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孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

カンボジア特別法廷、最初の判決 トゥールスレン政治犯収容所長に禁固35年

2010-07-26 23:12:42 | 国際情勢

(大勢が見守るなかで行われるカンボジア特別法廷 日本が法廷運営費用の最大拠出国で、二審の裁判官の一人に日本人の野口元郎氏が任命されています。 “flickr”より By Extraordinary Chambers in the Courts of Cambodia
http://www.flickr.com/photos/krtribunal/3677307940/)

【国民の4分の1を虐殺】
解放者として市民から歓迎される形でポル・ポト率いるクメールルージュがカンボジアの首都プノンペンを制圧したのが75年4月17日。
当初、ポル・ポトなる人物が何者なのかも国際社会には伝わっていませんでしたが、その秘密のヴェールの向こう側では、文化大革命の中国を模したともみられる徹底した共産主義の名のもとに、カンボジア全土に虐殺の嵐が吹き荒れていました。
貨幣は廃止され、都市住民・知識人は農村での強制労働で消耗品のように“使い捨て”られました。
洗脳可能な子供が革命の実行者にしたてられ、家族も否定され、子供が親を密告することも。
また、事態が混乱するにつれ、猜疑心にかられた政治的粛正も横行しました。
ポル・ポト時代の犠牲者数は定かではありませんが、国民のほぼ4分の1にあたる約170万人が死亡したとも言われています。
その虐殺の象徴的存在がトゥールスレン政治犯収容所で、約2万人が拷問の末に殺害されたと言われています。

【「彼の犯罪は出所を許されるものではない」】
06年、この旧ポル・ポト政権(1975~79年)時代の大量虐殺を裁く特別法廷がカンボジア政府と国連共同で設置され、今日26日、初めての判決が言い渡されました。
裁かれたのは、トゥールスレン政治犯収容所の所長だったカン・ケ・イウ被告(67)(通称ドッチ)で、求刑・禁固40年に対し、禁固35年の判決でした。ただし、被告が過去にカンボジア軍により違法に拘束されていた期間を考慮して5年が差し引かれるそうです。
なお、特別法廷では死刑はなく、最高刑は終身刑です。

****カンボジア:元収容所長に禁固35年…ポト派虐殺で初判決*****
・・・・イウ被告が所長を務めたトゥールスレン政治犯収容所では、約2万人が拷問の末に殺害されたとみられる。被告は「命令に従っただけだ」と主張する一方で、「子供や女性まで拷問し、許される行為ではなかった」と責任を認めた。被告が裁判に協力したこともあり、5年減軽された。
裁判は2審制で、検察、弁護側双方が30日以内に控訴できる。判決が確定すれば、未決拘置期間などを刑期に算入して収監は今後19年間になる。
年齢的に被告が受刑後に出所できる可能性が出てきたことについて、傍聴した生存者の一人、画家のブー・メインさん(69)は「(最高刑の)終身刑を望んでいた。彼の犯罪は出所を許されるものではない」と話した。

ポル・ポト政権は都市住民を敵視し、大量殺害や強制労働で世界を震撼(しんかん)させた。特別法廷は、ポト派政権下で何が行われたのかを明らかにし、負の歴史を清算して国民和解を図ることが目的だ。だが、国内では既にポト派時代を思い起こさせる殺伐とした雰囲気は消え、国民の関心は未来に向かっている。
裁判が遅きに失した感は否めない。「20年前なら、私は落ち着いて裁判を傍聴することはできなかった。長い時間が私の心を癒やしてくれた」。判決を聞いた男性(49)は、兄がポト派に連行され帰ってこなかった記憶をたどりながら語った。・・・・【7月26日 毎日】
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トゥールスレン政治犯収容所で行われた虐殺行為からすれば、禁固35年の判決の判決はいかにも軽い感はいなめません。
ただ、本人が一応罪を認めていること(最後の意見陳述では上層部の命令に従っただけだと主張して、裁判長に「放免してほしい」と求め、被害者や遺族からは驚きと憤りの声が上がったそうですが)、特別法廷が復讐や処罰というより、真相解明と国民和解を重要な目的とする場であることを考慮すれば、こういう判決にもなるのでしょう。

【「真相解明」に向けて】
ただ、「真相解明」というなら、カン・ケ・イウ被告(ドッチ)は問題の中核ではありません。
政権中枢にいた他の4名の被告の裁判こそが中核です。
特別法廷は現在、最高幹部14人のうち生存しているヌオン・チア元人民代表議会議長(84)、イエン・サリ元副首相(84)、キュー・サムファン元締部会議長(78)の3人と、元副首相の妻イエン・チリト元社会問題相(77)を拘束しています。最高指導者ポル・ポトは98年に死亡し、拘束されている4人は関与を一貫して否定しています。罪を全部死人のポル・ポトにかぶせよう・・・との思惑ともとれます。
カン・ケ・イウ被告の裁判は国民大虐殺の全容解明という点から言えば入り□にすぎません。

最高幹部ら4人に関しては、捜査判事の報告書がすでに検察官に送られ、起訴するかどうかの判断は9月に出る見込みです。【7月25日 朝日より】

カンボジア政府、フン・セン首相は、ポル・ポト時代の犯罪の解明にそう“積極的”という訳ではありません。
フン・セン首相自身がかつてはクメールルージュの一員だったように、あまり範囲を拡大していくと現在の政権内部にも火の粉が及びます。
また、投降したクメールルージュ勢力を刺激し、社会混乱も招きかねません。
また、国民にも“過去の悲しみにあまり触れたくない”という思いもあるようです。

****虐殺解明 道筋つくか***** 
国民から証言届く
特別法廷は2006年、国連とカンボジア政府が共同で設置した。加害者の処罰以上に、真相解明と国民和解を重要な目的として掲げる。
集団虐殺や人道犯罪を裁く国際法廷はほかにもあるが、当事国に法廷が設置され、その国の検事、弁護士、判事も加わった形式のものは例がなく成否が注目されている。
ポト政櫓下で親族を失った遺族は、語らないことで心の傷を忘れようとしてきた。政権側にいた人たちも沈黙で過去を封印した。ポト派元最高幹部の捜査が難航する背景には、国民が捜査協力に消極的だったことがあった。
しかし、元所長の裁判を通じて変化が生まれた。裁判は国営放送で全国中継され、傍隠者も増えた。様々な事実が明らかになるのを目の当たりにし、「真実を知りたいと思う国民が増えた」(法廷報道官)。最高幹部らの犯罪立証に役立ててほしいと4千人以上から証言が届いた。

ただ、国連・カンボジアの共同運営のきしみも顕在化している。判事、検事、弁護人はカンボジア人と外国人がペアを組むが、考え方の違いが対立に発展することもある。
カンボジアのフン・セン首相は、訴迫する元最高幹部を4人に限定したい考えだ。訴追対象を広げれば、今は同じ国民として暮らす元ポト派の人々を刺激し、社会が動揺するとの考えからだ。外国人捜査判事や検事は、元最高幹部の責任追及を確かなものにするため、もっと多くの関係者を起訴すべきだとの立場だ。
カンボジア人の法廷関係者は「外国人はカンボジアの事情を理解せず、国際法をかさして柔軟さがない」と不満を隠さない。

国内法廷に注目’
集団殺害や人道に対する罪などで個人を裁く国原法廷は旧ユーゴスラビアやルワンダなどが知られている。いずれも法廷は国外。犯罪の背景となった民族対立が解決していなかったり、当事国に置くとその政府が裁判に介入する恐れがあったりするためだ。こうした措置は、当事国からすれば「外部者による制裁的な裁き」と映ることが多い。国際法廷は被告を裁くことはできても、犯罪当事者の反省を促し、再発を防ぐのが難しいといわれるゆえんだ。こうした点で関係者のカンボジア法廷への関心は高い。【7月25日 朝日】
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いろいろ難しい判断はありますが、少なくも現在拘束している最高幹部4名の裁判は早期に実現させ、当時クメールルージュ中枢部が何を考えてあの虐殺を実行したのか・・・真相の一端を解明してもらいたいものです。
被告たちの年齢を考えると残された時間はあまり多くありません。

コメント
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