孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

対ロシア制裁を有効に遂行するために、道義的に問題のある国家との関係を改善することは許容されるのか?

2022-03-22 23:24:32 | 民主主義・社会問題
(ベネズエラの首都カラカスで開かれた集会で演説するニコラス・マドゥロ大統領【3月22日 WSJ】
対ロシア制裁を維持していくために、この強権支配への制裁を緩和することは妥当か?)

【ベネズエラ産原油の輸入禁止の緩和をめぐるマドゥロ政権との交渉】
ロシア軍のウクライナ侵攻の衝撃は思いがけない方向に変化をもたらしています。

そのひとつがアメリカとベネズエラの関係。
チャベス前政権時代からの対立がありますが、周知のようにベネズエラの強権支配を続ける反米左派のマドゥロ政権と、これを何とか引きずりおろしたいアメリカは厳しく反発しあい、アメリカはベネズエラにいろいろ画策し、厳しい制裁を課してきました。

ベネズエラ産原油は禁輸とされており、対ロシア制裁で注目されているSWIFT(国際銀行間通信協会)からもべネズエラは排除されています。

しかし、ウクライナ情勢に関する対ロシア制裁でロシア産原油の禁輸が実施されたことで、アメリカにとってベネズエラの石油がこれまでと異なる意味合いを持つようになっています。

****米、ベネズエラと数年ぶり高官級協議 ロシア巡る思惑も****
米国はベネズエラ産原油の輸入を禁止する制裁措置を緩和する可能性を巡りベネズエラと高官級協議を数年ぶりに開いたが、合意に向けた進展はほとんどなかった。5人の関係筋が明らかにした。米国はベネズエラに対し、同盟関係にあるロシアから距離を置くよう促したい考え。

関係筋によると、5日にベネズエラの首都カラカスで開かれた協議には米国から国家安全保障会議(NSC)の西半球担当シニアディレクター、フアン・ゴンサレス氏とジェームズ・ストーリー・ベネズエラ担当大使が出席し、ベネズエラ側はマドゥロ大統領とロドリゲス副大統領が参加した。

米政府側は今回の会談について、ウクライナ侵攻を命じたロシアのプーチン大統領から距離を置く用意がベネズエラ側にあるかどうかを見極める好機だと捉えていた。

また、米国はロシア産原油の禁輸措置を発動した場合の代替調達先を確保したい考え。ベネズエラは米国の制裁が緩和されれば、原油輸出を増やす可能性がある。

ホワイトハウス、米国務省、ベネズエラの通信情報省はコメントを控えた。

関係筋によると、会談で米代表団は、自由な大統領選の実施や外資系企業の生産・輸出を促進する形での石油業界改革についてベネズエラ政府の確約を求め、公式にロシアのウクライナ侵攻を非難するようにも促した。マドゥロ氏はウクライナ侵攻を擁護する立場を示してきた。

この見返りとして、ベネズエラに国際送金・決済システムのSWIFT(国際銀行間通信協会)の一時的な利用を認める方向での検討を提案したという。

マドゥロ大統領は、ベネズエラ産原油禁輸の全面解除や、自身を含む幹部に科された制裁の撤回のほか、国営ベネズエラ石油(PDVSA)の米子会社シトゴ・ペトロリアムを政府管理下に再び置くことを求めた。

米側はフォローアップ会議の開催に合意したが、日程は設定されていない。【3月7日 ロイター】
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経済崩壊しているベネズエラ・マドゥロ政権にとっては願ってもないチャンスでしょう。
ただ、“米国はベネズエラに対し、同盟関係にあるロシアから距離を置くよう促したい考え”“公式にロシアのウクライナ侵攻を非難するようにも促した”とのことですが、これまでマドゥロ政権を支えてきたロシアを“切る”ことは難しいでしょう。

****ベネズエラ大統領、対ロシア制裁を拒絶=「必要な物、何でも売る」****
南米ベネズエラのマドゥロ大統領は2日、テレビ演説で「われわれは(ウクライナに侵攻した)ロシアに対する制裁を拒絶する。ロシア国民の経済的自由の権利を擁護する」と表明した。独裁色を強める反米マドゥロ政権は西側諸国の厳しい制裁対象となっており、ロシアへの依存度を強めている。
 
マドゥロ氏は「ロシアとの通商関係を維持し、必要とする物を何でも売る用意がある」とも強調した。ただ、ベネズエラはマドゥロ政権の失政などが原因で経済が破綻し、極度の物資不足に陥っている。
 
さらにマドゥロ氏は、ロシア軍の侵攻がウクライナの核武装を阻止するための自衛措置だったと、ロシアのプーチン大統領と同様の主張を展開。制裁は西側諸国がロシアを破滅させるために仕掛けた経済戦争だと断じた。【3月4日 時事】 
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それはともかく、“米国人2人解放=原油制裁緩和へ交渉中―ベネズエラ”【3月9日 時事】といった歩み寄りも。
今後は交渉次第といったところでしょうが、人権抑圧を続けるマドゥロ政権への制裁を緩めることにはアメリカ国内の与野党にも反対が根強くあります。

****ロシア原油禁輸の代替 米国とベネズエラ取引の行方は****
(中略)トランプ政権時代には、経済制裁による最大限の圧力をかけマドゥロを退陣に追い込もうとしたが、結局ベネズエラ経済を破綻させただけで、民主化へ向けての何らの成果を上げないまま、バイデン政権に引き継がれた。

バイデン政権では、とりあえず制裁措置はそのまま継続していたが、事態は行き詰まり、打つ手なしの状態であった。(中略)
 
ベネズエラ経済も、昨年10月に現地通貨を100万分の1に切り下げ経済の破綻状態も底を打ち、社会主義的な経済規制を放棄した結果、2021年は経済がプラス成長に転じたと見られている。
 
バイデン政権は、3月8日、ロシア原油禁輸措置に踏み切ったが、もともとベネズエラ原油の禁輸措置による供給不足を同様の重質油であるロシア原油で補充した結果、ロシアからの原油の輸入が倍増した経緯があるので、ロシア原油禁輸により生ずる供給不足をベネズエラ原油で代替することは理にかなっている。
 
また、元海兵隊員や米国系石油企業Citgo社の幹部職員がベネズエラ側に拘束されており、その解放も米国にとっての課題であった。3月8日にベネズエラは、拘束していた2人の米国人(うち1人は5年前に逮捕されていた)を解放し、米国のベネズエラ原油の禁輸の解除を期待して米側のアプローチに応じた。

米国が支援する野党指導者のグアイドも、マドゥロ政権がメキシコでの交渉に復帰するための制裁の部分的緩和を要望し、米国議会内にもこれを支持する動きもあった。マドゥロ政権としてもとにかく経済制裁を緩和することが最優先の要求であった。
 
従って、バイデン政権が、民主化への歩み寄りや米国人の解放などを条件に、ベネズエラ原油の禁輸を解除することにより、ロシア原油禁輸による供給不足に対応することは一石二鳥の極めて効果的な政策であるばかりでなく、マドゥロからも野党側からも歓迎されるものであった。
 
他方、米国議会の共和党強硬派は、こうした措置は独裁政権を強化するものであるとしてマルコ・ルビオ上院議員らを始めとして強く反発しており、民主党の人権重視派のメネンデス上院外交委員長らからも民主化への進展が保証されず、フロリダ州でのヒスパニック票の支持を失うとして批判も出ている。

マドゥロ政権が吹き返しては逆効果
他方、例え禁輸措置が解除されたとしても、ベネズエラの原油生産能力は設備の老朽化やマネージメントの不備で著しく低下しており、増産傾向にはあるがすぐにはロシア原油の供給量をカバーできず、当面の効果は限定的とも見られる。

従って、今回の米側のイニシアティブは、当面石油については市場への心理的効果を狙うと共に、重点は行き詰ったベネズエラ政策を活性化し、民主化へ向けて関与することによりベネズエラ問題に新たな展開をもたらそうという狙いがあるとも思える。
 
マドゥロは、ウクライナ問題ではロシアを明確に支持しているが、とにかく制裁を緩和することが最優先であり交渉に前向きであるが、それは見せかけの手段であって、実質的な民主化に応ずるつもりはないのではないかと疑われる。

従ってこのようなイニシアティブが成功するかは、米国の制裁緩和の条件としてベネズエラ側が公正な選挙の実施、人権の尊重等でどのような具体的措置をとるかにかかっている。
 
制裁緩和で多少のベネズエラ原油が調達できるとしても、それでマドゥロ政権が経済的にも息を吹き返し、他方、人権侵害は改善されず民主化も進まないのであれば、バイデン政権は国内的にも厳しい評価を受けることになろう。【3月22日 WEDGE Infinity】
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上記は「正論」ではありますが、現実政治は・・・と言う話は後程。

【イラン核合意再建交渉 革命防衛隊のテロ組織指定解除が残された問題】
ウクライナ情勢に影響を受けて動き出したのがイランとの核合意再建交渉。こちらもロシア産原油の禁輸という事態を受けて、イラン産原油が穴埋めの切り札として世界から注目されていることが背景にあります。

交渉の方は、まとまりかけたように見えた時点でロシアからの“横槍”が入り、不透明な状況にもなっていましたが、それもクリアできそうな雲行きです。

****露のイラン核関連事業は制裁対象外 米、核合意妥結へ譲歩姿勢****
イラン核合意の再建に向けた多国間協議をめぐり、米国務省のプライス報道官は15日の記者会見で、ロシアが同合意に沿って参画するイランの核関連事業については、ウクライナ侵攻を受けて発動している対露制裁の対象とはしないと明らかにした。

同協議は妥結間近とされながらも、ロシアが今月に入って自国に科されている制裁の対象からイランとの取引を除外するよう要求したことで停滞。ロシアがこうした除外規定を制裁回避に利用するとの懸念も指摘されていた。

そんな中でバイデン政権は今回、一定の譲歩姿勢を示した格好だ。ラブロフ露外相は同日、米国から「文書での保証」を受け取ったと述べ、協議の進展に前向きな態度をみせた。(後略)【3月16日 産経】
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最後に残っている問題は、イラン革命防衛隊のテロ組織指定解除だとか。

****イラン核合意再建、革命防衛隊のテロ組織指定解除が最後の障害に****
イラン核合意の再建について、複数の外交関係者は、イラン革命防衛隊(IRGC)のテロ組織指定を米政府が解除するかが、交渉の行方を左右するとの見方を示した。

米政府内ではこの問題を受けて核合意再建に反対する声が上がっているほか、IRGCのテロ組織指定解除を公に批判していたイスラエルなどの中東同盟国も反発している。

1年近くにわたる交渉ではほぼすべての意見の対立が解消されてきたが、政府高官らは、この問題でイランとの妥協点を見いだせなければ話し合いが破綻する可能性もあると述べている。

米政府はIRGCが数百人の米国人を殺害したと指摘しているほか、エリート部隊のゴドス軍は中東地域の代理組織やシリアで戦った親イラン勢力向けに兵器などを提供している。IRGCは弾道ミサイル関連のプログラムや、人権侵害疑惑を理由に、長年にわたって米政府から制裁を受けていて、2017年には対テロ制裁リストに加えられた。

米政府高官らによれば、ジョー・バイデン大統領や側近の多くは判断を先延ばしにするのではなく、イランと合意を結んでその後に改善に努めていくことの方がいい選択だと考えている。

ホワイトハウスはまた、イランの核開発プログラムを制限する合意が、中東地域に安定をもたらすカギとなり、これによって政府も中国やロシアに専念することが可能になるとみている。【3月22日 WSJ】
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【レアルポリティーク 道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法】
ベネズエラにしても、イランにしても、民主主義・人権を踏みにじる“ならず者国家”として、これまでアメリカが厳しく批判してきた国。ウクライナ情勢をめぐる対ロシア戦略の一環とはいえ、そういう国家への批判・圧力を緩めていいのか?・・・という疑問・批判は当然にあります。

話は“道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法”の是非という問題になります。

****ウクライナ危機で復活、「現実政治」の時代****
米国はロシアの脅威に対抗するために、好ましくない政権と良好な関係を築くかどうかを判断する必要がある

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに軍事侵攻した結果、冷戦時代のフレーズが方々で聞かれるようになった。モスクワとの緊張の高まり、西側軍事同盟の新たな結束、国防費の増加、さらには核戦争の可能性を巡る一抹の不安などだ。

さらに最近耳にするのがこの言葉だ。米国は今や、レアルポリティーク(現実政治)の時代に戻るべきかどうかを判断する必要がある。すなわちロシア(ソ連)というより重大な危険に立ち向かうため、道義に反する政権と嫌々ながら良好な関係を築いていた頃のことだ。

米バイデン政権は、ベネズエラやサウジアラビア、イラン、独裁的な一部の欧州諸国との関係において、次第にそのような選択に直面しつつある。さらに現在、(冷戦時代と同様に)それにも増して米国に大きくのしかかる問題は、ロシアの脅威を相殺するために、政策に懸念のある中国との関係改善に乗り出すべきかどうかだ。

プーチン氏のウクライナでの容赦ない猛攻とさらに踏み込みかねない姿勢が、国際社会の関係に長期的シフトをもたらすことが明確となり、こうした疑問は次第に表面化していくだろう。世界はプーチン大統領を支持するのか反対するのかという選択の時期に直面し、一方でエネルギー・食糧・技術の既存生産パターンを再編する必要に迫られている。

この変わりゆく状況の中、米国には新旧を問わず友人が必要だ。その友好的な関係を確保し、維持するために進んで払う代償を見直さないといけない。

そこに作用するのがレアルポリティーク、つまり道徳やイデオロギーを考慮するよりも、現実的なニーズに基づいて国際関係に携わる政治手法だ。民主主義の価値観に忠実か、人権を尊重しているかについては見て見ぬふりをすることをいとわず、少なくともそうした懸念をあまり重視せずに、より大きな脅威に力点を置く一種の冷血さを伴う。

半世紀前には、共産主義の巨頭であるソ連の核武装がもたらすとされた人類の危機に立ち向かう必要性が、このような決断を正当化した。

その必要性に突き動かされた米国は、中南米の軍事独裁者や中東の非民主的な君主制国家、フィリピンの強権的指導者、パキスタンの軍部主導政権と次々に良好な関係を築いた。また米国は冷戦時代の早い段階で、ソ連の脅威に対抗する必要性から、日本とドイツの第2次世界大戦中の罪を見過ごした上で、世界のパワーバランスをより好ましい形に作り上げようとした。

とはいえ、それらの決断が容易だったわけでも、物議を醸さなかったわけでもない。米国が反ソ連合を重視するあまり、軽率もしくは不道徳な選択をしているのではないか、国内の議論や意見の相違を容赦なく抑え込む指導者に近づくことで、長期的な政情不安の種をまき、世界各地の市民の離反を招くのではないかという議論が沸騰した。

こうした議論は1970年代終盤に最高潮に達し、当時のジミー・カーター大統領率いる政権は、米国の外交政策において、人権を支持することが地政学的優位性を目指すことと同様に重要な位置づけになると判断した。

時を経て現在、同じような苦渋の選択がバイデン政権に新たな形で突きつけられている。米国はロシア産原油の禁輸が拡大した場合の経済ショックを緩和するため、国際市場でより多くの原油を必要としている。だがその目的が、ベネズエラの独裁者ニコラス・マドゥロ大統領の強権的性質や、サウジアラビアの統治者によるジャーナリスト暗殺についての疑念をのみ込むことを正当化するのだろうか。

世界市場に原油を供給し、他の国際的な混乱の要因を片付けておきたいために、反米・保守強硬派のイラン政権との間で、米国は核合意を急がなくてはならないのか。欧州が結束する必要性は、ハンガリーのオルバン・ビクトル首相の独裁的な傾向を見過ごすことを意味するのか。

ロシアの戦車がウクライナ国境を越えた途端に姿を現し始めた新たな世界秩序は、すでに米国の判断に変化をもたらしている兆候がある。米当局者は突然ベネズエラ政府を訪問した。同国の石油産業に対する制裁解除に向けた協議をするためだ。マドゥロ氏は拘束していた米国人2人を釈放し、自身の政権は野党側との対話を再開すると述べた。
 
バイデン政権はサウジアラビアのかねての要請に応じ、隣国イエメンの反政府勢力フーシ派との戦いを支援するため、相当な数の地対空誘導弾「パトリオット」を供与したとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は報じている。

一方、米国はイランとの新たな核合意の一環として、イラン革命防衛隊(IRGC)をテロ組織指定リストから外すという物議を醸す譲歩について検討している。

最も重要な問題は、米国が新たな「ロシア-中国枢軸」の出現を防ぐために、中国の行動に対する米国の懸念の一部を留保する用意があるかどうかだ。

中国のイスラム教徒の少数民族ウイグル族に対する扱いや、中国の貿易慣行の一部に対する不満について、口をつぐむ覚悟はあるのか。そのような疑問は冷戦時代に難しい判断を迫ったが、今もそれは少しも容易ではなく、単純でもない。【3月22日 WSJ】
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人権・民主主義の看板をおろしてしまっては、圧政に苦しむ世界各地の人々の希望を打ち砕くことになり、何のための外交かという話にもなりますが、さりとて、ときに妥協・調整は必要というのも現実課題でしょう。

ケーズバイケース、程度問題で対処するしかない難しい選択です。

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