える地上侵攻を期待した有権者にとって「停戦は受け入れがたい決定だった」(マーリブ紙)という”【2012年11月25日 毎日】

また、極右政党「わが家イスラエル」のリーベルマン氏が、背任容疑で起訴され副首相兼外相を辞任したことの影響も考えられます。

ただし、更に極端な右派路線をとる宗教系極右政党「ユダヤの家」が現有3議席を12~14議席に大きくのばしそうで、右派全体が減少する訳ではありません。
「ユダヤの家」については、“党首はイスラエル軍のエリート戦闘部隊出身のベネット氏。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の半分以上をイスラエルに併合すべきだと訴え、テレビ広告では、自ら「最も戦闘的な党」と売り込む”【1月21日 毎日】とのことです。
選挙後は、与党統一会派と宗教系極右政党「ユダヤの家」の連立の可能性も高いとされています。

全体にイスラエルの国民世論は“右傾化”していると指摘されています。
今回選挙においては、“パレスチナとの和平推進は、議論にさえのぼっていない”とのことです。

****語られない「和平」:イスラエル総選挙2013/上 右傾化進む世論****
・・・・最近の世論調査によると、自らを「右派」とする有権者は41%で、3年前の34%から急増している。(ヨルダン川西岸への入植を強く支持する候補者ばかりが比例名簿上位に並ぶという)名簿の顔ぶれは、こうした世論の動向を反映している。

右傾化の背景には、何があるのか。
ネタニヤフ首相が就任した09年3月以降、パレスチナ自治区や周辺国との関係は緊張度を増し、強硬策を取るイスラエルは孤立化を深めてきた。
トルコからのガザ支援船をイスラエル海軍が襲撃した事件(10年5月)をきっかけに、かつての友好国トルコとは反目。
11年末からの「アラブの春」の影響で、隣接するエジプトやシリアではイスラム勢力が台頭している。
パレスチナは昨年9月に国連での地位を「格上げ」、イスラエルが報復措置として入植住宅建設を打ち出すと、欧米諸国は一斉に批判した。

地域における孤立化と、国際社会への反発が促すナショナリズムの高揚。バルイラン大学のシュムエル・サンドラー教授は「(イスラエルは)生存のために戦っている」と述べ、右傾化を当然視する。だがその結果、過去20年の選挙で大きな争点となってきたパレスチナとの和平推進は、議論にさえのぼっていない。
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労働党:「和平」より「生活」という「現実路線」で躍進予想
一方、中道左派とされる労働党は現有8議席から17~18議席に回復し、第2党となる勢いです。
労働党はかつては和平推進を政策の柱に据えていた政党ですが、和平交渉が進展しないなか、選挙のたびに議席を減らしてきました。
今回予想されている復調は、こうした和平推進が評価された訳ではなく、生活や経済の改善を前面に押し出した姿勢が支持を広げているとのことです。

“労働党がとらえたのは、イスラエル市民の間に高まる「不公平感」だ。政府は近年、公営企業の民営化に踏み切るなど、新自由主義的な経済路線へとかじを切った。だがその結果、貧富の格差は拡大。テルアビブなど都市部では、中・低所得者向けの住宅・賃貸価格が高騰した。「政府は安全保障にばかりカネを使う」。不満は高まり、11年夏には、「公平な社会の実現」などを求める市民が、数十万人という前代未聞の規模でデモ行進を繰り返した。
労働党はこうした市民の怒りに「理解」を示し、安全保障ばかりに目を向ける右派を「市民不在」と攻撃。徹底的に生活や経済の改善を掲げることで、中・低所得層を中心に急速に支持基盤を広げている”【1月21日 毎日】
「和平」より「生活」という「現実路線」が、有権者をとらえているとのことです。

イスラエルの有権者の2割弱を、イスラエル国籍を持つアラブ(パレスチナ)系住民が占めています。
こうしたアラブ(パレスチナ)系住民を代表する政党もありますが、近年これらの政党へのアラブ(パレスチナ)系住民支持が低下しているそうです。

“民間団体「アブラハム基金イニシアチブ」が昨年秋に発表したアラブ系有権者の政治意識調査によると、アラブ系議員に対する批判は強い。「社会・経済問題に労力を費やさない」「和平問題ばかり扱う」。有権者が「最優先の課題」にあげたのは、教育(24%)や貧困(同)、犯罪(16%)で、和平は12%にとどまった”【1月21日 毎日】

ここでも、「和平」より「生活」という国民意識が表れています。

パレスチナ独立国家樹立支持が半数を上回る調査結果も
国民世論の「右傾化」、「和平」より「生活」というなかにあっても、パレスチナの独立国家樹立を支持するイスラエル人がわずかながら半数を上回るという世論調査結果もあるようです。どの程度の精度の調査かはわかりませんが。

****パレスチナ国家」をイスラエル人の半数以上が支持 日刊紙調査****
イスラエルの世論調査で、パレスチナの独立国家樹立を支持するイスラエル人がわずかながら半数を上回る結果が出た。

日刊紙イスラエル・ハヨムが800人以上を対象に行った調査では「2国共存、すなわちイスラエルから独立したパレスチナ国家の創設という考えに賛成か、反対か」と質問した。すると、回答者の約54%が「支持する」と答えた。「反対する」と答えた人は38%で、残りは無回答だった。

ただし、同じ調査で54%以上がパレスチナとの和平協定締結は不可能だと考えており、またパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長を和平交渉の相手とはみなさないと答えた人も55%に上った。

イスラエルが占領しているヨルダン川西岸のユダヤ人入植地建設をめぐっては「支持する」が43.4%、「建設凍結が望ましい」が43.5%でほぼ拮抗した。(後略)【1月7日 AFP】
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イギリス  強まるEU脱退への動き 対応に苦慮するキャメロン首相

2013-01-20 23:07:21 | 欧州情勢

“flickr”より By Bundesregierung http://www.flickr.com/photos/bundesregierung/8290247991/

【「ほかの国々が国家の主権を放棄せざるを得なくても、わが国は決して手放さない」】
欧州の統合を目指すEUに関しては、幾度もの戦争で国土を戦場としてきたドイツ・フランスなどと、歴史的にも海峡を隔てて“大陸”の外に身を置くことが多かったイギリスでは基本的なスタンスの違いがあります。
“「不戦の誓い」を出発点に欧州統合を主導してきたドイツやフランスとは異なり、英国はEUの単一市場がもたらす経済的利益を重視。欧州と一定の距離を置きつつ、米国との橋渡し役として、存在感を発揮してきた。”【1月17日 朝日】

このため、イギリスはEUに参加はしながらも、国家主権を譲り渡すような統合の深化には背を向けてきました。
“英国は1961年、後にEUとなる欧州経済共同体(EEC)への加盟を申請するがフランスが反対。73年、欧州共同体(EC)に加盟した。2002年の単一通貨ユーロ流通開始後はユーロ圏に加わらず、域内の自由移動を認めるシェンゲン協定も一部を除き参加していない。11年末の欧州理事会ではユーロ危機対応のためのEU基本条約の改正に唯一、反対した。”【1月13日 産経】

2011年末のEU基本条約の改正では、EU分裂の危機・イギリスの孤立が表面化しました。
****イギリス孤立でEU分裂の危機****
欧州債務危機を克服するために先週行われたEU首脳会議は、今後のEUの在り方が大きく変わる可能性を生んだ。事実上、EUが分裂してしまったからだ。

今回の首脳会議では、新たな財政規律強化策が協議された。各国により厳しい財政規律を要求する新基本条約について採択が行われたが、合意したのはEU加盟27カ国のうちユーロ圏全17カ国を含む23カ国だった。

一方で反対を表明したのは、イギリスのデービッド・キャメロン首相。
新基本条約の制定によって国家の独立性が失われかねないこと、イギリスの金融部門が弱体化する恐れがあることが反対の理由だ。「私の答えはノーだ」とキャメロンは発言した。「ほかの国々が国家の主権を放棄せざるを得なくても、わが国は決して手放さない」
残りの3カ国、ハンガリー、スウェーデン、チェコは態度を留保した。それぞれ自国の議会と調整を図るとのことだが、最終的には合意するとみられている。そうなれば、イギリスだけが孤立することになる。

つい最近までイギリスの盟友だったフランスは、ヨーロッパ全体の利益よりイギリスの金融部門を守ろうとしているとして、キャメロンを非難した。「デービッド・キャメロンの提案は受け入れ難いものだった。数々の金融規制からイギリスを免除するような特別条項を条約に盛り込め、というのだ」と、フランスのサルコジ大統領は記者会見で語った。

キャメロンがチラつかせる拒否権カード
今回合意された財政規律強化策は、ドイツが描いた青写真にほぼ添う内容だ。ユーロ導入国とその他のEU加盟国のほとんどが、健全財政の遵守を各国の憲法などに明記する、というもの。ルールに違反した場合は、制裁が発動される可能性もある。各国政府は予算を事前に欧州委員会に提出しなければならず、財政赤字が大き過ぎる国は監視や指導を受けることになる。

新規制がどう機能するかは大いに疑問だ。ドイツの構想は、EUの中心的な機関である欧州委員会と欧州司法裁判所に監視役を担わせるというもの。だが、EU全加盟国のために設置されたはずの2つの機関が、今回の規制に合意した国々だけのために動くことが許されるのか――そんな疑問が残る。

キャメロンは、EUの機関がイギリスの国益に反する行動を取った場合は拒否権を発動するだろう、と明言している。そんな事態になれば、イギリスを待ち受けるのはEU脱退という道だ。
「イギリスは孤立した。まったく新たな情勢が生まれ、未知の領域に突入した」と、ブリュッセルのシンクタンク、欧州政策研究センターのピオトル・マチェイ・カチンスキは言う。「新局面を迎えたEUが今後どうなるのか、想像もできない」【2011年12月12日 Newsweek】
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与党・世論で強まる脱退論と、冷やかな欧州・アメリカの圧力の板挟み
イギリスのEU統合深化への消極的姿勢は、国内におけるEU懐疑論の根強い存在と表裏の関係にあります。
最近、ユーロ危機が表面化して単一通貨ユーロへの期待が色あせ、また金融・財政に関する国家主権を制約する統合深化の方向での危機乗り越えが模索されるなかで、イギリスにおけるEU懐疑論も勢いを増しています。

特に、与党保守党内にはEU脱退を望む声が強くなっており、具体的には、EU脱退を問う国民投票の実施を求めています。世論調査ではEU脱退派が過半数に達しており、国民投票を行えば“EU脱退”という決定になる可能性が高い状況にあります。

なお、2011年10月にも下院において保守党議員からEU脱退の国民投票を求める動議がなされ、キャメロン首相は懲罰を伴う党議拘束で与党に反対投票を指示、なんとか反対多数で乗り切りましたが、こときも80票前後の造反票を出した経緯があります。

保守党党首でもあるキャメロン首相自身は、EU脱退がもたらすであろうイギリスへの現実的影響を考えて、EU脱退といった極端な選択肢には否定的な立場ですが、与党内及び世論で強まるEU懐疑論に押されて何らかのアクションをとらざるを得ない状況に追いつめられています。

キャメロン首相は2012年9月に、2015年に予定される次期総選挙で保守党が政権を維持した場合、EUに加盟し続けるかどうかを巡って国民から「新たな同意」を得る必要があると述べ、国民投票実施の可能性を示唆したこともあり、反EU派からの突き上げは厳しくなっています。

一方で、独仏を中心とする欧州側は、統合深化へのイギリスの“邪魔”にうんざりしつつあり、また、“特別な関係”としてイギリスが頼みにするアメリカも、イギリスはEU内にあってこそ影響力を発揮できるという考えで、イギリスで強まる脱退論には冷ややかです。
キャメロン首相は、与党・世論で強まる脱退論と、冷やかな欧州・アメリカの圧力の板挟みにあっているとも言えます。

****英、加速するEU離れ****
英国のキャメロン首相が18日、欧州連合(EU)との関係見直しを表明する。英国が参加していないユーロの混乱から距離をおこうと、EUからの脱退を求める世論に抗しきれず、権限の返還を訴える見通しだ。米国は欧州での同盟国の地位低下に危機感を募らせている。

「欧州は大きく変わりつつある。国益を最大限に高めるために何ができるかを考えるか、それとも傍観するか。我が国はその選択に直面している」。キャメロン氏は16日、英下院の首相質問で声を張り上げた。

政府債務(借金)危機の克服を急ぐEUは、欧州中央銀行(ECB)によるユーロ圏の銀行監督の一元化で合意するなど、着々と統合深化を進めている。一方、英国は不参加を早々と表明した。
ユーロ圏の統合には反対しない。その代わり、EUが持つ権限を英国に返してもらう――。それがキャメロン氏の主張だ。

「不戦の誓い」を出発点に欧州統合を主導してきたドイツやフランスとは異なり、英国はEUの単一市場がもたらす経済的利益を重視。欧州と一定の距離を置きつつ、米国との橋渡し役として、存在感を発揮してきた。だが、ユーロ圏の危機克服策は、英国経済の先導役の金融にまで及ぶ。

EUへの反発は強まる一方で、世論調査では「EU脱退」への賛同が半数を超えた。脱EUを唱える小政党、英国独立党の支持率は2割に迫る。キャメロン氏の率いる与党保守党では、閣僚の間にも脱EUを問う国民投票を求める声が出ている。

キャメロン氏自身は「EUにとどまることが国益」との立場だ。ただ、世論や党内の圧力に、EUとの関係見直しを提案せざるをえない状況に追い込まれた。

キャメロン氏は18日、オランダでEU外交官や財界人らを前に演説にのぞむ。保守党内ではEUの労働時間規制や共通漁業政策への不満が強い。こうした権限の返還に言及し、EUとの関係を見直すための国民投票を次回総選挙がある2015年以降に行うと表明する、との見方が出ている。
 
いらだつ米・欧州各国
英国はこれまでもEUに異を唱えてきた。2011年には、財政規律を強化するための政府間協定の署名を拒否。欧州委員会が危機対応にあてようと提案した金融取引税にも反対した。
統合深化の「邪魔」を繰り返す英国に、EUや加盟国もうんざりしつつある。

EUのファンロンパイ首脳会議常任議長は昨年12月、英国の動きについて、英紙ガーディアンに「あらゆる加盟国に政策のえり好みを認めれば、EUはすぐに崩壊してしまう」と指摘。ドイツのショイブレ財務相も同紙に「EUというアンプ(増幅器)がなければ、英国の世界での影響力は弱まる」と語った。

米国も異例の「介入」に踏み切った。訪英したゴードン国務次官補(欧州担当)は今月9日、「米国はEUとの関係を強化しており、英国がEUで大きな発言力をもっているのが望ましい」と話した。
米国は今年、EUとの自由貿易協定(FTA)交渉に入る見通しだ。通商政策に加え、対テロ戦争など外交面でも共同歩調をとる英国をEUにとどめるため、クギを刺した形だ。

英経済界も心配を募らせる。ヴァージン・グループのブランソン会長ら企業のトップら10人が9日の英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿し、「EUは英国の輸出の半分を占める世界で最も力強い貿易圏だ」と強調した。
ブリュッセルの研究機関カーネギーヨーロッパのタヒャオー所長は「英国が脱退すれば、EUの外交・軍事的な影響力の低下は避けられない」と話す。 【1月17日 朝日】
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【「私は脱退を望まない。EUの成功と、英国がEUに残留しうる関係を求める」】
アルジェリアでのイスラム過激派のテロ事件に対処するため、キャメロン首相はオランダ訪問は延期し、予定されていた演説の骨子が発表されています。
この演説骨子は、EU脱退を問う国民投票実施への言及は避けたものとなっています。

****英首相「EU脱退」に言及…国民投票には触れず****
キャメロン英首相は、欧州連合(EU)と英国の関係をめぐる演説を行うため18日に予定していたオランダ訪問を、アルジェリア人質事件対処のため延期し、首相府は同日、演説骨子を公表した。

この中で首相は、EUが〈1〉ユーロ圏債務危機〈2〉競争力の低下〈3〉英国民からの支持低下――の三つの課題に直面していると指摘。「これらを克服しなければ欧州統合事業は破綻し、英国民はEU脱退へと流れるだろう」と「脱退」に言及した。
独仏やEU機関の英国に対する不信感を助長する可能性がある。

英国では連立与党・保守党内で「EU残留か脱退か」を直接問う国民投票を約束するよう求める声が強まっているが、演説骨子は国民投票には言及しなかった。
党内の穏健派や連立相手の自民党出身閣僚、主要財界人は「国民投票を約束すれば市場は英国を不安視し、英経済を害する」と警告しており、首相は現段階で国民投票実施に関する判断の公表を見合わせた。

首相は「私は脱退を望まない。EUの成功と、英国がEUに残留しうる関係を求める」と述べ、「脱退は国益にかなわない」とする自らの立場を改めて強調している。【1月19日 読売】
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“英国がEUに残留しうる関係”とは、司法や行政、労働政策などこれまでEU側に譲渡していた権限を取り戻し、次のEU基本条約改正でイギリスの特別な地位を明記させる・・・といったことと思われます。

“しかし、EU側やドイツなどは「英国側の要求をのめば、それに続こうという国々が現れ、EU崩壊というパンドラの箱を開けることになりかねない」との危機感から、譲歩する姿勢は一切見せていない。”【1月13日 産経】
EU側の反応は当然でしょう。“特別な地位”にこだわる限り、イギリスがEUに残留する余地はないでしょう。

“英紙フィナンシャル・タイムズは10日付の社説で、1980年代、欧州単一市場や統合拡大を主導したサッチャー元首相のように「キャメロン首相もEUで主導的な立場をとるべきだ」と主張。経済界も脱退の経済的な打撃はかなり大きいとしており、首相は、難しいかじ取りを迫られている。”【同上】

統合深化を受け入れるか、孤高の道を選択するか
イギリスにとってEU離脱が経済的・政治的プラスになるとは考えにくいものがあります。
にもかかわらず根強く存在するEU脱退論はどこからくるのでしょうか?

ひとつは、「不戦の誓い」を出発点に欧州統合を主導してきたドイツやフランスのように、統合という基本理念にたいする共感が薄いことでしょう。理念への共感があれば、たとえ問題が多くても枠組みを壊すような対応にはなりません。

もひとつは、これまで大陸とは異なる独自の立場で政治的・経済的に成功をおさめてきた“過去の栄光”への執着でしょうか。
しかし、現実は大きく動いています。独自の立場は大陸が分断されているときに可能だったもので、大陸が統合に向かっているときに独自性に固執することは、孤立の結果にしかならないように思えます。

経済的に縮小を余儀なくされようが、政治的影響力を失おうが、独自の立場が守れればそれでいいという覚悟があるなら、それはひとつの見識です。現在のEU脱退論にそうした覚悟があるのでしょうか?
ただ、統合の理念自体に賛同できないのであれば、結局はそうした孤高の道を選択するしかないのかもしれません。

東アジア世界における日本の立場にも似たようなものを感じます。
かつて日本は東アジアで経済的成功を達成した唯一の国家でした。しかし、その後の中国や韓国の台頭は周知のところです。日本が、そうした現実の変化に対応しきれない“過去の栄光”への執着で進路を誤ることがなければ幸いです。

ユーロ圏・EUをリードする“ユーロ版鉄の女”】
EUはイギリスが反対している金融取引税の導入に向けて進んでいるようです。
****金融取引税の導入了承へ=独仏伊など先行―EU****
欧州連合(EU)は22日の財務相理事会で、一部の加盟国が株や債券の取引に課税する新税「金融取引税(FTT)」を先行導入することを了承する見通しとなった。EU議長国当局者が18日明らかにした。【1月19日 時事】 
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世界的な金融センター「シティー」を抱えるイギリスには、株式や債券などの取引にかける金融取引税の導入など自国に影響する政策がEU主導で進むことへの警戒があります。
EU財務相理事会でどのような議論がなされたのかは知りませんが、一部の加盟国での先行導入というのは、妥協が成立したということでしょうか、それとも見切り発車でしょうか。

ユーロ圏経済が困難に直面していること、そのユーロ圏・EUの議論の中心にいるのがドイツ・メルケル首相であることは周知のところです。
メルケル首相は、ギリシャ・スペイン・イタリアなど問題国に、国内的には不人気な痛みを伴う改革を迫っていますが、「困難な仕事は、それを断行する政治的意思があるうちにやるべきだ」との考えのようです。

“ユーロ版鉄の女”の面目躍如といった感がありますが、この強い姿勢のかいあって、ギリシャでは多くの改革法案が採択され、スペインでは労働市場の規制緩和が図られ、イタリアも年金改革に着手しています。
評判の低下したユーロ圏は、今後これらの改革で復活するのでは・・・との見方もあるようです。【1月22日号 Newsweek日本版より】
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アフリカで拡大するイスラム過激派勢力 アルカイダ「聖戦」を触媒に連携を強化 

2013-01-20 00:07:18 | 北アフリカ

(エジプトでフランスのマリ軍事介入に抗議する人々 マリ現地では仏軍介入を歓迎する声も強いと報じられていますが、一方で、、欧米勢力への反発、イスラム主義への共鳴といった、イスラム過激派拡大にもつながる土壌がイスラム世界に存在するのも事実です。 “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/8394599946/

【「アンキャッチャブル」(捕捉不能)】
アルジェリアの天然ガス施設で起きているイスラム過激派によるテロ事件、アルジェリア政府の人質救出よりはテロ制圧を優先した強硬姿勢については、前回ブログ「アルジェリア 「テロリストに対する徹底抗戦主義」で制圧作戦を強行 日本など関係国には不満も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130119)で取り上げたところですが、依然として日本人10名の安否が確認されておらず、犯行グループが人質としているとされる日本人を含む外国人7名の救出をめぐるアルジェリア軍の作戦が続行されています。

まお、“アルジェリアの民放アルシャルークは19日、施設内で拘束されていた外国人の人質7人が無事救出されたと伝えた”【1月19日 毎日】とも報じられていますが、情報が錯綜しており、定かなところはわかりません。

今回の事件の首謀者とみられているモフタル・ベルモフタル司令官(40)は、これまでも武装闘争の資金源として外国人狙いの人質事件を繰り返してきた人物で、アルジェリアで何度も死刑判決を受けたが行方が分からず、仏情報当局者の間では「アンキャッチャブル」(捕捉不能)と呼ばれていたとのことです。

ビンラディン容疑者の聖戦思想を奉じて改編された「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」の中心的人物でもありましたが、密輸ビジネスを巡る確執でAQIMを去り、イスラム法(シャリア)導入などを求めて独自の組織「覆面旅団」を創設。「覆面旅団」の構成員は200~300人で、その精鋭を集めて結成されたのが今回の人質事件を起こした「血盟団」と言われています。
ベルモフタル氏が今回の事件現場にいたのか、外部から指揮をしていたのかは分かっていません。【1月19日 朝日より】
また、犯行グループにはアルジェリア人のほか、エジプト人やチュニジア人、リビア人、マリ人、フランス人が参加。カナダ人やニジェール人がいるとの報道もあります。

【「聖戦」を唱えるアルカイダという「触媒」】
今回の事件を起こした「覆面旅団」、アルジェリアやマリで活動する「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」、更には西アフリカ・ナイジェリアで対キリスト教徒テロを繰り返す「ボコ・ハラム」、東アフリカ・ソマリアを無政府状態にしている「アルシャバブ」・・・イスラム過激派がアフリカで拡散しています。
そして、それらの勢力は「聖戦」を唱えるアルカイダという「触媒」によって結びつきを強めています。

****アルカイダ:アフリカ侵食 「聖戦思想」国境越え****
国際テロ組織アルカイダから分派した武装勢力が北アフリカ・アルジェリアで起こした日本人らの拘束事件では、フランス軍が隣国マリでイスラム過激派に行っている軍事行動の停止を求める犯行声明が出され、アフリカで広範囲に広がるアルカイダ・ネットワークの存在が浮き彫りとなった。アルカイダやイスラム過激派はどのようにアフリカで拡大しているのか。

現在のアフリカで過激派の流れを大別すると、▽北・西アフリカで活動するアルカイダの分派「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」とその連携組織▽西アフリカの大国ナイジェリアのボコ・ハラム▽東アフリカ・ソマリアで政府と交戦を続けるアルシャバブ−−の三つの大きな勢力がある。

3組織は地域的・民族的な隔たりがある。元々各地で発達したが、今や、やすやすと国境を越えるようになっているようだ。
米アフリカ軍(司令部・独シュツットガルト)のハム司令官は昨年6月、3組織が「協調的、連動的な動きをしようとしている」と述べ、強力深化の動きに強い懸念を表明。特にAQIMとボコ・ハラムの関係を「資金や(兵員の)訓練、弾薬などの面で両者の分かち合いが見て取れる」と指摘した。AQIMなどが制圧するマリ北部へのボコ・ハラム戦闘員の流入もたびたび報じられている。

91年以降のソマリアの長期内戦下で勃興したアルシャバブは、10年7月にウガンダの首都カンパラで爆破テロを起こした。流入してきたアラブ系の戦闘員らが多数参加している。
ボコ・ハラムは11年6月に、戦闘員がアルシャバブの下で訓練を受けたことを表明。アルシャバブは昨年2月にはアルカイダとの統合も宣言した。

10年2月、ソマリア暫定政府のアリ外相(当時)は毎日新聞の取材に「アルシャバブはアルカイダの基本方針を踏襲し、その世界的なネットワークで動いている」と述べ、アルシャバブがソマリア一国のみの体制変革ではなく、国境を超えた「聖戦」思想を持っていると示唆した。

AQIMは、元々は90年代のアルジェリア内戦で政府と戦ったイスラム原理主義者が源流だ。アルジェリア当局の取り締まりで弱体化したが、米ピッツバーグ州立大のスティーブン・ハーモン准教授の分析によると、米軍のイラク侵攻(03年)への反発から、「聖戦」を唱える組織内部の「国際派」が主導するようになり、マリに拡大、その後、AQIMを形成した。

アフリカ各地に芽生えた過激組織が、「聖戦」を唱えるアルカイダという「触媒」によって結びついて強化され、広がっていると考えられる。【1月19日 毎日】
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アルカイダ系テロ組織がアルジェリアやマリで勢力を伸ばした背景には、この地域の政治基盤の弱さ、貧富の差が拡大するなかで政府や旧宗主国への不満を抱く若者層が増大していること、リビア・カダフィ政権崩壊に伴う武器・戦闘員の流入などが指摘されています。

****アルカイダ勢力、アフリカに軸足 *****
アフガニスタンを拠点としていた国際テロ組織アルカイダは9・11事件後、米国のテロ掃討作戦により、壊滅的な打撃を受けた。逃れた先の中東でも厳しい摘発を受け、行き場となったのがマリやニジェールなど政治基盤が弱い北・西アフリカの国々だった。

この地域は石油や鉱物資源の開発が進む一方で、利益は旧宗主国系の特権階級に独占され、貧富の差が拡大。政府や旧宗主国への不満を抱く若者層が、テロ組織に身を投じる土壌ができていたといわれる。

飯塚正人・東京外語大教授(現代イスラム研究)は「破綻(はたん)しかかった国家の人々の目に武力は魅力的に映り、欧米の搾取に反対する姿勢も共感を呼んだ」と指摘する。
さらに、2011年のリビアのカダフィ独裁政権崩壊に伴い、大量の武器と戦闘員が周辺諸国に流れ込んだことも、武装勢力の伸長に弾みを付けた。

今回、傘下の「血盟団」が実行犯と認めた「覆面旅団」もこうした武装勢力の一つとみられる。アルカイダ系テロ組織との連携があるとされる、北アフリカ・サハラ地域を拠点に活動する「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」から分派した。身代金目的の外国人誘拐や、原油や武器、麻薬の密輸などが資金源といわれる。(後略)【1月18日 朝日】
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【「アラブの春」によるイスラム主義台頭も背景に
また、「アラブの春」によって各地にイスラム勢力が主導する政権が誕生したことも、過激派が活発に活動しやすい下地になっているとも指摘されています。

****過激派に染まる「アラブの春」 内戦兵器使い武装強化 民主化でイスラム台頭****
2年で激変
北アフリカのアルジェリアで起きたイスラム過激派武装勢力による外国人拘束事件は、この地域の情勢が混迷の度を深めている実態を浮き彫りにした。

独裁的な長期政権が相次いで倒れた「アラブの春」の発生からほぼ2年。域内各地の過激派はリビア内戦などで大量に出回った兵器で武装を強化している。また、「民主化」の結果、各地にイスラム勢力が主導する政権が誕生したことも、過激派が活発に活動しやすい下地になっている。

中東域内でのイスラム過激派の活動は、1980~90年代にいったんピークを迎えた。しかし、ムバラク政権下のエジプトなど多くの国で厳しい摘発が行われ、基盤は縮小した。2001年の米中枢同時テロを起こした国際テロ組織アルカーイダはなお健在とはいえ、2000年代以降、研究者の間では「過激派は全体的には退潮傾向にある」とみられてきた。

しかし、こうした状況は11年1月のチュニジア・ベンアリ政権崩壊に端を発する各地の政変で一変した。
内戦の末にカダフィ独裁政権が崩壊したリビアでは、活動を活発化させたアルカーイダ系組織が昨年9月、米領事館を襲撃するなどテロ事件が頻発。リビアでは内戦中、フランスなどが反カダフィ派への武器供与に踏み切ったこともあり、大量に出回った武器は回収が進まぬばかりかアルジェリアやマリ、エジプトなど周辺国の過激派組織への武器供給源と化した。

内戦が泥沼化するシリアでは、アルカーイダとの関係が取り沙汰される武装勢力が反体制派の一翼を担っている。アサド政権が倒れた場合、新政府内でこうした勢力をどう位置づけるべきか、深刻な矛盾に直面するのは間違いない。

「アラブの春」が起きて以来、各地で抑圧されていたイスラム勢力は選挙で躍進を果たした。エジプトやチュニジアでは、“穏健派”とされるイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団系の政権の誕生に結びついた。
これらの政権は表向き、過激なイスラム勢力とは一線を画す姿勢を示している。しかし、シャリーア(イスラム法)による統治というイデオロギーは共有しており、政権の支持基盤を維持する上でも、強硬な態度に出にくいのが実情だ。治安機関の取り締まりや国境の管理が緩み、国をまたいで過激派の連携が広がっているとも指摘される。

一方、エジプトでは最近、アルカーイダの指導者アイマン・ザワヒリ容疑者の実弟が頻繁にメディアに登場し、アルカーイダ思想の支持を表明するなど、過激派に対して寛容ともいえる風潮も生まれている。

アラブの春は当初、この地域に平和的な民主化をもたらすと期待され、多くの国では実際に「自由」な空気が生まれた。結果的にはそれが過激派が力を盛り返す温床となった側面もあり、今後も不安定な状態が続くことは間違いない。【1月18日 産経】
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アメリカ:安全保障上のジレンマに陥りかねない状況
アルカイダ関連勢力のアフリカでの広がりによって、イラク・アフガニスタンでアルカイダ壊滅を目指してきたアメリカ・オバマ政権は戦略の転換を迫られています。

アメリカはこれまでもサハラ砂漠周辺国でのイスラム過激派台頭への対応は行ってきてはいます。
“米国は同時多発テロ翌年の02年、サハラ砂漠周辺国でのイスラム過激派台頭の兆しに対し、マリ、チャド、ニジェール、モーリタニアの4カ国への軍事支援を強化する「汎(はん)サヘル構想」を開始。同構想は04年、「トランス・サハラ対テロ作戦構想」に発展解消し、アルジェリアも含む計10カ国に軍の訓練などを続けた。民生面では09年度に1億1125万ドルをマリに供与、トップドナーとなった。”【1月19日 毎日】

しかし、01年の米同時多発テロ以降、アメリカが続けてきた軍事・民生両分野のテロ対策の行き詰まりは明らかで、その一方で、これまで以上にアフリカに資源を投入することは財政的にも、厭戦気分を強める国内世論からも難しく、対応に苦慮しそうです。

****アルジェリア拘束事件 米、対テロ戦の拡大危惧 オバマ政権、新たな火種****
アルジェリアの外国人拘束事件で、国際テロ組織アルカーイダの壊滅を目指すオバマ米政権は、アフリカ北西部で新たな紛争の火種を抱え込むことになった。アフガニスタンやイエメンを追われたテロ組織は、政情が不安定なマリなどに拠点を構築。アフガンからアフリカへの“転戦”は避けたいが、テロリストの「聖域化」を放置もできず、安全保障上のジレンマに陥りかねない状況だ。

「マリやアルジェリアでの出来事は、より広範な戦略的課題があることを反映している」
クリントン国務長官は17日、アフリカ北西部に浸透したテロ組織が同様の事件を繰り返す可能性を強調。アルカーイダ系の武装勢力「イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ組織(AQMI)」を「粉砕する」ため、関係国との連携を強化すると語った。

昨年9月、リビアの米国領事館がテロ組織に襲撃され、駐リビア米大使ら4人が死亡。拘束事件もマリへの軍事介入に反発したAQMI関連組織の関与が指摘されており、アフリカ北西部での対テロ対策は「最優先事項の一つ」(クリントン長官)に浮上している。
パネッタ国防長官も18日、訪問先の英国で「テロリストに聖域はないことを思い知るべきだ」と述べ、追跡を強化すると警告した。

ただ、財政難の中でアフガンでの戦争を続ける米国に戦線拡大の選択肢はなく、マリでも仏軍を後押しするなど、友好国の協力に頼るしかないのが実情だ。ロイター通信によると、オバマ政権は17日、マリでイスラム過激派の掃討を続けるフランスの要請に応じ、仏軍部隊や軍用車両を空輸する限定支援を決めた。

一方、外国人拘束事件では、アルジェリア政府から米国に武装勢力の制圧作戦の事前連絡はなかった。米メディアによると、アルジェリア政府は米軍による支援の申し出を拒否。各国が要請した「人質の安全優先」も無視された形だ。
米当局は無人機や偵察衛星で上空からの情報収集に当たっているが、長期戦略上もアルジェリアの協力が不可欠で、連携態勢の構築を迫られている。【1月19日 産経】
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アルジェリア 「テロリストに対する徹底抗戦主義」で制圧作戦を強行 日本など関係国には不満も

2013-01-19 12:12:00 | 北アフリカ

(事件が起きたアルジェリアの天然ガス施設 【1月19日 Iran Japanese Radio】)

錯綜する情報 依然わからない実態
アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で日本人らがイスラム過激派武装勢力に拘束された事件ではアルジェリア軍の制圧作戦が続いていますが、未だ人質の人数・国籍も判然としないという特異な展開となっています。

・日本人については、7人の無事を確認、10人の安否が未だ不明(18日夜、プラント企業日揮発表)
・ロイター通信によれば、日本人2人、英国人2人、フランス人1人を含む人質30人が殺害されたとのこと
・国営アルジェリア通信は、外国人の人質を132人とし、このうち約100人が救出されたと伝えている
・フランス通信(AFP)などによれば、施設内にはなお犯行グループの約10人と人質約30人が残っているもよう
・隣国モーリタニアのANI通信は、犯行グループの話として、現在の人質はベルギー人3人と米国人2人、日本人と英国人各1人の計7人と報道
・施設のうちガス処理プラントに武装勢力側が立てこもっており、アルジェリア軍は居住棟を掌握したもよう
といった情報が昨日から今朝にかけて伝えられていますが、正確なところはわかりません。

****アルジェリア拘束 解放?拘束?いったい何人****
人質はいったい何人? 解放、またはまだ拘束されているのは-。アルジェリアでプラント建設大手「日揮」の日本人駐在員らが拘束された事件は、情報が錯綜し続け、被害者が約40人から約130人と、その実数さえ定かでないという混迷した状況にある。

日本時間の17日未明、「外国人41人」と最初に人質の全体像を伝えたのは犯行グループだった。拘束現場となった天然ガス関連施設を運営する英BPは人質の安全を理由に人数や国籍を一切公表しなかった。

アルジェリア軍の制圧作戦が始まった同日夜には、「日本人2人を含む25人が解放された」との情報が伝わり、日揮側が「事実なら喜ばしいが」と話すなど関係者に希望を与えた。だが、30分もしないうちに中東の衛星テレビ局アルジャジーラが「35人が殺害された」とそれを打ち消すような情報を伝えた。

18日には、同国治安筋の話として「日本人2人を含む30人死亡」と伝えられ、日揮側は現地スタッフのうち、日本人10人ら61人の安否が不明だと明らかにした。
さらには、当初想定の3倍超となる132人という人質の数が浮上。自国民を拘束されたとみられる多くの国が被害者数を把握し切れておらず、事件への対応をより困難にしている。【1月19日 産経】
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経済活動のグローバル化を反映したように、人質の国籍は地元アルジェリアのほか、日本、イギリス、フランス、アメリカ、ノルウェー、フィリピン、マレーシアなど、多国籍となっています。
一方、テロ活動の方もグローバル化しており、犯行グループには地元アルジェリア人のほか、エジプト人やチュニジア人、リビア人、マリ人、フランス人が参加。カナダ人やニジェール人がいるとロイターは報じています。

作戦は「救出」より「制圧」に重点 人質出身国からは不信感や疑問
日本政府は “人質の安全確保を最優先に”との意向をアルジェリア側に伝えていましたが、人質に関する基本的情報もあきらかにされていないなか、政府への事前の通告もなく、事件発生2日目には早くもアルジェリア軍が攻撃を開始、人質にも多くの犠牲者がでています。

もっとも、人質の安全確保の意向を無視され、制圧作戦開始の事後報告を受ける形になっているのは日本だけでなく、イギリス・アメリカなども同様で、関係国にはアルジェリア政府の性急な対応への不満が広がっています。

****アルジェリア拘束事件 「人質乗せた4台爆撃****
イスラム過激派武装勢力による外国人拘束事件で、アルジェリア軍は事件発生翌日の17日に制圧作戦に踏み切り、犠牲者が出たと報じられている。アルジェリアが単独で敢行した作戦は、適切な準備とタイミングの下で実施されたのか。日米英など人質の出身国からは不信感や疑問の声が相次いだ。

 ◆日米英が不信感
「彼ら(イスラム過激派武装勢力)は5台の小型四輪駆動車に人質を乗せて移動していた。そのとき、アルジェリア軍に行方を遮られた。軍は5台のうち4台を爆撃し、破壊した」
残る1台に乗っていて辛くも窮地を逃れたというアイルランド人の男性が、故郷の家族を通じてロイター通信に証言した。

上空からのヘリコプターによる爆撃に続いて、地上部隊が強行突入し戦闘は瞬く間に拡大。逃げ惑う人質で現場の天然ガス関連施設は極度の混乱に陥った。人質が過酷な状況に置かれた点からも、作戦は「救出」より「制圧」に重点を置いていたことがうかがえる。

アルジェリアは長期に及ぶイスラム過激派武装勢力との戦いを通じ、「テロリストとは交渉しない」との姿勢を取ってきた。しかし、AP通信によると、同国は米軍が申し出た救出チームの派遣を断った上、4時間以内に展開可能な態勢を取った米海兵隊などの力も借りず、独自の作戦行動に固執した。

 ◆安否確認を要求
多数の外国人を巻き込む深刻な事態にもかかわらず、なぜアルジェリアが単独で早期制圧に踏み切ったかの合理的な説明はない。拙速ともいえる作戦の開始については、対テロ戦で協調関係にある米英などにも告げられず、英国からは「事前に知らせてもらう方が望ましかった」(キャメロン首相の報道官)といった厳しい反応が出た。

日本も18日、米英仏などと共同でアルジェリア政府に対し、現地情報の速やかな提供や人質の早急な安否確認を求めた。

事件の舞台となった天然ガス施設は、首都アルジェから1千キロ以上離れたリビア国境近くで、軍が警備に当たる重要拠点だった。
制圧作戦開始から24時間以上が過ぎた日本時間19日未明、国営アルジェリア通信は外国人の人質132人のうち約100人が解放されたと報じた。とはいえ、予断を許さない事態が続いていることに変わりない。

ただ、アルジェリアのサイード通信相はこれに先立ち、「武装勢力が人質と周辺国に去ると主張したとき、襲撃命令が特殊部隊に下された」と述べ、作戦の正当性を強調していた。
軍が施設を包囲するなど支配的に戦闘を進めていた段階で、人質が乗った車列を無差別に爆撃する必然性があったのだろうか。謎はなお残る。【1月19日 産経】
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上記記事にもあるように、日本政府は関係国と連携をとりながら、アルジェリア政府に迅速な情報提供を求めています。

****人質の安否、情報提供を共同要請…日米英仏など****
日本政府がアルジェリアに派遣中の城内実外務政務官は現地時間の18日午前(日本時間18日夜)、米英仏、欧州連合(EU)など7か国・1機関の大使らとともに、アルジェリアのメデルチ外相と首都アルジェで約1時間会談し、人質の安否などに関する迅速な情報提供と緊密な連携を要請した。
外務省によると、城内氏は会談で、「人質の安否や、現在も拘束されている外国人の情報を早急に共有願いたい」と求めた。

18日の共同要請は、日本単独で繰り返し要請しても安否情報が提供されないことから、日本が関係国などに呼びかけて行った。ただ、メデルチ外相は、「各国からの要請を受けて、引き続き情報提供に努めていきたい」と述べただけで、具体的な安否情報は明らかにしなかった。【1月19日 読売】
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テロの再発を抑え、唯一の産業ともいえる天然資源プラントを再び襲撃されないよう、完膚無きまでにたたきのめす必要
おそらく、アルジェリア政府も答えることが出来る情報を持ち合わせていないというのが実態ではないでしょうか。
そんな状況でなぜ制圧作戦を急いだのか?
背景には、長年イスラム過激派によるテロとの戦いを経験してきたアルジェリアの「テロリストに対する徹底抗戦主義」があると指摘されています。

****アルジェリア拘束:「テロに抗戦」徹底…救出強行****
北アフリカ・アルジェリアの天然ガス関連施設でのイスラム武装勢力による人質事件。
アルジェリア政府が関係各国にも知らせず発生翌日に「人命軽視」とも見える軍事制圧に踏み切った背景には、「テロとの戦い」で長期間混乱した同国の国情がある。

国際テロ組織アルカイダ系の団体は、今回の事件も含め北アフリカ地域で外国人の誘拐や政府施設攻撃などを繰り返し、米欧も抑え込みに躍起だが成果は出ていない。「人命優先」を呼びかけた日本政府は、人質に関する情報収集すらままならない状況だ。

 ◇背景に混乱の歴史…「被害国」との温度差露呈
「テロとの戦いには(テロリストとの)交渉も、中断もない。昨日も今日も明日も変わらない」。アルジェリアのサイード情報相は17日夜、国営テレビで、人質に多くの死傷者を出した軍事作戦を正当化した。人命尊重には最大限に配慮したとしながらも、「テロリストに対する徹底抗戦主義」から、強硬策を取らざるを得なかったと説明した。

正確な情報を収集するため、武装集団に揺さぶりをかけるなどして時間かせぎをすることなく、なぜ性急な軍事作戦に訴えたのか。仏紙フィガロは「アルジェリア軍は、イスラム主義者との問題を解決するために武力を優先してきた」との分析記事を掲載した。
1995年2月、イスラム過激派は収監中のアルジェの刑務所で暴動を起こした。アルジェリア軍は包囲し、過激派は「生命の安全確保」を求めたが、軍は強行突入。過激派81人を含む96人の収監者が死亡した。

テロ問題に詳しい仏戦略研究所のジャン・リュック・マレ氏は仏メディアに「武力行使を優先した今回の人質事件は、アルジェリアに(フランスのようなさまざまな危機に柔軟対応する)対テロ部隊がないことが明らかになった」と指摘。
元仏軍特殊部隊隊員のフレデリック・ガロワ氏は仏誌ヌーベル・オプセルバトゥールで、「アルジェリア軍の戦術、戦略は強硬策が基本で、犯行グループを(早期に)制圧し、テロリストにメッセージを送る必要があった。たとえ人質が全員死亡したとしても重大な関心事ではなかった」と分析した。

作戦を巡っては、事件の舞台となったアルジェリアと、人質を取られた関係国の間の温度差も表面化した。事件への対処にあたり「人権、民主主義を優先する国と、容赦ない対応を取る国がある」(仏メディア)ためだ。関係国は作戦支援を申し出たとされるが、アルジェリアの主権に配慮せざるを得ない事情もあった。【1月19日 毎日】
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こうした「テロリストに対する徹底抗戦主義」を基本とするアルジェリア政府は、犯行組織の隣国マリから侵入を許した可能性や、旧宗主国フランスにマリでの作戦のための領空通過を容認したことへの国内の不満が強いなかで、テロ組織がその点を犯行動機としていることなどが、政府の権威失墜にもなるとの危惧があり、そのことで早急な制圧に出た・・・とも。

****アルジェリア拘束:政府、権威失墜恐れ強行策****
アルジェリアの天然ガス関連施設でイスラム武装勢力が日本人を含む人質を拘束した事件で、アルジェリア軍は17日、ヘリコプターによる空爆など人質の犠牲を顧みない強行策に踏み切った。背景には、政府や軍が隣国マリから侵入した可能性のあるイスラム過激派勢力による事件で面目を失い、国内で権威が失墜するのを恐れたことがあるとみられる。また旧宗主国フランスへの複雑な心理も影響したとみられる。

伏線は、仏軍が11日に隣国マリへ軍事介入したことを受け、アルジェリア政府が13日、仏軍の領空通過を認めたことにある。オランド仏大統領は昨年12月にアルジェリアを訪問し、マリ情勢について事前に協議しており、領空通過容認はその結果とみられる。だが、アルジェリア紙「リベルテ」が「政府が神聖不可侵の領土主権の侵害を許すとは誰も予想できなかった」と批判するなど、旧宗主国フランスに対する反感が混じった複雑な国民感情を刺激した。

さらに、アルジェリア政府は14日にマリとの国境封鎖を宣言したが、イスラム過激派の武装勢力が天然ガス関連施設を襲撃した。武装勢力はアルジェリア政府によるフランスへの領空通過許可を批判する犯行声明を出して挑発した。アルジェリア内務省は「武装勢力はマリからでもリビアからでもない」と説明しているが、武装勢力は「マリ側から侵入した」とメディアを通して宣言した。仮にマリ側からの侵入だったとすれば、政府や軍は二重、三重に恥をかかされたことになる。

90年代のアルジェリア政府とイスラム原理主義勢力の内戦は、約15万人の犠牲者を出した末に和解した。だが国境を超えた「聖戦」を唱える一部の原理主義者は、追われる形で隣国マリに流入、その後、国際テロ組織アルカイダの分派「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」として集結した経緯がある。

これらのイスラム過激派がマリから大量に流入するなどして、アルジェリア国内で再び大規模なテロ活動を展開する事態になれば、アルジェリア当局にとっては「悪夢」だ。
今回の人質事件発生後、アルジェリアの日刊紙「オラン」は「マリ国境付近での政府の安全宣言に対し、テロリストが大罪を達成」と報道。「エルワタン」紙は「南部での治安の悪化を軽視した政府の無責任」と指摘するなど、政府への批判が高まっていた。【1月18日 毎日】
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また、「テロの再発を抑え、同国唯一の産業ともいえる天然資源プラントを再び襲撃されないよう、完膚無きまでにたたきのめす必要があったのだろう」と、既得権益層でもある軍部の意向が重視されたとの見方もあります。

*****アルジェリア拘束事件 武力行使「国益優先か*****
日本人らを人質に天然ガス関連施設に立てこもった武装勢力の一部を制圧したアルジェリア軍は、豊かな天然資源を背景に得た最新装備に身を固めた“精鋭ぞろい”とされる。軍上層部は政治、経済界にも強い発言力を持つとされ、専門家は「国益を守るため、国際世論が高まる前に攻撃に出たのでは」と分析する。

元海将補で軍事技術コンサルタントの田口勉氏によると、同国軍はロシアなどから装甲車や戦闘用ヘリなどの近代装備を導入。訓練を受けた兵士の戦闘力は高く、「テロリストに弱みを見せないという非情なまでの決意をもって作戦に挑んだはずだ」と分析する。

上智大の私市(きさいち)正年教授によると、アルジェリア軍幹部はフランスの植民地時代、仏軍の兵士として訓練を受けた経験があり、1962年の独立戦争では国民解放軍を率い、勝利を収めた“英雄”でもある。
「国民の支持は厚く、将校クラスは政権の中枢にも入り込む。退役軍人の発言が政策決定に与える影響も大きく、経済界も牛耳っている」
一方、腐敗も指摘され、「大豪邸をいくつも持つ将校もいるが、治安維持のため国民は容認している状態」という。

早期の武力行使は軍の意向が反映された可能性が高く、中東調査会の高岡豊研究員は「テロの再発を抑え、同国唯一の産業ともいえる天然資源プラントを再び襲撃されないよう、完膚無きまでにたたきのめす必要があったのだろう」と指摘している。【1月19日 産経】
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アルゼンチン・イギリス  フォークランド問題に見る戦争へ至る道筋

2013-01-17 23:21:13 | ラテンアメリカ

(1982年フォークランド紛争時のイギリス軍派遣 【ウィキペディア】)

国内政治の問題から目をそらすために、主権問題を利用
30年ほど前の1982年に、南米アルゼンチンとイギリスとの間でフォークランド紛争と呼ばれる戦争がありました。
領有権を巡る戦いが行われたフォークランド諸島はアルゼンチン南部の沖合480kmほどの南大西洋に位置していますが、イギリス領となっています。
普段、日本を中心した地図を見慣れていると、左上のイギリスと右下のアルゼンチンということでピンときませんが、大西洋を挟んだ位置関係にあります。
それでも、アルゼンチン側からすれば自国のすぐ近く、イギリスからすると、大西洋のはるかかなたの島ということになります。

当時のアルゼンチンは軍事政権下で、古今東西の戦争の多くがそうであるように、国内の不満を外に向けさせるために領土問題を煽り、それに呼応して高まるナショナリズムの歯止めが効かなくなり・・・と言う形で、アルゼンチン側が仕掛ける形で始まりました。
まさか遠くはなれたイギリスが軍を派遣して本格的戦争になるとは思っていなかったのかも。こうした“読み違い”も紛争拡大の定番コースです。

紛争は遠路はるばる軍を派遣したイギリス側が勝利(約2ヶ月半の戦闘で、アルゼンチン軍は649人、英軍は255人が戦死)しましたが、アルゼンチンのフェルナンデス政権は、インフレ・景気低迷などの国内問題から対外問題に国民の目をそらしたい不人気政権にありがちな思惑からか、再びフォークランドの領有権を強く主張しており、イギリスの対立が再燃しています。
なお、近年、近海でイギリス企業による油田の開発も行われています。

****困難に直面した政治が利用する*****
アルゼンチンの主要紙の一つ、クラリン紙の外交問題コラムニスト、ホルヘ・カストロ氏は「現政権は、国内政治の問題から目をそらすために、マルビナスの主権問題を利用している」と指摘する。

アルゼンチンではインフレが止まらず、ドルの送金や換金の大幅な規制で経済は混乱している。国債は「財政破綻(はたん)の可能性がある」と格付けされた。治安も悪化し、国民の政府への不満は高まる一方だ。
フェルナンデス政権は「貧困支援」を名目にしたポピュリズムの手法で国民の支持を集めてきた面がある。だが、経済の行き詰まりは明らかで、「ばらまき」は限界に達している。すでに労組などの支持団体からも見放された。

これまでもアルゼンチンでは政権運営が難しくなると、大統領が「マルビナスの主権回復」を訴えることが続いてきた。フォークランドに侵攻した軍事独裁政権は、その典型だ。

カストロ氏は「マルビナスは歴史的にも、地理的にもアルゼンチン領であることは疑いがない」とした上で、「マルビナスは高所得層から低所得層まで、右派から左派まで、社会的、経済的、政治的に分断された国民が一つになれるテーマだ。だからこそ、困難に直面した政治が利用する」と語った。【1月17日 朝日】
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フェルナンデス大統領の公開書簡、キャメロン首相は必要ならば軍事力で対応する姿勢
30年前の紛争の経緯、フォークランドを巡る対立の再燃については、2012年4月3日ブログ「フォークランド紛争から30年 イギリス批判を強めるアルゼンチン・フェルナンデス大統領」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120403)でも取り上げたところですが、今年年頭にフェルナンデス大統領がフォークランド返還を求めるイギリス・キャメロン首相あての公開書簡を英紙に掲載したことで問題が拡大しています。

****英は植民地主義やめよ」=フォークランド問題で―アルゼンチン****
アルゼンチンのフェルナンデス大統領は3日付英紙ガーディアンに掲載されたキャメロン首相宛ての公開書簡で、両国が領有権を争う英領フォークランド(アルゼンチン名マルビナス)諸島をめぐる英国の「植民地主義」を批判、フォークランド返還を改めて訴えた。

書簡は「180年前の1月3日、19世紀の植民地主義の露骨な行使により、アルゼンチンはマルビナスを力ずくで奪われた。以来、植民地保有国である英国は領土返還を拒んでいる」と指摘。その上で、両国に交渉による解決を促す1965年の国連総会決議に従うよう英政府に求めた。

これに対し、キャメロン首相のスポークスマンは「(首相は)島民の利益を守るためあらゆることをする(用意がある)」と述べ、返還要求を一蹴。フォークランドをめぐっては、3月に帰属をめぐる初の住民投票が実施される予定。【1月3日 時事】 
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島の住民の大部分はイギリス領にとどまることを望んでおり、3月の住民投票でもそうした結果が出る予定です。
イギリスとしては住民の意思という錦の御旗を掲げ、近海の油田確保のためにも、一歩も引かない構えです。

****フォークランド諸島:英国とアルゼンチンの対立が再燃****
・・・・一方、英国のキャメロン首相は「島民は自らの意思で(英国に所属することを)選択してきた」と反論し、帰属は島民が決めるべきだと主張する。英BBCテレビの取材に対しては「英国は世界5位の軍事予算を誇る」と話し、フォークランド諸島の領有権が脅かされた場合、必要ならば軍事力で対応する姿勢を示唆した。

英国の大衆紙サンも「数百万の読者を代表して言う。(島に)手を出すな」と強い表現でフェルナンデス大統領に警告。「フォークランド諸島はアルゼンチンが建国される以前から英国のもので、アルゼンチンが所有したことは一度もない」と主張、大統領の歴史認識を批判した。

アルゼンチン国民の一部は、サン紙の主張が掲載された英字紙や英国旗を燃やして怒りを示した。一方で、「国内問題から国民の目をそらすために領土問題を利用している」と英国側の大統領批判に理解を示す声もある。

両国は90年に国交を回復している。しかし、2010年に英企業がフォークランド諸島沖で油田開発を始めたことでアルゼンチン政府が態度を硬化させ、「島を取り返すため政治、文化、外交などあらゆる手法で戦う」と宣言した。

地元議会は紛争から30年の12年6月、帰属を問う住民投票の実施を決定。住民の大部分は英国系で、改めて英国への帰属を制度化する狙いがあるとみられる。【1月13日 毎日】
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アルゼンチンに戦争を仕掛ける軍事力なし
現実問題としては、アルゼンチン側に再び戦争をしかける力はなく、対立が再び戦争に発展する危険は小さいと思われます。
イギリスも財政難から海軍力の縮小していますが、それ以上にアルゼンチン側の軍事力は低下しています。
先のフォークランド紛争後、軍事政権が倒れ軍部の権限は縮小、また、デフォルトに発展した経済危機によりアルゼンチンではインフラ更新が遅れていますが、軍備の面でも時代遅れ・老朽化の状況にあり、とても戦争を行うような状況にはありません。
、“開戦前には三軍で15万5000人程だったアルゼンチン軍は2000年には三軍で7万1000人程になっている”【ウィキペディア】とのことで、空母も揚陸艦もなく、戦闘機は質・量ともに貧弱という状況です。

政府内で島をアルゼンチンに譲る案が検討されていた
フォークランドは現在、漁業権収入と油田開発で経済的には好調で、島の住民が敢えて経済的にも問題のあるアルゼンチンを選択する余地はないようです。

****豊かな島、転機は紛争 ****
島民約3千人のうち、8割がスタンレーに住んでいる。のどかな田舎町では宅地開発が進み、新築の家が並ぶ。好景気なのだ。

南米チリと島を結ぶ週1本の定期航空便は、島からクルーズ船に乗り継ぐツアー客で常に満席。南極圏の島々まで、ペンギンやアザラシの見学に行くツアーが人気という。だがアルゼンチンからの直行便はない。
クルーズ船は11月から2月までの4カ月間、ほぼ毎日入港する。500人以上が乗下船する日もある。富裕層をターゲットにした観光は、島の経済の柱の一つに成長しつつある。年5万人の観光客を見込む。

観光名所の一つがスタンレーの港近くにある「フォークランド諸島会社」だ。かつて島の羊毛産業を独占し、植民地経営を担った。1970年代まで、島の土地の大半を所有。当時の島民の収入は少なく、若者は仕事を求めて島を出た。
「英国は1万4千キロ離れた孤島に冷たかった」と、当時を知る人は口をそろえる。生活物資から医療まで、島の生活は70年代までアルゼンチン頼みだった。

英国外務省から派遣されているナイジェル・ヘイウッド総督は「あくまでも一つの案にすぎなかったが」と断った上で、政府内で島をアルゼンチンに譲る案が検討されていたと明かす。
「放置された島」の象徴が、漁業だった。当時、島の周囲に漁業権は設けられておらず、旧ソ連やポーランドの漁船による乱獲が問題になった。だが、英国政府は植民地フォークランドのためには動かなかった。

「英国にとって、優先順位の低い島でした。紛争ですべて変わりました」。自治政府のジョン・バートン天然資源局長は言う。
紛争終結後、英国が漁業交渉をとりまとめ、86年に漁業協定が発効した。島には漁業権収入が生まれた。それまで約500万ポンド(約7億1千万円)で推移していた自治政府の歳入は、8倍の約4千万ポンド(約56億8千万円)に跳ね上がった。

漁業権に次いで、収入の柱になると期待されるのが、埋蔵量が80億バレルを超えるとも推定される海底油田の採掘権。すでに5社が試掘を始めた。漁業権と採掘権による収入増で、自治政府の歳入は約6千万ポンド(86億3千万円)にのぼる。
「経済危機のアルゼンチンは、好景気のこの島が欲しい。どうして俺たちが、不景気の国の一部にならなきゃいけないんだ」。タクシー運転手はつぶやいた。 【1月17日 朝日】
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興味深いのは、かつて“(イギリス)政府内で島をアルゼンチンに譲る案が検討されていた”ということです。
ナショナリズムから離れて考えると、南大西洋の遠く離れた島に固執する理由もありません。
漁業・油田開発といった資源の面についても、あくまでも経済問題としてとらえるなら、経済的レベルでの対応も可能です。

ただ、いったんナショナリズムの問題となり、“我が国固有の領土”という話になると、互いに一歩も譲れない問題となり、戦争も辞さないという話になってしまいます。
30年前のフォークランド紛争当時のイギリス・サッチャー首相は“「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」(領土とは国家そのものであり、その国家なくしては国民の生命・財産の存在する根拠が失われるという意)と述べた”【ウィキペディア】とのことです。

確かに、侵略を受けた時点においては“領土を守らなければならない”ということになりますが、それ以前の段階で、互いにナショナリズムを抑制して冷静に話し合い、紛争を回避する勇気と賢明さがあってしかるべきとも思われます。

【「そんなばかげたことをするはずがない」】
“鉄の女”サッチャー首相は、フォークランド紛争開戦に反対する閣僚たちにむかって「この内閣に男は(私)一人しかいないのですか?」と言い放ったことで有名ですが、そのサッチャー首相も、まさかアルゼンチンが本当にフォークランドに侵攻するとは直前まで思っていなかったようです。

****フォークランド侵攻 鉄の女も予想外 2日前は「ばかばかしい****
「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー氏(87)が英首相当時の1982年4月に起きたアルゼンチン軍による英領フォークランド(スペイン語名マルビナス)諸島侵攻を上陸の2日前まで「全く予期していなかった」ことが英公文書で明らかになった。
                   ◇
文書は、英国がフォークランド紛争で勝利した後の同年10月に開かれた非公開委員会での証言を記録したもの。非公開期間の30年がたち28日に公開された。それによると、サッチャー氏は国防当局者らからアルゼンチン軍の動向について報告を受けていたが、上陸2日前までは「計画するだけでもばかばかしく、そんなばかげたことをするはずがない」と思い込んでいた。

しかし、3月31日、侵攻が迫っているとの「機密情報」を聞き「その夜、誰もフォークランド諸島を奪還できるか否か、明言できなかった。私たちは誰も知らなかったのだ。人生で最悪の日だった」と語った。

ただ、紛争が始まるとサッチャー氏は、フランスがエグゾセ・ミサイルをペルーに輸出する計画があることを察知し、ペルーからアルゼンチン軍に武器が渡るのを阻止するため、ミッテラン仏大統領(当時)に「悲劇的な効果をもたらす」と伝えやめさせた。また、レーガン米大統領(同)がアルゼンチンのメンツを立てるため、諸島を国際的な平和維持部隊に引き渡すのを認めるよう求めたが、サッチャー氏が拒否したことも判明した。【12年12月30日 産経】
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イギリスはアルゼンチンが本当に侵攻するとは考えず、アルゼンチンはイギリスが奪還に軍を派遣するとは考えなかった・・・読み違いの結果に起きた紛争でした。
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パキスタン  司法による首相逮捕命令と軍の関与も噂されるイスラム聖職者の反政府行動

2013-01-16 22:50:04 | アフガン・パキスタン

(1月14日 イスラム教聖職者のタヒル・カドリ氏が呼び掛けた反政府デモ “flickr”より By Shumaila Andleeb http://www.flickr.com/photos/36900183@N03/8381343984/

続く裁判所主導による政治混乱
国内ではイスラム過激派のテロが相次ぎ、対外的には宿敵インドとのカシミールでの紛争が再燃しているパキスタンでは、ムシャラフ前大統領及びザルダリ現大統領の正当性に関する政権側とチョードリー最高裁長官・司法との確執、アメリカと協力関係にありながらも軍・情報機関がアフガニスタンのイスラム過激派を支援していると言われることなど、政権・軍・司法の三つ巴で混沌とした状況が続いていますが、ここにきて二つの動きが新たに出てきています。

ひとつは、ギラニ前首相を「法廷侮辱罪」で失職に追いやった最高裁が、今度はアシュラフ首相の逮捕を命じたとのことです。もし実行されれば、内憂外患を抱えたださえ不人気なザルダリ政権は大きく揺らぐことになります。
もっとも、揺らぐことには“慣れている”したたかさもあるザルダリ大統領ではありますが。

****パキスタン:最高裁が首相逮捕命じる 汚職関与の疑い****
パキスタン最高裁は15日、過去に汚職に関与していた疑いが強まったとして、アシュラフ首相の逮捕を命じた。ギラニ前首相も最高裁から「法廷侮辱罪」で有罪を言い渡され、昨年6月に辞任に追い込まれている。アシュラフ首相も逮捕されれば現職にとどまるのは困難な情勢で、裁判所主導による政治混乱が続きそうだ。

現地からの報道によると、アシュラフ首相は、水利・電力相を務めていた10年ごろ、トルコなどの外国の電力会社に発電所を運営させた見返りにわいろを受け取った疑いがもたれている。アシュラフ氏ら政府高官の責任追及を求める元公務員や政治家ら数人が最高裁に告訴していた。今回、最高裁は、アシュラフ首相を含め計16人の逮捕を命じた。

ザルダリ大統領は、今年の総選挙(期日未定)まで、与党・人民党政権の維持を図ろうとしてきたが、選挙前にアシュラフ政権が崩壊する可能性も出てきた。【1月15日 毎日】
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“最高裁は2012年、ザルダリ大統領の過去の汚職疑惑への訴追作業を怠っているとして、大統領の右腕であるギラニ首相を法廷侮辱罪で有罪とし、6月に強制失職させた。後任のアシュラフ首相にも同様の措置を取る構えを見せたが、11月に首相が訴追手続きの開始に応じたため中断し、司法と政権の対立は収まったかに見えた”【1月15日 時事】とのことでしたが、対立が再び表面化した形です。

ザルダリ大統領自身がかつては、10%のリベートを要求するということで“ミスター10%”とも呼ばれていた人物ですから、政権の汚職体質は容易に想像できます。

失職したギラニ前首相の後任選びの際も、第1候補だったシャハブディーン繊維相は、国内製薬会社が覚せい剤原料のエフェドリンを不正に輸入した事件に関与した疑惑から軍傘下の組織であるANF(麻薬取締局)から調査を受けており、ANFが独自に持つ裁判所より逮捕状が出たことで首相候補から外れた経緯があります。この件は、軍部によるザルダリ政権揺さぶりとも見られています。

第2候補で、結局首相に就任したアシュラフ元水利・電力相も、レンタル発電機をめぐってリベートを受け取ったとされるほか、不正な資金でロンドンの土地を購入した疑いがもたれるなど、就任当初から汚職疑惑が知られていた人物です。
政権中枢にいる政治家は皆、多かれ少なかれそうした汚職への関与があるのでは・・・とも推察されます。

ただ、一応国民から政治を委ねられている首相・大統領が、司法の判断で次から次に窮地に追い込まれる事態というのも政治の不安定化を招きます。見方によっては“司法クーデター”ともなります。

【「国内の苦しみの原因は腐敗した政府にある」】
チョードリー最高裁長官による首相逮捕命令に先立ち、著名なイスラム聖職者による大規模な反政府行動も起きています。
その主張は、軍部が関与する形で総選挙に向けた暫定政権をつくろうというもので、背後に軍部の意向があるのでは・・・との憶測もあるようです。

****パキスタン首都で反政府集会、著名イスラム聖職者が呼び掛け****
パキスタンの首都イスラマバードで15日、同国で強い影響力を持つイスラム教聖職者が、5月中旬の総選挙に向けた暫定政権の即時発足を求める抗議行動を呼び掛け、2万人以上が集結した。

イスラム教聖職者のタヒル・カドリ氏は、多くのデモ参加者を率いて東部ラホールから首都イスラマバードまで約38時間をかけて行進し、議会議事堂そばで推計2万5000人以上のデモ参加者を前に演説した。演説の中で同氏は、国内の苦しみの原因は腐敗した政府にあると述べた。

カドリ氏は世界各地で教育機関や宗教機関を運営する聖職者。市民権を持つカナダに長期滞在していたが、先月パキスタンに帰国した。防弾ガラスでできた箱の中から演説したカドリ氏は、野営をもう1日続けようとデモ参加者に呼び掛けた。

ある情報機関高官はAFPに対し、集会には2万5000人が参加したと語った。これは2008年の総選挙でパキスタン人民党(PPP)が政権を獲得して以降、最大の政治デモになる。
演説に先立ち、デモ隊と警官隊とが衝突している。病院関係者によると警察官8人が負傷した。

パキスタンの議会は3月中旬に解散し、5月中旬に総選挙を実施する予定となっている。だが、カドリ氏は軍と司法関係者と協議の上でただちに暫定政権を発足させ、改革を実施して5月の総選挙で「正直な人々」が選ばれる機会を作るよう呼び掛けている。

一方でカドリ氏に対しては、政治的な混乱を起こして選挙を遅らせようとする軍部ら支配層による策略だとの批判も上がっている。【1月15日 AFP】
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【「軍と最高裁が結託して政府を転覆させようとしている」】
司法による首相逮捕命令と軍の関与も噂される反政府行動・・・この二つが同時に起きたことで、その関連を指摘する向きもあります。もちろん真相はわかりません。

****パキスタン 汚職容疑、首相に逮捕命令 「革命」訴え数万人デモ****
・・・・カドリ氏は、イスラム武装勢力の取り締まりや電力不足に対する政府の無策を非難しており、国民の中には同氏を支持する声もある。

その一方で、軍の関与を主張していることへの反発も多い。カドリ氏が混乱に乗じた軍の干渉を誘発しようとしているとか、デモの背後に軍がいると疑う見方もある。首相逮捕命令がデモと同時に出されたことから、首相側近はロイター通信に「軍と最高裁が結託して政府を転覆させようとしている」と反発した。

ただし、カドリ氏と軍は両者の関係を否定。フランス通信(AFP)によれば、チョードリー長官も別の審理でカドリ氏が求める選挙管理委員会の解散と選挙の延期については、認めないとの見解を示した。
逮捕命令は政治への干渉が度を超しているとの批判を受けている長官が、デモの盛り上がりを利用したのではないかとの見方もある。【1月16日 産経】
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軍部 宿敵インドに代えテロ勢力を「最大の脅威」へ?】
相も変わらぬと言うべきか、いつにも増してと言うべきか、パキスタン政局の混乱ぶりですが、1月11日ブログ「インド・パキスタン カシミールで報復の応酬」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130111)で取り上げたカシミールでのインドとの衝突も収まっていません。

“インドのマンモハン・シン首相は今週、もはや平時で対応ではすまないと態度を硬化させた。昨日、「軍隊の日」の式典で報道陣と会談したシンは、交戦でインド兵士2人が命を落としたことについて「責任者にはしかるべき責任を取らせる。パキスタンは覚悟すべきだ」と語った。とりわけインド兵の1人が頭部を切断されたと報じられたことについて「野蛮な行為で、容認できない」とパキスタンを非難した。・・・・今週は両国代表による会談が国境地帯で行われたが、インド側の謝罪要求をパキスタン側が拒否。進展はほとんどなかった。パキスタン側が国境侵犯を継続するなら「好きな時に報復に出る権利がある」と、インドは警告している。”【1月16日 Newsweek】と、インド側は政権・世論とも激高しています。

普段ならパキスタン側もインド側以上にテンションが上がる問題ですが、今回は様相が異なるようです。
10日には相次いで起きた爆弾テロで死者が計120人に達するという、過去数年で最大規模の犠牲を出しています。
こうしたイスラム過激派によるテロの頻発に加え、司法による首相逮捕命令、軍の関与も噂される反政府行動・・・と、“それどころではない”状況で、国民・メディアのカシミールでの衝突への関心はそんなに大きくなっていないようです。

パキスタン軍部も、インドよりテロを重視する姿勢に転換するとも報じられています。
“地元メディアは今月初め、外交安保政策に絶大な影響力を持つ軍が、国防戦略の基本方針(ドクトリン)を改定し、近く公表すると報じた。仮想敵国インドに代わり、国内でテロ攻撃を繰り返す反政府武装勢力を「最大の脅威」と位置づけるという。”【1月16日 朝日】
外部から見れば当然の選択に思えますが、長くインドと対立してきたパキスタンとしては画期的な転換です。

国内の関心がいまひとつ大きくならないということで、国民感情が扇動されて衝突がエスカレートする危険は現段階では小さそうです。今のうちに事態の鎮静化が図られればいいのですが。国民の関心が高まるにつれ妥協が難しくなります。

しかし、今日16日も新たな死者がパキスタン側に出ています。パキスタン兵の死者は3人目で、これまでにインド兵も2人が死亡しています。
更にエスカレートすれば、「敵はやはりインドだ」ということにもなりかねません。

追記
****パキスタン:政権崩壊へ軍主導か 汚職疑惑で首相逮捕命令****
パキスタン最高裁がアシュラフ首相の汚職疑惑が強まったとして15日に首相らの逮捕を命じたことで、内政が一挙に流動化する恐れがでてきた。首都イスラマバードでは、「腐敗した現政権の打倒」を訴える住民デモが14日から続き、その規模は16日現在で最大8万人にまで拡大。一部が警官隊と衝突した。一連の動きについて、「ザルダリ大統領が率いる与党・人民党政権を崩壊させるため、軍が背後で動いている」との観測も出ている。

アシュラフ首相の前任のギラニ前首相は、米軍特殊部隊による国際テロ組織アルカイダのビンラディン容疑者殺害作戦(11年5月)を巡り、軍と激しく対立。11年秋にはザルダリ大統領が軍事クーデターを阻止するため米軍に協力を依頼するメモを作成したとの疑惑が表面化し、軍トップのキヤニ陸軍参謀長が徹底調査を求めるなど、さらに関係が悪化した。その後、ギラニ氏は最高裁に法廷侮辱罪で有罪を言い渡され、昨年6月に辞任に追い込まれた経緯がある。

反政府デモの参加者は14日以降、首都中心部の議会近くの幹線道路を約1キロにわたり占拠している。今回、デモの広がりと時を同じくして突然の首相逮捕命令が出されたことについて、アシュラフ首相の側近、チョードリー氏はロイター通信に対し、「軍が黒幕だ」と指摘した。

「軍主導」の臆測の裏付けとして挙げられているのが、デモを率いるイスラム教指導者のタヒル・カドリ氏の存在だ。カドリ氏は、99年のムシャラフ陸軍参謀長(当時、後に大統領)による軍事クーデターを支持し、02年の総選挙で下院議員に当選した。06年にカナダに渡り、欧米などに住むパキスタン人の間で影響力を保持してきたが、昨年末に突然、パキスタンに帰国。激しい政府批判の演説を繰り広げ、急速に支持を広げた。
イスラマバードの政治アナリストは「確たる証拠はないが、軍がカドリ氏を利用して多数の住民をデモや反政府集会に動員している可能性は否定できない」と話した。

パキスタンでは47年の建国以来、3度の軍事クーデターが繰り返され、国政の実権は軍が掌握しているといわれている。しかし、国際的な批判を考慮し、軍はあからさまな民政政権打倒は望んでいないともみられている。【1月16日 毎日】
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キューバ  海外渡航の原則自由化へ

2013-01-15 23:39:01 | ラテンアメリカ

(キューバ・ハバナのメキシコ領事館前で並ぶ人々 ビザの申請でしょう。
メキシコから更にアメリカへ・・・という考えでしょうか? “flickr”より By fotostelefonorojo http://www.flickr.com/photos/45757401@N08/8382557026/)

【「急ぎすぎると成功しない。我々はショック療法はとらない」】
フィデル・カストロ前国家評議会議長のもとで独自の社会主義体制を堅持して、長くアメリカと対峙してきたキューバですが、経済的行き詰まりと制約への国民の不満を打開すべく、弟のラウル・カストロ国家評議会議長への権限移譲を行って以来、携帯電話の所有や観光客向けホテルへの宿泊、小規模な事業の立ち上げ、自宅と中古車の売買を解禁、公務員削減・・・といった“改革”“自由化”を行ってきています。

ただ、急激な改革は社会混乱・体制の危機にもつながりますので、管理されたペースで徐々に・・・といったところです。

****経済改革、急ぎすぎは成功しない…カストロ議長****
キューバのラウル・カストロ国家評議会議長(81)は23日、人民権力全国会議(国会)で演説し、近年進めている経済改革について、「急ぎすぎると成功しない。我々はショック療法はとらない」と述べ、慎重に取り組んでいく方針を示した。

慢性的な経済危機に悩むキューバ政府は2010年、国家公務員の大幅削減、自営業者の拡大などの改革に着手したが、目立った成果は出ていない。
カストロ議長はまた、自国民の海外渡航制限に関し、「段階的な緩和を検討している」と述べた。ただ時期には言及しなかった。【2012年7月24日】
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最も大きな改革のひとつ
上記記事にもある自国民の海外渡航制限緩和については、昨年10月の時点で、これまで義務付けていた招待状や出国許可証の取得などを今年1月14日から廃止することを明らかにしていました。
その方針に沿って、1月14日、渡航許可証を廃止する法律が施行されました。

****キューバ、渡航許可証を廃止****
冷戦以来、厳格な渡航規制を行ってきた共産主義国のキューバで、特別な渡航許可証がなくても外国に行けるようになる法律が14日、施行された。
半世紀にわたって海外渡航の自由を待ち望んできたキューバ国民は、有効なパスポートがあれば出国許可や外国からの招待がなくても出国できるようになった。 

■大半の国民には手が出ない渡航関連費用
しかし、旅券局や外国大使館が直ちに混雑するような状況は起きていない。キューバ国民の平均月収は20ドル(約1800円)だが、旅券発給にかかる費用はこれまでの2倍の100ドル(約9000円)となった。国際通貨を入手する機会のないキューバ国民の大半にとっては手が出ない額だ。

多くのキューバ人は長年、亡命した親族と離れ離れに暮らしてきた。キューバ国内の人口が1120万人である一方、過去半世紀に国を離れたキューバ人は約200万人。キューバ国民の6人に1人が外国で生活している。
特にキューバに近い米国のフロリダ州を目指してキューバ人たちは、粗末なボートを使ったり、危険な海を泳ぎ渡って違法に移住してきた。同州だけでも約100万人のキューバ人とキューバ系米国人が住んでいる。しかしフロリダまでの航空券は500ドル(約4万5千円)以上する。

今回の新法はラウル・カストロ国家評議会議長が2006年7月に兄のフィデル・カストロ前議長を引き継いで以来、最も大きな改革のひとつだ。
現議長は不人気な規制の数々を撤廃してきたものの、これまでの渡航制度はキューバ国民の移動の自由を制限するとして人権団体から非難を浴びていた。

しかし新法による変化は、米国にとっては警鐘となりうる。2国間での「移民危機」が起きる可能性があるからだ。冷戦時代にさかのぼる政策の下、米国は今でも自国領に到達したいかなるキューバ人にも、要請に応じて合法滞在を認めている。しかし米経済が不景気にあり、大統領選サイクルに区切りのついた今、米国はキューバから何万人もの移民が合法的に流入する事態を計画に入れていない。
 
■渡航の自由は本物か、懐疑派も
一方、今回の新法によって誰もが自由に渡航できるようになるわけではない。運動選手、公務員の一部、軍関係者、さらに「重要」とみなされる分野の専門家の渡航には制限が残る。キューバ政府は前週、医師は「重要」な分野に含まれず自由に渡航できると述べているものの、どのような分野が「重要」とされるのかについては特定していない。

キューバ政権に懐疑的な人々は慎重な姿勢を崩さず、新法による渡航の自由が本物なのか、選択的に施行されるのかを見極めようとしている。これまで同国の渡航許可証発行の基準は明らかでなく、申請が却下された場合にも説明はされていない。【1月15日 AFP】
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今回措置は経済開放政策の一環で、国外への出稼ぎを増やし、国内への送金を増加させる狙いもあると見られています。
“渡航許可証を取得するための手続きは恐ろしく面倒だった。取得費用もひどく高額で、公務員の平均月収の8倍を上回る170ドル相当。しかも最終的に出国が許されるかどうかは、当局の意向次第だ。そのため渡航許可証は、悪夢のような共産主義体制の官僚主義と、個人の自由に対する非人間的な統制の象徴として、人々の憎悪の的になってきた。”【2012年10月31日号 Newsweek】という渡航制度は、“キューバの国家統制経済は、海外居住者が送金する外貨への依存をますます強めている。だがキューバからの出国が困難な現状は、彼らに帰国をためらわせる要因にもなっていた”【同上】とも言われています。

“キューバ政府当局者は、渡航許可証の撤廃は国民の出入国を容易にすると同時に、海外居住者と祖国の関係を正常化するためのものだと説明する。キューバの安い生活費や無料の医療サービスといった利点を生かしながら海外で仕事するため、1年のうち一定期間は国内に住み続けたいと考える国民には特に歓迎されそうだ。”【同上】

これまでの渡航許可書取得費用については、170ドル、350ドル、500ドル・・・と、記事によってまちまちです。
それだけ、当局の裁量次第の不明確な制度だったということでしょうか。
“旅券発給にかかる費用はこれまでの2倍の100ドル”ということであれば、経済的負担がかなり小さくなったことは間違いないようです。

“国際通貨を入手する機会のないキューバ国民の大半にとっては手が出ない額だ”とは言いつつも、人々は必要があれば借金などを含め何とか工面するものです。多くの途上国からの海外出稼ぎなども似たような状況ですから。
昨年10月の報道では、国外滞在可能期間は、これまでの11か月から24か月に延長されると報じられています。
もし海外で2年間職を得られれば、パスポート発給の100ドルや、航空券500ドルを払っても十分にペイします。

高レベル人材の渡航制限は今後も続く
もっとも、今回措置で海外渡航が完全に自由化された訳ではなく、一定の職種については流失防止のため制約があります。
また、パスポート発給についても、当局側の裁量の余地は残されているようです。
実際どのように運用されるのか、もう少し状況を見極める必要があります。

****頭脳流出」の悪夢再び****
キューバの反カストロ派や反体制派はまだ懐疑的だが、首都ハバナの通りには歓喜の声と歓迎ムードが広がっている。「政府は国民に自由を返すため、前向きな措置を取っている」と、ハバナの出入国管理当局にパスポートの発行を申請したというロベルト・ペレスは話す。「われわれは長い間、自分の国の囚人だった」
海外への渡航を希望するキューバ人が増えるのはほぼ確実だが、大方の予想ほど劇的に増えるとは限らない。

まず、ハバナの外国大使館や領事館が喜んで大量のビザを発給するとは考えにくい。専門知識や技術のない人間や、生活の面倒を見てくれる親戚が海外にいない人間に対しては特にそうだ。

キューバは長年、キューバ人入国者には自動的に居住権を与えるアメリカの法律を渡航規制の口実に使ってきた。この措置が最初に導入された1961年当時は、キューバで国内最高レベルの教育を受けた専門職の多くがフィデル・カストロ前国家評議会議長の革命を逃れ、マイアミに脱出した。

今回の法改正でも、国内最高レベルの人材が高給を求めて海外へ移住することは制限されている。キューバ共産党の機関紙グランマは社説の中で、アメリカが医師などの亡命を促す政策を放棄しない限り、高レベル人材の渡航制限は今後も続くだろうと主張した。

「わが国からの『頭脳流出』を引き起こし、経済・社会・科学の発展に必要不可欠な人的資源を奪おうとする政策が続いている限り、キューバは自己防衛の措置を取らざるを得ない」
今回の新ルールは、医師やプロスポーツ選手、科学者、機密情報に触れる機会がある政府当局者などの個人的な海外渡航を全面的に禁止するものではないと、出入国管理当局のフラガ大佐は言った。「彼らは出国できないわけではない。しかるべき当局者の許可が要るというだけの話だ」

今回も、キューバが近年実施した多くの変革と同じく、政府当局者は改革が不測の事態を招いた場合にも対処できる余地を残している。例えば「必要不可欠な」人材の定義について、新法は当局に広範な裁量権を認めている。政府の各省庁では、今後も海外渡航に特別な許可が必要な職種のリスト作成作業に着手している。(中略)

さらに、政府が渡航規制を反体制派への弾圧の手段に使うのをやめると見る向きはほとんどない。新ルールによれば、あらゆるキューバ人は「公共の利益の見地から、指定された当局者の決定により」パスポートの発行を拒否される可能性がある。

それでも全体的に見て、今回の法改正が1つの賭けであることは確かだ。国民の出入国の自由を拡大すれば、出て行くことを選ぶ人間は増えるだろう。だがそれとは逆に、帰国を選択する人間も増えるはずだと、キューバ政府は考えている。【2012年10月31日号 Newsweek】
*******************

【「移民危機」の懸念も
興味深いのは、前出【1月15日 AFP】で指摘されているアメリカの対応です。
建前としては、キューバの自由化進展はアメリカにとっては歓迎すべきことでしょうが、本音では、今回措置でアメリカへの移民が急増するような事態は望んでいないでしょう。
いったんアメリカに入国したキューバ人に居住権を認める1966年のキューバ難民地位調整法の変更を迫られるかもしれません。
そのことは、対キューバ経済制裁解除を含めたアメリカ・キューバの関係の全面的な見直しにもつながることも考えられます。

時代は変わっています。
冷戦が終わり、フィデル・カストロが現役を退き、キューバの動向のインパクトも薄れています。
“反米”という点で、カストロの後継者的存在だったベネズエラのチャベス大統領も、今キューバで容態がよくわからない状況です。
反米の主流はイスラム世界のテロ勢力に完全に移った感があります。
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マレーシア  総選挙を控えて野党が大規模集会 イスラム国家の発展モデルとなりうるか?

2013-01-14 21:25:57 | 東南アジア

(2002年9月 マレーシアでも最もイスラム主義が濃い北東部の都市コタバルの屋台広場 女性は皆スカーフを着用しています。 お祈りの時間になると拡声器を手にした“誘導係り”が現れ、売り手も買い手も皆モスクへ消え、屋台広場は僅かの留守番だけが残るゴーストタウンとなります。)

【「レフォルマシ(改革を)」】
マレーシアは、マレー系、中国系、インド系、その他少数民族からなる多民族国家であり、これまでの政権は、社会的に劣後した状況にある多数派マレー系住民や少数民族の地位を改善するため、中国系・インド系より優遇する“ブミプトラ政策”のもとで民族間の微妙なバランスをとってきました。

統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする与党連合・国民戦線(BN)は、1957年の独立以来、総選挙で12連勝中で、民主的選挙で選出されたと国として「世界最長政権」を維持しています。
しかし、長期政権の宿命とも言える政治の腐敗、強権的姿勢への批判、また、長年維持してきたブミプトラ政策への不満・閉塞感から、2008年総選挙では野党側が大きく議席を伸ばしました。
誰も予測しなかった与党側の敗北ということで、“The Election Tsunami”とも呼ばれているそうです。

“マレーシアでは1957年の独立以来、統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする政権が続いているが、2008年の選挙では野党陣営が、改選前の20議席を大きく上回る82議席を獲得した。次の選挙でも激戦が予想され、専門家の間では野党側が更に議席を伸ばすとの見方もある。”【1月12日 読売】

このあたりの事情については、2012年6月17日ブログ「マレーシア 初の政権交代を目指す野党指導者アンワル氏」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120617)でも取り上げたところです。

今年3月頃にも総選挙が行われるのではないかと推測されている政治状況で、史上初の政権奪取を目論む野党連合「人民同盟」やNGOが連動して12日、首都・クアラルンプールで大規模集会を開いたことが話題となっています。

****10万人が改革叫ぶ 野党連合が大規模集会 マレーシア****
マレーシアの首都クアラルンプールで12日、野党連合「人民同盟」が大規模集会を開いた。1957年の独立以来政権を握る与党連合「国民戦線」はデモや集会を制限してきたが、当局が初めて許可した。今年前半にも実施される総選挙を前に強硬姿勢は国民の離反を招くと判断したとみられる。

会場となったサッカー場は超満員。人民同盟を構成する3政党の旗が揺れ、「レフォルマシ(改革を)」の声が上がった。参加者は警察発表で4万人超、地元メディアは約10万人だと推計した。

人民同盟を率いるアンワル元副首相は「自由で公正な選挙で政権交代を」と訴えた。
クアラルンプールでは昨年春、反「国民戦線」系のNGO連合のデモをめぐり、参加者の一部が催涙弾などで強制排除された。重傷者が出て、「国民戦線は強権的」との批判が強まっていた。【1月13日 朝日】
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市民社会への「柔和なアプローチ」】
上記記事にもあるように、これまで政権側は政府批判行動に厳しい姿勢で臨んできており、今回メルデカ・スタジアムでの野党の政治集会を政権側が許可したこと自体が異例のことです。

“これまで、ナジブ政権は同場所での抗議集会などを禁止してきたが、今回、異例で初めて許可を下した。背景には、総選挙を控え、「アラブの春」など国際的潮流から判断しても、国民や野党勢力への“強硬姿勢”は返ってマイナスと判断したためと思われる。

また、昨年には、NGO主催のデモで、催涙弾などで強制排除された参加者に重傷者が出たり、同様に、取材活動を展開していた報道関係者が警察から暴行を受けるなど、訴訟問題にまで発展しており、その後、ナジブ首相が陳謝するなど、与党政権の中でも、そのハンドリングに問題提議がなされてきた。

加えて、そのハンドリングを米国の大統領選などで選挙展開の“コンサル”で知られる欧米系の「ボストン・コンサルティング・グループ」などに「高額な公金」を支払い、専門家から指導を受ける中、市民社会への「柔和なアプローチ」を選挙対策として展開していることも挙げられる。”【1月15日 地球の歩き方 特派員ブログ 末永 恵】

「柔和なアプローチ」が選挙対策だけでなく、政治運営全般に及べば、それはそれで民主化の進展ともなります。
「柔和なアプローチ」への転換が吉と出るか、凶とでるか・・・・
ナジブ政権側は、順調な経済状況を背景に強気です。

****目標議席3分の2 強気のナジブ首相****
来年、総選挙が行われるマレーシアでは、政権第1党でナジブ首相が率いる統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする与党連合「国民戦線」が議席数拡大を目指している。現在の議席数は全222議席中137議席を占めるが、2008年の総選挙で割り込んだ3分の2の議席数(148議席)を回復したい考えだ。

現地英字紙スターなどによると、同国は四半期ベースの成長率が5期連続で5%を超えるなど経済が好調だ。ナジブ首相は9月に国会に提出した13年度(1~12月)予算案で歳出を前年度比8%増とし、低所得世帯への500リンギット(約1万4000円)の現金支給などを盛り込んだ。
また、予定されていた消費税(一部生活必需品を除き4%)の導入を先送りするなど、好調な経済を背景に「国民の味方」ぶりをアピールしている。

これに対し、アンワル元副首相らが率いる野党連合の「人民連盟」は政府や与党の汚職・腐敗体質を訴えて議席増を図る。専門家は人民連盟が大幅に勢力を拡大するのは難しいと予想する。【2012年12月17日 SankeiBiz】
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イスラム国家における発展モデル
マレーシアは冒頭で述べたように多民族国家ですが、マレー系を中心にしたイスラム国家でもあります。
近年、イスラム国家における発展モデルとして、経済的にも順調で、政治的にも中東地域での存在感を高めるエルドアン政権のトルコが注目されています。
トルコは世俗主義を国是としてきましたが、イスラム主義政党の与党・公正発展党を率いるエルドアン首相のもとで、イスラム化が進むのかという点でも関心を呼んでいます。

一方、マレーシアも経済的には大きな成果を収めています。
国際金融センターのシンガポール、石油産出国ブルネイといった特殊な小国家を除けば、タイと並んで東南アジアの先頭に位置しています。
政治的には、トルコがクルド人問題というステレオタイプな民族問題から抜け出せないのに比べ、マレーシアは多民族国家という難しい状況を、いろいろな問題はあるにせよ(そのあたりが次回総選挙の争点にもなってきますが)、なんとかコントロールしてきています。
マレーシアが今後とも政治的・経済的に順調に発展すれば、トルコと並ぶイスラム国家の発展モデルともなると思われます。

****マレーシアの夢は実現するか――その年まで、あと7年 小杉 泰****
・・・・マレーシアでは、1981年にマハティール首相が登場し、新しい政策を次々と打ち出して、国造りの新段階に入った。その10年後には、「ビジョン2020」を発表した。これは、2020年までに先進国の仲間入りをするという目標を掲げたものである。これによって、マレーシアは「イスラーム国として最初の先進国となる」という夢を掲げた。(中略)

マレーシアも、1997年にアジア通貨危機に遭遇した。マハティール首相が当時、「国民が汗水流して働いた成果が貪欲な国際的なファンドによって奪われてしまう」と、怒りを表していたことを思い出す。(中略)
ところが、マレーシアはこの危機を乗り越えた。(中略)
結果論から言えば、マハティール首相が2003年に引退した後も、2020年に向かってマレーシアの夢の追求は今も続いている。これだけ長く継続的に夢に向かって進み続けるのは、すごいことだと思う。

マレーシアの経済発展は、イスラーム世界にとってきわめて重要な意味を持っている。イスラームと経済的な繁栄を合わせて追求しうることを証明したからである。
私が学生だった40年前には、日本でも「イスラームは近代化を阻害する」という考えが一般的であった。イスラームに限らない。儒教でも仏教でも、宗教は近代化と合わないという見方が優勢であった。
そうとは限らないという主張をしても、「イスラームの国はみな後進的でしょう」と言われれば、返す言葉がなかった。(中略)

イスラームを掲げない世俗国家となった国が発展しても、この問題は解決しない。その場合は、「阻害要因としてのイスラームを捨てたから、発展したのだ」と言われてしまうからである。
ところが、マレーシアは憲法に「イスラームは国教」と掲げ、イスラーム的なアイデンティティを強調してきた。そのような国が経済発展を遂げることで、「イスラームが発展を邪魔する」という見方に根拠がないことが雄弁に示された。

同じように、香港や台湾、タイなどの発展があって、儒教や仏教が経済の邪魔になるという見方もなくなった。要するに、宗教文化は経済発展する/しないに、直接関係はないということであろう。
日本でも、マレーシアの発展があらわになった後は、「イスラームが後進性の原因」といった見方は次第に消えていった。

イスラーム世界の全体を見渡すと、マレーシアによって「イスラーム的な経済発展」という新しいモデルが生まれたことで、新しい地平が拓けてきた。すでに石油ショック以降、産油国として勃興したイスラーム国はあったが、産油国型の発展は石油や天然ガスなどの資源の豊かな国でしか成立しない。
しかし、マレーシアが工業化を通じて発展するモデルを示したことで、非産油国のイスラーム国が発展する道筋が新たに示されたのである。

もちろん、経済成長するだけでは「国としての発展」にはなっても「イスラーム的な発展」にはならない。そのためもあって、マレーシアは80年代以降、利子を排するイスラーム金融を拡大したり、イスラーム的に合法な食品を供給する「ハラール食品」産業の育成などに力を入れてきた。

隣のイスラーム大国であるインドネシアも、経済発展やイスラーム金融においてマレーシアの後を追っている。そうして、東南アジアから「アジアの経済成長」のイスラーム版が生まれ、イスラーム世界に新しいモデルが提示されるようになってきた。(後略)

2020年まで7年余となった。マレーシアの夢は、どこまで達成できるであろうか――その成否は、イスラーム世界の今後を占う上でも、非常に大きな意味を持っている。【2012年11月27日 朝日 中東マガジン】
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コタバルの思い出
もっとも、政治的にイスラム主義をどこまで許容するか・・・という問題は、多民族国家マレーシアではトルコ以上に微妙な問題ともなります。
野党勢力の中心にいるアンワル元首相のこの点に関する立ち位置は知りません。
ただ、過激なイスラム主義政党である汎マレーシア・イスラム党(PAS)と共闘を組んでいることへの不安は、2012年6月17日ブログでも指摘したところです。

マレーシアでも、華人の経済活動が目立つ首都クアラルンプールとマレー系が大多数を占める北東部などでは全く宗教風土が異なります。
PASが州政府を握っていたマレーシア北東部のコタバルを2002年に観光した時の記憶が今でも鮮明に残っています。コタバルはマレーシアでも最もイスラム主義が濃い都市です。

夕暮れ時、多くの東南アジアの国と同様に広場にたくさんの屋台が出て、大勢の人々で賑わっていました。
そのとき近くのモスクからアザーンが流れ、拡声器を手にした男が広場にやってきました。言葉はわかりませんが、屋台の営業者・客双方にモスクに行くように促しているようで、すべての屋台の火が落とされ、最低限の留守番を除いて皆がモスクに向かいます。毎日のことですから手慣れてはいます。
それまで賑わっていた広場は、たちまちうす暗く閑散とした状況になりました。

現地の事情はまったく知りませんが、人々が喜んでモスクに向かっているようには見えませんでした。
ショッピングモールのような普通の店ならともかく、肉などを火で調理している屋台です。その作業を中断するのは大変なことではないでしょうか。
コタバルは住民の殆んどが敬虔なイスラム教徒のマレー系ですが、人々がそうした行為を望んでやっているとは思えませんでした。望んでやっているなら、拡声器を持った男などは必要ないはずです。当然、PASが支配するこの地で、モスクへ向かうことは拒否できないでしょう。
もちろん、言葉もわからない外国人の勝手な思いですが・・・。

イスラム主義が政治・社会に浸透するということの具体的イメージが、このコタバルでの記憶です。
(皆がモスクに行ってしまい晩御飯を食べ損ねた恨みも多分に影響していますが)
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中国  「深刻な大気汚染」を連日記録 懸念される健康被害

2013-01-13 21:28:30 | 中国

大気汚染で日中でも見通しが悪い北京市内の道路 【1月13日 zakzak】http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130113/frn1301131335002-n1.htm

測定可能限界超え?】
経済成長優先の中国で環境問題が深刻化していることは広く指摘されているところです。
大気汚染もそのひとつです。
北京オリンピック開催時には、このような環境でマラソン競技が可能なのか・・・といったことも話題になりました。さすがにオリンピック開催時には当局も工場の操業停止や車の規制などでなんとかしのいだようですが、基本的な問題はなんら解決されていません。

“北京市内の大気汚染状況は、当局の発表によれば十数年間連続で改善とされていますが、依然として深刻な状況が継続し、最近、大気の滞留しやすい自然条件も加わり、特に深刻な汚染が多発しています。”【在中国日本大使館HP】
北京オリンピック直後に観光で北京に数日滞在したことがありますが、確かに妙に霞んだ日がありました。それがスモッグなのか自然現象なのかは定かではありませんでしたが。

****各地で有害物質含む濃霧=呼吸器疾患急増、交通まひ―中国****
中国各地で1月上旬から連日、有害物質を含んだ霧が立ち込め、中国メディアによると、北京など33都市で12日、6段階の大気汚染指数で最悪の「深刻な汚染」を記録し、13日も続いている。
呼吸器系疾患の患者が急増し、高速道路の通行止めや航空便の欠航が相次ぐなど、市民生活にも大きな影響が出ている。

大気汚染の主な原因は、車の排ガスや工場の煙などから出る直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質「PM2.5」。北京では12日、この物質の観測値が1立方メートル当たり75マイクログラム以下としている基準を市内全域で超え、半数の観測点で基準の10倍近くまで上昇。900マイクログラムを突破したところもあった。

北京市政府は屋外での運動をやめるよう通達を出しているほか、外出をできるだけ控え、外出の際はマスクを着用して公共交通機関を利用するよう呼び掛けている。【1月13日 時事】
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「PM2.5」の“900マイクログラムを突破”というのが、どこの発表によるものかはよくわかりません。
下記記事にあるように、そもそも北京当局観測体制の測定限度は最大500マイクログラムであるとのことで、現在の汚染はこの限界を超えているとも言われています。

****北京市内の大気汚染が危険水準、市と米大使館の測定値に大きな差****
北京市内は12日に厚いスモッグに覆われ、2日連続で大気汚染が危険な水準に悪化したため、住民は外出を控えるよう勧告された。同国国営メディアが伝えた。

国営新華社通信によると、北京市の環境警報センターは高齢者や子供、呼吸器や心臓に疾患のある人々に対し、外出や激しい運動をやめるよう通達した。
同センターによると、市内の大気調査で、肺まで到達する極めて小さな浮遊粒子の観測値が1立方メートル当たり456マイクログラムを記録した。「良好」な状態は100マイクログラム未満とされている。

ただ北京市内にある米国大使館のウェブサイトには、800マイクログラム超の観測値が掲載された。米大使館はインターネットの短文投稿で、北京当局の測定限度が最大500マイクログラムである点を指摘し、独自の測定結果が測定値の限界を超えたと述べた。

北京当局は昨年、外国大使館が独自の大気調査結果を公表することは違法との見解を表明している。ただ米当局は、海外在留市民に有益だとして、公表を止めない方針だと明言している。

新華社通信は環境警報センターの発表として、深刻な大気汚染があと3日間続き、天候条件によって粒子の拡散が止まるとの予想を示している。【1月13日 AFP】
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世論にせかされて新基準
従来、北京市環境保護局はより大きな粒子である「PM10」の測定結果のみを公表していました。
しかし、アメリカ大使館が測定発表している微細な粒子「PM2.5」に関する情報との乖離があり、北京当局の公表数値は危険の実態を表していないとの批判が中国国内でもありました。

****中国:もっと大気汚染測定を厳格に 北京市民****
北京の大気汚染度について市民の間に、測定方式を厳格化すべきだとの声が高まっている。
発端は在北京の米国大使館が発表する汚染度評価が、北京市環境保護局のものに比べ格段に厳しかったことだ。北京市側は「米大使館の測定方法にも議論の余地がある」などと反論したが、市民の間では米側の評価への信頼の方が高いようだ。

北京は晴天でもスモッグで曇って見える日が少なくない。米国大使館は屋上に設置した機器による大気汚染度の測定結果をツイッター上などで公表。連日「健康に良くない」、「危険」といった評価が並び、市民の関心を集めている。

一方で新華社などによると、北京市環境保護局は、今年1~10月までのうち239日の大気汚染度を「良い」と評価。これは米国大使館が大気中で、「PM2.5」と呼ばれる微細な粒子を測定しているのに対し、北京市環境保護局はより大きな粒子である「PM10」の測定結果のみを公表しているためだ。

中国青年報(8日付)は、北京市などの測定方法が「甘い」理由を「環境保護よりも経済成長を優先しているためだ」とする専門家の見方を紹介した。また、同紙の社会調査センターがインターネットを使ったアンケートを実施したところ、回答者の69.8%が政府の環境保護部門の測定結果は自分の実感に合っていないと答えた。

中国版ツイッター上などでは、米国大使館と同様の基準で測定すべきだとの声が高まり、北京市は観測センターを市民に開放して、技術スタッフによる説明を試みるなど世論対策に追われている。【2011年11月11日】
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こうしたアメリカ大使館発表数字と世論にせかされる形で、中国側も測定方法・基準を変更した経緯があります。
“2012年2月に新たな環境基準が発表され、PM10の年平均値を0.10mg/m3から0.07mg/ m3 へ改正するとともに、PM2.5の環境基準を新たに設定し、2016年1月から全国で施行することとし、北京・天津・河北、長江デルタ、珠江デルタ等の重点地域、直轄市及び省都では2012年から前倒しで観測が実施されています” 【在中国日本大使館HP】

中国4都市で約8600人が死亡
中国新基準では「PM2.5」について、0~35μg/立方㍍が“優”、35~75が“良”とされています。
アメリカ・日本の基準では、、0~15μg/立方㍍が“優”、15~40が“良”となっています。
この違いについては、観測方法の差によるものなのか、中国の基準が緩く設定されているのかはわかりません。

アメリカ環境保護庁による健康アドバイスによれば、150~250μg/立方㍍の場合は、“心臓・肺疾患患者、高齢者及び子供は、すべての屋外活動を中止 それ以外のすべての者は、長時間又は激しい屋外活動を中止”となっています。
250μgを超える状況についての“アドバイス”はありません。そういう状況を想定していないということでしょう。
ですから、お役所の健康アドバイスといった類が安全サイドを過度に強調したものであったとしても、今回北京で観測されている“456”とか、あるいは“800超”“900”という数字は相当に危険な数字と思われます。

微小粒子状物質は肺がんや循環器疾患などを引き起こすとされており、これが原因で“中国4都市で約8600人が死亡している”との調査報告もあります。

****有害微小物質で8600人死亡、中国4都市で=調査****
北京大学と環境保護団体グリーンピースの調査によると、大気汚染をもたらす有害な微小粒子状物質(PM2.5)が原因で今年、中国4都市で約8600人が死亡した。19日付の国営英字紙チャイナ・デーリーが伝えた。

PM2.5による経済的損失は、北京、上海、広州、西安の4都市で10億ドル(約842億円)に上るとし、研究結果は世界保健機関(WHO)の指針まで水準を下げるよう求めている。そうすれば、8割以上の死亡を防ぐことができるとしている。

PM2.5は直径2.5マイクロメートル以下の有害微小物質で、肺がんや循環器疾患などを引き起こす。
中国政府は主要都市に対し、PM2.5の測定値を公表するよう求めていた。【2012年12月19日 ロイター】
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調査内容の妥当性については何とも言えませんが、“あの”グリーンピースが中国で北京大学と共同調査をしているということが驚きです。

中国当局の環境対策への“やる気”次第
“粒子状物質には、工場のばい煙、自動車の排気ガスなどの人為由来、黄砂、森林火災など自然由来のものがあります。また、粒子として排出される一次粒子とガス状物質が大気中で粒子化する二次生成粒子があります” 【在中国日本大使館HP】ということで、ゴビ砂漠・タクラマカン砂漠・黄土高原からの黄砂の影響は十分に考えられます。

それだけに、工場のばい煙、自動車の排気ガスなどの人為由来については徹底して抑える対応が求められるところですが、何事につけ“経済成長優先”の中国ですから・・・。
問題化するまでPM2.5について測定もしてこなかったということにも、その姿勢が表れています。
更に言えば、現在発表されている数字が信用できるのか・・・という疑念もすてきれません。
事故やトラブルがあっても“社会的影響に配慮して”隠ぺいしてしまう・・・といったことが往々にして見られる中国です。健康被害の責任を追及されかねないような数字を正直に公表するのでしょうか?

いずれにしても、中国共産党指導部としては、今後“成長一本やり”ではなく、環境対策への配慮もこれまで以上に求められます。
かつて公害問題に苦しみ、そこを乗り越えてきた日本の環境技術が役立つ余地は十分にあり、日中関係改善の道筋にもなれば・・・という思いはあります。
ただ、これまでも環境ODAとして相当の金額を日本から中国へはつぎ込んでいますが、十分な成果が上がったとは言い難いようです。
もとより、関係か悪化している“大国”中国への資金・技術提供には日本国内の反感も強いところです。
日本として協力できるかどうかは、中国当局の環境対策への“やる気”次第でしょう。
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フランス  西アフリカ・マリの混乱に軍事介入 フランスにとってのアフリカ

2013-01-12 22:39:17 | アフリカ

【1月4日 毎日】

イスラム過激派が北部を支配 政府は機能マヒ
西アフリカ・マリ北部における分離独立運動・イスラム国家建設、それに伴うマリ中央政府のクーデター・混乱については、
2012年7月3日ブログ「マリ 北部で反政府武装勢力が「イスラム国家建設」 イスラム過激派によるイスラム霊廟破壊も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120703
2012年10月13日ブログ「マリ  国連安保理、北部イスラム過激派支配地域への軍事介入を求める決議」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121013
でも取り上げてきました。

****マリ共和国****
フランス植民地から、1960年に独立。最大民族のバンバラ人、遊牧民トゥアレグ人など23民族で構成され、人口は約1600万人、約8割がイスラム教徒。92年の民政移管後は民主主義が定着していたが、12年3月の軍事クーデターで混乱。
リビアのカダフィ政権崩壊(11年8月)で、大佐の雇い兵だったトゥアレグ人戦闘員や武器が北部に大量に流入し、反政府組織が12年4月に北部独立を宣言。その後、地元のイスラム過激派や国際テロ組織アルカイダ系勢力が北部を掌握していた。【1月12日 毎日】
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“12年3月の軍事クーデター”も、北部の反政府組織と闘っていた政府軍のなかで、政府の対応が不十分なことへの不満が募り起こったものです。
その後、クーデター騒ぎは国際社会の圧力もあって一応の収束をみましたが、昨年12月には、3月のクーデター勢力によって暫定首相が辞任を迫られるといった具合で、中央政府としての機能が事実上マヒしたような“ソマリア化”の現状にあります。

****マリ暫定首相が辞任表明、軍兵士に拘束された後****
西アフリカのマリで11日、シェイク・モディボ・ディアラ暫定政府首相が、3月のクーデターを主導したアマドゥ・サノゴ大尉の指令を受けた軍兵士に自宅で拘束され、数時間後に辞任を表明した。
ディアラ暫定首相は国営放送ORTMで短い声明を発表。「私、シェイク・モディボ・ディアラは政権とともに辞任する」と述べた。辞任の理由については明らかにしていない。

マリは、国際テロ組織アルカイダとつながりを持つイスラム武装集団が北部を掌握しており、実質的に国が二分された状態だったが、首相辞任でいっそうの混乱に陥ることになる。(後略)【12月11日 AFP】
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3月に起きた軍事クーデターに乗じる形で、北部遊牧民トゥアレグ人の世俗主義反政府組織「アザワド解放民族運動(MNLA)」とトゥアレグ人主体のイスラム過激派「アンサル・ディーン」が連携して4月に北部を制圧。
しかし、「アンサル・ディーン」はアルカイダの北アフリカ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」などと協力し、MNLAを北部の都市部から放逐し、過激派による支配を固めています。
この結果、マリ北部には多数のイスラム原理主義の外国人戦闘員が流入し、シャリア(イスラム法)に基づく統治が進んでいます。【1月4日 毎日より】

【「イスラム過激派の南進を食い止めるため」フランス軍事介入
こうした事態に危機感を抱く国際社会は、2012年10月13日ブログで取り上げたように軍事介入を決定しています。
ただ、周辺国で構成する「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」の軍事介入は“今秋以降”と時間がかかると見られており、その隙に乗じる形で、北部の「アンサル・ディーン」が南部への侵攻を開始。
これに対して、北西部アフリカを勢力圏とするフランスがいち早くその阻止に動くという展開を見せています。

****フランス:マリへ軍事介入 過激派侵攻で支援要請受け****
フランスのオランド大統領は11日、フランス軍地上、航空部隊を西アフリカのマリに展開し、軍事介入を開始したと発表した。
北部を占拠したイスラム過激派が10日、中部の政府軍の要衝コンナを制圧したため、マリ政府から国連と旧植民地宗主国のフランスに軍事支援要請が出ていた。ロイター通信は仏軍が空爆を行ったと報じた。

ファビウス仏外相は11日夜、パリで記者会見し、作戦の目的は「イスラム過激派の南進を食い止めるため」と述べ、北部のイスラム過激派占拠地域の奪還までは含まず、作戦は限定的なものになるとの見方を示した。派遣部隊の規模などは明らかにしなかった。

マリ政府は11日、非常事態宣言を発令。マリのトラオレ暫定大統領は同日夜、「各国民は兵士のように行動しなければならない」と演説した。イスラム過激派に一時、制圧されたコンナは、中部の主要都市モプティから北へ約50キロ。ロイター通信は11日、フランス軍の支援を受けた政府軍がコンナを奪い返したと報じた。

国連安全保障理事会は昨年12月、周辺国の軍事介入を認め、周辺国で構成する「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」が3300人規模の部隊派遣の準備を進めていた。しかし、イスラム過激派は部隊到着までの間隙(かんげき)を突いて中部に侵攻した。このためマリ政府は10日、国連と仏政府に軍事支援を要請。これを受け国連安保理は同日、加盟国に対し支援を要請していた。

マリ全土が過激派に制圧された場合、周辺国の治安が不安定化するほか、マリ国内が国際テロリストの養成拠点になる可能性がある。コンナに侵攻したイスラム過激派は、北部の遊牧民を主体とする主要グループ「アンサル・ディーン」で、昨年末、連携してきたアルカイダの北アフリカ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」と距離を置き、マリ政府と交渉に入る構えを見せたが、再び政府への対決姿勢を強めていた。【1月12日 毎日】
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【「アフリカほどフランスの利益、感情が深く巻き込まれている地域は、世界のどこにもない」】
リビアのカダフイ政権と反政府勢力の内戦にもいち早く介入して“得点を稼いだ”フランスですが、今回の対応も国際社会の先頭を走るものとなっています。
もとより、北部・西部アフリカはフランスの旧植民地であり、現在でもフランス企業の活動、仏軍駐留などで非常に強い関係で結ばれています。

フランスがいち早く介入したのは、マリがテロリストの温床となるのを防止するといった一般的理由というよりは、自国勢力圏における家父長的立場・権益を維持していくために断固たる姿勢を見せる必要があるといったところでしょう。

フランスの旧植民地に対する思い入れは強固です。
“「世の中には離れられないものがある。男と女。山と平野。人間と神々。そしてインドシナとフランス」(1992年フランス映画「インドシナ」より)
上記は、フランス支配から独立、統一に至るまでのベトナムを舞台にしたカトリーヌ・ドヌーブ主演の映画の冒頭部分のモノローグです。そのかつての植民地への思い入れの強さにひどく驚いた記憶があります。
日本も植民地支配の大きな傷を韓国など各地に残していますが、日本に比べて長期・広範囲に植民地支配を続けてきたヨーロッパ列強の場合、自国・相手国双方に残る爪あと・影響は日本以上に深刻なものがあります”【2007年12月8日ブログ「フランス なお残る植民地問題と移民問題」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071208)】

北西部アフリカは、インドシナ以上にフランス植民地支配の中核にあった地域であり、今現在も「大国」フランスの基盤となっている“核心的利益”に関わる地域です。
「アフリカほどフランスの利益、感情が深く巻き込まれている地域は、世界のどこにもない」(フランソワ・ポンセ仏外相 1973年5月3日、国民議会発言)【「冷戦後のフランスの対アフリカ政策」 大林稔】

大林稔氏の上記論文「冷戦後のフランスの対アフリカ政策」(http://d-arch.ide.go.jp/idedp/KSS/KSS045700_005.pdf)によれば、フランスにとってアフリカは、そのプライオリティに応じて4つに区分されるそうです。

****第1節 アフリカ政策(1)の伝統****
フランスはアフリカとの植民地時代以来の特殊な結びつきを,依然として維持し続けている唯一の国である。また旧フランス領アフリカ諸国のエリート層も,この結びつきを当然と考えており,フランスとアフリカを結びつけている疑似家父長制的「共同体」関係は他に例をみないものである。

1.フランスにとってのアフリカ
フランスにとって,アフリカはプライオリティに応じて4つに区分される。
サハラ以南の大陸は,まずもっとも優先度の商いpays du champ (フランス協力省開発担当地域諸国)とよばれる国々と,逆にもっとも重要性の低い非pays du champ諸国の2つに大別され,pays du champ はさらにプライオリティに応じて次の3つに区分される(表1)。(1)フラン圏諸国,(2)その他フランス語圏諸国,(3)その他。
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最もプライオリティの高い「フラン圏」には、コートジボワール、セナガル、トーゴ、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、マリ、ガボン、カメルーン、コンゴ、チャド、赤道ギニア、中央アフリカ、コモロが属しています。

“Pays du champ とは植民地省の後身である協力開発省の所管地域を指す。
このうち(1)のフラン圏とはフランスと結びついた通貨「共同体」であり,その加盟諸国14カ国中赤道ギニアを除く13カ国は旧フランス植民地でかつフランス語を公用語のひとつとするフランス語圏に属している。フランスとアフリカの疑似家父長制的「共同体」のもっとも確固としたメンバーはこれらフラン圏諸国であり,フランスにおいて「アフリカ」というときは,これら諸国が暗黙裏に想定されていることがしばしばである。“

【「内政干渉はしない。そういう時代は終わった」】
マリも、この旧フランス植民地で、フランス語を公用語とし、通貨共同体としてフランスと結ばれた「フラン圏」のひとつです。
なお、フランスの対アフリカ政策の目的は①「大国」としての勢力圏の維持 ②経済的利益の追求にあるとされています。
そうしたフランスと旧植民地アフリカに関する最近目にした話題がふたつ。

****中央アフリカに干渉せず=オランド仏大統領=駐留軍は「権益保護のため****
反政府勢力の攻勢が続く中央アフリカ共和国の旧宗主国フランスのオランド大統領は27日、中央アフリカの内政には「干渉しない」と強調した。中央アフリカの首都バンギの空港には仏軍約250人が駐留している。

大統領は「ボジゼ政権を守るために仏軍がいるのではない。仏国民やフランスの権益を守るために駐留している。内政干渉はしない。そういう時代は終わった」と訴えた。
仏国防省は26日、中央アフリカで暮らす仏国民約1200人の安全は仏軍が守ると表明していた。これに関連し難民は保護するのか問われた大統領は「国連の要請があれば別だが今回は違う」と言い切った。【12月27日 時事】
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マリと、同じ「フラン圏」に属する中央アフリカが、フランスにとってどのような差があるのかは知りません。
当然いろいろな個別事情はあるでしょう。介入する、しないは、フランスにとってどれだけのメリットがあるか次第でしょう。

植民地支配の過ちは認めるものの、明確な謝罪はなし
****アルジェリア:仏大統領が訪問 植民地支配に謝罪はなし****
フランスのオランド大統領は19日、1962年に仏から独立して50周年を迎えた北アフリカのアルジェリアの首都アルジェで記者会見し、130年以上にわたった植民地支配について謝罪する意思がないことを明らかにした。5月の仏大統領選前、謝罪について柔軟な姿勢を示していたため、アルジェリアでは期待が高まっていた。

オランド大統領は会見で、1830年から続いたアルジェリア支配と独立戦争(54〜62年)について「過去の植民地支配」、「独立戦争の惨事」と述べたが、「悔恨の意や謝罪を表明するために、ここへ来たわけではない」と明言した。謝罪に反発する仏国内世論を考慮したとみられる。

独立戦争休戦時の「エビアン協定」では「裁判で双方の責任を追及しない」と規定している。仏世論調査では35%が「謝罪すべきでない」と答え、「謝罪すべきだ」の13%を大きく上回っている。
オランド氏訪問を前にアルジェリアでは主要紙や10政党が、仏の謝罪拒否の姿勢を非難し、謝罪を求めていた。一方、オランド大統領は「対等なパートナーシップ」を掲げ、両国の経済関係強化に取り組む意向を示した。【12月20日 毎日】
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植民地支配に対する謝罪の問題は、前出2007年12月8日ブログ「フランス なお残る植民地問題と移民問題」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071208)でも取り上げたところです。

オランド大統領は、“「132年間、アルジェリアの人々は不当で粗暴な制度のもとに置かれた。その制度とは植民地支配のことだ。私は植民地支配がアルジェリアの人々に苦痛を与えたことを認める。」と、植民地時代に実際に起きた虐殺事件を挙げて、フランスの過ちを認めました。歴代大統領よりも一歩踏み込んだ発言でしたが、明確な謝罪の言葉はありませんでした。”【12月21日 NHKonline】

これに対するアルジェリア側の反応については
“「まずアルジェリア政府は、前向きに評価しています。
歴史認識の問題はあっても、経済面などではフランスは重要なパートナーで、波風を立てたくないという思惑があります。
また今年就任したオランド大統領は、学生時代、アルジェリアにある大使館に、8か月間研修生として滞在するなど、アルジェリアへの理解が深いとされ、アルジェリアにとって『大事にしたい』大統領だという側面があります。
ただアルジェリア国内では、オランド大統領の演説では不十分だという声も多く聞かれました。」
「植民地支配の過ちを認めるだけでなく、アルジェリア人は謝罪を期待していたのです。」(アルジェリアの国会議員)”【同上】
とのことです。

「植民地制度は不正」とはしながらも、「(植民地当時)入植したフランス人はアルジェリアを支配しようとしたのではない。アルジェリアのためになることをしよう思っていた・・・」とも語ったサルコジ前大統領のアルジェリア公式訪問ときは、彼の独特の個性もあって物議を醸しましたが、オランド大統領の場合、謝罪はなかったものの、一歩踏み込んだ発言もあったということで、実利優先で波風はあまり立たなかったようです。

フランス国内には、「アルジェリア人がよい暮らしが出来たのは、フランスが教育し、学校を作り、住宅を建設したおかげなんだよ。」「植民地政策はアルジェリアに、すべてのものをもたらしました。150年以上も前に始まった植民地のシステムを、今の基準で評価すべきではありません。」と、植民地支配を肯定的にとらえる見方も少なくなく、オランド大統領もそうした世論を意識した“謝罪はしない”対応となったようです。

歴史認識が立場で異なり、その対応に苦慮するのは、日本でも中国・韓国の問題で共通するところです。
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