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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

欧州  高まる反移民感情  一方で、就職における移民差別撤廃の試みも

2010-07-21 23:15:54 | 世相

(フランス イスラム教徒の墓に落書きされたカギ十字 “flickr”より By screen miracle http://www.flickr.com/photos/39091037@N06/4813103603/)

【あいつぐ極右政党の躍進】
昨日は南アフリカの移民排斥の動きを取り上げましたが、そこでも触れたように、南アだけでなく欧州各国でも反移民感情の高まりが見られます。

4月に行われたハンガリー総選挙では、これまで国会の議席を持たなかった極右政党「ヨッビク」が26議席(定数386)と躍進しました。
“同国は、世界的な金融危機の影響を受け景気が低迷。08年には国際通貨基金(IMF)から緊急融資を受けたが、失業率は現在、約11%に達する。(過半数を制した中道右派の)フィデスは雇用創出や減税を訴え、与党への批判票を集めた。ヨッビクは国民の反感が根強い少数民族ロマ人による「犯罪」の取り締まりを強調し、国民の不満を取り込んだ。”【4月12日 読売】
なお、政権へ返り咲いたフィデスは「中道右派」とは言いながら、「ユダヤ資本」が「世界をむさぼり食おうとしている」と攻撃している政党です。

オランダでは、3月の地方選で、イスラム教徒排斥を唱える極右の自由党が主要都市で躍進して話題となりましたが、6月の下院総選挙においても、「オランダのイスラム化阻止」を掲げる極右・自由党、現有9議席を24議席(定数150)とし第3党に躍進しました。
“「オランダ人は犯罪、移民、イスラムの少ない国を選んだ。我々は政権に加わる用意がある」。ウィルダース自由党党首は9日深夜、ハーグ郊外での集会で宣言した。昨年の欧州議会選挙、今年3月の地方選に続く勝利。06年の結党から4年強で政権参加への足がかりをつかんだ。
勢力拡大の背景には移民の増加がある。オランダ南西部ロッテルダム(約60万人)では16年に住民の半分を外国系が占めるようになると予測されている。地方政党「住みよいロッテルダム」のソレンセン党首は「オランダは移民の受け入れに年間70億ユーロ(約7700億円)も費やしている。流入を阻止すべきだ」と主張する。”【6月10日 毎日】
オランダで第一党となった中道右派の自民党も「社会保障に全面依存するような、経済的に恵まれない移民の流入は止める」と表明しており、反移民の方向では極右・自由党と一致しています。

【「ブルカ」着用禁止法案】
こうした極右政党の台頭以外にも、ベルギー・フランス・スペインなどで、イスラム女性の“ブルガ”を禁止する法律制定の動きが進んでいます。

****フランス:「ブルカ」着用禁止法案を可決 下院*****
フランス下院は13日、イスラム教徒の女性が使う、顔や全身を覆う衣服「ブルカ」の着用を全面的に禁止する法案を賛成335票、反対1票で可決した。9月に上院で審議予定だが、その後、法律の違憲審査を行う憲法会議が違憲とする可能性もあり、法案の成立は微妙な状況だ。下院の判断には、人権団体などから「宗教・表現の自由への侵害だ」などの批判が出ている。
禁止法案は学校など公共の建物のほか、一般の道路や商店、交通機関など、社会のほぼすべての場所でのブルカ着用を禁止。また妻など女性にブルカを強制的に着用させた男性に対しても、最高で1年間の禁固と3万ユーロ(約350万円)の罰金刑を科した。

サルコジ大統領は昨年以降、ブルカを「女性の隷属の象徴」などと批判。政府が今年、全面禁止の法案を提出していた。国民の半数以上が禁止を支持するとの世論調査もある。
だが、イスラム教徒が約600万人と国民の約9%を占めるフランスの場合、ブルカ着用者は約2000人と少なく、「法の実効性がない」との批判が出ている。また、野党第1党の社会党は、多くの議員が公共の建物などでの部分的な禁止を求めており、この日の議決でも大部分が棄権した。
さらに、国内のイスラム団体からは「ブルカ禁止はイスラム批判につながる」との懸念が噴出。新法案の是非を政府に助言する国務院も3月、ブルカ全面禁止法案について「人権侵害の可能性がある」と指摘してもいた。

欧州ではベルギーが同様の法案を審議中で、スペインも禁止法を検討。オランダなども公共建物など一部の場所で禁止している。【7月14日 毎日】
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この“ブルカ”やスカーフの問題は、治安上の問題(全身を覆うブルガの下に武器・爆発物を隠しているかもしれない・・・)、女性の権利の問題、政教分離の問題なども絡んできますが、底流には増大するイスラム系移民への恐怖、文化的軋轢からの嫌悪感などが存在しているであろうことは想像に難くありません。
スイスでは昨年11月、イスラム教モスクのミナレット(尖塔)建設を国内で禁止する憲法改正案の是非を問う国民投票があり、大方の予想を覆して禁止賛成が多数を占めました。

【氏名を隠して履歴書を審査】
こうした反移民・反イスラムの風潮が拡大するなかで、注目されたのがドイツの取り組みを伝える下記の記事です。
****公平な人材採用でサッカー代表に続け、氏名を伏せて審査 独大手5社*****
2010年サッカーW杯南アフリカ大会のドイツ代表チームは、23人の登録選手中11人が移民系という多様性が功を奏し、3位という好成績を収めた。
だが、ドイツの労働市場で活躍を望む移民系ドイツ人たちには厳しい環境が続いている。多くの国では企業が求職者に配偶者の有無や誕生日、国籍などの個人情報を求めるのはタブーとされているが、ドイツでは求職者がこれらの情報に加え、自分の写真まで添えて求人に応募するのが一般的だ。

■多い移民系、根強い採用時の偏見
最新の統計によると、ドイツの人口の約20%は移民系が占めている。ドイツで最大の少数民族はトルコ系で、約300万人が暮らしている。その多くが、いわゆる「ガスト・アルバイター」として1960~1970年代にトルコからやってきた外国人労働者の子どもたちだ。
ドイツ連邦非差別局のクリスティン・リューデルス局長は、トルコ系の求職者が面接までたどりつく割合はほかの人たちより14%も低いと指摘する。
ボンの民間調査機関、労働力研究所が2010年に実施した調査によると、この傾向は特に中小企業で強い。従業員が50人未満の企業では「ファティーフ」や「セルカン」などトルコ系の名前よりも「デニス」や「トビアス」といったドイツ系の名前の人に積極的な対応をするという回答は24%に上った。 

■氏名を隠して履歴書を審査
そこでドイツ連邦非差別局が企業に呼びかけ、氏名を隠して履歴書を審査する試みが2011年秋までの1年間にわたって試験的に行われることになった。家庭用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)や化粧品大手ロレアルなど大手企業5社が自主的に参加する。
リューデルス局長は、無意識な差別意識に採用活動が影響を受けることで、実は大きな犠牲を払っていることを企業に気づいてほしいと語る。
新たな試みの恩恵をうけるのは移民系の人びとだけではない。障害のある人や、幼い子どもがいる女性の求職者にとってもこの試みは有利になるはずだとリューデルス局長は話す。すでにフランス、スイス、オランダ、スウェーデンでなどでは、同様の試みが行われているという。【7月20日 AFP】
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“ドイツの人口の約20%は移民系が占めている”というのも、日本からするとすごいことですが、“氏名を隠して履歴書を審査する試み”というのも日本では考えられない取り組みです。
もちろん、こうした取り組みがどれだけ社会全体に影響を持つものかどうかは定かではありません。
単に、一部企業のイメージアップ戦略的な取り組みなのかもしれません。
ただ、とにもかくにもP&Gやロレアルといった大企業がこうした取り組みに参加するというのは、反移民の風潮とはまた異なる欧州・ドイツの側面を観る思いがします。

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南アフリカ  強まる移民排斥

2010-07-20 23:13:00 | 世相

(多くの死傷者を出した08年5月の移民排斥運動  “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos
http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/2523578806/)

【アフリカの一体感と移民排斥】
ネルソン・マンデラのもとで白人支配体制・アパルトヘイトを廃止に追い込み、アフリカ最大の新興国として経済発展を遂げる南アフリカ。
「ブラックダイヤモンド(黒いダイヤ)」と呼ばれる黒人中間層の台頭も著しいことが伝えられています。
もちろん、長年の人種対立がそう簡単に克服できる訳でもなく、いまだに富の相当部分が一部白人に握られている問題や、黒人優遇策の逆差別による貧困白人層の問題など、多くの課題が残されています。
また、教育や職業スキルを持つ黒人エリート層と、十分な教育機会を与えられなかったアパルトヘイト時代の後遺症を今も引きずる大多数の一般市民の間で、貧富の差が拡大するという黒人の間での格差拡大も大きな問題です。
そして、もう一つの問題が移民の問題です。

先のサッカー・ワールドカップ(W杯)では、「アフリカ人であることを祝おう」とのスローガンのもと、南アチームだけでなく、ガーナなど他のアフリカチームの応援で“アフリカ”としての一体感が大いに盛り上がったとも報じられていますが、一方で、南ア国内には周辺国からの移民を排斥する雰囲気も強くあります。

****南アフリカ:W杯「特需」去り、強まる移民排斥 マンデラ財団も懸念表明****
サッカー・ワールドカップ(W杯)が閉会したばかりの南アフリカで、「職を奪われる」などの理由から移民排斥の動きが高まっている。ズマ大統領が「安定と団結」を呼び掛けるなど沈静化を図っているが移民の不安は解消されていない。18日は人種を超えた融和を呼び掛けたマンデラ元大統領(92)の誕生日で、国連が昨年、「ネルソン・マンデラ国際デー」に制定した。ネルソン・マンデラ財団は一連の移民排斥の動きに懸念を表明している。

W杯決勝戦があった11日、西ケープ州で、南ア住民が移民を襲撃。ソマリア系移民が経営する商店が略奪に遭うなど約70人が地元警察署に避難した。周辺は失業率が約25%と高い。W杯期間限定の短期雇用が終了する不安から移民に暴力をふるったとみられる。
隣国ジンバブエからの移民には母国へ戻る現象も生じている。ジンバブエからは08年の大統領選を巡る混乱により大量の移民が流入している。
ズマ大統領はこのほどW杯成功で信頼を得た南アのイメージを損なうと強く非難。「外国籍住民を傷付けようとする邪悪な行為や計略を孤立させよう」との声明を出した。

南アでは元々、移民に対する暴力が横行していた。08年5~6月には巻き添えの南ア住民も含め、約60人が殺害され、約10万人の移民が一時的に住まいを追われた。今年1月にはムプマランガ州で行政サービス向上を求める抗議デモが暴徒化。移民らの店舗が襲撃された。
W杯期間中から移民への暴力は憂慮されておりネルソン・マンデラ財団は先月末、「憲法は外国人を含む市民の権利を保障している」との声明を出した。【7月19日 毎日】
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【安易な移民利用政策】
南アフリカの移民、特に経済崩壊したジンバブエからの移民については、先月NHKの番組で取り上げていました。
****アフリカンドリーム 第3回 移民パワーが未来を変える*****
サッカーW杯を前に盛り上がりを見せるアフリカ最大の経済大国、南アフリカ。いま、周辺諸国との大きな格差をエンジンに経済成長を加速させている。パスポートがなくても事実上自由に入国できる新たな制度を打ち出した結果、経済破綻した隣国ジンバブエの移民が大量に南アフリカに流れ込むようになった。「安くて良質」と言われるジンバブエの人材が急増し、さらなる経済の飛躍を遂げているのだ。しかし、その一方で、南アフリカの黒人たちの失業率が高まったため、過激な移民排斥運動も起きるようになり、治安がどんどん悪化している。

もともと多くの民族が共存し、国家という意識が薄かったアフリカ。最近、人や金・モノの国境を取り払い、大きな経済圏を作って共に成長を目指すという動きが加速している。番組では、国境を超えて入国してくるジンバブエ人移民を密着取材するとともに、彼らを取り込もうとする南アフリカの企業や大規模農場を取材。ボーダレス化の流れが社会をどう変えていくのか、見つめる。【NHK公式サイトより】
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国内の労働賃金の高騰を背景に、積極的にジンバブエなど周辺国からの移民を取り込み、その安価な労働力で経済発展を更に推し進めようとする政府の施策がうかがえる内容でしたが、こうした政策は、当然に国内貧困層との競合を招き、移民排斥を激化させます。

移民そのものを否定する考えはありませんが、南アフリカの場合、あまりにもそうした面への配慮なしに、単に安価な労働力を入手するという考えだけで移民を受け入れ、結果として移民排斥の問題を引き起こしているように見えます。

【日本もやがて直面する問題】
グローバル化にともない人の流れが激しくなるなかで、移民問題は多くの国を悩ます問題となっています。
欧州各国でも、経済危機で余裕を失っていることもあって、多くの国で移民への反発が強まっています。
日本は現在ほとんど門戸を開いていません。インドネシアやフィリピンからの看護・介護職の人材受け入れについても、高いハードルを設定して事実上日本への定着を拒否しているようにも見えます。
それでも、日系の移民との間での文化的軋轢や、不況の際の雇用停止などの問題は出ています。

今後、日本の労働人口は間違いなく減少します。
移民を本格的に受け入れる時代がやがて到来するのではないでしょうか。
問題は多々生じますが、異質なものを排除するという方向ではなく、なんとか折り合いをつけていく叡智を期待したいものです。

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インド“ユニオン・カーバイド事故” あまりにも軽い判決 アメリカの「ダブルスタンダード」

2010-07-19 15:39:46 | 世相

(事故現場付近で水を汲む住民 事故現場はいまだ数千トンの有毒物質が放置され、地面に流れ出したヘキサクロロベンゼンや水銀などで汚染されていると言われています。その健康被害は今なお拡大し続けています。“flickr”より By Bhopal Medical Appeal
http://www.flickr.com/photos/bhopalmedicalappeal/4128104445/)

【「現存または将来発生するあらゆる(損害賠償)問題は解決済み」】
25年以上前の84年12月3日、インド中部ボパールで「史上最悪の産業事故」と言われる有毒ガス流出事故がありました。
殺虫剤を生産していた米ユニオン・カーバイド社のインド子会社工場が起こした事故で、その犠牲者は死者だけで5000人以上とも、約1万人とも、あるいは2万数千人とも言われます。(事故直後に遺体が川に投げ捨てられるなどして、正確な数字が把握されていないようです。また、後遺症で事故後死亡する者も多くいます。)
負傷者は州政府報告でも56万8千人。また、今も後遺症で悩む者や異常出産などが万人単位の数字で報告されています。

この事故につては、25年が経過した当時の09年12月04日ブログ「インド 世界最悪の産業事故“ユニオン・カーバイド事故”から25年」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20091204)で取り上げたことがあります。
****世界最悪の産業事故から25年、米企業工場が原因 インド****
インド・マディヤプラデシュ州ボパールは3日、米化学大手ユニオン・カーバイドの農薬工場から漏出した有毒ガスで1万人が死亡した世界最悪の産業事故から25年を迎えた。
事故の生存者や支援者らは同日、被害者を追悼し事故の責任を問う行進を行い、汚染の除去を行わない州政府に怒りの声を上げた。
1984年12月3日、工場から大量のイソシアン酸メチルが漏出し、3日間で約1万人が犠牲になった。インド医学研究評議会の調査報告では、後遺症などによる死者も含め、これまでに2万5000人が死亡したとされる。
今週初めに発表された各種研究結果によれば、工場周辺の地下水や土壌の汚染濃度は依然高く、3万人以上が汚染地域に暮らしている。慢性疾患の報告は政府統計で10万人、出生異常も多数報告されている。
ユニオン・カーバイドは99年に米化学大手ダウ・ケミカルに買収されたが、同社は89年にユニオン社とインド政府との間で合意された4億7000万ドル(約400億円)の賠償金支払いで、「現存または将来発生するあらゆる(損害賠償)問題は解決済み」との立場を取っている。【09年12月3日 AFP】
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【「正義は事実上、否定され、葬り去られた」】
この6月、事故から25年以上経過してようやく、ユニオン社の当時のインド法人幹部7人(いずれもインド人)に対する有罪判決が出されました。しかし、その判決は、過失致死罪などで禁固2年。全員、判決直後に10万ルピー(約19万円)の保釈金を払って保釈されたとのことです。
更に、米国本社の当時の会長、ウォーレン・アンダーソン被告は一度も出廷せず、アメリカ・ニューヨーク州の高級住宅地で優雅な生活を送っているとも言われています。

****重い後遺症 「軽い」判決*****
米企業の元会長、出廷せず
・・・・被害の大きさに比べ、6月7日にインドの地方裁判所で言い渡された判決内容はあまりにも軽く、モイリー法相でさえ「正義は事実上、否定され、葬り去られた」と嘆くほどだった。
ユニオン社の当時のインド法人幹部7人(いずれもインド人)は、過失致死罪などで禁固2年。全員、判決直後に10万ルピー(約19万円)の保釈金を払って保釈された。
より重い罪で起訴されていた米国本社の当時の会長、ウォーレン・アンダーソン被告は出廷要請を無視し、一度も姿を現さなかった。裁判では今も「逃亡犯」の扱いだ。インド政府が米国政府に身柄の引き渡しを求めたが、米国側は04年に「十分な証拠がない」として拒否した。
裁判を追ってきたボパール在住のジャーナリスト、ラジクマール・ケスワーニ氏は「事故前に本社から調査団がきて、安全装置の不備を指摘している。本社側が知らなかったはずはない。大国の米国政府に強く言われれば、インド政府は今も昔も反発できない」と憤慨する。

事件後、インド政府は33億ドル(約2900億円)の損害賠償を求める民事訴訟を米連邦地裁に起こした。だが、「インドの事件はインドの法律で裁くべきだ」との判断で、インドの裁判所に「移管」され、89年に4億7千万ドル(約410億円)の補償金を支払うことでインド政府とユニオン社が和解した。
ケスワーニ氏は「和解を仕切った裁判官がその後、国際司法裁判所の判事に任命されたり、刑事訴訟で起訴内容の軽減を決めた裁判官がユニオン社の基金の理事長に就いたりしている。これでは米国側からわいろをもらっていたのと同じではないか」とインド司法の機能不全ぶりを嘆く。【7月18日 朝日】
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事故原因については明確でない部分がありますが、次のような点が挙げられています。
(吉田伸夫氏「科学と技術の諸相」より)
・欧米工場で使用されているコンピュータ管理システムは高価なため導入されていなかった。
・従業員は、充分な教育・訓練を受けていなかったため、適切な措置がとれなかった。
・フロンを利用した冷却系は、経費節減のためスイッチが切られていた
・ソーダ液を循環させてMICを中和する除害塔は、事故の40日前から作動状態になかった。
・有毒ガスを燃焼して無害化するためのフレアスタック(焼却塔)は閉鎖されていた。
・水溶性の有害ガスを溶かして除くための水のシャワーは10メートルの高さまでしか上がらず、30メートルの排気塔から噴出するガスには効果がなかった。
・発生した有毒ガスを導くための予備タンクがあったが、最後まで使われなかった。

総じて言えば、コスト重視からの安全対策の不備であり、周辺に暮らす多数の貧困住民の生命・安全への配慮の欠如があったと言えるでしょう。
ユニオン・カーバイド側はこうした主張を一切認めず、事故はひとりの従業員が検査用の通気孔を通して故意に水をホースで流し込んだ「破壊活動」によるものと結論した調査報告をしています。

国際的人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」は、
「これは歴史的な判決ではあるが、あまりにも軽微で、遅きに失した刑罰である。刑事裁判の判決に至るまでの25年は、災害の生存者や遺族にとっては受け入れがたい長さの期間であった」
「インド人の従業員は訴追され、有罪判決を受けた。しかしその一方で、外国の被告人は海外に留まるだけで司法から逃れることができる。このようなことは絶対に受け入れられない」
「本件においては、インド人の被告に対する有罪判決のみでは不十分であることは明らかだ。インドおよび米国の両政府は、UCCを含む外国の被告も同様に裁判を受けさせるようにしなければならない」
として、アメリカに本拠を置くユニオン・カーバイド社(UCC)に裁判を受けさせるよう要請しています。

犠牲となった住民のあまりの「命の軽さ」、そして事故責任者がその追求を逃れている「現実」に、言葉もありません。
ただ視点を変えると、こうした多大な犠牲者の存在、そして、“賠償金支払いで「現存または将来発生するあらゆる(損害賠償)問題は解決済み」”とする構図は、植民地支配に関する補償請求などでも見られるものです。

【「この内容ではボパールの悲劇を繰り返す」】
興味深いのは、この事故の判決が、インドがアメリカや日本などと進める原子力協力にも影響しそうだということです。
****原子力協力に影響****
事故とその後の判決は、インドが急ぐ原子力発電所の建設や、他国との協力の行方にも影を落とす。米国や日本など海外の企業が設備を納入した原発設備で事故が起きた場合、だれがどこまで責任を負うのか。それを定める「原子力損害賠償法案」の行方が怪しくなり姶めたのだ。
5月に国会に出された政府案は、
① 設備を運営する電力会社が被害者に支払う補償金の上限は50億ルピー(約95億円)
② 設備の供給業者に重過失があった場合、電力会社は支払った補償金を肩代わりさせることができる
③ 被害者が補償金を請求できるのは事故から10年以内
などとした。

ところがボパールの事故の刑事裁判の判決の後、野党から「この内容ではボパールの悲劇を繰り返す」との反発が強まった。法案では、被害者が直接、海外の企業を訴えることができないからだ。野党側は補償金の上限の大幅な引き上げや請求できる期間の延長を求める。
一方、インドの大手紙ヒンドゥーなどによると、この法案について米国は、海外の設備供給企業に高いリスクが及ぶことになる②の削除を求めている、という。
一方で米政府が英BPの原油流出事故で厳しい追及姿勢を見せたことも「米国の対応はダブルスタンダード。インドも外国企業には厳しい態度で臨むべきだ」(最大野党インド人民党)と、反発を高める結果となった。
同法案は、7月下旬から再開される国会で再び審議される予定だが、難航は必至の情勢だ。インド防衛研究分析機構のバラチャンドラン研究員は「いくら2国間の原子力協定が成立しても、この法律が成立するまで、米国も日本の企業も、原子力関連の設備をインドに輸出することはできないだろう」と話している。【7月18日 朝日】
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アメリカ・オバマ大統領のBP原油流出事故への責任追及と比べ、「米国の対応はダブルスタンダード」という指摘はしごくもっとものように思えます。

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緊張高まるカシミール情勢 印パ包括対話で相互不信露呈

2010-07-18 13:37:08 | 国際情勢

(カシミール・スリナガルの早朝水上マーケット イスラム教徒が多いこの地域で女性がこうした場に出てくることは多くありません。夫を亡くしたなどの事情があるのでしょう。写真の女性は多くの男性から妨害を受けているようです。“flickr”より By Daily Travel Photos .::. Pius Lee
http://www.flickr.com/photos/dailytravelphotos/4396453091/)

【カシミールに外出禁令】
ともに核兵器保有国であるインドとパキスタンの関係が独立当初から険悪で、特にインドが実効支配しているカシミール地方の帰属をめぐってはこれまで3回の印パ戦争(47年、65年、71年)が起きているように、南アジアの火薬庫であることは周知のところです。

イスラム教徒が多いカシミールの問題は単なる国境紛争ではなく、“ヒンドゥー教徒が多数派であるが多民族・多宗教の国是(ガンディーの「一民族論」)を掲げるインドと、イスラム教徒は別個の民族と見なすジンナーらの「二民族論」に基づきイスラム教を国教とするパキスタンとの大きく2つの国家に分裂した”【ウィキペディア】両国にとって、互いに国是がかかった問題です。
インドからすれば、イスラム教徒が多いからといってその領有を放棄すれば「多民族・多宗教の国是」が揺らぎます。パキスタンにすれば、イスラム教徒の国としての「建国の理念」から、イスラム教徒が多い同地方の領有は当然の主張となります。

印パ関係は、このカシミール問題をどのように克服して関係を築くかという問題であり、これまで悪化・改善を繰り返してきました。
08年のインド・ムンバイ同時多発テロ事件で悪化した印パ関係について、ようやく関係改善に向けた模索が始まっていますが、カシミール情勢の緊張が高まるなかで、その進展は難しい状況が報じられています。

****反政府デモ頻発 カシミール 発火寸前の“火薬庫” 印パ、相互批判繰り返し*****
インド北部ジャム・カシミール州の夏の州都スリナガルで、6月以降、住民らによる激しい反政府抗議デモなどが続いており、政府は約20年ぶりに現地に軍を派遣して事態の沈静化を図っている。同州はインドとパキスタンが領有権を争う南アジアの“火薬庫”。同州が混乱すれば、帰属問題は解決済みとするインドの立場は、住民の意思による解決を主張するパキスタンに脅かされかねない。両国の思惑のはざまで、住民は不安定な生活を強いられ、怒りを募らせている。

現地からの報道によると、16日、スリナガルを含むカシミール渓谷地域には終日、外出禁止令が出された。イスラム教の礼拝後に、分離独立派が主導する反政府抗議行動が予定されているからだ。治安当局は警戒を強め、現地はかなり緊迫しているもようだ。
スリナガルでは、気候が穏やかになる夏場の反政府抗議行動は珍しいことではない。だが、先月11日、スリナガル市内で17歳の少年が学校からの帰宅中に、中央警察予備隊(CRPF)が発砲した催涙弾に当たって死亡し、この事件が住民たちの怒りに火を注いだ。
それ以降、投石などによる住民の抗議行動が頻発し、その度にCRPFの攻撃で住民が死亡する悪循環が続いている。CRPFの発砲による住民の死者数はすでに15人以上に上っている。カシミール渓谷地域に住む住民の大半はイスラム教徒だ。多くの住民は中央政府から派遣されているCRPFなど治安当局を信用しておらず、むしろ不法な逮捕や暴行の挙に出ていると憎悪を募らせている。

こうした状況に危機感を募らせた州政府は、中央政府に軍の派遣を要請。中央政府は今月7日、あくまでも「抑止力」として軍を派遣した。現地では外出禁止令も出されたため、経済活動は停止状態に追い込まれた。住民は、中央政府に泣きついた州政府も嫌気しており、外出禁止令を無視して、各地で座り込みなど抗議行動を続けている。
カシミール問題は、15日にパキスタンの首都イスラマバードで行われた印パ外相会談でも取り上げられ、双方が信頼醸成に向けた行動を取っていくという方針では一致した。だが、その後の共同記者会見では、各論をめぐる相違点ばかりが浮き彫りになった。(中略)

一方、州民の思いはというと、カシミール渓谷地域の住民の間には、分離独立を希望する声が多いようだ。だが、ヒンズー教徒が多い別の地域では、インド領としてとどまることを希望する声が強いといわれる。印パという国家レベルだけではなく、州レベルでも住民の思いが対立するだけに、“火薬庫”をめぐる問題は極めて複雑だ。【7月17日 産経】
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インド治安部隊が現状にうまく対応できていないことを指摘する報道もあります。
****印カシミール地方に外出禁止令 広がる幻滅、組織的反乱も*****
・・・・インド政府は、パキスタンに本拠を置く武装勢力が騒乱をあおっていると主張しているが、騒乱は同州内部で高まる社会的緊張にも根ざしている。同州政府は権威を失っており、カシミール人の若者の間では幻滅が広がっている。一方、カシミール騒乱は、一部過激派の分離独立運動から、一般市民による暴動へと性格を変えているが、インド治安部隊はこの変化にうまく適応できないでいる。
インド政府がより大きな自治を求める要求に応えなければ、抗議運動は続き、激化するかもしれない。しかし、同国政府は譲歩する姿勢をみせていない。緊張が繰り返し高まり、組織的な反乱の時代に逆戻りする恐れもある。【7月14日 オックスフォード・アナリティカ】
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(シャッターが閉じられたスリナガル市街をパトロールするインド治安部隊 “flickr”より By Austin Yoder
http://www.flickr.com/photos/tbnpf/4689898515/)

【外相会談後の非難応酬】
14日からイスラマバードで行われた包括的対話の一環としての印パ外相会談後の“応酬”については、次のように伝えられています。
****印パ対話:実質的な成果なく テロ対策で相互不信露呈****
パキスタンで開かれた同国とインドの包括的対話は15日、実質的な成果のないまま「信頼醸成を図るための対話の継続」を合意して終わった。しかし会談した両外相は、テロ対策で対立し、会談後の記者会見でも両国が抱える分離独立問題をめぐって激しい応酬を繰り広げるなど、相互不信の根深さを改めて印象づけた。(中略)

記者会見での応酬は、会談中の確執が反映した格好となった。
インド側カシミールで高まっている反政府デモへの対応を質問したパキスタン人記者に対し、(インド外相)クリシュナ氏は「パキスタン側カシミールからの越境者が09年は前年の4割も増えた」とパキスタン側の責任を示唆。直後に(パキスタン外相)クレシ氏は、「越境にパキスタンは関与していない」と強調し、「インドこそ(パキスタン南部)バルチスタン(の分離独立運動)問題にかかわっている」と応酬した。
するとクリシュナ氏は「パキスタンはインドが関与している証拠を見せたことがない」と言い、クレシ氏が「インドがカシミールで人権侵害をしている証拠を得ている」と切り返すと、クリシュナ氏は「インドは地元州政府や人権団体が監視機能を持っている」と反論した。
次回対話も両外相が出席してインドで開催されることが決まったが、日取りは未定。【7月16日 毎日】
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パキスタン外相クレシ氏は、パキスタンの関与を否定していますが、パキスタン側には「ジャム・カシミール州から最後のインド兵がいなくなるまでジハード(聖戦)を続ける」と、住民たちを扇動する勢力が存在するのも事実です。
また、パキスタンにとってカシミール問題は、「パキスタンとしてはアフガニスタンに自国の傀儡政権とも言うべきターリバンを作らせておき、中央アジアにおける貿易やアフガニスタン経由のパイプラインを独占したかった。またインドとのカシミール紛争でラシュカレトイバなどイスラム原理主義過激派を投入しており、それがパキスタン国内にいたとなると国際社会から「テロ支援国家」と非難される恐れがあった。タリバンの支配下にイスラム原理主義過激派を匿いたいという目論みもあって、パキスタンはタリバンを支持した。また、インドと軍事的に対決するに当たって後背のアフガニスタンに親パキスタン政権が建設される事は、パキスタンにとっては極めて重要な関心事項であった。」【ウィキペディア】というように、パキスタンのアフガニスタンへの対応、タリバン支持の姿勢にも深くかかわっています。

いずれにしても、今回の包括的対話は、上記カシミール問題を含め、難題が多いことを印象付けました。
****インド:パキスタンと包括対話再開 信頼醸成は遠く*****
インドとパキスタンが信頼醸成を目指す包括的対話が14日、両国の外相が参加してパキスタンの首都イスラマバードで始まった。08年のインド・ムンバイ同時多発テロ事件で中断されて以降、初の本格対話。両国とも、アフガニスタンを含む地域の安定には両国の関係改善が不可欠として再開を訴えていた。しかし、何を優先課題にするかという「対話の入り口」で依然もめている上、米国の「対テロ」戦の長期化がもたらした地域の安全保障環境の変化も、印パの信頼醸成の道を一層険しくしている。
今回の対話は、4月に両国首脳が合意。16日まで続き、15日に外相会談がある。

インドが関係改善の前提として求めるのは、「パキスタンのテロ対策強化」だ。インドは、ムンバイテロの首謀組織として、パキスタン拠点の武装勢力「ラシュカレ・タイバ」を名指しし、組織ナンバー2を含む計9容疑者の身柄引き渡しを求めている。
しかし、パキスタンは「インドが提示した証拠では不十分」と拒否し、「パキスタンはテロ対策で世界最大の犠牲を払っている」と主張している。
パキスタンが求めるのは、47年の分離独立から領有権争いが続く「カシミール問題の解決」。パキスタンは、「両国カシミールの人々に住民投票で帰属先を選ばせるべきだ」と訴え、国連の仲介も求めている。
カシミールの人々の大多数はイスラム教徒で、インドは住民投票を拒む一方、国連など第三者の仲介も「2国間問題」を理由に否定している。

両国の確執は他に▽インド側からパキスタンへ流れ込む河川の取水を取り決めたインダス水条約(60年制定)で、パキスタンは「インドが条約に反して取水し、パキスタンで干ばつが起きた」と主張。インドは取水も干ばつも否定▽インドはアフガン支援の一環としてパキスタンを通過する鉄道網整備を要求。アフガンでのインドの影響力増大を嫌うパキスタンは拒否▽「領海を侵犯した」として両国が互いの漁師を海上で拿捕(だほ)しあっている--などだ。
これら難題に加え、米国の圧力で進められた対テロ戦で治安や経済が極度に悪化したパキスタンは、米国離れを加速。対米基軸としての中国と戦略的関係を強化しようと、7月上旬に中国と国境をまたぐ鉄道整備や中国からの原子炉支援の継続で合意し、中国と国境紛争を抱えるインドをピリピリさせている。
インド外務省高官は「合意できるのは、対話を継続しようということだけになるかもしれない」と語った。【7月14日 毎日】
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実際、合意したのは対話の継続だけだったようですが、日取りは未定です。

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財政危機のカリフォルニア マリファナ合法化の住民投票、警察業務削減

2010-07-17 15:42:35 | 世相

(カリフォルニア・ロスのベニスビーチ 「The Doctor is in Evaluation Center for Medical Marijuana」
こういうところで簡単に医療用マリファナの処方箋をもらえるとも聞きます。 “flickr” By edeevo
http://www.flickr.com/photos/edeevo/4526981771/)

【時給640円】
アメリカ・カリフォルニア州の財政危機については、昨年7月12日ブログ「アメリカ カリフォルニアをどげんかせんといかん・・・のですが」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090712)でも取り上げましたが、あれから1年たって、事態はあまり改善していないようです。
昨年は州政府の手持ち資金が底をつき、支払われるはずだった州民に対する福祉手当、奨学金、税の還付金など総額37億ドルが支払えない事態となりました。そして窮余の策として、支払いを受けるべき人々に対して借用書(IOU)を発行し、いずれ支払い可能になったら払うことになりました。

****職員の給与を最低賃金にまで削減 財政危機のカリフォルニア州*****
財政危機が続く米カリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事(共和)は5日までに、州職員の給与を法律で定められた最低賃金である時給7ドル25セント(約640円)まで削減する決定を下した。州議会で攻防が続いている新年度の予算が成立するまでの措置としているが、予算成立のめどは立っていないのが現状だ。職員からは「家や車を手放さざるを得なくなるかも」と悲鳴が上がっている。
国家に換算すると世界第8位の経済規模とされるカリフォルニア州の苦闘は、ギリシャ危機などによる世界的な緊縮財政への機運の高まりの中で、興味深い“実験”といえそうだ。(中略)
削減分の給与は、予算成立後に払い戻される。しかし、慢性化している州財政の赤字にともなって、州職員に対してはすでに46日間の無給一時休暇の取得が義務づけられるなど、約14%の賃金カットが行われている中での措置だ。(中略)

カリフォルニア州が現在抱える財政赤字は約190億ドル(約1兆6700億円)。ギリシャなどと違い、同州の財政状況はまだまだ健全で、債務不履行(デフォルト)を予測する声はまったくない。
だが、能力を超えた借り入れの代償はいつか支払わなければならないという鉄則は同じだ。加えて同州には財政均衡規定があり、破綻(はたん)の可能性は現実にはないとしても、赤字削減は緊急課題だ。
同州は昨年7月、支出の繰り延べのためIOUと呼ばれる借用証の発行に追い込まれた。しかし、議会での民主・共和両党の勢力が伯仲する中で、民主党が反対する公共支出の削減も、共和党が難色を示す増税も実現には困難な情勢が続いており、赤字削減に向けた抜本的な対応が取られる気配はない。
党派対立の中で問題が先送りされる構図に、ロサンゼルス・タイムズ紙は「議員たちには予算を通そうというやる気がみられない」と嘆いている。【7月5日 産経】
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記事では財政赤字額は約190億ドル(約1兆6700億円)とされています。シュワルツェネッガー州知事は昨年の施政方針演説で負債総額420億ドル(4兆円超)と言っていました。ただ、いずれの数字も人口3500万人を考えると、一人当たりの金額は数万円から十数万円という程度で、日本の国家・自治体の抱える赤字に比べると“微々たる金額”です。(夕張市の場合、住民1人当たり負債額が500万円近くあったそうです)

それでも財政破たんの危機が叫ばれるのは、アメリカの場合、州や市町村が際限ない財政赤字に陥るのを防ぐため、法律で多くの地方自治体に財政均衡規定が定められており、赤字は繰り延べが認められていないためです。連邦政府にはこのような規定はないため、いくらでも借金できます。

近年のカリフォルニア州の財政危機の理由については、“シリコンバレーが米経済を牽引した90年代、加州には高所得の人々が多かったが、加州は高所得者に対する所得税率が高い(NY市と並ぶ10%)ので、IT関係の人々は流出傾向となった。代わりに加州で増えたのは、米国滞在年数の浅い移民など低所得の人々で、州民の所得構造は、少しの金持ちと多くの貧乏人に二極分化を強めた。加州の税収の半分は、最も裕福な1%の人々への課税によって賄われていた。そして07年以後、金融危機によって、金持ちは投資に大損して州は所得税収が減り、住宅市況の悪化(40%の下落)による固定資産税の減少もあって、税収は激減した。”(09年2月18日 田中宇「揺らぐアメリカの連邦制」)とのことです。

【マリファナ合法化で税収1300億円】
そのカリフォルニア州で、11月の米中間選挙と同時に、マリファナ合法化の是非を問う住民投票が行われます。
カリフォルニアでは現在でもマリファナは医療目的での使用が認められていますが、これをタバコ・アルコールのように全面解禁し、その取引への課税で税収を確保しようというものです。

そもそも、現在のマリファナ事情がどうなっているのかについては、昨年の下記リポートがその雰囲気を伝えてくれます。
****カリフォルニア財政危機で高まるマリファナ合法化論争****
(米国在住ジャーナリスト 森 マサフミ)
カリフォルニア州知事アーノルド・シュワルツェネッガーの発言をきっかけに、マリファナ合法化に関する議論がアメリカでにわかに高まっている。同知事は(09年)5月5日の会見において「議論の時が来た。歳入を増やすアイデアであれば前向きに検討したい」とコメントした。
カリフォルニア州の負債総額は、州知事の施政方針演説によれば420億ドル(4兆円超)に達するとのこと。州税務局は、もしマリファナが合法化されれば、その分年間13億ドル(1300億円)税収があると見積もっている。同州における合法化後のマリファナの売り上げ見込みは年間140億ドル。目下農業の稼ぎ頭である乳製品の年間売り上げ(73億ドル)を、はるかに上回る。

ここでいう合法化とは、タバコ、アルコール同様に嗜好品としての合法化である。そもそも医療目的でのマリファナ使用は、カリフォルニア州では合法だ。マリファナは、痛み止めや減量の効果があり、吐き気、緑内障、ひきつけ、関節炎、不眠症などの病状を和らげるとされている。
もちろん医療用マリファナ購入には処方箋が必要である。さらに医師から推薦状をもらい所定の役所(公衆衛生省)で写真付IDカードの発行(1年有効)を受ける。ただし病状に関してはあくまで自己申告。偏頭痛、精神的不安など物理的診察が難しい病状を訴えても処方箋は発行される。つまり入手は簡単なのだ。
ロサンゼルスのフリー・ペーパー『LA WEEKLY』には、こうした医療目的のマリファナを販売する業者が、多数広告を出している(写真参照)。販売価格は8分の1オンス(3.5グラム)あたり40ドル(4000円)からが相場だ。ここに処方箋とIDカードを持って行き諸々の書類を書き込めば手続き完了となる。
ちなみに『LA WEEKLY』というペーパーは若者をターゲットにしていて、風俗の広告も多い。医療が名目でありながら、あたかも嗜好品のようにして売られているのが実情だ。うたい文句には「ディスカウント」「初めての患者にフリーギフト」「2時までオープン」など、購買をあおる言葉が目立つ。(中略)

マリファナ反対派は、その習慣性が起こす依存症を懸念する。記憶力、認知力の低下など、常用による脳機能への障害もあるという。とはいえ、その障害がタバコ、アルコールと比べどれほど深刻なのかは、疑問視されている。DrugWarFacts.orgという団体は、年間のドラッグが原因となる死亡者数を死因別に分析し、タバコ435,000人、アルコール85,000人、マリファナ0人というデータを発表している。
ちなみにカリフォルニア州におけるマリファナ不法所持への刑罰は、以下の通り。28.5グラム以下の場合、罰金100ドル、服役なし。28.5グラムを超えた場合、罰金500ドル、最大6ヶ月の服役。いずれも軽犯罪扱いだ。ただし、売ったり栽培したり、未成年が関わった場合は、重犯罪となる。

このような状況において、いっそのこと合法化すればという意見はもっともらしく聞こえる。軽犯罪者を裁く経費として年間10億ドル(1000億円)の税金が節約できるという声もある。一方で、子供が簡単に入手できるようでは困るという反論もある。大人が自分の責任で吸うのは構わないが、発育途中の子供に吸われるような事態だけは、何としても回避せねばなるまい。(後略)
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【被害者自身がPCで被害報告書を作成しネット経由で提出】
カリフォルニアの財政危機絡みの話題がもうひとつ。
****米オークランド:44種の犯罪通報受けず…警察官1割削減*****
財政難から警察官の1割が削減された米カリフォルニア州のオークランド市警察は19日から、横領や器物損壊など44種の犯罪について911番通報(日本の110番にあたる緊急電話)に対応するのをやめる。44種の犯罪については被害者自身がパソコンなどで被害報告書を作成しインターネット経由で提出するよう求める。
 ◇横領、器物損壊…被害者がネットで報告
市警は殺人やレイプなど進行中の暴力的な犯罪以外の緊急性の低い電話通報には、これまで通り対応するほか、保釈者監視チームをパトロール班に振り向けるなど組織編成を見直して対応する。
自宅でパソコンやインターネットを使えないお年寄りや低所得者らが、器物損壊などで捜査を求めるには、警察署へ足を運び署内のロビーにある端末から被害報告を入力しなければならないという。
人口約40万人の同市は776人の警察官に対し、これまで市が負担していた年金積み立てについて、給与から9%を充てるよう求める人件費抑制案を提案した。警察官組合は了承する代わりに少なくとも3年間は解雇しないと保証するよう要求。市は1年間の雇用確保しか回答しなかったため、13日に交渉が決裂し80人が一時解雇された。
市はこれまでも無駄な予算を削り、警察と消防だけで一般予算の75%を占めるほどスリムな財政構造。市が増税案の是非を住民投票にかける11月までは、警察官の増員は実現しそうもない。【7月17日 毎日】
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マリファナの健康への影響には知識を持ち合わせていませんし、オークランドの状況も上記記事以外にはわかりません。
そうした個別の問題はともかく、日本的常識からすると極端にも思えるこうした対策が実行されるところに、アメリカの住民自治というか、「自分たちの社会のルールは自分たちで決める」という意思を感じます。
日本ではいまだに「政治はおかみがやるもの」という意識で、住民・メディアは無責任な批判・あげ足取りに終始しています。そんな日本の状況とはかなり違う雰囲気をカリフォルニアの財政危機対策に感じた次第です。

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混迷するアフガニスタン情勢  アメリカは戦略継続、更なる増派・撤退延期も

2010-07-16 23:24:07 | 国際情勢

(「英雄的存在」のペトレイアス司令官 7月4日のISAF司令部でのセレモニーで。 6月15日の米公聴会出席時には、脱水症状と時差ボケで倒れるという出来事もありました。 アメリカの期待が重くのしかかっています。 “flickr”より By isafmedia
http://www.flickr.com/photos/isafmedia/4759206531/)

【「アフガン軍と多国籍軍は協力して武装勢力と戦わなければならない」】
アメリカのアフガニスタン戦略の柱は、現地の人々を味方につけて、その助けを借りてゲリラやテロリストを掃討するという「対反政府武装勢力(COIN)戦略」と呼ばれているものです。
現地住民の支持の前に、当然ながらアフガニスタン軍・警察との密接な協調が前提になりますが、このところNATO軍がアフガニスタン軍を誤爆し、アフガニスタン軍兵士がNATO軍兵士を殺害して逃亡するといった、協調どころではない事件が相次いでいます。

****アフガニスタン:米軍機がアフガン軍部隊誤爆? 7人死傷****
アフガニスタン国防省によると、同国中部ガズニ州で6日、米軍機が地上のアフガン軍部隊を爆撃し、アフガン兵5人が死亡、2人が負傷した。同省は7日、「(駐留米軍は)過去に何度もアフガンの治安部隊を誤爆してきた。これを最後にすべきだ」と異例の非難声明を出した。
アフガン国防省のアジミ報道官によると、6日未明、旧支配勢力タリバン戦闘員がいるとの情報がアフガン軍に寄せられた。アフガン軍部隊が現場の同州アンダール地区を捜索していたところ、突然、飛来した武装ヘリにミサイル攻撃されたという。
米軍側に同様の情報があったかどうかは不明。アフガン国防省はアフガン軍の単独作戦だったとしている。
国際治安支援部隊(ISAF)報道官は、「(現場は当時)暗く標的を誤った」とだけ述べた。ISAFの司令官は、先月23日にオバマ米大統領に解任されたマクリスタル氏に代わり駐留米軍司令官に就いたペトレアス氏が兼務している。【7月7日 毎日】
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****アフガンでNATO軍の誤爆相次ぐ 市民や兵士が犠牲に****
アフガニスタンに展開する北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)は9日、東部パクティア州でNATO部隊による誤爆で市民6人が死亡、数人が負傷したと発表した。
ISAFによると、同州ジャニケル地区で8日、地上部隊が撃った砲弾が標的に及ばずに着弾した。AP通信によると、当初8人の負傷者しか確認できなかったが、その後の調査で死者がいたことがわかったという。【7月10日 朝日】
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****アフガン軍:NATO軍3兵士を殺害 銃撃後、逃走*****
アフガニスタン国防省は13日、同国南部へルマンド州でアフガン軍が北大西洋条約機構(NATO)軍部隊を銃撃し、兵士3人を殺害したと発表した。死んだのは、同州で米軍と大規模軍事作戦を展開中の英軍兵士とみられる。
銃撃が故意か過失かは不明だが、撃ったアフガン兵らはそのまま逃走したという。
駐留米軍の司令官を兼務するペトレアスNATO軍司令官は、「アフガン軍と多国籍軍は協力して武装勢力と戦わなければならない」と異例の声明を出した。中部ガズニ州では6日、米軍機がアフガン軍部隊を爆撃してアフガン兵7人が死傷し、アフガン政府が非難していた。【7月13日 毎日】
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「アフガン軍と多国籍軍は協力して武装勢力と戦わなければならない」・・・こんな当たり前のことを声明として出さなければならない状態では、タリバン掃討の見通しは暗いものがあります。

【各国が撤退を早めるなかでアメリカは・・・】
泥沼化するアフガニスタンから、アメリカ以外の国はなるべく早期に手を引こうとしているようです。
カナダやオランダは、11年末までに戦闘部隊を撤退する姿勢をみせています。

アメリカの最大の盟友イギリスも、国内世論に配慮して撤退ムードです。
****南部の危険区から「撤退」=英軍、治安責任を米軍に―アフガン****
フォックス英国防相は7日の下院で、アフガニスタン南部のヘルマンド州北部にあるサンギン地区に展開する英軍部隊について、年内に同州中部に再配置し、治安責任を米軍に移譲する方針を発表した。同地区は反政府勢力タリバンの活動が活発で、「アフガン最悪の危険地帯」とされる。
英軍は2001年のアフガン侵攻以来、兵士312人の犠牲者を出し、このうち3分の1近い約100人がサンギン地区で死亡。英軍は権限移譲を「(同州での)外国軍再編成の一環」と説明するが、犠牲の増大で国内の厭戦(えんせん)ムードが強まる中、事実上の「撤退」を余儀なくされた形だ。【7月7日 時事】
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ただ、アメリカは出口戦略を示していますが、より早期の撤退を求める声は国内では強くないようです。
“6月29日に発表された、米ギャラップ社の世論調査によると、オバマ大統領が提唱する11年7月のアフガンからの撤退開始を支持する者が58%、38%は反対だった。反対した者の28%は撤退期限を設けるべきではないとし、より早期の撤退を求める者は7%に過ぎなかった。
与党・民主党は、アフガンの対テロ戦争の行方、無期限の軍事作戦に伴う費用に懸念を深めているものの、民主党議員はオバマ政権の政策を妨害したくないと考えている。
現在の野党・共和党がアフガン戦争を開始したこともあり、共和党もアフガンへの増派やペトレイアス司令官の任命を支持している。”【7月16日 オックスフォード・アナリティカ】

【英雄的存在 ペトレイアス司令官】
アフガン駐留米軍トップで、ISAF司令官も兼務していたマクリスタル米陸軍大将がオバマ政権幹部を批判した発言が米紙ローリング・ストーンに掲載され、文民統制に反するとして6月23日、更迭されました。
後任には上司でもある米中央軍のペトレイアス司令官が任命されましたが、ペトレイアス司令官は「COIN戦略」の生みの親でもありますので、アフガニスタンにおけるアメリカの戦略は今後も変わらないと見られています。

また、ペトレイアス司令官はイラクの治安回復を成功させたとして、党派を超えて絶大な評価を受けている英雄的存在で、だれにとっても批判しづらい人物です。
オバマ大統領としても、マクリスタル前司令官を更迭したことに加えてペトレイアス司令官とも対立すれば、アフガニスタン軍事作戦への国民の支持を確保できなくなり、再選の見通しも不透明となります。
“そういった事情から、ペトレイアス司令官はホワイトハウスからの干渉をほとんど受けずに、作戦を遂行できる強い立場にある。同司令官は、作戦の遅れを理由に、さらなる増派と撤退の延期を求めるかもしれない。”【7月16日 オックスフォード・アナリティカ】

アフガニスタンの情勢はアメリカにとっては厳しいものになっています。ペトレイアス司令官も「アフガンでの任務は困難で、容易なことは何一つない」と語っています。
****ペトレイアス新司令官、タリバン“本丸”いつ掃討*****
・・・・南部ヘルマンド州マルジャでは、マクリスタル氏の指揮下、鳴り物入りで掃討作戦が2月に幕を開けた。ゲーツ米国防長官は6月、「マルジャはタリバンの支配から解放された」と米議会で証言した。だが、マルジャにあるホテルの経営者アブドラ氏(40)は、「マルジャの7割はいまだにタリバンの支配下にある」と否定する。
行政機能の立ち上げにしても、カルザイ政権に任命された政府高官が治安の悪さから現地入りできない地区が残っている。
また、タリバンは「日没後になるとパトロールし、農作物の収穫量の3%を上納するよう住民に強要している」(アブドラ氏)という。そうしたタリバンの動向もにらみ、軍事的成果だけではなく、住民の気持ちをつかむことも重視されたマルジャでの作戦は、情勢転換の突破口を開くものとはなっていない。

 ■作戦は秋ごろか
ISAFとアフガン軍は、タリバン発祥の地、南部カンダハル州での大規模な掃討作戦に向けて準備に入っている。5日付の英紙フィナンシャル・タイムズによると、カンダハル市内では小規模な軍基地の設置などが始まっている。
同州で掃討作戦を実施するのは、タリバンを彼らの“本丸”から追い出し、カルザイ政権に幻滅している住民の支持を取り戻すことができれば、戦況を一変できると、ISAFなどは考えているからだ。だが、成果を上げられなければ、アフガン全土でタリバンをさらに勢いづかせ、外国部隊の撤退を加速させる危険性もはらむ。
作戦の開始時期は当初、6月といわれていたが、秋頃になるとの見通しが強まっている。その理由についてアフガン議会筋は、国会議員や地方議員ら約1600人が参加してカブールで6月に開催された「ピース・ジルガ」(平和会議)が、カルザイ大統領にタリバンとの対話を要請し、「カルザイ氏は対話の時間を稼ぐために作戦開始に同意しなかった」と説明する。
タリバン掃討への住民の支持が得られないことを理由に、同州で強い影響力をもつカルザイ氏の弟が同意しなかったとの説もある。住民が支持を躊躇(ちゆうちよ)するのは、タリバンが政府への協力者とみなす地元有力者らを頻繁に暗殺し、住民らに恐怖を植え付けているからだ。タリバンのそうした手法は効果を発揮している。

 ■米兵死者最多に
米軍などが苦戦しているのは南部だけではない。パキスタンの部族地域と国境を接している東部のヌリスタン、ナンガルハル、クナール3州では、南部における掃討作戦に対抗し、パキスタンからの武装勢力の流入が加速しているという。「情勢は日々悪化している」(地元ジャーナリスト)といい、クナール州では、アフガン軍と駐留外国部隊が掃討作戦に着手した。6月30日に、ナンガルハル州のジャララバード飛行場が武装集団に襲撃されたほか、各地で武装勢力との戦闘が続いている。
AP通信によると、6月の駐留外国部隊兵の死者数は、2001年の米軍によるアフガン攻撃開始以来、月間死者数としては最も多い103人となった。このうち60人は米兵で、米兵の死者数も月間最多だった昨年10月(59人)を上回った。
駐留外国部隊の現在の規模は約12万人。8月に米軍の3万人増派が完了すれば15万人体制となる。アフガン軍は12万5千人を超え、今年度の育成目標の13万4千人に届こうとしている。増強された戦力をペトレイアス氏がいかに指揮していくのか、手腕が試される。【7月7日 産経】
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米韓合同訓練、日本海も含める形に変更  台頭する中国、南シナ海を「核心的利益」と位置付け

2010-07-15 23:10:05 | 世相

(中国海軍の艦船 “flickr”より By blue wing
http://www.flickr.com/photos/bluewing/110600364/)

【「中国の安全保障への挑戦」】
黄海で行われることが予定されていた米空母も参加する米韓合同演習について、中国が激しく反発、その成り行きが注目されていました。

3月の韓国哨戒艦沈没事件について国際調査団は5月、「北朝鮮の魚雷攻撃」と断定。これを受けて韓国は黄海での米韓合同訓練を発表しました。この合同訓練には神奈川県の米軍横須賀基地に配備されている原子力空母「ジョージ・ワシントン」の参加すると言われています。
しかし、中国は北京など華北地区の「玄関口」にあたる黄海での訓練に敏感に反応しています。

****中国の圧力 韓国は反発 大幅遅れの米韓合同演習 黄海から変更か*****
・・・・韓国政府内には国連安保理など外交的配慮からやむなしの声がある一方、マスコミ論調などでは「中国の干渉は主権侵害」と反発、あらためて反中国感情を刺激されている。
・・・・米韓合同演習については韓国国防相が5月24日、哨戒艦事件が起きた同じ海域の黄海を舞台に、北朝鮮への警告、制裁の一環として実施すると発表。演習には日本を基地にする空母「ジョージ・ワシントン」をはじめ米第7艦隊の主力が参加し、対潜水艦作戦を中心に韓国海軍と大規模演習を行う予定だった。
しかし米韓はその後、対北非難を目指す国連安保理で中国を巻き込むため、外交的配慮から演習を延期したまま、時期を決めるにいたっていない。

しかし最近になって中国が「中国近海への外国艦艇の進入は中国の安全を侵すものだ」と公式に反対を表明し、中国のメディアも「中国の安全保障への挑戦」「米中に海上衝突の危機」などと相次いで非難の報道をしたため、議論がわいている。
哨戒艦事件で北朝鮮を“擁護”し続ける中国に不満が強い韓国では「北朝鮮の挑発・攻撃に備える米韓演習にさえ中国はいちゃもんをつけている」との印象が強い。
韓国にとって黄海での演習中止は中国ひいては北朝鮮への“屈服”になる。このため米空母の日本海への“転進”はやむなしとしても、黄海での演習自体はなんとしても決行したい。
黄海と日本海での分散実施案は「外交と軍事の折衷」というわけだが、韓国メディアは「韓国が自国の領海や隣接する公海で演習することに対し中国が文句をつけるのは主権侵害だ」(9日、東亜日報)とか、「われわれはあまりに中国を知らなかった」(7日、韓国日報)などと対中警戒をむき出しにしている。【7月14日 産経】
***************************

結局、この問題は訓練海域を黄海と日本海とし、米空母は日本海での演習に参加する・・・という形で決着する模様です。

****日本海と黄海で米韓軍事演習へ 沈没事件の対抗措置*****
米国防総省のモレル報道官は14日の会見で、韓国哨戒艦沈没事件を受けた米韓の新たな合同軍事演習を、近く日本海と黄海で実施すると発表した。日時や参加部隊などの詳細は、21日にソウルで初めて開く米韓の外務・防衛担当4閣僚(2プラス2)会合後に発表する。
米韓両政府によれば、7月末に日本海で新たな演習を実施。その後、8月に米軍主導で実施する米韓合同演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」や対潜水艦合同軍事演習を黄海や日本海など、朝鮮半島周辺海域で行う。日本海での米韓軍事演習はこれまでも行われている。
韓国政府高官によれば、中国が参加に強い警戒感を示していた米海軍の原子力空母ジョージ・ワシントンは、韓国側が希望した黄海ではなく、日本海での演習に参加する。
モレル氏は「北朝鮮を抑止する明確なメッセージを送り、韓国を防衛する我々の確固たる責任を行動で示すものだ」と強調した。中国が黄海での演習に懸念を示してきたことについては「公海上での実施は我々が決めることだ」と指摘した。
ただ、今回、演習海域に日本海を加え、空母を日本海の演習に参加させるのは、黄海に特化した印象を薄め、演習の中止を求めていた中国の反発を和らげる狙いもあるとみられる。・・・・【7月15日 朝日】
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【「沿岸海軍から大洋海軍へ」】
中国をこれ以上刺激することは避けつつ、米韓のメンツはたてつつ・・・という分散実施案ですが、やはり強まる中国の発言権が印象に残る結果となりました。
特に、中国海軍は最近その目覚ましい拡充ぶりが注目されており、2012年には空母の実戦配備も予定されています。

****中国初の空母、2012年に実戦配備か****
米太平洋軍のウィラード司令官(海軍大将)は先週、米下院軍事委員会に対し、「中国が2012年に初の空母を実戦配備し15年には国産の空母を進水させる」との見方を示した。
ウィラード司令官は、中国が1998年にウクライナから購入した空母「バリャーク」を修理、改造し、2012年に実戦配備するとともに、空母の基本技術を向上させるのに使うとみていることを明らかにした。(中略)

軍事専門家は、バリャークが2012年に実戦配備されるとの見方について、「中国は『大洋海軍』へと向かう重要な段階を踏んでいる」と評価した。ウィラード司令官は報告の中で、「中国人民解放軍は最近の数年間で領土防衛を超える役割や 任務を遂行し、新たな軍事的発展段階に入った。中国軍の現代化が彼らの言葉通りに「純粋な防衛目的」かどうかはさらに観察が必要だ」と強調した。
中国は昨年4月、海軍創設60周年を迎え、「沿岸海軍から脱却し、大洋海軍として生まれ変わろう」と強調。昨年10月の建国60周年に際しては、最新鋭の兵器数十種類を公開した。また、最近は空母建設計画を発表したのに加え、ソマリア海域に海軍を派遣し、インド洋、南シナ海での活動拡大を図っている。
バリャークは旧ソ連時代の空母で、全長302メートル、幅73メートル、満載排水量6万7500トン。乗組員1960人、航空要員626人が乗船でき、航空機52機を搭載可能だ。中国は1998年に同艦をマカオ経由でウクライナ造船所から2000万ドル(約18億8000万円)で購入した。【4月2日 朝鮮日報】
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4月に中国海軍の艦隊が沖縄本島と宮古島の間を通過して大規模演習を太平洋で行い、艦載ヘリが2度、監視中の日本海自艦船の約90メートル近くまで接近した件は、日本でも話題になりました。
「沿岸海軍から脱却し、大洋海軍として生まれ変わろう」という中国海軍の成長を見せつけるものでもありました。

【南シナ海は「核心的利益」】
中国にとって海軍力は軍事的要請に加え、経済上の要請もあると言われています。
“海軍力増強を推し進める車輪のひとつが軍事的な要請だとすれば、もうひとつが経済上の要請である。
海洋の豊富な天然資源や漁業資源を獲得し、原油など海外の資源エネルギーや自国産製品を輸送する海上交通路を確保することは、中国が高度成長軌道をひた走ればひた走るほど、死活的重要性を帯びてきた。
例えば、中国が一方的に主張する管轄海域約300万平方キロの半分までが、東南アジア諸国や日本などと領有権を争う海域であり、中国は海軍力が脆弱(せいじゃく)なころには半ば放置していたこの海域でも、声高に領有権を主張し出し、周辺諸国とのトラブルを増やしている。”【5月22日 産経】

****中国、南シナ海は「核心的利益」 米に表明、権益獲得へ****
中国政府が3月、軍事・通商上の要衝で、アジア各国による係争地域を抱える南シナ海について、中国の領土保全にかかわる「核心的利益」に属するとの新方針を米政府に初めて正式表明していたことが3日、分かった。中国はこれまで台湾やチベット、新疆ウイグル両自治区などを「核心的利益」と位置付けてきた。新たに南シナ海を加えたことで、同海域の海洋権益獲得を強硬に推し進める国家意思を明確に示した。【7月3日 共同】
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日本との間では東シナ海ガス田共同開発問題がありますが、中国は海軍力増強を背景に石油・ガスの資源が眠っていると言われる南シナ海への圧力を強めています。
約100の島々からなる南沙諸島については、中国・台湾・ベトナム・フィリピン・マレーシア・ブルネイの6カ国が領有権を主張して争っています。
西沙諸島を争うのは中国とベトナムで、74年と88年には軍事衝突を起こしています。

今後、「核心的利益」と位置付けた南シナ海へ、中国海軍が空母を備えた外洋艦隊として進出してくることが予想されますが、そのことはベトナムなど周辺国のナショナリズムを刺激し、軍事力強化へと向かわせることともなります。
日本の防衛の在り方も再検討を迫られるのではないでしょうか。

【中国を牽制するアメリカ】
一方、中国の台頭を牽制するアメリカの動きとして、次のような記事がありました。
****中国に警告か 米ミサイル潜水艦3隻同時出現*****
米国海軍の巡航ミサイル搭載の新鋭原子力潜水艦3隻がアジアからインド洋にかけて初めて同時に出現し、中国を抑止する構えをとったことが12日までに明らかにされた。最近、増強の顕著な中国海軍への警告も込められているという。
12日発売の米誌タイム最新号によると、米海軍の潜水艦では最大のオハイオ級改良型「USSオハイオ」が6月28日にフィリピンのスービック湾に浮上。同型の「USSミシガン」も同日、韓国の釜山に寄港した。さらに「USSフロリダ」もこの日、インド洋ディエゴガルシアの米英合同海軍基地に浮上した。(中略)

タイム誌によると、米海軍は欧州方面での緊張緩和に伴い、オハイオ級改良型潜水艦などの戦力配備の比重をアジアに移し、特に中国海軍のアジア太平洋からインド洋での増強に注視、3隻のSSGNを同時に中国の近海域に浮上させることは前例がないという。
報道はこの巡航ミサイル搭載潜水艦の動きを「中国周辺での米軍ミサイル配備が(中国への)メッセージ発信」と評し、ワシントンの戦略国際研究センター(CSIS)中国専門家のグレーサー研究員の「米軍は太平洋の部隊を増強する決定を下しており、その動きを中国がまず注意することは疑いがない」というコメントを紹介し、潜水艦3隻の同時登場が中国への抑止効果を狙ったことを伝えている。
中国側では在米中国大使館報道官が「この米軍の動きは地域の平和、安定のためであり、それに反する目的ではないことを望む」と論評したという。【7月13日 産経】
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日本周辺を含んだ東アジア・東南アジアの海では、台頭する中国海軍、牽制するアメリカの引き起こす大きな波が立ち騒ぎそうです。

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破綻国家ソマリアの武装勢力、平和維持軍派兵国ウガンダで自爆テロ

2010-07-14 23:39:00 | 国際情勢

(戦火から逃れるソマリア難民 “flickr”より By ICRC
http://www.flickr.com/photos/icrc/4405406345/)

【「戦争相手だから攻撃した」】
アフリカ・ウガンダの首都カンパラで11日に起きた自爆テロは、同じアフリカのソマリアの武装勢力によるものと見られています。

****ウガンダ連続爆破事件、ソマリアの武装勢力が犯行声明*****
ウガンダの首都カンパラで11日夜に起きた連続爆破事件で、無政府状態にあるソマリア南部を支配するイスラム武装勢力シャバブが12日、AP通信の取材に対して犯行を認めた。ウガンダ政府によると死者数は74人に増えた。
AP通信などによると、シャバブの広報担当アリ・ラゲ師は「(ウガンダ政府は)戦争相手だから攻撃した。誰も我々のイスラムの任務遂行を邪魔できない」と語った。シャバブは国際テロ組織アルカイダの一派で2007年から勢力を強めてきた。国外で攻撃をしかけたのは初めて。周辺諸国の懸念は増大する。
シャバブは9日、ソマリアの首都モガディシオのモスク(イスラム礼拝所)であった金曜礼拝で、ウガンダとブルンジを攻撃対象に挙げていた。ソマリア暫定政府を支えるため駐留する、アフリカ連合の平和維持部隊の主力が両国だからだ。ウガンダ政府はまた、ソマリア兵の訓練場所も提供している。

爆破は11日午後10時55分(日本時間12日午前4時55分)ごろ、カンパラのエチオピア料理店で起き、その20分後にラグビー施設でも起きた。被害者らはW杯の決勝戦をテレビ観戦中で、試合の終了直前に爆発が起きた。地元住民のほか、エリトリア、エチオピア、米国の人々が巻き込まれた。
現場からはバラバラになったソマリア人男性の遺体が見つかり、自爆犯と見られている。ウガンダのムセベニ大統領は12日、現場を訪れ、「サッカー観戦客を爆破するなんて。絶対に犯人を捕まえる」と憤った。シャバブはサッカーがイスラムに反するとの独自解釈に基づき、W杯観戦を禁じてきた。【7月13日 朝日】
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【なぜウガンダ・ブルンジが?】
テロの理由は“(ソマリアへ派遣されている)アフリカ連合の平和維持部隊の主力が(ウガンダ・ブルンジの)両国”だからというものです。
“主力”とありますが、ウガンダ・ブルンジ以外に、アフリカ連合の平和維持部隊としてソマリアへ兵員を派遣している国があるのでしょうか?

ソマリアは長年の内戦で中央政府が機能しない「破綻国家」、事実上の無政府状態です。
暫定政府は存在しますが、首都モガディシオの数ブロックといったごく限られたエリアを死守しているにすぎず、それもウガンダ、ブルンジによるアフリカ連合(AU)の平和維持部隊の支援によるもので、もしこの支援がなければ崩壊必至といわれています。

ソマリアで攻勢をかけているのはイスラム原理主義の「シャバブ」と「ヒズブル・イスラム」の2組織が中心で、双方とも源流は2006年に半年だけソマリア統一を果たした「イスラム法廷連合」に行き着きます。
「シャバブ」はアルカイダとの連帯を表明しており、アメリカの支援でソマリアに軍事介入したエチオピアと敵対するエリトリアからの支援を受けているとされています。

暫定政府のアハメド大統領は、2009年5月段階で国際社会に対して「(暫定政府が倒れれば、国際テロ組織アルカイダの影響下にある支配体制がモガディシオに確立される恐れがあり)イラクやアフガニスタンに続くテロの聖地になってしまう」と、ソマリアへの軍事介入を求めています。
しかし、特段の資源もない破綻状態にあるソマリアへ介入しようという国はなかなかありません。

AUは07年1月、ソマリアへ8000人規模の部隊派遣を決定しましたが、これに従って派兵したのはウガンダだけで、その後ブルンジが続いています。
ウガンダとブルンジの両国はアフリカ連合(AU)の平和維持部隊として合わせて5000人の兵士をソマリアに駐留させており、シャバブは両国を攻撃対象とすると繰り返し脅してきました。
AUは先週、ソマリアPKO部隊を2000人増派して8100人とする方針を示し、イスラム過激派の強い反発を招いていました。

しかし、国内がさほど安定している訳でもないウガンダが、ナイジェリアやガーナなどが派兵を実行しないなか、なぜ派兵しているのか?ブルンジに至っては、世界銀行によれ1人あたりGNI(名目)は100ドル(2005年)で世界最下位といった国で、とても海外派兵の余力があるよういは思えません。
全くの推測ですが、アメリカあたりからの資金援助が出ているのでしょうか?

【見捨てられた国ソマリアからのテロ輸出】
1990年代、ソマリアでの平和維持活動(PKO)を積極的に行っていたアメリカ・クリントン米政権ですが、93年10月に米軍ヘリ「ブラックホーク」が撃墜され、米兵の遺体が裸で街中を引き回されたことを機に撤退を決めています。 国連PKOも95年には撤退しています。

それ以来、アメリカはソマリアへの直接的な介入は控え、周辺国のエチオピアを代理にたてたりしていました。
しかし、ソマリアが“第2のアフガニスタン”と化すのを防ぐため、軍事支援を強化するなどオバマ政権は再びソマリアに関与する方針を打ち出しています。ただ、「ブラックホーク」撃墜のトラウマもあって、直接的な派兵の予定はないようです。

海賊対策への軍艦派遣は各国とも熱心ですが、直接介入については、アメリカが動かなければ他の国も動かない・・・というのが現実です。
国連もPKO部隊の再派兵は断念しています。
潘事務総長は07年11月8日の安保理への報告で、PKO部隊の派遣を見送る代わりに、アフリカ連合(AU)独自の平和維持部隊を支援する考えを表明しました。

AUはこの年の1月、ソマリアへ8000人規模の部隊派遣を決定しましたが、治安の悪化で当時はウガンダ軍1600人の派遣にとどまっていました。
このため、事務総長の提案には「国連にできない派遣が、なぜAUにできるのか」(外交筋)との疑問も出ていました。

果てしない内戦に明け暮れるソマリアは国際社会からも見捨てられた形で現在に至っています。
そうするなかで、懸念されたようにテロが国外に輸出される事態となっています。

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パレスチナ・ガザ封鎖緩和  なおも困難な生産活動の復興

2010-07-13 23:40:16 | 国際情勢

(昨年9月 ガザの果物店 イスラエルによる封鎖下でも「トンネル」密輸で商品は入ってきていたようです。
ただ、価格は高くなります。 “flickr”より By omar shala
http://www.flickr.com/photos/43575175@N03/4184947958/)

【搬入許可品リストから禁輸品リストへ】
パレスチナ・ガザ地区の経済封鎖を行ってきたイスラエルは、ガザ支援船団強襲事件への国際批判をかわすため、また、ネタニヤフ首相が訪米してオバマ大統領と会談するのに先立ち、イスラエルとしても努力していることをアピールする「手土産」として、6月20日、ガザ地区封鎖を一部緩和する措置を発表しました。

****イスラエル:ガザ封鎖緩和、民生品の搬入許可へ 首相発表*****
イスラエルのネタニヤフ首相は20日、07年6月以降続くパレスチナ自治区ガザ地区の封鎖を同日付で緩和すると発表した。武器や軍事用に転用可能な物資を除き、「すべての民生品」の搬入を許可するという。
首相府が声明を発表した。先月末、ガザへの支援物資を積んだ船団をイスラエル軍が急襲し、世界から厳しく批判されたのを受け、政府が17日、封鎖の一部緩和を決めていた。

これまでは、人道支援物資など約100品目の搬入許可品リスト(非公表)を定めていたが、今後は禁輸品リストを発表し、リストにない品目すべての搬入を認める。
搬入が強く望まれていたセメントなど建設資材は、国連による学校建設事業などに限って認められた。イスラエルの攻撃で破壊された街の再建につながるかは微妙だ。また、「(地区を実効支配するイスラム原理主義組織)ハマスが戦闘能力を高めることにつながる物資」の流入を阻止する方針に変わりはなく、海上からガザへ物資の直接搬入も認められなかった。

住民のガザ地区からの移動については「(治安)状況が改善すれば、出入りの方法を検討する」と述べるにとどまった。AP通信によると、ハマス幹部は発表を「詐欺」と非難。「農工業に必要な原材料やセメント、鉄などを搬入し、世界とガザの輸出入を再開する必要がある」として、封鎖の全面解除を求めた。【6月21日 毎日】
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民間住宅復興に必要なセメントなどの建設資材に制約が課せられている問題がありますが、これまでに比べれば「一歩前進」ではあるでしょう。
国際社会は、概ね今回の緩和を歓迎しています。

****ガザ封鎖緩和…米露、EU、国連が歓迎声明*****
中東和平を後押しする米国、ロシア、欧州連合(EU)、国連の4者は21日、イスラエルがパレスチナ自治区ガザの封鎖緩和を発表したのを受け、「歓迎すべき進展」と評価する声明を発表した。
一方、イスラエルのバラク国防相は同日、国連本部で潘基文事務総長と会談した。レバノン当局が21日、ガザに向かう支援船の出港を許可したと指摘し、記者団に「無責任だ。暴力に結びつく摩擦が生じかねない」と批判した。【6月22日 読売】
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今回緩和によって、これまでエジプトからの「トンネル」経由の密輸入に頼っていた商品の価格は下落しているようです。
また、「トンネル」密輸業者は需要が減少して苦境に陥っているとも。
「トンネル」の掘削工事、「トンネル」経由の物品搬入に対してハマスは課税を行っており、ハマスの財政状況はこの「トンネル」課税で潤っているとも言われています。その意味で、今回緩和措置による「トンネル」物流の衰退は、ハマスにとっては痛手になるのかも知れません。

【入手困難な原材料】
イスラエル製消費財が流入するようになったのに対し、ガザの地元業者が必要とする原材料の入手は困難な状態が続いており、地元産業の生産活動復興にはつながっていない、むしろイスラエル製商品流入でますます困難になっているとも報じられています。
****ガザ地区:封鎖緩和されたが…ものづくりによる復興課題に****
イスラエルによる封鎖措置が緩和されたパレスチナ自治区ガザ地区を6~8日に訪れた。搬入される生活物資などの量は以前より約3割増加し、食料品が値下がりするなど一定の効果が見られるものの、「ガザの経済復興につながらない」との不満が渦巻いていた。

ガザ市内最大のスーパー「サッカ」では、コーンフレークやジャムなど食料品の小売価格が2~4割下がった。今後も搬入量が増える期待から、仕入れ価格が下がっており、共同経営者のサッカさん(25)は「1日ごとに仕入れて、在庫を抱えないようにしている」と話した。
ガザへの物資搬入をイスラエルと調整する自治政府の担当者によると、これまで搬入できるのは食料や医薬品に限られていたが、新たに家具や電化製品、文具なども対象となり、品目は約10倍に増えた。物価が下がったことに加え、商業分野の雇用が増加しており、今回の緩和を「前進」と評価する声が聞かれた。
    
一方、「ガザに入ってくるのは消費財のみ。結局はイスラエル企業がもうかるだけだ」と怒りをぶちまけるのは、パレスチナ工業会のエルハイク会長だ。原材料を入れて生産活動を立て直さない限り、現金流出が続き、地域経済は崩壊する。実際、エジプト国境のトンネル密輸品などで細々と衣料、家具、炭酸飲料を製造していた工場が、イスラエル製品の流入で廃業に追い込まれたという。(中略)

イスラエル政府は、イスラム原理主義組織ハマスが武器庫などの建築に使うとして民間事業用の建築資材搬入を認めていない。自ら建築資材会社を経営するエルハイク会長は、「イスラエルが主張する『ハマス』には根拠がなく、ガザの経済破壊が狙いだ。実際、登録業者が国際機関の事業のために輸入した資材の最終使途は、きちんと管理・報告している」と主張する。失業率がほぼ5割にのぼるガザでの雇用確保には、民間住宅の再建事業が不可欠だという。【7月11日 毎日】
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【輸出ストップは変わらず】
原材料の生地や糸などは一応輸入できる形にはなったと思われますが、実際何がどれだけガザ地区へ入ってくるのかは、今後の運用次第でしょう。
仮に原材料の制約がクリアされたとしても、もうひとつ問題があります。
今回緩和は、ガザ地区からの輸出については何もふれていません。
作っても輸出できないとなると、生産活動は回復しません。

カザ境界が封鎖された07年6月以降の3年間で、ガザから商品を積んで出たトラックの総数は300台に満たないそうで、これは封鎖前の4日分程度にすぎないそうです。
こうした輸出のストップで、ガザにある工場の9割以上が操業停止か、最低限生産能力での稼働に陥っています。
長い経済封鎖によって、ガザ地区住民の購買力は低下しており、生活費需品の購入で精一杯なため、生産品の販路をガザ地区内に求めるのも困難な状況です。【7月14日 Newsweekより】
イスラエルによる「生かさず、殺さず」といったガザ地区への対応は、一部緩和以降も続いています。

【アメリカ、直接交渉支持へ】ところで、オバマ大統領への「手土産」が功を奏したのか、アメリカはイスラエル・ネタニヤフ首相の主張するパレスチナとの直接交渉入りを支持しました。その後、オバマ大統領は、直接交渉を渋るパレスチナ自治政府アッバス議長への圧力を強めているようです。

****米大統領、パレスチナ議長に交渉受諾迫る?*****
米ホワイトハウスによると、オバマ大統領は9日、パレスチナ自治政府のアッバス議長と電話で会談し、米国が仲介するパレスチナとイスラエルの間接和平交渉を直接交渉に進展させる方策を協議した。
今月6日、ネタニヤフ・イスラエル首相と会談したオバマ大統領は、今年9月までに直接交渉を再開させる意向を示し、首相もこれに同意したが、議長側は、将来のパレスチナ国家の首都とみる東エルサレムでの入植活動をイスラエルが完全凍結しない限り、直接交渉には参加しないと主張している。
大統領は電話で、パレスチナ国家樹立にはイスラエルとの直接交渉が不可欠と強調して、議長に交渉受諾を迫った模様だ。【7月10日 読売】
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直接交渉はもともとイスラエルが望んでいた形です。
“オバマ大統領が中東和平で「秋には直接交渉に移行したい」との意向を示したのも(ネタニヤフ)首相の意向に沿うものだ。イスラエルは、直接交渉の方がオバマ政権からの圧力を受けにくく自国に有利だと見ている。さらに、直接交渉を始めてしまえば、9月下旬の入植地建設の凍結期限を延長しなくていいと考えているからだ。”【7月7日 毎日】

以前、ガザ侵攻に対する国連人権理事会でのイスラエル非難決議について、アッバス議長はアメリカからの要請を受け入れて延期に同意するという失態を犯したこともあります。この時はハマスやファタハ内部からも「イスラエル追及を自制した」との批判を受け、釈明に追われることになり、結局、延期同意を撤回しましたが、議長の信頼は大きく傷つきました。
イスラエル支が入植活動の部分的・一時的停止措置の延長は行わないとしているなかでの直接交渉入りは、パレスチナ内部から大きな批判にまたさらされることが懸念されます。

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ミャンマー  分裂する民主化勢力旧NLD

2010-07-12 22:31:02 | 国際情勢

(「白い象」 今回見つかったものではなく、以前からミャンマー国内で飼われているもののようです。
“flickr”より By paul_ark
http://www.flickr.com/photos/paul_ark/104042894/)

日本では参議院選挙が終わりました。
日本の最近の政治は、盛り上がるのは足を引っ張るようなスキャンダラスな問題だけ、普天間の問題に見られるように誰も犠牲を引き受けようとせず、政治は何も決断できない・・・といった状況が続いています。
与党が大敗して「ねじれ国会」状態になったことで今後も政治は空転し、少子高齢化社会に向けた改革や財政再建等の山積する課題に関する実質的な論議は、これまで同様期待できません。

【旧NLD分裂】
そんなどうしようもない日本の状況は捨て置いて、ミャンマーの話。
ミャンマー軍事政権は今年(秋頃とも言われています)、20年ぶりの総選挙を予定しています。
前回90年の総選挙では、スー・チーさん率いる野党「国民民主連盟」(NLD)が圧勝しましたが、軍事政権はその結果を認めず、スー・チーさんは軟禁状態が続いています。
今回選挙に関して、軍事政権はNLDに対し“選挙に参加するためには指導者のスー・チーさんを除名せよ”との厳しい踏み絵を突き付け、結局NLDはスー・チーさん自身の「参加拒否」の意向を尊重して選挙ボイコットを決定。政党登録をしなかったことで、5月に解党処分となっています。

しかしNLD内部には、民主化を望む国民の受け皿となるためにも選挙に参加すべきだとの声があり、一部が分派して新党を結成し選挙参加準備を進めてきました。
スー・チーさんはこの動きを批判し、これまでスー・チーさんの下に団結してきた民主化勢力は事実上分裂しつつあります。【6月20日 毎日より】

****ミャンマー:旧NLD内部対立激化 「竹笠」が引き金****
今年予定のミャンマー総選挙への参加を拒否して解党処分となった同国の旧最大野党「国民民主連盟」(NLD)関係者が、党から分派して選挙に参加する新党「国民民主勢力」(NDF)がNLDのシンボルマークだった「竹笠(たけかさ)」を使用することに強く反発。AFP通信などによると、旧NLD幹部は来週にも、選挙管理委員会に苦情を申し立てる方針だ。民主化勢力内の対立の激化は、総選挙後も軍事支配継続をめざす政権にとって「思うつぼ」となりそうだ。
竹笠は農民が農作業の際にかぶり、前回90年の総選挙でアウンサンスーチーさんが率いたNLDが選挙戦のシンボルマークとして使用。その後同国民主化運動の象徴となった。

NLDは今年3月に軍事政権が制定した選挙関連法で、指導者のスーチーさんを排除して選挙に参加するか、ボイコットして解党処分を受けるかの選択を迫られた。スーチーさん自身が「参加拒否」の意向を示したことで不参加を決め、5月に党は解体された。
しかしこれに反対する一部メンバーがその後新党を結成、民主化勢力は事実上分裂した。スーチーさんはこの動きを「民主的ではない」と批判。これに対し新党側は「選挙ボイコットは軍事政権を利するだけ」と訴え、旧NLD関係者同士の対立が深まっている。【7月3日 毎日】
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【38番目の政党】
軍事政権側は、NLDから分派した「国民民主勢力」(NDF)の政党登録を認めました。
****ミャンマー:NDFが政党登録 民主化勢力「分裂」狙い****
ミャンマー選挙管理委員会は9日、アウンサンスーチーさんが率いてきた旧最大野党「国民民主連盟」(NLD)から分派した新勢力「国民民主勢力」(NDF)に対し、今年実施される総選挙参加への前提となる「政党登録」を認めた。選挙参加を拒否してすでに解党処分となったNLDの旧指導者は、NDFの選挙参加を批判している。前回総選挙で圧勝した民主化勢力が「分裂」したことは、選挙後も支配継続を目指す軍事政権に有利に働きそうだ。

国営紙によるとNDFは、38番目の政党として登録を認められた。今後、全国で1000人の党員を登録したうえで選挙に参加する見込み。AFP通信によると、同党のタンニェイン議長(元NLD中央執行委員)は「我々は法の下で民主主義のために戦い続ける」と選管の決定を歓迎した。一方、NDFの選挙参加を批判するニャンウィン元NLD広報官は「何も言うことはない」と述べた。
(中略)
NDFの選挙参加は軍事政権が内外に「民主的」な選挙をアピールする根拠となる。一方でスーチーさん抜きのNDFが前回のように多数の議席を獲得するのは困難とみられ、政権にとって極めて都合のよい状況だ。【7月20日 毎日】
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軍事政権の実質的継続を担保する新憲法の枠内での選挙に参加することは、この体制を認めることに他ならず茶番に過ぎない・・・と言えば、確かにそのとおりですが、さりとて現在のミャンマーの政治状況では、この枠組みに参加していくことでしか民意を政治に反映させていくことはできません。
個人的には、スー・チーさんの総選挙参加拒否の判断には疑問を感じています。

****ミャンマーに「白い象」出現 国家の繁栄?政変の前兆?*****
ミャンマー(ビルマ)西部ラカイン州で突然変異によるアルビノ(白化)の野生象が見つかり、軍事政権が捕獲した。象の肌はやや赤みを帯びているが、国営紙は29日、「白い象」だとして重大ニュースの扱いで報じた。
同国では君主が白い象を所有すると国が繁栄するという言い伝えがある。軍政と国家繁栄を関連づける縁起物として軍はアピールしたいようだ。
ただ、AFP通信は同日、同国の一部には白い象を政変の前兆とする迷信もあるとしたうえで「白い象の出現は、政治交代を促進すると過去の指導者は考えてきた」と報じた。
AP通信によると、アルビノの象の肌は白色とは限らず、ツメやまつ毛などに特徴がある以外は、通常の象と見た目が変わらない場合もあるという。【7月1日 朝日】
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「白い象」とは言っても、実際は冒頭写真のような、ピンクと言うか、赤茶色と言うか・・・そんな色です。
仏教絵画に出てくるような白象ではありません。
軍政で国家繁栄というのはいかにも調子に乗りすぎた話ではありますが、国内外で、誰もこれを諌めることができないのが現実です。
「政変」は望めませんが、せめて新議会に国民の意思がより多く反映できることを願うばかりです。

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